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(あー……何となく予想はしてたけど。絶対、わかってないんだろうなぁ)
わかった顔で、コクコクと何度か頷いているシーヴを、ジッと見下ろしながら。ヴァルトはため息をついて真剣に考える。
他人の感情の機微に、とにかく疎い。そのことは、身にしみて理解している。だから、取り立てて期待はしていなかった。
ただし、なるべくわかりやすい行動と、はっきりした言葉を選んだつもりだ。
(これでダメだと、後は何があるかなぁ)
真面目な顔で、何度も頷く。そんなシーヴは、誰よりも可愛い。そう思う気持ちを、ついつい行動で示したくなる。
別に、全部じゃなくていいから。どうしたら彼女が、こちらの想いを少しでも理解してくれるか。それが、どうにもわからない。
(戻って、アハトさんにいろいろ聞いた方が早いかな?)
相手が相手だけに、まったく参考にはならないかもしれないが。
「ねえ、お兄ちゃんって魔術師なの?」
不意にかけられた声に、思考を中断しておもむろに見下ろせば。シーヴよりさらに低い位置から、必死に見上げている知らない顔がいる。
「ああ、魔術師だ。ヴァルト、この子はアンネだ」
シーヴが説明すると、嬉しそうにアンネはパッと破顔した。
「さっきの火のやつ、あれ、すっごいね! お兄ちゃん、他にも使えるの?」
ヴァルトにとっては、当たり前の攻撃魔術と威力。それを、アンネは全力で褒め称える。
見たことのある攻撃魔術が、アハトとユリアのものだけでは無理もない。しかし、それを知らないヴァルトは、ただただ首を傾げるだけだ。
「ここの子たちは、アハトとユリア以外の魔術師を知らないんだ。リュイスやリクは、ここで攻撃魔術を使っていないらしい」
「あー、なるほど。あれしか知らないから、この反応なんだ」
妙に、すとんと納得できた。
リュイスもリクも、直接のかかわりがない。それゆえに、この孤児院を長時間訪れることはないのだろう。滞在時間が短いから、必然的に魔術を見せる機会もない。
結局、長居するアハトが、魔術師の基準になってしまうのも無理はなかった。
「じゃあ、いつもの訓練でもする?」
「そうだな」
不敵にも映る、かすかな笑みを浮かべたシーヴが、真っ先に距離を取る。すぐさま剣を腰ベルトから外して、サッと構えた。
対するヴァルトも、両腕をゆっくりと持ち上げる。手のひらを、グッとシーヴに向けて。いつでも魔術を放てるよう、きっちり準備を整えた。
「行くぞ!」
「ネコウ!」
初手を駆け出したシーヴの軸足側へ、わざと外して撃ち込む。
そのまま立て続けに、同じものを三発。シーヴの周辺に次々と撃ち込んだ。見学者たちからは、ワッと歓声が上がる。
本物のように、大きな音はない。しかし、光から連想してしまったのか。瞬きより短い間、シーヴの足が動きを止めた。
「……っの、嫌がらせか!」
声を張り上げたことで、シーヴは体を無理に動かしたようだ。けれど、魔術は手加減も容赦もなく、不規則に撃ち込まれる。ひとつひとつを、どうにか避けるだけで精一杯だ。
「シーヴちゃん、頑張ってーっ!」
「シーヴさん!」
わずかに崩れた体勢を、シーヴが整える間もなく。
絶え間なくポンポン撃つ、雷以外の攻撃魔術。それをシーヴは、かろうじて避けている。少女たちの熱い声援に、グイッと背中を押されるように。シーヴは少しずつ、距離を詰めてくる。
これまでより、近づいた。
互いに、そう思ったのだろう。シーヴの表情に、フッと気合いが入った。こちらを見据える視線にも、グッと強い力がこもっている。
(ホント、まだまだ甘いよね)
ふわりと、ヴァルトは優しい笑みを浮かべた。
不審に思う時間を、決して与えないよう。主に胴体を狙って、色とりどりの攻撃魔術を数発、立て続けに叩き込む。
シーヴには、この数をこの距離で、残らず避けることはできない。
(……さあ、どうする?)
