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お姉様はヴァンプ!~乙女の花園ミストレス女学院高等部より~  作者: 藤堂みちる
~第2章 ハーフヴァンプ!?な女学院生活~
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34.偽物の有栖


 その日の授業が全て終わると、私と真理亜ちゃんは帰り支度を済ませて、寮に帰るべく教室を後にした。今日はあいにく、風紀委員会の集まりはない。鄙乃ちゃんはというと、HRが終わるや否や教室から出て行ってしまった。


「鄙乃ちゃん、あんなに急いでどこ行ったんだろう」


 真理亜ちゃんと足並みを合わせ、廊下を歩きながら独り言のように呟きを零す。左手はしっかりと真理亜ちゃんの手に繋がれている。最初はこの行為にも大分戸惑ったけれど、今はもう慣れっこだ。


「……鄙乃のこと、そんなに気になるの?」


 真理亜ちゃんが何だか拗ねたようにつんとした口調で言った。

 それを横目で見ながら、こわごわと頷く。


「う、うん。だって、馨お姉様のこと、同じように大切に思っている者同士だし、何だか放っておけなくて……」


 一方的に憎まれているといってもいい関係だが、何とか仲良くなる術はないものかと暇さえあればついついそんなことを考えてしまう。勿論、馨お姉様を譲るなんてことはもってのほかだ。それ以外の方法で何かないだろうかと考えてみるが、答えはそう簡単には出てきてくれない。

 真理亜ちゃんはそんな私を呆れたように見つめると、ため息を吐いた。


「……有栖ったらお人よしね。鄙乃なら多分、馨お姉様のところにいると思うわよ」


「ええっ、嘘」


 真理亜ちゃんの思いがけない言葉に固まっていると、真理亜ちゃんはだからお人よしなのよと言いいたげな表情で肩をすくめた。


「嘘じゃないわ。まあ推測だけれど」


「でも、どうして、鄙乃ちゃんが馨お姉様のところに行ったって知っているの?」


 つい先程まで、どうしたら鄙乃ちゃんと仲良くなれるだろうかなんて思っていた気持ちはすっかり吹っ飛び、あわあわと唇を震わせながら問いかける私に、真理亜ちゃんはあっけらかんとして答えた。


「そんなこと、簡単よ。あの子はとにかく、うんざりするくらいしつこい性格だもの。馨お姉様に一度や二度、いいえ、それ以上ね。とにかく、いくら断られたってそう簡単に諦めたりしないわ。執念深いのよ。だから今頃、馨お姉様に猛アタックしているんじゃない」


