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4.麗しきお姉様


彼女は私と視線を絡ませると、閉じかけていた瞳を見開いた。


「……あ」


「馨?まさか、あなたの知り合いなの?」


 訝しげに雅お姉様と呼ばれた人がその人を見遣る。


「まあね」


 馨、という名のお姉様はやはり上級生だったようで、雅お姉様という人の問いに妖艶に微笑んで見せた。


「会いたかったわ」


「…!?」


 馨お姉様はゆらりと手すりから体を離し、ふらふらと私の方へ近付いてきた。


「か、馨お姉様?」


 その様子に他の上級生や女生徒達、真理亜ちゃんまでもが目をぱちぱちと瞬かせながら、驚きを隠せずにいる。


「そ、その節は…どうも」


 周りの刺さるような視線に狼狽えながら、私は小さく会釈をした。すると彼女は緩やかに笑みを浮かべると聞いているのが恥ずかしくなるような甘い声で私の名を口にした。


「有栖ちゃん。あなたのこと、探していたのよ。道理でいないわけだわ」


 馨お姉様は真理亜ちゃんを悠然と通り過ぎ、私の隣にぴったりとご自分の身体をくっつけ寄り添った。予想外の展開に私の頭は沸騰寸前になっている。


「あ、あの…」


「有栖から離れてください、お姉様」


 真理亜ちゃんがきつい口調で私に張り付いた馨お姉様へ噛み付いた。だが馨お姉様は涼しい顔で真理亜ちゃんの要求をはねのけると、私の肩に手を置いた。


「真理亜。私もあれこれ口出しするのは嫌いだけれど…そういうことなら、話は別よ」


「…どういう意味ですか?」


 真理亜ちゃんも負けてはいない。馨お姉様を力強く見つめ返している。


「この子とは私の方が先に会っているの」


「…っだからって、いつものお戯れじゃないのですか。馨お姉様が誰か一人に執着するなんて、そんなこと…今までなかったじゃありませんか」


「それも有栖ちゃんと出会う為だった、とでも言っておこうかしら」


 馨お姉様はちら、と私を見下ろすと意味ありげな笑みを目元に浮かべた。それだけで私の胸は高鳴った。


(…心臓がいくつあっても足りないよ)


「あ、有栖は私のルームメイトなんです」


「それがどうしたって言うの?」


「彼女の一番近くにいられるのは私です」


「…お馬鹿さんね。それはあなたが同じ一年生だからよ。ここでは上級生が下級生の面倒を見るの。それはあなたも十分理解しているはず」


「だからって―」


「諦めなさい」


 まるで睨みつけるような、高圧的かつ威圧的な眼差しに真理亜ちゃんが悔しそうに顔を逸らした。


「……っ」


(一体、何がどうなっているの?)


 どうやら事情をのみ込めていないのはこの場で私だけらしい。他の美しい上級生方やその後ろの女生徒達は皆、やれやれといった表情で顔を見合わせている。


「あ、あの…私、確かにこの方と一度お会いしていますけど、それが、どうかしたんですか?」


「かわいそうに。お姫様が置いてきぼりよ」


 雪乃お姉様が口元に指をあてて、くすりと笑みをこぼした。その指摘を受けて、雅お姉様が咳払いをする。


「ここでは目立ちすぎるわ。上の、談話室なら私達だけで話ができるでしょう」


 気付けばギャラリーが先程よりも増えている。私達を取り囲むように、集まった女生徒が遠巻きに熱い眼差しを上級生のお姉様方、そして真理亜ちゃんに送っている。


「移動するのね」

「賛成」


 雪乃お姉様がにっこり笑い、倫子お姉様が片手を軽く上げた。


「行きましょうか」


 馨お姉様は私の肩を抱くようにして、階段を上ろうとする。


「は、はあ…」


 私はあんな風に上級生からきつい言葉を浴びせられ続けた真理亜ちゃんが心配で、彼女へと遠慮がちに視線を飛ばした。真理亜ちゃんは私と目が合うと一瞬だけ、悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに上級生のお姉様方に続いて階段を上がっていった。




 案内されたのは二階のこじんまりとした談話室だった。確かに、このメンバーだけで席が埋まってしまうくらいの小ささだ。ここなら、人の目を気にせず話ができそうだ…と思ったのも束の間、扉を閉めると談話室の外からこちらの様子を窺おうとする人で廊下がいっぱいになった。


(…今日って転校初日なんだよね…)


 こんな大変そうなことに巻き込まれるなんて、と私は心の中でため息を吐いた。


(二人とも、今日会ったばかりなのに…どうして私のことを気にかけてくれるんだろう)


 特にこれまでも人から悪い印象を持たれたことはないし、自分でもそういうタイプではないとの自覚もあるが、かといって無条件に人から好かれるというわけでもない。いたって平凡。髪の毛はやや癖毛で、朝は大変だし、胸より下まである髪は頭を洗う時だって面倒だし乾かすのにも時間がかかる。素早く動くのはあまり得意ではないから、体育の成績も平均以下。


(顔だって、真理亜ちゃんみたいに可愛くないし…)


 特徴といえば、少し困り顔だということだけで別に人から羨ましがられるような美人でもない。身長も155センチで体型は太くも特別細くもない。どこからどう見ても、平凡そのもの。そんな、どこにでもいるはずの年頃の女の子である自分が、まさか転校初日からこんな目に遭うとは。今でも信じられない。


