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7.小悪魔なルームメイト


「あ、だめ…真理亜ちゃん」


「もう、変な声出さないの」


「だって、…そこ、だめだって…」


「有栖は首が弱いの?」


「ち、ちがっ…」


「いいこと知ったわ。あら、手が滑っちゃった」


「ひゃあ…!」


「ふふ。可愛い反応」


「もう、いいでしょ?」


「まだ駄目よ」


「で、でも…っ」


「あとちょっと」


「……く、くすぐったい」


「しょうがないでしょう。奥に入っちゃったんだもの。……ほら、取れたわよ」


「有難う」


 差し出された掌には花びらが一枚、くっついている。

 そう。私達は別に他人様に言えないことを寮の部屋でしていたわけではない。私の髪の毛に偶然絡まっていた花びらを真理亜ちゃんが見つけて、取って貰っていただけだ。


(もう、真理亜ちゃんてば、わざとくすぐるんだから…)


 首筋の撫でられていたところが、まだぞわぞわする。真理亜ちゃんは花びらを掌で包むとゴミ箱へ捨てた。


「…どこでついたのかな」


「さあ?帰ってくる時にでもついたんじゃない」


「敷地内に桜、あったっけ?」


「ないと思うけど…風で飛んできた、とか」


「うーん。そっか」


 私達は向き合うように部屋の中央に座り、クッションを抱えていた。


「真理亜ちゃんはいつも、何時に寝るの?」


 つい一時間前に、食堂で豪華なお夕飯を食べて、それから談話室にも寄りたがらない真理亜ちゃんに連れ添って、すぐに部屋へと戻り、今に至る。お腹ははちきれそうなくらい、満腹で幸せ。いつでも寝られそうだ。壁に掛けられたシックな時計は、現在八時を指している。


「……そうねえ。あんまり、眠くならないから、三時、とか」


「さ、三時?!」


「ええ」


 真理亜ちゃんが平然とした顔で口にした三時という時間は、女学生が眠りに入るにはいささか遅すぎる気がする。


「それって、お休みの日限定で?」


「いいえ。平日。休みはもっと遅いかしら」


「そ、そうなんだ…」

(眠くならないのかな)


 お休みの日とかならまだしも、翌日に学校があるのに深夜三時。てっきり、十時とか十一時を想定していた私は、もう驚いて目をぱちぱちと瞬かせた。


「有栖はどうなの?いつも、何時に寝ているの?」


「私は、遅くても十一時とか十二時くらいには寝るようにしてるけど…早くて十時くらいかな」


「じゅ、十時!?」


 今度は真理亜ちゃんが驚く番だった。小さな唇をさくらんぼが一粒放り込めるくらいの大きさに開けて長い睫毛を瞬かせている。


(あれ、十時って早い?いや、でもそれくらいが普通だよね?)


「十時…十時に寝るなんて……」


「なんて?」


「…なんて、健康的なの」


「有難う」

(褒められてるんだよね?)


 真理亜ちゃんはわなわなと震えながら、小声で「十時…」と繰り返している。よっぽど驚いたらしい。だが、私も真理亜ちゃんが三時に就寝するなんて驚きだ。お肌だって赤ちゃんみたいに柔らかそうでぷるぷるだし、目の下にクマもないし、健康そのものに見える。実際、健康なのだろう。


「真理亜ちゃんこそ、三時に寝るなんて朝、辛くない?起きられなくないの?」


「辛いわ」


(即答!)

「ああ、やっぱり」


「起きられないわ」


「そうだよね…ってあれ、私を起こしてくれるんじゃなかったっけ」

 真理亜ちゃんはぷいと視線を逸らし、何もない宙を見つめた。


「………人の生活はそう簡単に変えられるものじゃないわ」


「あれー。真理亜ちゃーん」


 遠い目をしてどこかを見つめる真理亜ちゃん。


「…ちなみに、眠くなるまで何してるの?」


「……色々よ」


「色々?」


「そう。色々」


(答えたくないのかな…?)

「そっか。じゃあ、朝は何時起き?」


「朝は、まあ七時過ぎに起きられたら起きるっていう感じ」


「お、起きられなかったら?」


「寝ているわ」


「……それは休みにしちゃう、ってこと?」


「ええ」


「…!」


 起こしてくれると言っていたけれど、これでは私の方が早起きしなくてはならないかもしれない。目覚ましは念入りにチェックしておこう、と強く思った。


「ねえ。そろそろお風呂に行ってみる?」


 真理亜ちゃんが時計を見て、何気なく言った。今は八時を少し過ぎたところだ。


「え、お風呂!」


「嫌いなの?」


 真理亜ちゃんが上目遣いに私を見る。


「まさか!その逆。お風呂、すごく好きだよ。疲れたときはお風呂が一番だもんね。…あ、時間とかって学年別に決まってないの?」


「そういうのは特にないわね。大浴場はいつでも好きな時間に入れるわ」


「じゃあ、すぐ行こう!」


「…ふふ。そうしましょうか」


 私達は立ち上がると、それぞれお風呂に行く準備をしだした。


「シャンプーとかコンディショナーって向こうにもあるの?」


「あるわよ」


「良かった。えーっと、バスタオルと着替え…よし、できた」


 準備が終わると、私達は部屋を出て、二人で大浴場のある一階へと降りて行った。途中、すれ違った女生徒達からはふんわりと、石鹸のいい香りがしてきて、大浴場への期待がいやでも高まった。




