表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お姉様はヴァンプ!~乙女の花園ミストレス女学院高等部より~  作者: 藤堂みちる
~第2章 ハーフヴァンプ!?な女学院生活~
41/44

37.血のエンゲージメント


 馨お姉様は私の言葉に酷く驚いたようで大きな目を更に見開いた。唐突ともいえるこの要求に馨お姉様は混乱した様子で長い睫毛を瞬かせる。


「有栖ちゃん……?」


 馨お姉様の眼差しが私の真意を測ろうと見つめ返してくる。私は覚悟を決めて頷いた。


「馨お姉様のニエにして欲しいんです、私を。……パートナーっていう関係だけで結ばれているんじゃなくて、もっと強い絆が欲しいんです。私と馨お姉様の間に、強い何かが……」


「有栖ちゃん……」


 馨お姉様は私の視線を受けても、まだ疑いの色をその瞳に残していた。


「本当に良いの?」


 私がもう一度頷くと、馨お姉様はようやく期待と喜びをその表情に見せ始める。それでも、馨お姉様の唇は僅かに震えているようだった。


「私のニエになるということは、私以外のヴァンプの吸血を拒むということ。ニエというのは契約を交わした相手だけに血を捧げることができるの。私が契約を解かない限り、貴方はこの先一生私のニエとして他のヴァンプに一滴の血を与えることも許されず、生きていくことになるのよ。真理亜に血を与えることもできなくなるわ。それでも、私のニエになりたいと思う?私のニエになることを選んで、後悔しないと誓える?……今回みたいに有栖ちゃんのことをまた失望させてしまうかもしれないのよ。危ない目にだって遭わせてしまうかもしれないのに……。そんな私のニエになりたいと言うの?」


 こんな風に弱音を吐く馨お姉様を見るのは初めてだった。いつもの余裕たっぷりの馨お姉様とはまた違う、言葉を換えれば人間味溢れるその姿に馨お姉様の本来の姿が少しだけ見えた気がした。


「私のニエになったら、これまで以上に静花や鄙乃が貴方にしつこくまとわりついてくるかもしれないわ。有栖ちゃんはそれでも良いの?」


「私は後悔したりしません。馨お姉様のニエになれるなら……パートナーやハーフヴァンプっていう中途半端な立場じゃなくて、馨お姉様とちゃんとした繋がりが持てるなら……。馨お姉様は私が馨お姉様のニエになること、お嫌ですか?」


 馨お姉様は私の言葉にきっぱりと首を振った。


「嫌なはずないじゃない。……私はね、これまであまり人と深く関わることを避けてきたの。有栖ちゃんの前で言うのは躊躇われるけれど、私にとって人間は全て生きる為に必要なものでしかなかった。そういう点では静花も私も変わらないわ。私達ヴァンプが人間の血を求めるのは自然なことで、ずっと昔から行われてきた行為を非難することなんて考えられなかった。ただ、気まぐれにその辺に咲き乱れる花を一輪手折り、花の蜜を吸うことの何が悪いのかってね。人間がヴァンプと同じようにものを考え、話すと知っていても、私にとってはヴァンプでないというだけで……同じ種族ではないというだけで、可憐な花の行く末を気にかけることはなかった」


「馨お姉様……」


「静花もまた表面的には慈しんでいるように見えるけれど、それは花が蜜を垂らしている間だけのこと。蜜を絞り取ってしまったらもう用はない。さすがに私はその命を枯らすまで吸い尽くすことはしてこなかったけれど、それは単に後始末が面倒だったから。……まさか人間のことにこれほど気を配ることになるなんて、思いもしなかったわ。もう人間ではなくなってしまったけれど」


 そう言って馨お姉様は肩をすくめた。


「私は有栖ちゃんが考えてくれている程、優しくもないし情が深いわけでもない。生きる為、人間の血を啜ることに何の罪悪感も覚えたことはない、強欲な生き物よ。正直に言えば、有栖ちゃん以外の人間には今でも何の興味も湧かないし、関心すら持てないわ。私は有栖ちゃんに出会ってからずっと、貴方にだけ心を奪われているの。……有栖ちゃんに惹かれるこの理由を言葉で説明することはできないわ。だからこそ、この気持ちを愛と呼ぶのでしょうけれど」


