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12.吸血の快感


「おーい。大丈夫かな。トリップしてない?」

「焦点があってないわ」

「…やっぱり言わない方が良かったかしら?」


(……きゅ…)


「……有栖」


「有栖ちゃん…」


 頭がくらくらする。その場にいる皆が心配そうに、いや二名程は面白そうに此方を見守っている。


(…きゅ、吸血鬼……)


 雅お姉様ははっきりと「人間ではない」と言った。自分達を「吸血鬼」、「ヴァンプ」と名乗った。信じられない。それが雅お姉様の言葉を聞いた今の私のストレートな感想だった。しかし。


(真理亜ちゃんが、馨お姉様の血を……)


 私は自分のこの目で信じ難い現場をばっちりと見てしまっている。それを「人間ではない」以外の理由から説明することの方が難しかった。


「本当に、ヴァンプ…?」


 私の馬鹿みたいな質問に雅お姉様が大真面目な顔で頷き、周りのお姉様方も顎を引いた。


「そうよ。私達はヴァンプ。残念だけれど、有栖さんと同じ人間ではないの」


 私を見つめる真理亜ちゃんの瞳はいまだに金色のままだ。その口元は袖でふき取ったとはいえ、赤く滲んでいるのが分かる。


「…に、人間じゃない…吸血鬼…」


 私を取り囲むようにして立っているお姉様方をぐるりと見回し、震える唇で繰り返した。この場にいる私以外の全員が、人間とは違う吸血鬼―“ヴァンプ”であると雅お姉様が告げ、それに私以外の全員が頷いている。


 こんな非日常的なことがまさか自分の身に起こりうるとは、とても信じ難いが、雅お姉様は易々と私の呟きを片っ端から肯定していく。


「その通りよ。……先程も言ったけれど、私達のことを怖がらないで欲しいの。突然、こんなことを聞かされて驚くのは当然でしょうけれど、この場にいる私達全員、誰も有栖さんに酷いことをしようなんて思っていないわ」


「そう。今晩はちょっと、緊急事態だったのよね」


 倫子お姉様の言葉に私は首を傾げた。


「…緊急事態?」


 思わず聞き返してしまうと雅お姉様が「ええ」と頷いた。

 真理亜ちゃんは雪乃お姉様の言葉にもじもじと身体を動かしている。


「私達ヴァンプは、人間と同じように食事も取るし、太陽の下だって勿論平気よ。違うところといえば、一定の年齢に達すると年を取らなくなるということと生きていく為に血を欲するという二点くらい。…私達にとって最も大切なのは、一定の量の血液を摂取し続けること。それさえ欠かさなければ、人間みたいに普通に暮らしていくことができるわ。でも、血液を摂取するのを怠るとあっという間に弱って死んでしまう」


 雅お姉様は両腕を組んだ姿勢で、知識を持たない私に“ヴァンプ”について説明し始めた。


「…は、はあ…」


「その為に、私達は常に血液を確保できるようニエを作るの。私達のパートナー…表向きはパートナーだけれど、彼女達は皆、私達のニエよ。まあ、このニエについては後で詳しく説明するとして…ここにいる真理亜は、私達の中で唯一、生まれてから一度もニエを持ったことがないの。今までは私達が代わる代わる血を与えたり、支給される血液パックでどうにか凌いでいたのだけれど、あなたが転校してきてからどうもそれらを嫌がるようになって。どうしても我慢できない時は血液パックを飲んで頑張っていたみたいだけれど、それじゃ到底足りないわ。ちなみに私達のニエを彼女に与えてあげることはできないの。そういう契約だから。…で、そろそろ限界だと思って私達が真理亜を呼び出し、くじ引きで負けた馨が真理亜のエサになった。そこを有栖さん、あなたに偶然見られてしまった、というわけ」


「…か、馨お姉様が真理亜ちゃんのエサ……」


 呆然とする私に倫子お姉様が脅かすように言った。


「かわいそうでしょう?真理亜ったらがっつくんだもの。あれは痛いわよぅ」


「吸血って、本当はお互いとても気持ちのいいことなのにねえ」


 フォローするように雪乃お姉様が言うが、全然フォローになっていない。


「私…、その…夢中になってしまって…」


 真理亜ちゃんが恥ずかしそうに唇を噛んだ。恥じらう姿は天使そのものだが、真理亜ちゃんのやったことはとても人間とは思えない恐ろしいことで、事実人間じゃない。だが、目の前で照れたように目を伏せる真理亜ちゃんの姿は、私がいつも見てきた真理亜ちゃんに変わりなく、 “ヴァンプ”だからと彼女を遠ざけることは私にはできそうになかった。