「うわあ、大きい」


「…そう?」


「うん、すごい」


 目の前に広がる大浴場の光景に私は感動していた。綺麗なタイル、広々とした浴槽が何個もあって、女生徒達のリラックスした表情がこの浴場の素晴らしさを物語っている。これら全てがお風呂好きな私の心を大いに盛り上げてくれた。


「毎日ここに入れるなんて、夢みたい」


「それも私と一緒にね」


「うん。そうだね」


 隣に立つ真理亜ちゃんは当然ながら何も着ていない。むしろその方が、真理亜ちゃんの元からの美しさがぐっと際立っていて、まるで何かの彫刻みたいな神秘的な美しさを感じる。横に立つ私も勿論、素っ裸。脱衣所ではやっぱり恥ずかしくてタオルをしていこうとしたら、真理亜ちゃんに見つかって取り上げられてしまった。


(やっぱり、まだ恥ずかしいかも)


 もじもじと内股気味になりながら、私と真理亜ちゃんは隣同士で椅子に座ると、身体を洗い始めた。ちらり、と横に視線を遣ると泡立てている真理亜ちゃんの滑らかな美しい肌が見える。


(…すごく、綺麗)


 私の視線に気づいた真理亜ちゃんもまた、私の身体をまじまじと見つめてきた。


「ま、真理亜ちゃんに見られると恥ずかしいかも」


「どうして?」


 真理亜ちゃんがくりりとした黒い瞳で聞き返す。


「だって、真理亜ちゃんに比べたらこんな貧相な身体で」


「もう、有栖ったら、どうしてそういうこと言うの。あなただって、十分綺麗な肌じゃない」


「有難う…」


 照れているのが恥ずかしくて、ひたすら手を動かし身体を泡だらけにする。真理亜ちゃんは完全に手を止めて、横を向いていた。


「それに有栖って着痩せするのね」


「え?」


「…胸とか」


「そ、そうかなあ」


「羨ましいわ」


「でも結構、肩凝るよ?」


「それでも、よ」


「真理亜ちゃんだって別に小さいってわけじゃ…」


「ち、小さい…」


「あ、違うって。ちょうどいいサイズというか、それくらいが私の理想だなあ」


「私の胸が有栖の理想…」


「もう、恥ずかしいって」


「私、このままでいいわ」


「えー?」


 ようやく正面に向き直った真理亜ちゃんは丁寧に身体を洗い始めた。

 髪の毛も洗って、綺麗さっぱりになった身体で意気揚々と浴槽へと向かう。何も着ていない真理亜ちゃんと並んで歩くのは、やっぱりちょっと抵抗感というか恥ずかしさが残っていて消えない。これもそのうち、慣れるだろうか。



「ふわあ。良い気持ち~」


「………ふう」


 私達は浴槽に浸かり、一日の疲れをゆっくりと落としていった。広い浴場に女生徒は数人しかいない。


「今日は色々あったから疲れたでしょう」


 ほんのりと頬を火照らせた真理亜ちゃんが、私の返事を待たずして背後に回った。


「私、こう見えてうまいのよ」


「真理亜ちゃん?」


 真理亜ちゃんはそう言うと、私の両肩に手を置いてゆっくりと揉み始めた。


(ま、真理亜ちゃんの身体が…!)


 ぴたりと密着しているみたいで真理亜ちゃんの柔らかな身体が直に私の肌に触れている。正直、マッサージどころではなく、背中の気配が気になって仕方がない。


(む、胸が…当たってるんですけど…)


 別の意味でのぼせそうだ。だが、そのうちに真理亜ちゃんの指先の絶妙な力加減に、だんだんと意識がそちらへ傾いていき、私の口から恥ずかしい声が漏れる。


「あ……」


「ね?気持ちいい?」


「う、うん…」


 強弱をつけて、指先で痛いところを撫でるように押し上げていく真理亜ちゃんの技術にすっかりとろけそうになっている。すごく、気持ちがいい。


「そこ……」


「ここ?」


「そ、そうそう…あ…」


「だいぶ凝ってるわね。すごく硬い」


「…はあ…」


「ふふ。後ろからだとどんな顔してるか分からないから、もどかしいわ」


「……う…も、もう、有難う…」


「だーめ。もっとほぐさないと」


「……の、のぼせちゃうよ…」


「そう?じゃあ、あと十回揉んだらね」


「…ええ?…あ…」


 そんなこんなで言われるままに真理亜ちゃんに肩を揉まれて数分が経過し、私はのぼせる寸前でゆでたこみたいに真っ赤な顔をして、ふらふらになりながら「つい」と謝る真理亜ちゃんに付き添われるように浴場を後にしたのだった。


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