序章―最期の記憶―
鳥の鳴き声がする。
ふと、誰かに呼ばれたような気がした。
目蓋に当たる光が疎ましくなり、目を覚ます。
うっそうと生い茂る木々の隙間から見える空は薄いオレンジ色。
ちょうど昇りかけの太陽が地平線から顔を出したところだった。
再び目を閉じたい衝動をなんとか押さえ込み立ち上がる。
注意深く周囲の様子を伺うが、別段変わった気配はない。
どうやら、無事に夜明けを迎えることが出来たようだ。
「――――――――――――――・・・?」
警戒心が薄れ始めた頃、視界の隅でモゾモゾっと寝袋が動いた。
どうやらお姫様がお目覚めのようだ。
眠そうに目をこすり、こっちを見ている。
「起きたか?ちょうどいい。そろそろ移動するぞ。川で水を補給して来るから準備しとけ」
身振り手振りを交え、伝える。
パッと見巨大なイモムシから顔だけ出ている、ちょっとシュールな絵面の少女がコクコクとうなずいている。
どうやらちゃんと伝わったらしい。
らしい、というのは言葉が通じないからである。
基本的に母国語のみ、翻訳機片手に世界標準語の日常会話ならなんとか、というレベルの人間に異国の、それも原住民の言葉は敷居が高すぎる。
寝袋から出ようともがくその姿がイモムシから逃れようとジタバタしてるようにしか見えない、非常にシュールな絵面の少女は、肌や髪の色こそ同じだが言葉や習慣は全く違う異国の少女だった。
なりゆきで少女が同行するようになって既に七日目。
最初の二日間は部隊の中で唯一現地の言葉を話せるヤツが世話をしていたが、三日目で殉職。
それ以降、なぜか懐かれていた俺が少女の世話を受け持つことになり、身振り手振りを交えながら何とか意思疎通を図っている。
当初、少女の世話は負担でしかなかったが。しかし、泥と弾薬の匂いしかしない荒みきった環境の中で、どことなくシュールな少女(主に行動面で)の存在は貴重な「癒し」でもあった。
敵地で疲弊し、普通なら部隊全体が殺気立っていてもおかしくない状況下で誰一人腐らず、黙々と前に進めたのは彼女のおかげだったのかもしれない。
しかし五日目に部隊が壊滅し頼るべき仲間もなく敵地をさまよう今、少女の存在はやはり重たかった。
川で水を汲み、野営地早々に出発した俺は地図を見ながら唸っていた。
現在地を確認し、なんとか本隊と合流しようと考えているのだが、、、
「このまま南下すると敵部隊と鉢合わせになる、、、か」
一応、ブリーフィングを受けた時非常時に本隊と合流するためのルートは指示されていたが、そもそも作戦内容に穴があったからこその敗走なのであって、このルートも同様であると考えるのが普通だろう。
「っつか、本隊は無事なんだろうな?」
状況次第で作戦遂行が不可能になることは割りとよくあるが、あそこまで周到に待ち伏せを受けると作戦自体が筒抜けだったとしか考えられない。
部隊の奴等もずっと愚痴ってたっけ。「あの陰険メガネ、俺たちを売りやがったに違いない」とかなんとか。
ちなみに、陰険メガネとは本作戦の立案者であり、隊員の中ではスパイの噂が出るほどの嫌われ者である。
俺自身もあまり快く思ってなく、奴がスパイ⇒作戦が相手に漏れる⇒部隊壊滅⇒独りで敗走という構図が非常にしっくりくる。
もし奴が本当にスパイだったとしたら、戻るべき本隊も残っているかどうか。
「、、、まぁそこまで考えたら何もできないか」
投了、王手、詰み、チェックメイトといった後がない単語が連想されるが、諦めたらそこで試合終了、逆転サヨナラのグランドスラムも打席に立たなきゃ打ちようがない、と言ったベタベタな思考でそれを塗りつぶす。
ふと後ろを歩く少女を見る。
突然振り返った俺を見て首をかしげた少女を見ると、それだけで不安が消えたような気がした。
夕刻。
結局安全を考え、敵部隊が展開していると思われる地点を大きく迂回した俺たちは何とか本隊と合流するルートに復帰していた。
この地域特有のスコールに見舞われ全身ずぶ濡れではあったが、このまま行けば日が落ちきる前には本隊とも合流できると考えての強行軍である。
さすがに少女も俺もフラフラだったが、表情は明るい。合流して基地へ戻ることさえできれば温かい食事にありつけるし、グッスリ眠れる。原始的な欲求ではあったが今の俺たちはそれだけを楽しみに足を動かしていた。
しかし。世の中そんなに上手くはいかないようだ。
ようやく本隊のテントが視界に入った頃、雨の音に混じって獣の唸り声のようなものが聞こえてきた。
もちろん、叩きつけるような雨の中獣が唸った程度では耳には届かない。ならばこの音は、、、
「銃声か!?」
