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「ところで、一年後のドレスをもう縫うのか?」
すっかり熱を持ってしまった頬をパタパタと手で扇ぎ、シーヴがヒリヤに尋ねる。
予定は、一年後の今頃のはずだ。一年あれば、少しくらい、体型が変わるかもしれない。
「何を言っているの? もう一年もないのよ? 今回は、ソーニャお姉ちゃんの時と違って時間に余裕はあるけど、二人分なの」
「そうそう。お姉ちゃんの時は、陛下に「ふた月後までに二着、仕上げなさい」なんて無茶を言われたものね」
「……何というか、陛下らしいな」
当時を知るヒリヤとレーナに、口々に畳みかけられて。口を挟めず、シーヴは大人しく引き下がった。
この二人がそろっていると、何をきっかけに、いきなり話の矛先が向けられるか。誰にも、わかったものではない。
「布は、糸から織りから最高級品。ドレスに飾る花は、全部職人の手作り。レースだって、この城の職人が一つ一つ編むの」
「今頃、機織り部屋も、レース編みの部屋も、戦場ね」
それぞれがどこにあるのか、ユリアは知っているようだ。ひどく気の毒そうに呟いて、視線をあらぬ方へふいっと投げる。
「向こうが終わると、ここが戦場よ」
レーナが、フッと遠い目をした。
布が出来上がってきたら裁断し、縫い合わせる。余分はほとんどないため、失敗は一切許されない。完成するまで連日、極度の緊張と、迫り来る時間にひたすら追われるのだろう。
それは、想像に難くない。
「仮縫いはなるべく正確にしておきたいから、ユリアちゃんとサーラちゃんは、できるだけ体型が変わらないように努力してね。もちろん、少しくらいは余裕を持たせておくけど」
ニッコリと微笑むヒリヤが、エリサよりもずっと恐ろしく見えた。
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「そういえば、ずーっと気になってたんだけど」
たった今、ふと思い出した。
そんな顔でグッと身を乗り出してきたリクに、ヴァルトは同じだけズズッと身を引く。
「ヴァルトって、シーヴのどこがいいの?」
「その台詞、ユリアにリクのどこがいいのかって聞くのと、多分大差ないけど?」
きょとんとして、リクはこてんと首を傾げた。
「ユリアだったら、身近で一番言動が可愛い、結婚できる異性だから、って返ってくると思うけど」
「知ってるんだ? じゃあそれで」
「ぅえっ!?」
奇妙な声を出し、リクがビシッと固まる。
納得できないことでもあるのか。今度は腕をしっかり組んで、うーん、とうなり始めた。
「あのさ、うるさいんだけど」
文句を言ってみたが、聞こえていないらしい。リクはまだ、うんうんうなっている。
「リク、うるさい」
「……ってことは、シーヴって、ユリアから見ても可愛いってこと?」
それを、今ここで聞かれるとは、さすがに思っていなかった。だからヴァルトは、一瞬答えに詰まる。
知っている事実を、話すべきか。それとも、押し黙るべきか。
悩んだ末に。
「そうだと、思うよ」
迂闊に教えて、後でユリアに怒られたら損だから。今は、無難な言葉で適当に逃げておくに限る。
「じゃあ、シーヴの時はもっと大変だね」
ドレスの色形から、飾り立てる造花も、レースも。きっと、ああでもない、こうでもないと、ユリアがヒリヤと念入りに相談するに違いない。
当事者の意見は、ほとんど無視される予感がした。
「……そうだろうね」
考えたくはないが、いつかは考えなければならないだろう。
いずれ、紫を着るつもりでいる。しかし、今はまだ一介の魔術師と騎士だ。青き従者と同じ扱いは、されたくない。
(リュイスさんみたいにこっそり、ってわけにはいかないのかなぁ……)
椅子の背に後頭部をどっかりと乗せ、ヴァルトは天井を見上げながらため息をつく。
「ユリアは、どんなドレスなんだろうね。今から楽しみで楽しみで!」
いきなり浮かれて、なぜか踊り出したリクに、ヴァルトが鋭い視線を投げる。そして、もう一度、大きく息を吐き出した。
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「カルラニセルから返事が来ましたよ。こっちがハイヴェッタの、こっちはセーデルランドですね」
リュイスが次々に書状を差し出す。片っ端から受け取って開くと、エリサはサッと目を通した。
すぐに彼女は、楽しげに微笑む。
「日程も方式も、アハトが言った最低限のとおりになったわ。我が国の代表は、ソーニャとアハト以外のここ住まい。それから、ヴェサ・ハールスよ」
「ってことは、十人ずつで総当たり戦ですね。……あれ? もしかして、僕も入ってます?」
指折り数えていたリュイスの間抜けな疑問に、エリサがキッと目を吊り上げた。
「当然でしょう? あなたが着ているそれは何? ただの飾りとは言わせないわ」
「いや、その……」
ハイヴェッタから、あの兄が来る。
試合に出るかどうかは、その場で答えなかった。だから、当日を、それはそれは楽しみに来るだろう。
リュイスが出れば、彼は大いにはしゃぐはずだ。しかも、リクまで出るのだから、彼の興奮の度合いは計り知れない。
「ハンネス様が嬉し泣きするほど、活躍なさい」
「双璧がいないっていっても、さすがにそれは……」
規格外の二人が不参加であっても、勝てるかどうかは、戦う相手との相性もある。
正直なところ、攻撃魔術しか持たない身では、目を見張るほど華々しく活躍するのは難しい。
「あんな化け物を参加させようものなら、わたくしが卑怯者呼ばわりされてしまうわ。それに、この間、ここへ入り込もうとした不届き者がいたでしょう? アハトとソーニャにはそちらの見張りと、円滑な進行を任せているのよ」
ユリアとシーヴの部屋が狙いだったことは、後でアハトからきっちり教えられた。不届き者たちに与えられた恐怖の罰則も、残らず聞いている。
内容をかんがみるに、半月後、彼らが動けるかどうかも定かではない。
あれで、また何かあると考えているエリサたちの気が、実のところ知れないのだが。
「……わかりました。とりあえず、十本の中に入れるようには努力しますよ」
「当然でしょう? イクセル王とヴェサ・ハールス、ユハナとユリアは絶対としても、十人のうちに入れないのならば、その紫を剥奪しようかしらね」
「ヘンリク様で、すでに半分埋まってますよ」
遊び半分の普段は互角だ。けれど、エリサが「期待しているわ」とひと言添えれば。
「いいこと? 十本の内にも入れないのであれば、あなたはそれを着る資格はないと覚えておきなさい」
「わかってますよ」
十三歳も年下のエリサに、気迫で完全に押し負けてしまった。
ひっそりと苦笑いして、リュイスは部屋を出ていく。
半月後には、各国の実力者たちが集まってくる。迎える準備を、何ひとつ怠るわけにはいかない。