 馨お姉様が愛おしいものを見るように温かな眼差しを私に向ける。馨お姉様に見つめられると、私の心はたちまち春の陽だまりみたいにぽかぽかと温かくなる。


「馨お姉様が心細かった私の隙間を埋めてくれたんです。どんな馨お姉様でも私は、私の側にいてくれる馨お姉様を信じています。たとえ酷い人でも、私にとっては優しいお姉様ですから」


 馨お姉様が私の言葉に目を細めた。馨お姉様の心に私のこの想いは伝わったのだろうか。


(馨お姉様に、ううん、馨お姉様だから私は彼女のニエになりたいんだ)


「有栖ちゃんが私のニエになりたいと心から願ってくれるのなら私はそれに応えるまで。……あのとき有栖ちゃんをヴァンプにしなくて良かったわ。貴方がハーフヴァンプだからこそ、私のニエにすることができるんだもの」


 馨お姉様がそっと微笑み、私も照れたように笑みを浮かべる。


「私も半分だけ人間のままで良かったです。馨お姉様と同じヴァンプになりたいなんて思ったこともあったけれど、そうなっていたら私がニエを持つことになってしまっていただろうから」


「ふふ、そうね。有栖ちゃんのニエになりたい子が出てくる度にやきもきしなければならないなんてご免だわ」


 馨お姉様がそう言って笑うと、私の頬に触れていた手を首筋へと降ろしていった。

 ニエになる為にはどうしたらいいのか、その方法を知らない私は緊張して表情を強張らせる。馨お姉様は私の首筋を摩るように手を這わせた。馨お姉様に直に触れられているところが熱を帯びたように熱くなる。

 吸血されるときとよく似た、体の内から生じるような正体不明の熱っぽさにたまらず私は声を上げた。


「あ、あの、質問しても良いですか」


 馨お姉様が私を見つめて口元の端を弛めた。


「どうぞ?」


「ニ、ニエになるって、具体的にはその、どうやってなるんですか」


 これまで馨お姉様には私がハーフヴァンプとして生き長らえる為に何度も血を貰ってきたが、今回のこの契約というのもその延長線上にあるものなのだろうか。


(馨お姉様に血を貰うときはいつも気持ち良くなっちゃうから今回もそうだったら良いな……ってそうじゃなくて、また気を失って迷惑をかけたくないし、それにもし痛かったりしたらやっぱり怖いし……うう)


 契約という重々しい言葉から、それに伴う行為というのもまたそれ以上に覚悟のいる行為なのだろうかと心配になって顔を曇らせた私に、馨お姉様が優しく微笑みかけた。


「そう難しくはないわ。お互いの薬指と薬指の血を交わらせ、血のエンゲージメントを結ぶことで、ニエという特別な関係になれるのよ」


「血のエンゲージメント……」


 初めて聞く言葉の厳かな響きにどきりと胸が高鳴る。


(エンゲージメントってエンゲージリングとかそういうエンゲージ……のことだよね)


 どきどきしながら馨お姉様を見つめていると、馨お姉様はふっと力を抜いたように笑った。


「人間は指輪で相手を縛るけれど、私達は血によって相手を縛るの。指輪は自分の意志で簡単に外すことができるけれど、血の関係はヴァンプに有利なようにできているから、ニエの意志で関係を放棄することは不可能よ」


「それじゃ、馨お姉様の意志で私をニエじゃなくさせることもできるんですか」


 私の問いに馨お姉様が不敵な笑みを浮かべた。


「そういうこと。でも、私がやっと自分のものになった有栖ちゃんをそう簡単に手放すと思う?」


 一人で頬を熱くさせていると、馨お姉様が柔らかな笑みを浮かべたまま、最後に念押しするように私へ尋ねた。


「有栖ちゃん。私のニエとして生きていく覚悟はいい?」


 その問いに私は深呼吸をして、大きく頷く。


「……はい」


 馨お姉様は私の決意を知って、瞳を輝かせた。そして私の首筋から名残惜し気に手を離すと、左手を私の前に開いて見せる。


「有栖ちゃんも左手を出して」


 言われた通り、左手を馨お姉様の前に差し出す。


「少しだけちくっとするわよ」


 馨お姉様が私の左手を絡めとるように引き寄せると、薬指だけを摘まんで馨お姉様の真っ赤な唇に近付けた。


(あっ……)


