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お姉様はヴァンプ!~乙女の花園ミストレス女学院高等部より~  作者: 藤堂みちる
~第2章 ハーフヴァンプ!?な女学院生活~
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39.真夜中の訪問者


 幸せな気持ちだった。今まで感じたどんな幸福を集めても足りないくらいの幸せだった。たっぷりのお湯に全身浸かっているかのようなぽかぽかと温かい感じがずっと続いている。手足の先まで包まれている安らぎはどれほど寝返りを打とうと振り払えない。死んでもいいくらいの幸せとはこういう気持ちを言うのだろうか。勿論、本気で死にたいとは思わないけど、それくらい満ち足りた気分だった。まさか私にこんなことが起きるなんて。もう何回思ったか分からないことを懲りずに心の中で呟いてみる。でも、人生はそういうものらしいのだ。まさかと思うようなことが死ぬまでに一度は起こるのだという。


(私の場合はいくら何でも多すぎると思うけど)


 もしかしたら、誰かの人生で起こるはずだったまさかを私が独り占めしてしまったのかもしれない。それはそれで申し訳ないなあと思う。五度目の寝返りを打って目を開けた。それより前から目覚めてはいたのだけど、瞼を閉じていたら夢の中に戻れるかと思ってそうしていた。だけど、目を閉じていると、あのときの光景が瞼の裏に浮かび上がってきて、どんどん頭が冴えていった。


(馨お姉様とエンゲージを結んだんだ……)


 それがどういうことなのか、目に見える変化は真里亜ちゃんが教えてくれた。私の血は馨お姉様にしか与えられず、私もまた馨お姉様の血しか飲めない。どちらか片方が欠ければ、想像以上に困った事態になるに違いない。あの面倒くさがりの馨お姉様がこんな面倒なことを引き受けてくれたのだから、結構自惚れてもいいのかもしれない。


「ふふ……」


 堪えきれない笑いが室内に響いた。真理亜ちゃんのベッドから唸るような声が聞こえて、慌てて口元を押さえる。


(やばい、起こしちゃったかな……)


 そのままの姿勢でしばらくじっとしていると、再び穏やかな寝息が聞こえてきた。


(良かった。まだ眠っているみたい)


 安堵のため息を吐くと、静かに体勢を変える。暗闇にも目が慣れて、室内をぼうっと見つめながら、今までのことを一つずつ思い出していく。


(……真理亜ちゃんには数えきれないくらい助けて貰って、なのに馨お姉様を選んだ私を突き放すこともせず、前と同じように優しくしてくれる。いつか、真理亜ちゃんにも素敵な人が現れたら、そのときは私も全力で応援しよう。この先、どんなことが起きるのか、どんな未来が待っているのかなんてさっぱり分からないけど……でも、私が感じている幸せを真理亜ちゃんにも感じて貰いたいな……)


 そんなことを考えながら、二度目の睡魔に促されて目を閉じたそのとき、室内に耳障りなノックの音が届いた。



“コン、コン、コン”



(!?)


 意識が無理やり現実に引き戻されて瞼を開いた。暗闇の中、音がした扉の方をうかがい見る。


(い、今、ノックの音がしたような……でもこんな時間にそんなまさか……そ、空耳だよねそうだよね。うん、空耳に決まっている。今日は色んなことがあったから、疲れちゃったんだな、私。そうだそうだ、きっと空耳に決まってるよ)


 無理やり納得させて、もう一度目を閉じる。そのときだった。



“コン、コン、コン”



(うわああああ、やっぱり空耳じゃない! だ、誰かがノックしている! こんな時間に! と、扉を! ノックしている!)


