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女神騒動  作者: 銀月
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6.隣町の魔法使い

 隣町の魔法使いアーガインは、約束の時間ぴったり……昼を知らせる鐘がなってからきっかり一時たった頃にやってきた。


「お待ちしてました」

 玄関のノッカーの音が鳴ったのを合図に迎え出ると、彼は供も付けず、ひとりで扉の前に立っていた。

「こんにちは」

「おひとりなんですか?」

「ああ、護衛はもう帰してしまいましたよ。今は私ひとりです」

「そうでしたか。魔法使いパメラもお待ちしております。どうぞ」

 中に招き入れ、彼の外套を受けとって外套掛けに掛け、応接室へと案内すると、パメラが立ち上がってアーガインを迎えた。

「よくいらっしゃいました。私が“森の魔法使い”と呼ばれている魔法使いパメラです」

「はじめまして、魔法使いアーガインです。名高い“森の魔法使い”パメラ殿にこうしてお会いできて、本当に光栄です」

「名前倒れだと思われないと良いのですが。さあ、お掛けください」


 会話は当たり障りがないようなものばかりから始まった。魔法理論だったり、最近の王都での出来事だったり……アーガインは王都からシュヴェンデに移った魔法使いなのだそうだ。

「私たちのように最初から田舎暮らしならともかく、王都のような都会から移ったのではいろいろと不便なのでは?」

 にこやかにパメラがそう言うと、アーガインはいえいえと首を振る。

「王都はたしかにいろいろと便は良いですが、いかんせんひとが多すぎます。どことなく忙しなくて、いつも何かに追われているように落ち着かなかったのですが、こちらに移ってようやく気持ちに余裕が生まれました」

 アーガインもにっこりと笑みを浮かべて、シュヴェンデやグラールスが、いかに風光明媚で穏やかな町であるかを誉めそやす。

 このやりとりにいったいどんな意味があるのかと考えて、ヴィルムはこっそりと息を吐いた。


「それで、この近辺には前王国の遺跡も多いと聞いたのですが」

「ええ、そうですね」

 ……いよいよ本題に入るのだろうか。相変わらず心の底が読めない笑みを貼り付けたパメラの横で、ヴィルムはほんの少しだけ緊張し、もぞもぞと座り直す。

「実はこの地域に興味を持ったのは、昔この町に現れたという魔神の伝説のせいなのです」

「そうだったのですか」

「はい。魔神の召喚は前王国の崩壊とともに失われて久しい魔法ですが、その崩壊からずいぶんと経っていたというのに、伝説の魔神はどうやって現れたのかと」

「さあ……そのあたりは、あまりはっきりとは伝わっていませんからねえ」

 魔神の伝説とは、この町に住む者なら誰でも知っている御伽噺だ。いつの間にか領主と入れ替わり領民たちを虐げていた魔神を、太陽と正義の神の御使いが現れて退けたという御伽噺。リヒトはその時に御使いから授かったのだとも言うけれど、どこまでが本当のことなのかなんて誰も知らない。

 ──もしかしたら、昨日ここを訪れたあのふたりなら知っているのだろうか。魔族で何代か前の“森の魔法使い”だというなら、かなり長く生きているのだろう。

「私は、この地域にある遺跡のどこかに召喚魔法に関する何かがあるのではないかと考えているのです」

「召喚魔法、ですか?」

「はい」

 思わず聞き返してしまったヴィルムに、アーガインはにこやかに微笑んで肯定する。

「前王国で召喚魔法といえば魔神の召喚が主なものでしたが、召喚魔法はそれだけではないのですよ。もっと有益なものを召喚する魔法もあったのです」

「有益なものですか?」

 表面はにこやかに頷くだけのように見えるけれど、何かを考えているようでもあるパメラをちらりと見やって、ヴィルムはさらに聞き返した。

「ええ。一番有名なのは、東大陸の魔法使いが呼ぶという“使い魔”でしょうか。魔法使いを助ける生き物を召喚するための魔法で呼ばれますが、“使い魔”が魔神ということはありません。他にも、地水火風の自然現象の化身である精霊を召喚するための魔法なども存在したようです」

「精霊を?」

「はい」

 召喚魔法がそんなことまでできたなんて。確かに、この西大陸で“召喚魔法”といえば、イコール“生贄を用いて魔神を呼び出す魔法”だ。だから、たいていの魔法使いは“召喚魔法”と聞くとあまりいい顔をしない。