淡い期待を振り払い、神経を尖らせる。
銃声と思しき音はテントの方から響いていた。
「―――――チッ!」
舌打ちと同時に走り出す。
ここで合流できなければ本当に後がない。ここをやり過ごしても、待っているのは絶望だけだった。
走りながら銃の安全装置を外す。一歩近づくごとに音が大きくなるのがわかる。
間違いない。本隊が襲撃されている――――――――
そこで少女が叫んでいることに気づいた。
振り返ると少女が必死になって追いかけてきているのが見える。
「バッ――――――」
思わず絶句する。
少女には何かが起きた時は身を潜めるよう伝えており、実際これまでは大人しく隠れていてくれた。
戦闘になってしまったら、彼女を守り通すことなどできない。
それは少女自身も良くわかっているようだった。
それが、、、
「なんで付いてきた!?」
当り散らすように怒る俺に、少女はそれでも目をそらさず訴えかける。
真っ赤な目で懸命に訴えかけてくる少女を見て困惑していたが、そこでふと気付く。
ここをやり過ごしても後がないのは彼女も同じなのだ。
もし俺が倒れて、部隊も壊滅してしまったら彼女は一人でこの地に残されることになる。
敵軍に見つかればそれまでだし、そうでなくても小さな女の子に独りで生き延びるすべはない。
もう一度少女の目を見る。
戦地へ向かう朝、泣きついてきた妹の姿が重なって見えた。
「、、、しゃーない。俺が先に進むから、合図をしたらついて来い。いいな、合図をするまで動くなよ」
なるべく平静を装い、伝える。
コクコクとどこかの民芸品のように何度も頷いた少女の頭をそっとなで、再び頭を切り替える。
何が何でもこの子を守る―――――――本気でそう思った。
本隊の敷地では想像以上の銃撃戦が繰り広げられていた。
既に敵兵が敷地内に侵入しており、今もジリジリ押されている。制圧されるのも時間の問題だろう。
「おい、どうなっている?」
敷地に入ってすぐ、交戦中の見方を見つけた俺は銃撃に参加しながら話しかけた。
もちろん少女も一緒だ。
「アンタ、確か音信不通だったんじゃ、、、」
「今戻って来たところだ。で?」
困惑の表情を浮かべる仲間を急かし立てるように引き金を引く。
「、、、15分程前いきなり襲撃を受けたんだ。あとはわからない」
「わからない?」
「ジャミングを受けているのか、一切通信が使えない。おかげで指揮もクソもなく各個に応戦しているんだ」
「―――――――――!」
思っていたよりも悪い状況だ。だが、それより、、、
「通信障害はいつからだ?」
「知るか。ああ待て、確か昼ごろに通信兵がなんかぼやいてたな。今日はノイズがひどいとかなんとか」
その状況には覚えがあったが、今はそれを論じている場合ではないようだ。
敵からの銃撃がさらに激しくなっていく。
「チッ――――暢気に話している余裕はないな。1分でいい、抑えられるか?」
「あぁ!?何言っ、、、そーか、アンタはそーゆう奴だったな。なら、そのあとは頼むぜ?」
無言でうなづくと、その場でナイフを取り出し刃先を見つめた。それだけに集中する。
ふと少女の方を見る。完全に涙目だった。
頭を撫で、なるべく穏やかな表情を作り「心配するな」と伝える。
少女はそれでも不安そうにしていたが、今は少女ばかりを気にかけて入られない。
視線を切り、再びナイフに向かって集中する。
雨音も、銃声も、自分の鼓動すらも聞こえなくなり、音のない世界でひたすら神経を研ぎ澄ませる。
目の前の鋭い刃をイメージしながら自分自身をそのイメージに重ねていく。
「――――――――――!」
急速に音が戻る。
鋭敏になった感覚が周囲の状況を明確に捉えた。
イケる。
今なら相手の位置が、行動が手に取るようにわかる。
弾幕が止んだ一瞬に躊躇なく遮蔽物から一気に飛びだし、引き金を引き絞った。
「やっぱアンタ凄ぇわ」
「そりゃどーも」
包囲していた敵兵を無力化した俺たちは、搬入エリアに向かって走っていた。
もちろん撤退するためだ。
指揮系統が死んでいる以上、粘っていてもいずれやられる。
ならば通信が可能なエリアまで後退し、状況を説明するのが最善と考えたのだ。
「しかし、車は残ってるのか?あの陰険メガネとか真っ先に逃げ出したんじゃ―――――」
「この騒ぎが奴の手引きじゃない限りそれは無理だろ。あれでも副指令だしな」
例の嫌われ者を槍玉に挙げるが、実際この状況では逃亡者が出ても不思議じゃない。
駐車場に押しかけた奴等が我先にと車の取り合いをしている可能性もあるのだ。
「なんにしても行ってみるしかないだろ。急ぐぞ」