 目を開ける余裕なんてなかった。タオルケットを頭の先まで引っ張り上げて、きつく目を瞑った。


(真夜中に扉をノックするってもしかして……初井さんが言っていた、あの話の……)


 学校にいる間、初井さんと交わしたばかりの会話が思い出される。



『そ、それでね……お化けが現れるっていう時間はというと、大体夜中の二時から三時くらいの間らしいの。皆が寝静まっている頃に出るんですって。寝ていると、部屋の扉を三回叩かれて、それに答えてしまうとあの世へ連れて行かれてしまうらしいわ。お化けを見たって人は、扉を叩かれてもすぐに返事をしないで、少し時間を置いてこっそり廊下を確認したら、廊下を通り過ぎていくお化けの姿を見てしまったんですって』



 そのお化けが今、扉の向こうにいるのなら鳥肌どころではない。


(ど、どうしよう。真理亜ちゃんは気付かず眠っているみたいだし、こ、こういうときは寝たふりをするのが一番いいはず……。それに初井さんの話ではノックは三回しかないみたいだし、あと一回耐えれば……でも、心臓に悪すぎるよ……!)


 扉を叩く音の余韻がまだ耳の奥に残っている。ばくばくと跳ねる心臓の音と重なって、静寂に包まれているはずの室内が不気味に騒がしい。


(真理亜ちゃん、お願いだから目を覚まして……!)


 祈りも空しく真理亜ちゃんの穏やかな寝息がタオルケット一枚で隔てた向こう側から聞こえてくる。身動きすら取るのをためらうほど、もどかしい時間が続く。そのとき、あの音が再び室内に響いた。



“コン、コン、コン”



(き、きた! 本当に! ということは……これで三回目だからもう次はないってことで良いんだよね……)


 息を潜めて待ってみるが、四度目のノックは聞こえてこない。初井さんの言う通り、三回ノックしても返事をしなければ諦めてくれるのだろうか。意を決してタオルケットを鼻先まで下げると、暗闇に目を凝らした。


「…………」


 視界には何も変わったところは見られない。心を奮い立たせ、ゆっくりその場に置き上がると、タオルケットで身をくるんだまま、真理亜ちゃんのベッドに近付いた。


「真理亜ちゃん……起きて、真理亜ちゃん……」


 扉の向こう側にいるかもしれないお化けに聞こえないよう、声を落として真理亜ちゃんに囁きかける。


「ん……」


「真理亜ちゃん、で、出たの……お化けが出たの」


「有栖……?」


 呼び掛けに応え、ようやく薄目を開けた真理亜ちゃんが眩しそうな目でこちらを見つめた。


「どうしたの……何かあったの?」


 両目をこすりながら、小さく欠伸をした真理亜ちゃんは上半身をゆっくりと起こした。


「まだ起きる時間じゃないでしょう……?」


「お、お化けが……初井さんが言っていたお化けが出たの……!」


 眠そうにしていた真理亜ちゃんは“お化け”という単語を聞くと、突然、かっと目を見開き、表情を強張らせた。


「お、お化けですって?」


「うん……。さっき、扉をノックされて……」


「な、の、ノック……そ、それで有栖は……?」


「ううん。何もしていないよ。返事もせずにじっとしていたら、ノックの音が止んだの。初井さんは三回ノックされて返事をせずにいれば何も起きないって言っていたから……多分、諦めたんだと思う」


 真理亜ちゃんはごくりと息を呑んで、扉の方を見つめた。


「こ、この部屋の前にいたのは確かなのね」


「うん。もう音はしないから大丈夫だと思うんだけど……とにかく怖くって……」


「こ、怖くなんかないわよ。ただ驚いただけだわ」


 勢いよく首を振った真理亜ちゃんの表情は依然として強張っていた。


「いや、私が怖いって意味で……」


「怖がっちゃダメよ、有栖。そうよ、怖がるなんてもってのほかだわ。ただの悪戯かもしれないのに馬鹿馬鹿しい。これ以上、野放しにしておくのは危険よ。正体を確かめなくちゃ。お化けなんて、子供だましよ。私は怖くなんかないわ」


