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8.胸のもやもや


 ピピピピ、と目覚まし時計の電子音がけたたましく耳元で鳴り響いている。


(うるさい…)

「ん…」


 私はもぞもぞと身動きをしながら、腕を伸ばして、目覚ましを止めようとする。何度目かのチョップで目覚ましの音が止まった。

うっすらと目を開けると、カーテンの端から漏れた光が部屋の中に射し込んでいる。朝だ。鳥の鳴き声がぴちゅぴちゅとどこからか聞こえてくる。時刻は七時。どうやら、寝坊せずに起きられたみたいだ。


「ふわ、あ…」


 ベッドの上で身体を起こし、大欠伸をしながら伸びをする。広い室内を見渡して、一人暮らしってこんな感じなんだ、とぼんやりとした頭でぼんやりと思う。


(眠い……)


 まだ寝ていたいけれど、ここで寝たら確実に寝過ごしてしまう。寝過ごしたら、まずい。


(…何で、まずいんだっけ…?)


 寝ぼけ眼を瞬かせていると、離れたところで衣擦れの音が聞こえた。


「ん…」


「…!?」


(そ、そうだ!私、転校して一人部屋じゃなくて二人部屋になって、真理亜ちゃんっていう美少女と同じクラスでルームメイトで仲良くなってそれで馨お姉様っていう美人にも好意を持たれてクインテットっていう物凄い美少女揃いの委員会が、あとあと…そうだ!真理亜ちゃんを起こさなくちゃ)


 真理亜ちゃんはすっぽりとタオルケットに身を包んで、ミノムシみたいに丸くなっていた。


(か、可愛い…)


 おかげで寝顔は見えないけれど、その姿が小さな子供のようで愛らしい。私はベッドから降りると、寝間着姿のまま真理亜ちゃんのベッドに近付き、頭があると思われる方へ声を掛けた。


「…真理亜ちゃん、おはよう」


「………」


 反応はまるでない。時計を見る。時刻は七時十分だ。


「…朝だよ、真理亜ちゃん。起きて」


 ゆさゆさとタオルケットをゆすると、真理亜ちゃんが「ううん…」とうなされるように返事をした。


「真理亜ちゃん。今日、学校でしょ。朝ご飯、食べに行かないと遅刻しちゃうよ」


「……あと、五分だけ…」


 タオルケットにくるまった真理亜ちゃんを揺さぶり続けていると、くぐもった声でお決まりの台詞が聞こえた。


「もう、仕方ないなあ」


 起きそうにない真理亜ちゃんから手を離すと、ひとまず自分の身支度を整えることにした。


(真理亜ちゃんたら、私を起こしてくれるって言ってた癖に…)


 寝間着を脱いで、学院の制服に着替える。顔を洗ったり、歯を磨いて、髪を梳かしてと一通り終わる頃には五分なんてとっくに過ぎていて、時計は七時半を過ぎていた。


「真理亜ちゃん、起きて。七時半過ぎたよ」


「…!」


 ようやく真理亜ちゃんがタオルケットから顔を出して、眠そうな顔で私を見つめた。


「……」


 寝ぼけているのか、そのまま私を見つめて何も言わないので私は真理亜ちゃんのタオルケットに手を掛けた。


「おはよう、真理亜ちゃん。さ、急いで起きようか」


「……おはよう」


 私がタオルケットを引っぺがす前に真理亜ちゃんはむくりと起き上がると、眠たそうに瞼をこすりながら洗面所へと旅立った。私はその間にベッドを綺麗にして、いつでも出られるように支度をしておく。


 きっかり五分後、洗面所の方から出て来た真理亜ちゃんは、すっかり身支度を整え、制服まで華麗に着こなしていた。


「お待たせ、有栖」


「は、早!」


 たった今まで眠そうな顔をしていた人物と同じとは思えない。私はわなわなと口を震わせながら、真理亜ちゃんの早着替えというかまるでそっくりさんを連れて来たんじゃないかと思うくらいの見事な切り替えっぷりに感心しきっていた。


「もう準備はできている?朝ご飯、食べに行きましょうか」


「う、うん…」


 身のこなしまで先程とは全然違う真理亜ちゃんの後ろに続いて、部屋を出た。同じく、朝ご飯を食べに降りてきた人に交じって、食堂で初めての朝ご飯を味わう。和食と洋食が選べるみたいで、私と真理亜ちゃんは二人とも和食を選んだ。食べている最中も相変わらず四方八方からの視線をびしびし感じたけれど、真理亜ちゃんはちっとも気にしていない様子なので、私もなるべく騒がず静かにしていた。クインテットの人の姿もこっそり探してみたけれど、人混みの中には見当たらなかった。朝ご飯を食べ終わると私達は一旦部屋に戻り、学校へ行く支度を済ませると、二人仲良く手を繋いで、爽やかな朝の風を感じながら、寄宿舎からの初登校を果たしたのであった。





