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6.芽生えた友情


「じゃあ、お話はこれでおしまい。解散しましょう」


 雅お姉様の涼やかな声が急きょ開かれた話し合いの終わりを告げた。各々が立ち上がり、「ごきげんよう」の挨拶と共に部屋から出て行くと途端に廊下で黄色い悲鳴が沸き起こる。


 馨お姉様は座っている私を残して立ち上がると、すらりとした体躯を惜しげもなく披露しながら、悩ましいくらいの美貌で私を見下ろした。


「有栖ちゃん。分かっているわよね?」


 顔は笑っているのに、目は全然笑っていない。正直、すごく怖い。


「…ええと」


「次に会えるのを楽しみにしているわ」


「…わ、私も…」


「真理亜。くれぐれも、有栖ちゃんに悪い虫がつかないようにあなたが見張っておくのよ」


(ええ!?)


 急に呼びかけられた真理亜ちゃんはふてくされた顔で頷いた。


「…分かりました」


「じゃあね。ごきげんよう」


 馨お姉様はそれを見て満足げに微笑むと、私へ今度こそ慈愛のこもった柔らかな眼差しを向けた。


「ご、ごきげんよう…」


 私がお辞儀をすると、馨お姉様はひらりと片手を上げて談話室から出て行ってしまった。


(ま、また何かされるかと思った…)


 彼女の姿が視界から消えると、ほっと胸を撫で下ろしたが、鼓動はいつもよりもずっと早いままで、何を期待していたのかと自分でも自分が恥ずかしくなる。


(私ったら……)


 部屋の外でひと際大きい声援が次第に遠ざかっていくのを感じて、馨お姉様が階段を下りて行ったのだと分かった。


「有栖、行かないの?」


 突っ立ったままの私に真理亜ちゃんが声を掛けた。私はぱっと顔を上げて、眉根を下げた真理亜ちゃんの手を自分から取った。


「…!」

「行こっか」


 真理亜ちゃんはこくり、と頷いて繋いだ手を強く握り返すと、二人揃って談話室を出た。予想していた通り、廊下には真理亜ちゃんのファンと思しき女生徒達がずらりと並んでおり、彼女達の熱い叫び声と私への強烈な視線を感じながら、私達は振り返ることなく二人の部屋へと戻っていった。





 部屋へ戻ると、真理亜ちゃんと私はお互い気まずさから言葉を交わすことを避けて、私はベッドに座り、真理亜ちゃんは勉強机の椅子に座って、沈黙の中、時間が過ぎるのを待った。壁に掛けられた時計の針の音だけが静かな部屋にかちこちと響き渡る。