 真理亜ちゃんは強い口調でそう言うと、私の腕を掴んだ。


「怖がる必要なんて何一つないのよ。だから私達で確かめるのよ、有栖」


「ええっ? た、確かめるってどうやって」


 思わず頬を引きつらせた私を逃がさないとばかりに真理亜ちゃんが握る手に力をこめた。


「二人でお化けの後を追いかけるのよ」


「ええええー!」


 とんでもない提案に悲鳴を上げると、立ち上がった真理亜ちゃんの片手が素早く私の口を塞いだ。


「まだ近くにいるかもしれないんだから、静かに」


「ひゃ、ひゃい」


 耳元で囁かれ、くすぐったさに身をよじりながら頷くと真理亜ちゃんの手が離れた。真理亜ちゃんはいつになく険しい顔を浮かべると、自分に言い聞かせるように言った。


「こんなことでお姉様達の手を煩わせるわけにはいかないわ。何としてでも私達で解決するのよ。そしてお化けはいないと証明するの。あんな非科学的なもの、存在するはずがないわ。お化けなんて、人間が作り出したまやかしよ。ちっとも怖くないわ」


 私からすれば十分、非科学的な真理亜ちゃんの口から出た言葉はお化けの信憑性を色濃くさせた。お姉様達の手を煩わせたくないという気持ちは同じだけれど、お化けへの恐怖はそう簡単に乗り越えられるものじゃない。


「も、もし、本当だったら? お化けが本当にいるって証明しちゃったらどうするの?」


 真理亜ちゃんは黙った後、今まで聞いたことのないような低い声で言った。


「そんなことは……許されないわ」


 そのあまりの気迫がこもった言葉に、それ以上の不安は飲み込むしかなかった。


「さあ、行くわよ。有栖」


「うう……」


 真理亜ちゃんにがっしり腕を掴まれ後ずさることもできず、私達は恐る恐る扉へ近づいて行った。

 そのまま扉の前で、真理亜ちゃんが扉を開けてくれるのをどきどきしながら待っていると、真理亜ちゃんはとんでもないことを口にした。


「準備はいいわ。開けてくれるかしら」


「えええっ! 真理亜ちゃんが開けてくれるんじゃないの?」


 飛び退こうとした私を真理亜ちゃんがぎゅっと腕にしがみつき、引き留める。


「何を言っているの。私の両手が塞がっていたらいざというとき困るでしょう」


「そんなあ」


「ほら、気を付けて。慎重にね。何かあったら私が守ってあげるから」


 真理亜ちゃんの微笑みに押し出され、渋々、ドアノブに手を伸ばした。


「何かあったら絶対助けてね……」


「ええ。いいわ」


 真理亜ちゃんを信じて、ゆっくりとドアノブを回し、扉を開ける。隙間から廊下の生温かい空気が流れ込み、緊張から心臓がきゅっと痛んだ。

 二人とも黙って、扉の隙間から恐る恐る廊下を覗く。


「何も見えないわよね」 


 真理亜ちゃんが私の後ろで問いかける。

 恐怖をこらえて、人影を探すが真夜中の廊下に人の気配はない。


「うん、何も……」


「本当?」


「うん。誰もいないみたい」


 暗闇に包まれた廊下は昼間のそれとは違う雰囲気がある。それ以上見ているのが怖くて、真理亜ちゃんを振り返ると、明らかにほっとしたような笑みを浮かべていた。


「そ、そう。なら良かった。あ、いいえ、今後は厳しく調査しないといけないわね」


「うん。でも今日はもう遅いし、明日にしようよ。万が一、お化けに遭遇しちゃったら、魂を抜かれちゃうかもしれないし、そうなったらどうしていいか…………真理亜ちゃん?」


 急に真理亜ちゃんの表情が固まった。真理亜ちゃんの視線が私の後ろを真っすぐ見つめて止まっている。


「あ……あり……す……」


「え?」


「う」


「う?」


 真理亜ちゃんの唇が震え、人差し指で私の後ろを指す。


「後ろ……」


 嫌な予感がして、ぎこちなく後ろを振り向いた瞬間、視界が真っ白に埋め尽くされた。


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