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お姉様はヴァンプ!~乙女の花園ミストレス女学院高等部より~  作者: 藤堂みちる
~第2章 ハーフヴァンプ!?な女学院生活~
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33.噂話はお化け話

「お化けがいるだなんて、あなた達、そんな子供じみたことをまだ信じているんですの」


 途端に初井さんがぱっと頬を染める。それが鄙乃ちゃんの言葉によるものなのか、それとも鄙乃ちゃんが会話に参加しているからなのかは区別がつかなかったが、鄙乃ちゃんに向き直った初井さんが私に話すときよりも何倍も強張っているのが隣にいてよく分かった。


「あ、え、ええ……。そ、そのお化けを見たって方が何人もいるの。だ、だからすっかり噂になっていて……」


「ふうん。そんな非科学的なことが話題になるなんて、まだまだお子様ですわね。どうせ見間違いか何かに決まっていますのに」


 存在そのものが非科学的なヴァンプであるはずの鄙乃ちゃんの言葉に、私はほとんど反射的にえっとかあっとかいうような声を漏らした。

 それが気に入らなかったのか、鄙乃ちゃんはきっと私を睨みつけた。


「何ですの」


「あ、ううん、何でもないよっ」


 首がちぎれそうなくらいぶんぶん左右に首を振ると、鄙乃ちゃんはふんと鼻を鳴らした。


「いちいち気に障りますわね」


「ご、ごめん」


 素直に謝ると鄙乃ちゃんはさらに気を悪くしたのか、ぷいと横を向いてしまった。

 それが会話から離脱した合図だと受け取ったらしい初井さんは気を取り直して、私に向き直った。


「そ、それでね……お化けが現れるっていう時間はというと、大体夜中の二時から三時くらいの間らしいの。皆が寝静まっている頃に出るんですって。寝ていると、部屋の扉を三回叩かれて、それに答えてしまうとあの世へ連れて行かれてしまうらしいわ。お化けを見たって人は、扉を叩かれてもすぐに返事をしないで、少し時間を置いてこっそり廊下を確認したら、廊下を通り過ぎていくお化けの姿を見てしまったんですって」


「二時から三時……と、扉を三回ノックされる……」


 初井さんの話にすっかり怯え切った私は、今の話をうわ言のように繰り返した。初井さんが気の毒そうな顔で私を見つめている。だが、そのとき、ふと別の可能性が脳裏をよぎった。


(まさか、そのお化けって、私が見たときみたいにお姉様達の誰かじゃないよね)


 深夜に集まって、吸血をしていたお姉様達の姿を見たときは腰を抜かすほど、驚いたっけ。と今や懐かしくさえ思える記憶を引っ張り出してみる。だが、あのときは少なくとも緊急事態だったようだし、お姉様達なら誰かに見られるなんてことは二度としないだろう。それに、吸血なら少なくとも二人いなくてはどうしようもならないし、まして、扉を律儀にノックするなんて話は聞いたことがない。


(とすると、本当の本当にお化けってこと……?)


 お化けの話をまぎらわせようとしたのに、さらに意識するようになってしまった。急に背筋をさするようなぞわっとする感覚を受けて、身体を震わせる。


「有栖さん達も魂を抜かれないように気をつけてね」


 初井さんが大真面目な顔で言ってから席に戻るのと入れ替わりにして、真理亜ちゃんが戻ってきた。


「何を話していたの?」


 不思議そうな顔で尋ねる真理亜ちゃんに、今聞いたばかりのお化けの話を話して聞かせる。信じたくはないが、そんな話が皆の間で交わされているという事実を無視することはできない。

 話を聞き終わった真理亜ちゃんは以外にも聞く前とほとんど変わらないトーンの声で言った。


「へえ。そんなことが噂になっているというの」


 真理亜ちゃんはお化けの話を聞いて、鄙乃ちゃんや初井さん、それに私とも違う反応を見せた。まるで巷で人気のアイドルとか、今流行りのファッションとかそういうことを初めて耳にしたようなリアクションだった。


「こ、怖くないの?」


 真理亜ちゃんのちっとも変わらない表情を驚きと疑いの眼差しで見つめ返す。もしかしたら、平静を装って強がって言っているのかもしれない。それを確かめるように口にした言葉に真理亜ちゃんは首を傾げた。


「怖がるって、どうして?」


「どうしてって……」


 くりりとした大きな瞳で私を見つめ返す真理亜ちゃんに困惑して、口ごもる。


「だって、お、お化けだよ?」


 個人的にその単語が持つところの意味はかなり大きいと思う。たった三文字なのに、こうも怖気が走り、恐ろしいイメージの数々が溢れだすなんて言葉は早々ないはずだ。だが、真理亜ちゃんにはちっともそれが伝わっていないらしい。


「ええ。だから、お化けのどこが怖いのかしらって」


 真理亜ちゃんはさっぱり分からないという顔をして、首を傾げる角度をやや深めた。


「えー!だって夜中の二時とか三時に部屋をノックしてくるんだよ。しかもそれがお化けだなんて、十分怖いよ」


 お化けの怖さをひたすら力説する私に対し、真理亜ちゃんは落ち着いた様子でさらりと恐ろしいことを言った。


「そう?お化けなら二時や三時に扉をノックされても特に違和感を感じることはないけれど。そんな時間にノックしてくる人間の方が怖いじゃない」


「に、人間……。いや、お化けにノックされても違和感は普通に感じると思うけど、でも、それはどっちも怖いよ」


 新たに湧いてきた恐ろしい想像にあわあわと震えていると、真理亜ちゃんがくすと微笑みを零した。


「扉をノックするのがお化けなら、無視すればいいんだもの。人間だとそうもいかないし、何か理由があるからそんな時間に扉を叩くんでしょう。お化けが部屋をノックする理由なんて、脅かすくらいしかないんだから、無作為に選ばれたと思ってやり過ごせばいいのよ」


