月光の記憶
愛する貴女へ『詩』を贈ろう。
私がどれだけ深く貴女を愛していたのか。
亡き貴女の為に『詩』を綴ろう。
小さな卓袱台に半紙を広げ、短くなった蝋燭へ火を灯し、優しく包み込むように仄かに明滅する小部屋で筆を執る。しかしそこでふと考えた。
『詩』とはなんなのだろうと、何が『詩』なのだろうと。
私は数多の語彙があるわけではないし、文章も決して褒められたものではない。そんな私が上手く貴女への『詩』を綴れるのだろうか。
苦悩する私の手元を、蝋燭の灯火とは異なった明かりが照らした。大きな雲の切れ間から、銀色に輝く満月が顔をだしたようだ。
私は蝋燭の灯を消して月光を明かりとした。
そうだ。私と貴女が初めて出会ったのも丁度今日のような日だった。それは遥か昔の出来事だが、今でも鮮明に思い出すことが出来る。
若い私は生きることを諦めた人間で、誰からも期待されることなく、誰かに期待することもなく、ただ周囲に流されて生きてきた。
そして今日のような静かな澄んだ夜にその生を手放そうとし、そこで貴女と出会った。
貴女も私同様に生を手放そうとしていた。
それからは二人して、ここで死ぬなと言い争い、真似をするなと喧嘩した。
その後、お互いがお互いの最期の場所を探すという付き合いが始まり、結局決まらないまま時ばかりが過ぎていった。
何故このような奇妙な関係から愛人へと移り変わったのか。そればかりは未だに謎のままだったが、そんな些細なことはどうでもいい。
私は貴女を愛し、貴女は私を愛してくれた。
それで十分だろう。
『詩』を考えていたはずがいつの間にか思出話になってしまった。
何が『詩』なのか、それすらどうでもよくなってきた。挙句の果て私は貴女との思い出を綴ることにする。
形式も文法も、間違いだらけの稚拙な文章だが、そこに込める貴女への気持ちに嘘偽りや、ましてや間違いなんかは微塵もありはしないのだ。
だから私は綴り始める。
愛する貴女へ『詩』を贈ろう。
私がどれだけ深く貴女を愛していたのか。
それを『詩』として亡き貴女へと贈りたい。
ーー私のそばを最期に選んでくれてありがとう