 四時間目が終わり、待ちに待ったお昼休みがきた。お弁当、お弁当、と口ずさみながら、はたと、自分が手ぶらであることに気が付いた。前の学校では、いつもママが作ってくれたお弁当をお昼ごはんに持たせてくれていたから、すっかり忘れていた。


「ま、真理亜ちゃん…大変」


「な、何なの?」


 真理亜ちゃんはぎょっとした顔で私を見つめ返す。


「私、お昼ごはん持ってない…」


「何だ、そんなこと。私も持ってないわよ」


 真理亜ちゃんは「そんな顔して言うから何かと思ったじゃない」とため息を吐いた。


「え?」


「皆そうよ。だから、学食に行くの」


「…学食…」


「そう。学食」


 真理亜ちゃんが立ち上がる。


「あ、そっか。でもお財布とかって…」


「必要ないわ。有栖も学生証、持っているでしょ?」


「うん、持ってるけど」


「ここでは何か買う時は学生証がお金の代わりになるの。クレジットカード機能付きだから、自動でチャージされるし、いちいちお財布を持ち歩く必要もないわ」


「へえ…」


 真理亜ちゃんは自分の学生証を「ほら」と見せて、言った。


「そういう説明、されなかった?」


「……されたような、されなかったような…」


 何だか色々ありすぎて、頭が馬鹿になっているのかもしれない。確か、そんな説明があったような気もするし、なかったような気もする。眉間に皺を寄せていると、真理亜ちゃんは困ったように眉根を下げて笑った。


「だから安心して。お昼、食べに行きましょ」


「うん!…頭使ったら、お腹空いちゃった」


「まあ、有栖ったら」


 二人で顔を見合わせて笑った後、教室を出て、学食へと向かった。途中、おにぎりやサンドウィッチなんかを抱えた子達とすれ違うと私の視線に気づいた真理亜ちゃんが、まだこの学院にうとい私にあれこれと説明をしてくれた。


「購買でああいうものを購入して、教室で食べることもできるわ」


「へえ、そうなんだ」


「他にもお惣菜とかお菓子とか、色々な物を売っているわ。学食の隣にあるのよ」


「なるほど」


「有栖がどうしてもって言うなら購買で買っても良いけれど…私達は、いつもお昼は決まって学食で取ることになっているの。初日だから大目に見て貰えるかしら…ああ、でも雅お姉様あたりがうるさそうね」


 真理亜ちゃんが腕を組みながら、何やら怖い顔をする。つい昨日、顔を合わせたばかりのその人の名前を真理亜ちゃんが口にするのを耳にして、私はぴたりと足を止めた。


「え?私達?雅お姉様ってまさか…お昼って…」


「そのまさか。クインテットよ」


「えええ!」


 私の叫びが長廊下に響き渡る。何事かと振り返る生徒の視線に身を縮こまらせて、私は小声で真理亜ちゃんに抗議した。


「私、聞いてないよ…」


「今、言ったわ。それに、席はもう決まっているから急ぐ必要はないわ」


 真理亜ちゃんはさらりと私の言葉を受け流した。


「で、でも、私、クインテットじゃないし、お昼だって一緒に食べる権利も何もないし…」


「何言ってるの。有栖はもうクインテットの一員よ。私と、…万が一にもないと思うけれど馨お姉様とも…どちらかとペアになるんですもの。届けはもう出しておいたわ。有栖は私の推薦で風紀委員に入るってね」


「い、いつの間に!」


「ふふ。こういうことは、外堀から固めなくちゃ、ね」


「真理亜ちゃん、怖い…」


「あら、褒め言葉かしら」


「………」

(私がクインテットに入るなんて、聞いてないよ…)


 ただでさえ、ちょっと耳をすませば聞こえてくる周りの会話はどうして転校生が真理亜ちゃん並びにクインテットと仲良くしているのか、というものばかりだ。こうして廊下を歩いていると、他のクラスの人からも痛いくらいの視線を向けられる。


(敵意、持たれてるよね…)


 前の学校であんまり目立たなかったから、その反動が今になって表れているのだろうか。それにしても、間違った目立ち方をしていると思う。


「さあ、有栖。お姉様方がお待ちよ」


 突っ立っている私を急かして真理亜ちゃんが声を掛ける。


(クインテットということは…馨お姉様も、いらっしゃるんだよね。…真理亜ちゃんがあんなこと言うから…。何か顔合わせ辛いな)


 昨日、真理亜ちゃんが、馨お姉様は飽き性だからきっと明日になれば私に見向きもしなくなると言っていたけれど、それが実際に現実のものになると考えたらどうしてか足が重たくなった。


(誰だって綺麗な人に嫌われたら嫌だよね…皆、そうだよね)


 馨お姉様とは昨日出会ったばかりなのに、何となく気になってしまうのは、彼女が、目が覚めるような美貌の持ち主だからだ。


「ごめん、行こっか」


 私はもやもやした気持ちを胸に抱いたまま、真理亜ちゃんに駆け寄ると、食堂を目指して歩き出した。


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