「む、無作為……そうかなあ。でも、やり過ごすって、そんなの無理だよ」


「簡単よ。私はお化けより人間の方がずっと怖いと思うわ」


「うーん。どっちも怖い」


「生きている人の思念の方が死んでいるものよりもずっと強いわよ」


「真理亜ちゃんって、現実的だよね……」


 そう返すと、真理亜ちゃんはふふっと微笑んだ。


「有栖はそういうのが怖いのね」


 まるで良いことを知ったと言わんばかりの真理亜ちゃんの表情に、何故だかぞくっと鳥肌が立つ。

 すると、後ろから鼻で笑うような声が聞こえた。振り向くと、鄙乃ちゃんが先程と同じく小馬鹿にするような表情を浮かべている。


「人間はこれだからだめですわね。たかが死人に何ができるっていうのかしら。そもそも、死んだ後の肉体なんて朽ち果てるか焼かれるかして何も残らないっていうのに、死後も動き回れるだなんて迷信にすぎませんわ。馬鹿々々しいことこの上ないですわね」


 くくっと手に口を当てて、鄙乃ちゃんが笑う。

 真理亜ちゃんは鄙乃ちゃんをうんざりした表情で一瞥してから、私へ視線を戻した。


「……だめというわけではないけれど、今の鄙乃の言葉には頷けるものがあるわ。まあ、私がいるんだから、有栖が怖がることはないわよ。いざとなったら私が確認してあげるわ」


「真理亜ちゃん……。とっても心強いよ」


 真理亜ちゃんが同室で良かったなあと何度目か分からない喜びを感じて、私もまた微笑みのような苦笑に近いような表情を浮かべた。

 真理亜ちゃんは私の言葉に嬉しそうな微笑みを見せた。


「ふんっ。だめな人間に手を貸すなんて、真理亜も落ちぶれてしまいましたわね」


 鄙乃ちゃんだけは気に入らないという表情をありありと見せて言った。


「に、人間って、鄙乃ちゃんも人間じゃないっ」


 “ヴァンプ”という単語さえ出さないものの、割と自由に発言する鄙乃ちゃんにこちらが冷や汗をかく。鄙乃ちゃんはぴくりと頬を動かしただけで、何も言わなかった。真理亜ちゃんは“放っておきなさい”と言わんばかりの眼差しを私に向けている。そこで、先程ふと浮かんだ疑問を解決しておこうと、口元に手を当て内緒の話をするように小声で言う。


「あ、ねえねえ、真理亜ちゃん、ちょっと……」


「なあに?」


 真理亜ちゃんが私の方へ耳元を寄せる。


「一応、聞いておきたいんだけど」


 そう前置きして、真理亜ちゃんの耳元で話そうとすると、真理亜ちゃんがぱっと耳を抑えて、私から離れた。


「っ……」


 真理亜ちゃんが片耳を抑えて、困惑した顔で頬を赤らめている。


「あ、もしかして、くすぐったかった?」


「え、ええ……少し……」


 真理亜ちゃんはもぞもぞと身じろぎして言った。


「……ごめんなさい。もう、大丈夫よ」


 そして、深呼吸をすると私の方へもう一度顔を寄せた。気を取り直して、もう一度真理亜ちゃんに内緒話をするように話し掛ける。


「うん。あのね、お化けの話を聞いて一つ思ったんだけど」


「……っ……え、ええ……」


「そんなことはないと思うんだけど、お姉様達の誰かが夜中に……ってことはないよね?」


「ち、違うと思うわ……っ」


 真理亜ちゃんの唇から堪えるような吐息が漏れる。


「そっか。そうだよね。やっぱり律儀に部屋をノックするとかしないもんね。それに何度も人に見られるなんてこともないだろうし」


「そ、そうね……っ……」


「多分違うなあって思ったんだけど、もしかしたらってことも思っちゃって。……私がそうだったから。ほら、一番最初のとき」


「っんん……有栖……」


 真理亜ちゃんが吐息混じりのかすれるような声で私の名前を呟きながら相槌を打つ。


「あのときは驚いちゃった。今、こんな風になるなんて思ってもいなかったけど、でも、すごく驚いたんだよ」


「う、うん……っ………ふ、……ぁっ」


「ふふ。お化けの話を聞いて思い出しちゃって。でも、お姉様達じゃないなら、やっぱり……ううん、これ以上そのことについて考えるのはやめよう」


 そのとき、予鈴が鳴った。


「あ、鳴っちゃった。続きはまた休み時間にね」


 私が真理亜ちゃんから離れると、真理亜ちゃんは先程よりもずっと頬を赤くして、目を潤ませていた。そして、ぽうっとした顔で大きなため息を吐き、私が見ていることに気付くと、いそいそと次の授業の準備を始めたのだった。


(真理亜ちゃんって、意外とくすぐったがりなのかなあ)


 その様子を横で見つめながら、そんなことを思っていた私は教室に入ってきたシスターの姿を見て、慌てて教科書を机から引っ張り出したのだった。


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