「さて、話の続きを始めましょうか」


 雅お姉様が腕組をしながら言った。私が外に集まっている人々へちらりと視線を送ると、雅お姉様は言った。


「気にしなくていいわ。防音に作られているから、扉を閉めてさえいれば外にいる人にはここでの会話は聞こえないわ」


「そ。防音だから、喚いても叫んでも無駄ってわけ」


「……!」


「もう。倫子はどうしてそういうこと言うの。怖がらせちゃダメじゃない」


 雪乃お姉様が呆れたように倫子お姉様を咎めた。しかし、私の隣に座りぴったりと身体をくっつけたままの馨お姉様まで、倫子お姉様へ冷ややかな視線を送る。


「倫子」


「…絶対しないから」


「分かっているならいいの」


 馨お姉様は優しくそう言うと、微笑んだ。倫子お姉様は気まずそうな顔で眼鏡をくいとかけ直した。


「まずは自己紹介からお願いできるかしら。私達…真理亜と馨以外、あなたのことを存じ上げないものだから」


 雅お姉様の言葉にうんうん、と頷く倫子お姉様、雪乃お姉様。そして数名の女生徒達。


「あ、はい!…あの、今日からミストレス女学院に転入してきました、一年生の星野有栖と言います。…真理亜ちゃんとはクラスが同じで、あとお部屋も一緒で…仲良くしてくれて、すごく感謝しています」


 私はその場で会釈をした。まさか、こういう形で本日二回目の自己紹介をする羽目になるとは思わなかった。


「よくできました」


 私を褒める馨お姉様をじろり、と雅お姉様が睨んでから何事もなかったように口を開いた。


「…星野有栖さんね」


「はい」


「私は、三年生の一条雅いちじょうみやびよ。こういう形で顔を合わせることになって、正直私も驚いているのだけど…転入早々、巻き込まれたあなたの方が災難だったわね。でも、この学院は悪いところじゃないわ。それだけは分かって欲しいの。…これから、宜しく」


 雅お姉様は相変わらず背筋の伸びるような鋭い視線を私に対して向けてきたが、口調はそれほど厳しいものではなく、その口ぶりからはむしろ雅お姉様もまた私同様この展開に混乱しているのだと分かった。私は小さく顎を引いた。

 雅お姉様に続いて、倫子お姉様が口を開いた。


「私は宍倉倫子ししどりんこ。雅達と同じく三年生よ。下級生にはこう見えて優しいの。宜しくね」


 眼鏡の奥に潜む瞳には、言葉とは裏腹に悪戯を企んでいるような怪しげな眼光が煌めいている。


 その横に腰かけた雪乃お姉様が上品にお辞儀をすると口を開いた。


「私は三年の赤坂雪乃あかさかゆきのと申します。有栖さん、どうぞ宜しくね」


「…はい。よろしくお願いします」


 あらかた挨拶が終わったかと思うと、隣にいる馨お姉様がそういえばと思い出すような口ぶりで自己紹介を始めた。


「私、まだ名乗っていなかったわよね」


「は、はい」


 すると、前に座っている三人のお姉様方がそれぞれ驚きの表情を浮かべた。


「…呆れた」

「それ、本当?」

「まあまあ」


 馨お姉様はそれらを一切無視して言った。


「私は鳳凰院馨ほうおういんかおると言うの。三年生よ。だから、かおるお姉様と呼んで?」


「…馨お姉様」


「いい子ね」


 何だか、子ども扱いされているような印象を受けるのだが、これは彼女にとっては当たり前の、下級生に対する接し方なのだろうか。


「私達は、このミストレス女学院の風紀委員のメンバーなの。一年生である真理亜も含めてね。委員長はこの私、一条雅が務めているわ。副委員長は馨と雪乃。あとはヒラ」


「ちょっと!」


 暗にヒラと呼ばれた倫子お姉様が膨れっ面で抗議する。真理亜ちゃんは何も言わずに端に座っている。

 雅お姉様は倫子お姉様の言葉を全く意に介さず、説明を続けた。


「で、後ろのこの子達は私達のサポートをしてくれている…いわば、お手伝いさん」


「…はあ」


 雅お姉様からお手伝いさんと紹介された女生徒達は私に向かってお辞儀をした。私も慌てて頭を下げる。


「私達は一般の生徒からクインテットと呼ばれているの」


 私は、下にいた時に女生徒が叫んでいた”クインテット“という単語を思い出して、『ああ!』と心の中で相槌を打った。


「まあ、一般的には風紀委員全体というよりこの中の五人を指して使われるみたいだけど。…理由は、分かるでしょ?」


 雅お姉様は自信たっぷりに言ってのけた。自分の美貌をこれほども疑っていない、という堂々とした姿勢に、確かに彼女達の美貌は完璧だったが、それに伴う自尊心の高さを思い知らされた。


「三年生の鳳凰院馨、一条雅、赤坂雪乃、宍倉倫子、そして一年生の君瀬真理亜。この五人が実質、クインテットと呼ばれるメンバーよ」


 私はもう一度、彼女達を見つめた。名前を呼ばれた全員が、ここに一堂に会していること事態が奇跡だと思えるくらい、誰もがとびきり美しかった。そして、選ばれた美貌を持つ彼女らがどうして私なんかをそのような熱心な眼差しで見つめているのかも、考えてみたところでさっぱり分からなかった。


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