 先に口を開いたのは、真理亜ちゃんだった。


「…有栖」


「っうん?」


 私はびくりと肩を揺らして、真理亜ちゃんの方を見つめた。


「驚かすつもりはなかったの」


「あ、うん、気にしないで」


 真理亜ちゃんが「そうじゃなくて」と首を振る。


「今日会ったばかりで、こんなこと思うのも変だって自分でも思わないわけじゃないのよ。…ただ、有栖が私に話しかけてくれたとき、私、…特別な気持ちを感じたわ」


 真理亜ちゃんはそっと片手を胸元にあてて、言った。


「と、特別って?」


「…言わせないでよ」


 真理亜ちゃんはそっけない言葉とは裏腹に恥ずかしそうに目を伏せた。


「ご、ごめん…」


 私が視線を彷徨わせていると、真理亜ちゃんが小さな声でぼそりと呟いた。


「…がいたら、こんな感じ…って」


「え?ごめん、何て?」


「……っと、友達がいたら、こんな感じかしらって」


「友達」


 真理亜ちゃんの発した単語を復唱すると、真理亜ちゃんは微妙に表情を変えた。


「あ、あなたはそうじゃないのかもしれないけれど」


 真理亜ちゃんの顔にさっと傷ついたような表情が浮かび、私は慌てて左右に首を振った。


「ううん!私は、その、真理亜ちゃんと友達になれたらなって思うよ。…私みたいなのが隣にいるなんて、恰好がつかないかもしれないけど」


「そんなことないわ。あなたじゃないと、駄目なのよ」


「真理亜ちゃん…。な、何か照れちゃうな」


「……そんな顔しないで」


 私達の間に二度目の沈黙が訪れる。けれどそれは、居心地の悪いものでも何でもない、むしろお互いが相手を想うからこそできた間のようだった。

 真理亜ちゃんは椅子から立ち上がると、私の座るベッドへと腰を下ろした。この距離が、私と真理亜ちゃんの今の心の距離を現しているみたいで、ちょっぴり胸が弾む。


「…真理亜ちゃんと私。もう、友達だよね」


「……当たり前でしょ」


 真理亜ちゃんが怒っているような喜んでいるような感情が入り混じった表情で口を尖らす。


「そっか。そうだよね」


「……だから、遠慮はなし」


「うん」


 私が頷くと真理亜ちゃんは柔らかい笑みを口元に浮かべた。


(…一日目にしてもう友達ができるなんて…!)


 私は改めて信じられない思いで隣に座る美少女をまじまじと見つめた。


「…馨お姉様も、どういうわけか知らないけれど、有栖を気に入っている。私はあの人が上級生だからって、遠慮するつもりはないわ」


 私の視線を受け止めた真理亜ちゃんは先程の説明会の時と同じようにつんと澄ました顔で宣言した。


「…私、正直、そのパートナーっていうのも今日聞いたばかりだし、全然実感が湧かないんだけど……馨お姉様ってどんな人なの?」


「そうねえ。そういえば、有栖は馨お姉様と会ったって言っていたわね。一体どこで知り合ったの?」


 真理亜ちゃんが興味津々といった様子でぐっと私の方へ身体を寄せると、ベッドがぎしり、と軋んだ。


「知り合ったっていうか、言葉を交わしただけっていうか…」


「あんな短時間の間に一体、いつ、どこで、どんな風に言葉を交わしたのか、詳しく説明して貰いましょうか」


「ええ!」


「ほら、早く」


 真理亜ちゃんは追い立てるように私を急かした。あの朝の出来事を思い浮かべようとすると、胸の鼓動が急に邪魔してくる。


「えっと、うん。朝ね、私が学院に来るときに道に迷っちゃって、それでちょうど学院の敷地に沿って歩いていたら、上から、馨お姉様が柵を乗り越えて落っこちてきたの」


 私が話し出すと、真理亜ちゃんはふんふんと頷きながら相槌を打った。


「柵を?また、授業をサボっていらしたのね」


(また?あんまり勉強が好きじゃないのかな)


「そう、なのかな。それで、ちょっとだけ話をしたんだ。そしたら、何か気に入られちゃったみたいで…」


「そこが肝心なんじゃない。一体二人きりで何を話したの?」


「えー?いや、あのね、何か緊張しちゃってあんまり覚えてなくて…」


「……そう」


 真理亜ちゃんはあからさまにがっくりと肩を落としてみせた。これ以上、あの記憶を呼び起こさないようにしないと、という思いと単なる興味心から私は真理亜ちゃんに答えて貰えなかった質問をもう一度繰り返した。


「ねえねえ、馨お姉様ってどんな人なの?」


 真理亜ちゃんは「ああ」と思い出したように、目の前で両手を合わせた。


「そうだったわね。馨お姉様は、…そうね。一言でいえば、女たらし」


「お、女たらし?!」

(女の子だよね!?)


 声に出せない驚きがどうやら顔に出ていたみたいで、真理亜ちゃんはくす、と笑みを零した。


「そうよ、女の子限定。あの方は好みの女の子だと見境なく襲…ああ、今のは忘れて。馨お姉様は、女の好みにうるさくて…それに、私以上に自己中な人なの。面倒くさがりで、やる気が起きなければ何にもしないし、誰かに手を貸すこともしないわ。気に入らない子には冷たいし、残酷な方よ」


「は、はあ…」

(女の子が女の好みにうるさくて女たらし…?)