「猛アタック……」


 頬をひきつらせている私に真理亜ちゃんが極上の笑みを浮かべて見せる。


「万が一、馨お姉様が鄙乃なんかになびいても、有栖には私がいるわ。だから安心していいのよ」


「そんなあ」


 思わず、本音が漏れると真理亜ちゃんはぷくうっと頬を膨らます仕草をして、眉間に皺を寄せた。


「なに、有栖は私じゃ不満だって言うの?」


「いや、不満っていうわけじゃなくて、その何ていうか、えーと」


 視線を泳がせていると、真理亜ちゃんがこれまた深いため息を吐いた。


「分かっているわよ、有栖のことくらい。これだけ傍にいるんだから、あなたがいかに馨お姉様にお熱かっていうことも嫌と言うほどね」


「う」


 真理亜ちゃんにそう指摘されて、何も言い返せずにいると、真理亜ちゃんはわざとらしく胸を張って言った。


「言っておくけど、私になびかない物珍しい子なんて、有栖くらいなものだわ。私だって、一応クインテットの一人なのよ」


「うん、それは本当にすごいと思っているよ」


 それはお世辞なんかじゃなくて、心からすごいことだと思っている。初対面のときの感動は早々忘れられるものじゃない。


「本当かしら。馨お姉様のついでくらいに私を見ているんじゃないの?ほら、正直に白状なさい」


 真理亜ちゃんがそう言いながら、握っている手に力をこめる。


「あ、いたたたっ。そんなことないって。そりゃ、馨お姉様は特別だけど……真理亜ちゃんが色々とサポートしてくれたおかげで、すごく助かっているし、感謝しかないよ」


「感謝しかない」


 急に仏頂面になった真理亜ちゃんが低いトーンで呟く。


「あ、だから、感謝することはたくさんあって、こんな風に一緒にいてくれる子、真理亜ちゃんだけだから、真理亜ちゃんも特別なんだってば」


「……ふふっ」


 私が慌てて弁解するように言葉を付け足していると真理亜ちゃんが口に手を当て、微笑みを漏らした。


「あー、からかったでしょ!」


「ふふ。だから言ったでしょ。有栖のことなら何でも分かっているって。それに、今のは休み時間のときのお返しなんだから」


「休み時間のとき……?」


「ほら、そんなに心配なら、馨お姉様に会っていけばいいじゃない。私、先に帰っているから、有栖一人で行くといいわ。鄙乃も馨お姉様達がいるところなら、わざわざ手出しすることはないでしょうから」


 そう言って、真理亜ちゃんは繋いでいた手をぱっと離すと、私の背中を優しく押した。気付けば、目の前はもう昇降口だ。回れ右して、廊下を少し歩いて行くと、そこに三年生のクラスがある。


「我慢は身体に毒よ。そろそろ、喉が渇いてくる頃なんじゃないかしら」


 そう言われてみれば、ぴりぴりするような変な違和感が喉のあたりや口内にあるような気がする。あまりにも些細な変化で気にすることもなかったが、指摘されてみると、途端に妙な疼きが増してきて、いてもたってもいられないような気になってくる。


「じゃあ、ちょっと様子を見てこようかな」


 言い出した張本人とはいえ真理亜ちゃんの手前、堂々と馨お姉様に吸血して貰いに行くとはさすがに言えず、無難な口実を口にすると、真理亜ちゃんはそうした私の照れなんかも全部分かっていると言いたげな表情で頷いた。


「そうなさい。私は一足お先に帰らせて貰うわ。部屋で温かい紅茶を淹れて待っているから、早めに帰ってくるのよ」


「うん、有難う。また後でね」


「ええ。足りなかったら“おかわり”もあるから遠慮なく言ってちょうだい」


「お、おかわりって……!」


 かっと熱くなった頬を抑える私を見てにやりと口元を緩ませた真理亜ちゃんはさっさと昇降口を出て行ってしまった。


(……真理亜ちゃんってば、前にもまして大胆になっているような……)


 心の中でそんなことを呟きながら、火照った頬をさますべく、ぱたぱたと両手で仰ぐ。


 すると、しばらく経たずに外で『きゃーー!』という悲鳴のような歓声が聞こえた。

 多分、真理亜ちゃんのファンクラブの子達だ。きっと外で囲まれているのだろう。


(自分で言うのもなんだけど、最近の真理亜ちゃんは私にべったりだから、ファンの子達も二人でいるときは遠慮してくれてるみたいなんだよね)


 初日のような歓声こそなりをひそめてはいるものの、真理亜ちゃんと歩いているときは四方八方からそれなりの視線を常に感じている。


(なんか、逆に申し訳ない気もするけど)


 逆に真理亜ちゃんが一人になったときにはそれまで取り巻きだった子達がわっと押し寄せるため、真理亜ちゃんの周りは嘘のように華やかになる。けれども、決して愛想がいいとは言えない真理亜ちゃんは、それらの声援を無視してすたすたと歩いて行ってしまう。真理亜ちゃんのあの笑顔が見られるのは私といるときだけなのだ。それ故に、こんな平平凡凡な私が真理亜ちゃんの隣を歩いていることをあえて大目に見て貰っているところがあるのだと思う。


(馨お姉様も真理亜ちゃんも、私といるときだけは別人みたいな表情を見せてくれるなんて、私って、もっと、うぬぼれちゃってもいいのかも)


 これまで恋愛とは無縁のところにいた私が、まさかこんな風になるなんて、人生何が起こるか分からない。と、調子にのっていると喉が激しくぴりついてきた。


(うわ、まずい。早く、馨お姉様のところに行かなくちゃっ)