「いや、こっちは人一人抱えてるんだから手加減してくれ、、、」
少女を抱えて走っていた男はげんなりした声で答えた。
駐車場に入ると、そこでは最後の1台が今まさに出ようとしているところだった。
「ちょっとまった!俺たちも乗せてくれ!」
少女を抱えていた男が叫ぶ。
それに答えるようにギュウギュウ詰めの荷台から一人の男が降りてきた。
例の副指令殿だ。
瞬間的に思考が悪い方向に傾いたが、意外な言葉を聞かせられた。
「まだ残っている者が居たのか、、、お前たちで最後か?」
「わかりません、周りに居たのは自分たちだけだったので」
「そうか、、、いやわかった。とりあえず乗るんだ。ここは放棄する」
意外だった。弱りきった表情もさることながら、こいつが置き去りになる兵士を心配するとは、、、
「助かります」
一瞬どう答えるか迷ったが簡潔に礼だけを述べた。
普段は嫌うばかりだったが、こいつはかなり出来た人物だったのかもしれない。
とにかく助かった。
「乗るぞ」
少女を抱えた男を促す。
言いようのない安堵感に包まれたその時、不意に甲高く風を切る音が聞こえた。
気がついたとき、俺は地面に横たわっていた。
「なん、、、だ、、、」
意識にかかったモヤが晴れない。頭でも打ったのか?
起き上がり、頭を振って意識をハッキリさせて、、、絶句した。
辺りは火の海だった。
状況が飲み込めない。これは一体・・・
よく見ると、車の残骸らしきものが横たわっていた。
そうだ、俺たちはあれで逃げようとして、、、
次の瞬間、銃声が響いた。敵兵だ。
傍らに落ちていた銃を拾おうとして、左手の感覚がまったくないことに気づく。
「ッグ――――――――!」
認識した途端に痛みを思い出したのか、痛覚で頭がショートする。
それでもなんとか車の陰に隠れ、右手で銃を拾い上げた。
今度は痛みに意識を持っていかれて頭が回らない。
なにがどうなったんだ!?
それでも敵に向かい応戦しようと瞬間、それが視界に飛び込んできた。
あの少女だ。
うつ伏せに倒れて動かない。
ここからではそれ以上はわからない。
しかし。
「、、、お」
時間が止まったようだった。
少女の顔が走馬灯のように思い出される。
意識を塗りつぶす程の痛みは、巨大な感情の波によってかき消されていた。
「おおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
咆哮が響き渡る。空気の振動が肌でも感じ取れるようだった。
向けられた剥き出しの敵意に気圧されし、兵士達が後ずさる。
しかし向けられた銃口を物ともせず突撃した咆哮の主は、怯んで緩慢になった兵士達を次々に打ち倒していった。
「う、、、撃て、撃てぇーーーーー!」
誰かが叫んだ。
しかし、下手をすると味方を撃ちかねない距離まで近寄られた兵士達は狙いを定めきれず、獣を止めることが出来ない。
兵士達が怯え戦意を失いかけたその時、1発の銃声が響いた。
パァーーン!!
破裂音とともに、弾丸が体を貫いた。
ゴフッと口から溢れる赤い液体とともに、頭を焦がしていた熱が逃げていくようだった。
「やっぱ、アンタすげーわ。でもさ、、、」
それは聞き覚えのある声だった。
なんとか振り返ろうとして、そのままドサッと倒れこんでしまう。
立ち上がろうと試みるが、手足に力が入らない。
「悪いけどこっちも命がけなんだ。あの世でいくらでも恨んでくれ」
機能が止まりかけた眼球があの少女を捕らえた。
薄くなっていく意識の中で少女との日々が思い出される。
同時に何か懐かしい感情が込み上げるが、それがなにかはわからなかった。
そして―――――――
パァーーン!!
鳴り響く銃声とともに、意識は途絶えた。
どうも初めまして、白い熊と申します。
この度は拙文にお付き合い頂き誠にありがとうございます。
今回初めて小説というものを書いてみたのですが、自分の文章力のなさに驚きました(泣)。
しかし、自分で考えた物語を作品として形作っていく作業にすっかりハマッてしまったので、これからも少しずつ執筆していきたいと考えています。
なので至らぬ点、気になる点がございましたらバシバシいって頂けると幸いです。
物語の大筋としましては、序章でサックリやられてしまった主人公が異世界で四苦八苦しながら自分の道を見つけていく、といった感じで実は細かいエピソードとかはまだ考えていません・・・
ですが、始まりが悲惨な分思いっきりハッピーなエンディングを迎えられたらいいなと考えています。
この妄想が妄想のままで終わらないようがんばっていこうと思いますので、もしよろしければ応援してやってください。