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女神騒動  作者: 銀月
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5.森から来たもの

「結局、5日後に来ることになっちまったよ」

 領主の屋敷から帰ってくると、そう言ってパメラは肩を竦めた。

「一応、午後、エルナがいない時間ということにしておいた。お前も同席するんだよ」

「……はい」

 自分も同席するとなるとたしかに面倒臭く感じるな、とヴィルムは思った。面倒なことといえば、祭をきっかけに、周囲が随分騒がしくなってきたようにも感じる。思えば、エルナが“巫女”に選ばれたことが一番の変化のきっかけと言えるのではないだろうか。

 ヴィルムにとっての大きな変化といえば、ここ数日の送迎のおかげで教会の騎士レナトゥスとも多少の世間話をしたりなど、人付き合いというものが増えたことだろうか。思えば、普段ほとんど引きこもった状態で訓練や勉強に明け暮れているせいで、必要最低限の相手と必要最低限の会話しかしていなかったのだ。

 あまり落ち着いて見ることのなかった、町の細かいあれこれにも目を向けるようになったかもしれない。子供の頃はなんでも珍しくて興味を持って見ていたはずなのにな、とヴィルムはしみじみと考えた。


 そして明日は魔法使いアーガインが来るという日。

 いつものように魔術書を教本に魔法の訓練をしていると、玄関をどんどんと叩く音がした。今日は誰か訪問の予定はあったかと考えながら、ヴィルムは本を閉じて扉に向かう。

「どちら様ですか?」

 扉を開けずにそう問うと、「森から来たんです。パメラさんはいますか?」と若い女の声で答えが返ってきた。

 森から? と首を傾げつつ扉を開けると、そこに立っていたのはマントを羽織り、フードを目深に被った男女だった。

「師匠は今外に出ています。構わなければ、俺が伝言を預かりますが」

「ええと、なるべく早く、直接お話ししたいので、待たせてもらってもいいですか?」

 こんなにしっかり姿を隠して微妙に不審な気もしたが、この家にはパメラの結界もあるし、何かしでかすこともできないだろうと判断して中へ入れた。何より、“森から”と彼らは言ったのだ。普通に考えて、魔法の気配がする、魔法使いらしい彼らが伝達の魔法も使わず、わざわざ直接話さなければならないほどの何かがあったのだろう。

「たぶん、半時もかからないで帰るとは思うので、ここで待ってください。マントはこちらにどうぞ」

「……あなたは、パメラさんの弟子ですか?」

「はい、ヴィルムです」

 ふたりは軽く目を見合わせると、頷いてマントを脱いで……ヴィルムは軽く目を瞠った。目と、耳と……そして、最大の特徴の角と。魔族のふたり連れだったのか。それにしても、ひとり色が違うようだけれど、彼は混血なんだろうか。混血は色が変わると聞くし。しかし、訪問者の種族を尋ねたりなど失礼だ。それに、種族でどうこうというのは、パメラの主義にも自分の主義にも反する。

「わたしはソーニャで、彼はウルスです。よろしくです」

「ええと、お茶でいいですか?」

「はい、ありがとうございます」

 ふたりがにっこりと微笑んで腰を下ろすのを待って、ヴィルムは客人に茶を入れるべく台所へと向かった。


 パメラが帰宅すると、すぐにヴィルムは迎え出て、来訪者の存在を告げた。

「師匠、森から客が来てる。黒と金のふたり連れ」

「なんだって?」

 パメラは軽く息を呑み、少し慌てて応接室へと向かった。「お前も来るんだよ」とヴィルムの腕も引っ掴んで。

「お待たせしたね」

 パメラが応接室の扉を開けると、黒い女性……ソーニャが立ち上がり、「パメラちゃん、久しぶりです!」と手を広げた。「ああやっぱり! ソーニャちゃんこそ!」パメラも笑顔で同じように手を広げ、お互い抱き合って喜んでいた。ここでも“ちゃん”なんだ、とヴィルムは呆気に取られて思わずウルスに目をやると、少し憮然とした表情の彼と目があって、なんとなく気持ちが通じたような気がした。


「それで、何があったの」

「誰かが、森で魔物を呼んだみたいなんです」

 もう一度、今度はここにいる全員分の茶も入れてからヴィルムが席に着くと、パメラが話を切り出した。

「ただ、どうも魔物の力が弱すぎるみたいで、僕もソーニャも見つけられなかったんだよ」

 ウルスの言葉に、はあ、と溜息を吐いてパメラが頭を抱える。

「今年は区切りの祭でもあるから、何かしでかす輩がいるんじゃないかと思っちゃいたけど……」

「ばあ……師匠、どういうこと?」

「ヴィルムくん」

「はい」

 どうやってそいつを探そうかとブツブツ言いだすパメラに尋ねようとすると、ソーニャはヴィルムに向き直った。ヴィルムは、俺は“くん”なのかとどうでもいいことを考える。

「パメラちゃんの弟子ということは、あなたが次の“森の魔法使い”なんですか?」

「そのつもりです」

「では、これから話すことを覚えておいてください」

「はい」

 思わず姿勢を正すヴィルムに、ソーニャはくすりと笑って続けた。

「呼び出された魔物は、たぶん魔神の一種です」

「……え?」

「あの森には、どうも呼び出しやすい場所があるようなのですよ。あなたも聞いたことはありませんか? 旧い王国の遺跡の話」

「でも、魔神の召喚方法なんて、今は残っていないんじゃ……」

「旧い王国だと、普通に召喚されていたみたいだね。森に残ってる遺跡のもとが魔法使いの研究室で、まだ使える施設だったりすることがあるんだよ。だけど、そういうのって巧妙に隠されているものだから、僕もうまく探せないんだ」