 私は急いで今来た道を戻って、三年生のクラスがある方へと向かった。





(馨お姉様、いらっしゃるかなあ)


 帰りの会が終わり、ぞろぞろと廊下へ出てくる三年生のお姉様達の流れに逆らうように、お目当てのクラスを目指す。一年生でありながら、三年生のお姉様達の視線の前に晒されるのは多少の度胸が求められるが、私はなるべく下を向いて、目立たないように前へと進んで行った。


 すると、突然、後ろからぽんと右肩を叩かれた。小さく悲鳴を上げて、その場に固まった私を覗き込むように、倫子お姉様の顔が右からにゅっと現れた。


「この後ろ姿は有栖ちゃんでしょう。やっぱり。悲鳴なんかあげちゃって、可愛いわね」


「り、倫子お姉様……!」


 ほっとして脱力しながら倫子お姉様の名を呟くと、倫子お姉様はにんまりと笑って言った。


「大正解」


 この状況でクイズも何もない、と突っ込みたいのはやまやまだったが、さすがに三年生のお姉様にそんな軽口を叩いては失礼だと踏みとどまる。


(こんなとき、代弁するように突っ込んでくれるのが雪乃お姉様なんだけど……)


 いつもは雪乃お姉様が倫子お姉様の突っ込み役を買って出てくれているが、今はその姿は見当たらない。


「雪乃なら、静花を追っかけている最中。あの二人の絵面も中々見ごたえあるわよ。二人とも顔は笑っているのに目はちっとも笑っていないんだもの。見ているこっちが震えちゃうわ」


 倫子お姉様が私の視線に気づいて、わざわざ教えてくれる。


「じゃあ、雪乃お姉様が今は静花お姉様を見ていらっしゃるんですね」


 前回の話し合いで、クインテットのお姉様達が静花お姉様の動きに注意して見張るということになったんだっけと思い出しながら答える。


「ええ。一人でも目立つのに全員で静花を見ていたら余計悪目立ちするでしょう。だから、交替制ってことになってはいるけど、この鬼ごっこもいつまで続くかしらね」


「と言いますと?」


「どちらが先に折れるかしらってこと。私達は静花の悪癖を止めるべく、こうしてしつこく説得を続けているけれど、静花もそう簡単に言うことを聞いてくれるような子じゃないから、苦労しっぱなしよ。どちらかといえば、今は私達が押されている方かしらね」


「ええっ、それはまずいじゃないですか」


「そうなの。まずいのよ。でも、それが静花なの。小さい頃からああなんだから、今更どうこうしたって無駄だって考えが私達にも……あ、ええ、勿論、全力で説得は続けていくつもりだけれど、中々難しいところがあるのよねえ」


 倫子お姉様が私の視線に、渇いた笑い声を漏らす。

 思った以上に、静花お姉様のお相手というのは大変そうだ。


「あ、じゃあ、馨お姉様は……」


「馨なら有栖ちゃんから伝言を貰ったとかで温室に行ったわよ。……その有栖ちゃんがどうして私の目の前にいるのかは私も分からないけれど」


 倫子お姉様は腕を組んだまま、首を傾げて見せた。

 思いもよらぬ言葉にへっと間抜けな表情を浮かべる。


「え、で、伝言だなんて、そんなの知りません。私、馨お姉様に伝言なんてしてませんしっ」


 慌ててぶんぶん首を振りだした私に、倫子お姉様はしれっと答えた。


「そうみたいねえ。なら早く行った方がいいわね。愛しの馨が偽物の有栖ちゃんに食べられちゃうかもしれないわよ」


「偽物の私に食べられちゃうって……。も、もうっ、倫子お姉様ったら、馨お姉様のことを先に言って下さいっ!」


 そう叫び、急いで元来た道を走り出した私の後ろで、倫子お姉様の悪びれない謝罪の声が聞こえた。


(一体、誰がどうして私の名前で馨お姉様を温室に呼び出したりなんかしたんだろう)


 そんな疑問が頭の中でぐるぐると渦巻きながら、一刻も早く馨お姉様に会わなければとはやる鼓動が私の歩を急かした。


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