3.再会
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「二階は上級生のお部屋の他に小さな談話室があるわ。それより広い談話室は一階にあるの。シャワー室や浴場、食堂なんかも一階。あとは各階に自習室があるくらいかしら」
順番に二階、一階と各階の様子を見ていきながら、その広さと豪華さを目にする度に私はいちいち呆けた顔をしなければならなかった。
(…すごい。寄宿舎っていうより、ちょっとしたホテルみたい)
「各階に遊戯室や共有のキッチンスペースもあるけれど、あんまり使ったことないわね。ああ、そうそう。平日の消灯時間は夜の十時半よ。それ以降は部屋から出てはいけないの」
「休日は違うの?」
「ええ。特に決められてないけれど、十二時が暗黙の了解になっているわ」
「ふうん」
「…と、こんな感じで一通り案内したけど、どう?」
真理亜ちゃんは一階の談話室の前で立ち止まると、私を見た。
「うん。有難う。大体、分かったと思う」
「…それと最後に。一階には、あんまり長居しない方がいいわ」
「え?どうして?」
「…じきに分かるわよ。とにかく、うるさいんだから」
「?」
真理亜ちゃんはあのうんざり顔でため息を吐くと、談話室の方を窺うようにちらりと見た。たまたま中にいた女生徒が真理亜ちゃんの姿を見て、黄色い悲鳴を上げる。
(真理亜ちゃんのファンがってことかな?)
それにしても入学してまだ一カ月たらずのはずなのに、同級生は勿論のこと上級生の方まで虜にしてしまったらしい真理亜ちゃんって、一体どれほどすごい女の子なのかとつくづく感心してしまう。確かに、容姿は今まで生きてきた中でもお目にかかったことのない、すごく美人な部類の顔立ちの子だとは思うし、私なんかが一緒にいて申し訳ない気持ちがないわけじゃないけれど。
(…そういえば、あの人もここの生徒、なんだよね)
私は今朝方、突然上から降ってきた上級生らしき女性の姿を思い浮かべた。あの人も目を見張るほどの美貌の持ち主だったが、真理亜ちゃんとはまた違うタイプの美人だった。
「……」
(こ、この記憶も思い出しちゃだめなやつ!)
私は勝手に再生されそうになるあの人との出会ったシーンを頭を振って、打ち消そうとした。真理亜ちゃんが横できょとんとした顔をしている。
「有栖?」
「あ、ううん。何でもないの」
「…お夕食の時間までは、まだ少しあるわ。部屋に戻りましょうか」
「そうだね」
真理亜ちゃんが階段の方へと私の手を引いた、そのとき。ふわり、と私の鼻腔を嗅いだことのある甘い香りが通り過ぎた。
(この香りは…)
何やらざわつき始めた玄関の方からひときわ甲高い歓声が弾けた。それも一つではない。幾つもの女生徒達の声が激しく重なり、混ざり合っている。
「「きゃああ!クインテットの皆さんよ!!」」
「お帰りなさいませ、雪乃様!」
「馨様ぁ」
「雅お姉様!」
「り、倫子様!」
「っな、何…?く…?」
私があっけに取られていると、真理亜ちゃんがぎゅと力強く私の手を握り締めた。
「真理亜ちゃん?あれって…」
「有栖が気にすることじゃないわ」
真理亜ちゃんは少し焦っているような苛立っているような表情で冷たく言い放つと私の手を強く引いた。
「まずいわね。急ぐわよ」
何がまずいのか。何故急がなければならないのかも分からず、私は真理亜ちゃんに手を引かれるまま、足早に階段のところまで連れて行かれた。
だが階段を目の前にして、真理亜ちゃんは唐突にぱっと私の手を離した。
「…真理亜ちゃん?」
真理亜ちゃんは階段の前で足を止めると、そこから一歩も動かなくなった。
「………?」
どうしたのだろう。ちらりと私が真理亜ちゃんの背から顔を出すと、そこには真理亜ちゃんの行く手を阻むように想像を絶するほど見目麗しい女生徒が四人、立っていた。その後ろに控えるように数名の可愛らしい顔をした女生徒の姿もある。
(な、何なの…?)
その光景はまるで女神がこの瞬間、地上に降り立ったかのようなある種の神々しささえ感じさせる、目もくらむような輝きを放っていた。息をするのも忘れるほど、美しい顔をした女性達は皆個性的で、同じ制服を着ているというのに誰一人として同じ雰囲気をしていない。
(すごい…綺麗な人達ばかり…)
「真理亜」
中でも柔らかなウェーブがかった茶髪を腰まで垂らした女性が、冷ややかな声で真理亜ちゃんの名を呼んだ。
「……雅、お姉様」
真理亜ちゃんはさも嫌そうに顔を歪めた。知り合い、なのだろうか。
「委員会をサボるなんて、良い度胸してるじゃないの」
真理亜ちゃんから雅お姉様と呼ばれた女性は、にこりともせず言い放った。その言い方に聞いている私が叱られているようで、身体が縮みそうになる。しかし、真理亜ちゃんはちっとも動じていない様子で言い返した。
「…気分が、優れないもので」
「あらそう。その割には、随分と血色が良いけれど」
「……今は、だいぶ良くなったんです」
今度は、雅お姉様という人の隣で腕組をして立っている、栗色の髪を胸まで伸ばし、眼鏡をかけた利発そうな女性がからかうように言った。
「へえ。私は女の子と仲良くおてて繋いで帰ったって聞いたんだけど」
「…倫子お姉様の聞き間違いでは?」
真理亜ちゃんはつん、と顎を尖らせた。
「あらまあ。一年生の癖して生意気なんだから」
「倫子ったら。駄目よ、“まだ”一年生なんだから、可愛がってあげなきゃ」
その後ろで倫子と呼ばれた人にしなだれかかるようにして、長い髪をハーフアップに結った垂れ目の女性が言った。ぽてりと膨らんだ唇が印象的だ。
「雪乃は甘いのよ」
「そうかしら。あなたもそう思う?」
雪乃お姉様という人が「馨」と呼びかけながら後ろを向くと、その視線の先で階段の手すりに寄りかかり、どこか興味がなさそうな顔をした長身の女生徒が一人、気だるげに肩を軽く上下させた。
「さあ」
その女性の顔を視界にはっきりと捉えると、私は思わず大声を出した。
「ああっ!」
「ん?知り合い?」
「有栖、お姉様を知っているの?」
倫子お姉様と真理亜ちゃんが私の声に驚いて、同時に私の方を振り返った。私は何と答えて良いか分からず、もごもごと口ごもった。目の前にいる短めの髪の女生徒は、忘れもしない、数時間前に私の上に落っこちてきた凄まじく美しい女性その人だった。