「じゃあ、その弱い魔神を呼び出したのは、どこからか来た魔法使いで、そういう場所を使ってやったことだと?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないんです」

 ソーニャは困ったように眉尻を下げる。

「その魔物か召喚主を見つければわかると思うんですけど……だから、パメラちゃんにも注意していて欲しいなって思ったんです。わたしたちも頑張って探します」

「わかった。町のほうは私も注意しておくよ。ソーニャちゃんには森を頼む」

「わかりました。お願いしますね」

 ソーニャはぺこりと頭を下げて、「でも、あんまり無理はしないでくださいね」とまた微笑んだ。


「ばあちゃん、あのふたりって……」

 ふたりが辞去したあと、思わずパメラにそう問うと、パメラは少しだけ肩を竦めた。

「ここでは師匠とお呼びって言ってるだろ。……ソーニャちゃんとウルスは、何代か前の“森の魔法使い”だよ」

「え?」

「まあ、何代かというか、かなり前らしいけどね。弟子に次を譲ったあとも、ああやってこのあたりのことを気にかけてくれてるんだよ」

 たしかに、魔族はとても長命だから見た目からは年齢が測れないとは聞くけど……。

「あんたも私の後を継ぐなら、彼らに世話になることがあるだろうね。迷惑かけるんじゃないよ」

 ヴィルムは神妙に頷く。

「それと、今日から外へ出るときは、魔力感知の魔法を使っておくんだ。何か変わった気配を感じたりしたら、すぐに知らせるんだよ。伝達の魔法は使えるだろう?」

「わかった。でも、探知魔法じゃなくていいの?」

「探知は融通が利かないからね。まだ漠然としすぎてるから、感知の方が都合がいいだろう」

「了解」


 その日の夕刻から、パメラの指示通り魔力感知の魔法をかけたままエルナの送迎をしたが、特に変わったものも変わったこともなく、いつも通りだった。

 彼らの心配がすべて杞憂で、何事もなく祭が終わってくれればよいのだけど。


 昨日以来、送迎の間中何を話してもどことなく上の空のヴィルムに、エルナは「何かあったの?」と聞いたが、「ちょっとね」と返ってくるだけで何も説明はなかった。

「もう。……今日は、魔法使いさんが来るんでしょう?」

「そうだよ……ばあちゃんの言う通り、いざとなると少しめんどくさいな」

「お茶会のときはあんまり話さなかったし、どんな人だったか、あとで教えてね」

「ああ」

 いつも通り、御使いの犬を撫で回して、そのあたりの地域の住人に可愛がられている猫に挨拶をして……と日課を済ませてパメラの家に着いた。

 今日からしばらくは、ヴィルムの訓練と昨日の話の調査を兼ねて、この家を中心に感知魔法と探知魔法を掛けて町の中の様子を探ることになっている。ヴィルムの技量では、町の4分の1程度が範囲に収まれば上出来だろう。

 朝から何度も何度も、魔術書にある感知と探知の魔法を限界ぎりぎりまで届くようかけ直しては、範囲の中に何があるのかを探り、分析し……ということを繰り返す。さすがに連続で3回もやると、疲れで頭が痛くなってしまう。


 午後、少し早い時間にエルナを送った後、急いで戻り、アーガインを迎える用意をした。

 その間もヴィルムは魔法を掛けたままだったのだが、ふと何かを感じたような気がして、集中してみた……が、何も引っかかるものはなく、もしかしたら気のせいだったのだろうかと首を捻った。

帰宅時の会話


※ウルスとソーニャと教会の犬の関係については、「魔法使いの弟子と黄金の竜」で触れています。


「ウルス、ちょっと教会に……」

「寄ってどうするの? 犬はまた今度だよ」

 ソーニャがそわそわとしながらそう言いかけると、ウルスはすぐに憮然とした表情を浮かべ、言葉を最後まで待たずにきっぱりと返した。

「ウルスはいつもそう言うけど、また今度っていつなんですか? もうずっともふもふしてません」

 ぐっと眉間にしわを寄せてソーニャが抗議すると、ウルスはいいことを考えたと、にっこり笑う。

「じゃあ、僕が毛を生やすから、それをもふもふすればいいじゃないか」

「毛の長い竜はなんか違います。竜と犬は一緒じゃないんです」

「……じゃあ、犬に姿を変えようか?」

「それも違います」

 犬を撫でるくらいなら僕を撫でればいいのに。内心そう考えながら、ウルスはまた憮然とした顔に戻った。

「……それでも、やっぱり犬はまた今度だよ」

 あんなに撫で回されるのは僕だけにしておかないと、と書いてあるような表情だった。


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