「私は魔神でないものを呼び出すほうの召喚魔法に興味があるのです」

 アーガインはひとくち茶を啜ると、またにこやかに続けた。

「それに、異界にも興味がありますよ。異界にはまだまだ私たちの知らない事物が存在します。そういった異界の知識を取り入れることで、私たちの世界が広がるのですよ」

 ふと、何かを思い出したように、アーガインはくすりと笑う。

「ご存知でしたか? 私たちが、現在普通に口にする“魂”という概念。これも、もともとは異界からの“来訪者”によって持ち込まれたものなのですよ」

「え?」

「前王国時代の文献を調べていて知ったのですが、あの時代の書物に“魂”という言葉は出てきません。ひとは死を迎えれば、そこで終わり。すべては虚無に還るものと考えられていました。今の私たちが死者を悼み祈る時に口にする、“転生”や“来世”、“魂の安寧”などの言葉もありません。前王国末期に、とある魔法使いの書いた魔法書の中に、召喚によって現れた“来訪者”により、人間には“魂”というものが存在することが伝えられた、と語られているのが最初ではないでしょうか」

 ヴィルムは呆気に取られてただただ驚くばかりだ。常識だと思っていた“魂”の存在や輪廻という考え方が、異界から来たものだなんて思いもしなかった。

「今は常識とされたものの中には、ほかにも異界から来たものがあるのかもしれません。なら、まだ異界には私たちの知らないことが溢れているのではないでしょうか」

 アーガインはかなりの熱を込めて、まだ知らないものへの憧れを語った。

「……すみません、少々熱くなってしまいましたね。それで、“森の魔法使い”殿なら、この近辺に残された遺跡のことなどについても聞けるのではないかと考えたのですよ」

「なるほどねえ……」

 パメラは少し困ったようにアーガインに頷いた。

「確かに、このあたりには魔法使いが作ったんじゃないかと考えられている遺跡は多いけれど、どれもとっくに魔術師団が来て調べてしまったものばかりなんですよ。

 それに、“森の魔法使い”といっても、もともとはこのあたりの住人にいろいろ頼まれて便宜を図っていた魔法使いが最初で、今こそグラールスの町に住んで領主とも懇意にしてもらっているんですけどね……アーガイン殿みたいに、あまり研究を重ねてきているわけじゃないですからねえ」

「いえ、それでも、代々ここに住んできた魔法使いが書き残したものがあるのではないですか? 今すぐにとは言いませんが、できればそういった記録を閲覧させていただけないでしょうか」

 そうね、とパメラは少し考える。

「今は祭の準備の手伝いで時間が取れないのですけど、その後でよければ、少し探してみましょうか。お眼鏡に叶う記録が残っているといいんですけど」

「ええ、もちろん、後で構いません! ぜひお願いします!」


 それからアーガインは、召喚魔法の可能性や異界の研究について、相当熱く語った後に帰っていった。

 パメラもヴィルムも、魔法使いにはよくいるタイプだとわかっていても、正直なところ少し引いた。どうも、彼は前王国の魔法への憧れやら召喚魔法への期待感を拗らせてしまったんじゃないかというのがパメラの見立てだ。

「まあ、研究者向きなんだろうね」

「……学院を出てるみたいだけど、魔術師団には入らなかったんだね」

「師団に入ると少し不自由になるからね。良い家の出身みたいだし、研究費を実家が融通してくれるなら師団に入らない方がいいと思ったんだろう」

 やれやれと言いながら、パメラは肩をコキコキ鳴らした。

「じゃあ、エルナを迎えに行って、そのまま帰るよ」

「はいよ……ああ、明日は来るときにゼルマのとこに寄って頼んでたものを受け取ってきておくれ」

「わかった」

 外套を羽織りながらヴィルムは暇を告げた。


 さすがに少し遅れてしまったなと考えながら女神教会に着くと、すでにひとは疎らになっていた。あと半時もしないうちに日が沈んで暗くなるのだ。

 エルナはどこにいるかと辺りを見回しながら歩くが、どこにも姿は見えず……もしかして教会の中で待っているのかと、礼拝堂を覗いてみた。

「あら、ヴィルム。エルナならもう帰ったわよ」

 見習い司祭のルルに声を掛けられて、思わず顔を顰めてしまう。

「……そうでしたか、ありがとうございます」

 ルルに礼を言い、ヴィルムはすぐに教会を出た。自分が来る少し前に帰ったというなら、途中で追いつけるだろう。遅くなるから待っててくれと言ったのにと考えながら、そのまま走り出す。


「あれ、ヴィルム。今日はひとりかい? “巫女”殿はまだ教会なのかな?」

 路地を走り抜けようとしたヴィルムに、騎士レナトゥスが声をかけた。

「レナトゥスさん! エルナと会いましたか? 俺、今日は遅れちゃって、先に帰ったって聞いたんですけど」

「……いや、“巫女”殿とは、今回はまだ会っていないが……」

 思わずレナトゥスとヴィルムは顔を見合わせて、それから尻尾を振っているリヒトに目をやった。

「……俺、いつもの道、見てきます」

「……私も一緒に行こう」

 あのエルナが、散歩中のリヒトを迂回するわけがない。いつもならわざわざ待ってでもリヒトを撫でるのだ。今日みたいな場合なら、ヴィルムが追いつくまでリヒトを撫で倒していてもおかしくない。

 ヴィルムとレナトゥスは、並んで道を辿り始めた。


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