「そして飽き性。二日と続けて同じ女の子と一緒にいるのを見たことがないわ。いつも誰か知らない子が側にいたり…ああ、でも、ここ最近はそういうのはなかったような。何かに執着するっていうのが元からないのかしら。だから、馨お姉様があんな風に、たった一回会っただけの有栖にあそこまで言うなんて、正直驚いたわ」


「…そうなんだ」


 ここまでくると、私の頭はもうとっくに常識で物事を考えることを放棄してしまっていた。


(やっぱり、女子校の常識は外とはちょっと違うんだ…)


「ええ。でも私は今回のことも、あの方の一種の気まぐれだと思っているの」


「気まぐれ?」


 その瞬間、私の胸のどこかがちくりと痛んだ気がした。


「そう。パートナーだなんて言い出して、周りが混乱するのを楽しんでいるのよ、きっと」


「…そ、そっか。そうだよね」

(一人で浮かれて、ちょっと馬鹿みたい…)


 こんな私が会ったばかりの人並み外れた美しい女性に一人ならず二人からも好意を寄せられるなんて、そんなことって普通に考えたら絶対にありえないことだ。


「きっと一日経ったら、馨お姉様はもう有栖をからかうことはないでしょうから、安心して」


 真理亜ちゃんが私を慰めてくれているのが分かる。それを複雑な気持ちで聞きながら、私は無理やり笑顔を作った。


「うん…有難う。馨お姉様って、すごく変わった人みたいだね」


 私の言葉に真理亜ちゃんが華奢な身体のどこに貯めていたのかと思うくらい重くて長いため息を吐いた。


「馨お姉様はものすごく変わっていらっしゃるわ。あの美しさに騙されちゃ駄目よ。それこそクインテット一番の変わり者なんだから」


「あ!そのクインテットっていうのも、もう少し詳しく説明して欲しいかも」


 真理亜ちゃんの口から飛び出た“クインテット”という単語に勢いよく声を上げると、真理亜ちゃんは“勿論”と言うように顎を引いた。


「クインテットというのは、雅お姉様が仰っていた通り、風紀委員会のことを…そして、中でも私達みたいな格別に容姿が恵まれている者のことを指すの」


「格別…」

(雅お姉様も言っていたけど、これぐらい綺麗だったら自覚も芽生えるよね…)


「ええそう。風紀委員っていうのはこの学院の場合、外部のそれとはかなり違うわ。その役割も風紀を正すことに重点を置くのではなくて、私達が風紀委員として存在していることに意味があるの」


「へえ…」


「だから、この学院の風紀委員会は容姿が特別優れている子じゃないとたとえ入れたとしても委員長などの役職には就けないの。…一般的には、既に風紀委員の人からのスカウトで入るものよ」


「じゃあ、真理亜ちゃんも声を掛けられて入ったんだ」


「雅お姉様にね」


「なるほど…」


 私は納得して頷いた。


「あとは、スカウトじゃない場合は風紀委員のお気に入りの子とかね」


「?」


「お手伝いさんって、雅お姉様が言っていたでしょ。あの後ろにいた人達は皆、お姉様方のお気に入りとして風紀委員の入会資格を得たのよ」


「お気に入り…」


 そういえば、とあの場にいて席に座るわけでもなくお姉様方の後ろに立っていた彼女達の姿を思い出す。


「だから有栖は私のお気に入りとして、風紀委員に入れるってわけ」


「あ、有難う…?」

(今、さらりと酷いことを言われたような…)


「どういたしまして」


 真理亜ちゃんがその極上の笑みで私の胸をときめかせた。


(全部、真理亜ちゃんの言う通りだ…!)


 真理亜ちゃんがまじまじと私を見つめる。馨お姉様の妖艶な迫力とはまた違った魅力がいっぱいに詰まった真理亜ちゃんの瞳がどんどん私に近付いてくる。


「ま、真理亜ちゃん…?」


「有栖は私のお気に入りよ」


 真理亜ちゃんは私の唇の端ぎりぎりに真理亜ちゃんの柔らかなその唇をかすめさせた。


「……っこ、こういうことって女子高では普通の、こと…?」


「まさか。有栖だから、するの」


 そう言って、真理亜ちゃんは悪戯を思いついた子供みたいに無邪気な笑顔を顔に浮かべた。私の脳裏に、真理亜ちゃんの瞳が金色に輝いた光景がよぎる。


「馨お姉様の言っていた通り、悪い虫がつかないようにしなくちゃね」


 真理亜ちゃんは口元を両手で抑える私を見て、その光景を心から楽しんでいるように微笑んだ。


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