 馨お姉様の口元からきらりと覗くヴァンプとしての牙が私の薬指の腹に押し当てられる。思わずぎゅっと目を瞑った瞬間、皮膚の裂ける痛みとじわりと溢れ出る血の感触が私を襲った。


「舐めて、有栖ちゃん」


 馨お姉様の言葉に目を開けると、案の定、私の薬指からは赤い血が溢れていた。馨お姉様は私の口元へその指を誘うように近付ける。


「さあ、口に含んで」


 私はおずおずと自分の薬指を口に含んだ。途端に血の味が口の中いっぱいに広がる。甘美なはずのその味は自分のものだからかいつも口にしているそれとは全く別物に思えた。


(う、自分の血って、あんまり美味しくないんだ)


 そうは言いつつも、薬指をしゃぶっていると、馨お姉様が自分の左手の薬指に鋭い牙を立てた。ぷつりという嫌な音がして、馨お姉様が顔を離すと、指先から深紅の血が玉のように溢れだす。それを確認すると、馨お姉様は同じように薬指を口に含んだ。


「……有栖ちゃんの血より美味しくないわ」


 そう言いながら、薬指を上下に舐める馨お姉様の仕草がとても卑猥に映る。


(な、舐め方が………い、いやらしい……)


 その姿に釘付けになっていると馨お姉様は挑発するような眼差しのまま、薬指から唇を離し、私の目の前に左手を掲げた。


「次は私の手に有栖ちゃんの手を重ねるの。薬指の腹がぴたりと合うようにね」


 目の前に掲げられた馨お姉様の手の薬指の腹に新たな血が滲みだす。ハーフヴァンプにとってはたまらないその光景に思わずごくりと生唾を呑み込むと、馨お姉様が苦笑して言った。


「有栖ちゃんたら、食いしん坊ね。まだ駄目よ。もう少しだけ我慢して」


「す、すみません」


 私は馨お姉様の血を舐め取りたい衝動を胸の奥に封じ込め、自分もまた血の滴る左手を彼女の手へ重ね合わせた。


「さて、薬指を重ねた後は……どうするか分かる?」


 馨お姉様がガラス玉のような瞳に私を映して悪戯に首を傾げる。私が首を振ると、馨お姉様は自分の血で真っ赤に染まった唇を開いた。


「……こうするのよ」


 にやりと口元を弛めたその瞬間、馨お姉様は私の唇を鮮やかにさらった。


「んんっ!」


 馨お姉様の舌が私の唇を無理やりこじ開け強引に侵入してくる。奥へ隠れようとした私の舌を逃がさず絡めとると、馨お姉様は私の口の中に染み込んだ血を一滴残らず味わうように吸い付いた。


「ん……っんう……」


 私もまた馨お姉様の舌から伝わる血の味を受けて、次第に自らその血の味を求めるように舌を動かしていく。


「あ……っ……んんっ……!」


 馨お姉様と私の舌が淫らに絡み合い、私の中に馨お姉様の血の味が流れ込むと、私もまた夢中で馨お姉様の舌へ吸い付いた。いつしか左手だけではなく、右手も絡み合わせるように重ねながら、私達は甘美な血の交渉に没頭した。


(やっぱり、馨お姉様の血って……すごく、美味しい……)


「ふっ……あ……っ」


(もっと、もっと欲しい……)


 純粋な欲望に突き動かされるようにして、私は馨お姉様の口内を犯していく。馨お姉様もまた私の歯列を丁寧になぞる様に舌を動かす。


 うっとりするような血の味と唇を啄む快感に溺れながら、私は馨お姉様のことしか考えられなくなっていく。口の端から涎が垂れていくのも構わず、馨お姉様へ必死に食らいつく今の私の姿がどれほど淫靡なものかなど、知る由もなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