 そんな中、馨お姉様が弱々しい声で私の名を呼んだ。


「…有栖ちゃん」


「っはい!」


 名前を呼ばれて背筋を正した私に、馨お姉様が静かに問いかけた。


「……私達が、怖くなった?」


 馨お姉様の色白な顔はいつにもまして、青白く顔色が悪い。真理亜ちゃんにたくさん血を吸われたのだと倫子お姉様が言っていたが、そのせいだろうか。

 私をじっと見つめて答えを待つ馨お姉様の眼差しが何だかとても寂しそうで、私は肯定の言葉を口にすることができなかった。


「…いいえ」


 馨お姉様は私への問いかけを続けた。


「……それじゃ、私達のことを嫌いになった?」


「き、嫌いだなんてそんなこと…。嫌いには、多分、なれないです。皆さんには良くして頂いたし、真理亜ちゃんだって私にたくさん優しくしてくれたし…嫌いというよりむしろ、好意的に思っています」


「……なら良かった」


 馨お姉様は微笑んだ。何だか、倒れてしまいそうなほど馨お姉様の姿が儚く見えてどうしようもなく不安を掻き立てられる。


「ちょっと、馨。大丈夫?」


 雅お姉様もそんな馨お姉様の異変に気付いて、声を掛けた。


「完全に飲ませ過ぎだわ」


 倫子お姉様と雪乃お姉様も互いに顔を見合わせた。


「あらあら。もうちょっと量を考えないと」


「…すみません」


 原因を作った張本人である真理亜ちゃんが小さくなっていると、倫子お姉様が真理亜ちゃんを庇った。


「仕方ないわよ。真理亜は我慢していたんだしさ」


「………」


 馨お姉様はぐったりした顔で机に寄りかかっている。本当に大丈夫なのだろうか。


「困ったわね。先程の吸血で相当な量を飲まれたみたいだから、さすがの馨も辛そうだわ」


「早く誰かの血を分けてあげないと」


「でも、誰の?」


 雅お姉様と倫子お姉様が互いに難しい顔を見合わせていると、雪乃お姉様がはつらつとした口調で言った。


「あら、適任者がちょうどこの場にいるじゃない」


(……まさか)


 私は自分の背筋に汗がつたうのを感じた。こういうときの嫌な予感は大抵当たる。


「確かに」

「そうね」


(…まさか…まさか…)


「…ごめん、有栖」


 真理亜ちゃんまでが申し訳なさそうに私を見つめた。


「い、今さっき、酷いことしないって」


 後ずさりしたくても、ソファーに座っている私に逃げ場はない。


「それはそれ。これはこれ。それに吸血は酷いことなんかじゃないわ。とってもキモチがイイことなんだから」


「そうよ。人助けだと思って。ね?」


「…有栖さん。舌の根も乾かないうちに、こんなことを言って申し訳ないのだけれど、非常事態なの。私達ヴァンプの血を上げられないわけじゃないけれど、ここは人間である有栖さんの血が一番、彼女にとって力になるわ。だから、お願いできないかしら…?」


「……で、でも…」


「馨を助けて欲しいの。有栖さん。これはあなたにしか頼めないわ」


 そんな清らかな瞳で見つめられたら、断るに断れない。


(でも、あんな風に吸われるなんて…)


 今さっき見た光景が瞼の裏に焼き付いている。私も馨お姉様に抱き締められて、首筋を舐められ、きつく吸われてしまうのだろうか。想像したら、何だかすごく変な気持ちになった。


(……何だろう。嫌…じゃない気もするけど…)


 胸がどきどきする。

 お姉様方は期待に満ちた眼差しを私に注いでいる。いつもなら真っ先に私の味方をしてくれるはずの真理亜ちゃんでさえ、この時ばかりはお姉様側についている。

そっと馨お姉様を見ると、馨お姉様は明らかにぐったりとした様子で机にもたれかかっていた。


(馨お姉様………)


 私がはい、と頷きさえすれば馨お姉様は楽になる。これ以上、苦しそうな彼女の姿を見ていられなかった。

 私は覚悟を決めて、頷いた。


「……少し、だけなら」


「有栖さん。あなたの勇気に感謝するわ。有難う。…馨、聞こえたわね?」


 雅お姉様が馨お姉様へ声を掛ける。


「……ええ」


「ほら、しっかりして」


 雅お姉様が馨お姉様を支えるようにして、私の前へと導いた。ソファーに座らされていた私の足元に、馨お姉様が崩れ落ちる。


「か、馨お姉様…っ」


 身を乗り出しかけた私に雅お姉様が「大丈夫よ」と優しく声を掛けた。その言葉通り、馨お姉様はゆっくりと這うように私の足元へ手を伸ばし、続いて上半身を起こすと、私に覆い被さるようにしてソファーへと上がって来た。


(な…!!)


 馨お姉様の悩ましくも美しいお顔がすぐ目の前に迫る。この体勢はひょっとすると抱き締められるよりも、相当恥ずかしいのではないだろうか。寝間着にカーディガンといった格好は随分軽装だったと今更ながら後悔した。そんな状態で密着した身体からは柔らかな馨お姉様自身をあますことなく感じることができる。


(む、胸が……)


 そして特定の部分に関しては私よりも大きいことが判明した。新たに知る情報に高揚している暇などなく、私の身体はふんわりと馨お姉様の華やかな香りに包まれた。心臓がうるさいほど、激しく鼓動を打っている。


(…馨お姉様のお顔がすぐ目の前に……なんて、綺麗な人なんだろう…)


 私は今、馨お姉様に押し倒されている。私が下から馨お姉様を見上げているように、馨お姉様もまた私を見下ろしている。ふと、この光景に既視感を覚えた。


(…ああ、そうだ。馨お姉様と初めて会った時もこんな風に私が下敷きになったんだっけ)


「……有栖ちゃん。本当に、いいの?」


 馨お姉様が私の髪の毛に手を伸ばし、優しく梳きながら、妙に色っぽい声で囁いた。


「…はい。本当に、少しだけなら…良いです」


 どきどきしながら答えると、馨お姉様の指が私の頬をするりと撫でた。


「有難う」


 馨お姉様の手がひやりと急に冷たくなった。


「良かったわね、念願叶ってひと噛みできるんだから」

「こら。余計なことを言わないの」


 倫子お姉様と雪乃お姉様が話しているのを聞きながら、私の瞳は真っすぐ馨お姉様だけを見つめていた。すると馨お姉様の瞳が真理亜ちゃんと同じく瞬きする間に美しい金色へと変化した。


「…!」


(本当に人間じゃないなんて…)


 目の前の人間離れした美しさを持つ人が、実は本当に人間ではなかったなんて、そんなことを誰が信じるだろうか。少なくとも私なら、夢でも見たんじゃないのと笑い飛ばしているだろう。だが、私が見てしまったこともこれから起こることも全て現実に起きている出来事なのだ。

 馨お姉様は金色の双眸を細めて、冷たい指で私の首筋に触れるとそこにかかる髪をそっと払った。


「……私が有栖ちゃんの初めてになれて、嬉しいわ」


 随分語弊がありそうな台詞を口にした馨お姉様はにこりと微笑むと、私の首筋に顔を埋めた。その瞬間、鋭い何かが刺さる痛みとそれを打ち消そうとする快感が流れるように、私の身体をかけ巡り、あっという間に心と身体を痺れさせた。


「…あ…んっ!!」


 むず痒い心地よさが押し寄せ、思わず身をよじろうとするが馨お姉様は許してくれない。


「ん…だ、だめ……こ…こんなの…」


 頭が真っ白になりそうな気持ちよさに自分が自分でなくなってしまいそうで怖くなる。今まで感じたことのない想像を絶する感覚が私の全身を支配していた。


(な、なにこれ…!)


「とろけた顔しちゃって」

「はあ、可愛い」

「…有栖……」

「…………」


 生唾をのむ音、咳ばらいをする声などギャラリーの様々な反応が耳に入る。こんな姿を皆の前で晒しているなんて、恥ずかしくて死んでしまいそうだ。


「…や、や…だあ…見ないでっ…」


 必死の抵抗むなしく、馨お姉様は私の首筋に吸い付いたまま離れない。時折、ぴちゃぴちゃと唾液と血液が交じり合う卑猥な音が部屋に響く。それが羞恥心を余計に煽り、恥ずかしいからなのか、それとも気持ちがいいからなのか、私の身体が火照りだす。


 その時、凄まじい快感に揺られながら、更にその上を凌ぐ何かが私の中に押し寄せようとしている予感を感じた。


(何…?何なの…?)


 足のつま先を伝い、太ももの内側を何度も擦られるような刺激が大きくなるごとに、その何かが近付いていることを教えてくれる。

馨お姉様の喉がこくり、こくりと鳴り私の血を嚥下しているのが分かった。身体が燃えるように熱い。


「嫌…!何か…き、きちゃう…だ、だめ…」


 私の必死の訴えにも馨お姉様は身じろぎ一つしない。それどころか強い力で私を離すまいと抑えつけている。


「抗っちゃダメよ。素直に気持ちよくなりなさい」

「そうそう。快楽には素直にね」


 倫子お姉様と雪乃お姉様のとんでもないアドバイスをとろけた意識の中で聞きながら、私はいやいやと首を振った。それでも、正体不明の何かはもうすぐそこまで迫っていた。太ももの更にその先をひと際強く擦りあげられる刺激に、私の口から悲鳴がこぼれた。


「ん、あ…も、だめ…だめ…だめえっ…ふあああっ!」


 同時に馨お姉様がひと際強く私の首筋を吸い上げ、私の頭の中で何かが勢いよく膨れ上がって、弾けた。そして私の視界は完全に真っ白になった。


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