目をすがめて見守ってみる。
シーヴが迷うように、目を閉じて考え込んだのは、ほんの一瞬。
フッとまぶたを持ち上げて、火球と土のかたまりは危なげなく避けた。三発目の雷が、左腕をかすめて上着が裂ける。
四発目の氷塊は、直撃。
それが、いつものとおりだ。
「はっ!」
「ナイセ!」
気配を察して、とっさに防御魔術を使う。
突き出された剣に、ひび割れた防御魔術の向こう側で。左腕の前腕から血を流す、シーヴが見えた。
(ああ、なるほどね。左腕を犠牲にしたんだ? でも、その様子だと)
痛みで左には力が入らないか、もしくは、感覚がない。そんな状態のはずだ。
グッと足を踏み込んで、シーヴは剣をなぎ払う。
ギリギリ残っていた防御魔術は、木っ端微塵に砕け散った。
パラパラと散る魔術の破片が、太陽の光にキラキラと輝きながら舞う。
「っと……」
(ほら、やっぱり)
剣に振り回され、体勢を大きく崩した。そのまま、ヨロッと地面に転がる。
立ち上がろうとしたシーヴが、剣を手放した。右腕一本で、懸命に体を支えて立ち上がろうとしたところで。
右の手のひらだけを、シーヴに向ける。
「はい、王手」
宣言すると、シーヴは悔しさを隠さない顔で、再び地面にゴロンと寝転がった。
「また僕の負けか」
「でもさ、左腕はダメにしたけど、オレに初めてナイセ使わせたし。これまでとしたら、まあまあいいんじゃない?」
(実はこっちで、ずいぶん頑張ってたのかな? 来た時は、女の子に囲まれて幸せそうにしか見えなかったけど)
自分がいなくても、彼女には関係がない。
それが悔しくて、無性に腹が立って。挑発じみた言動を、いくつも重ねてしまった。
けれど、落ち着いて見れば。別段、いつものシーヴと変わりない。
いや、ほんの少し、研ぎ澄まされた感がある。
「早い話、あれを全部避けられるようになれば、互角にはなれそうなんだが……」
スッと手を差し出すと、あっさりつかまってきた。
硬い剣ダコはあるけれど、意外と触り心地のいい手だ。
「どうだろう? そっちが近寄る分、こっちの精度も上がるから、きっちり避けるとなると、ユハナでも調子が悪いとギリギリとか言ってたし」
立ち上がるのを助けながら、ヴァルトは空いている手をヒラヒラさせて言う。
「……ユハナは、ヴァルトにほとんど攻撃魔術を撃たせないだろう? どうしたら、ユハナがかろうじて避けられる状況になるんだ?」
想像できなかったのだろう。シーヴは何度か首を左右に振って、静かに嘆息する。
「僕がその境地へ到達できる日は、まだまだ遠そうだな」
「シーヴまでああなると、オレがつまんないでしょ? 今くらいでいいって」
明らかにムッとした顔のシーヴが、グッとヴァルトを見上げた。
「今のままでは、一生ヴァルトに勝てないだろう? それは嫌だ」
「ホント、負けず嫌いだなぁ」
「ヴァルトにも、一度は勝ってみたい人間くらいいるだろう?」
問われて、ふと考え込む。
身近な人の顔が、次々と浮かんでいく。
「だって、アハトさんやユリアは持久戦も強いから、勝とうって考えること自体が間違いって気がするし。ヘンリクさんとソーニャさんは、そもそもやる気にならないし。ユハナには力でまだ負けてるけど、最終的には、互角の持久戦くらいには持ち込める予定でいるしなぁ」
リク相手ならすでに、ほぼ負け知らずだ。リュイス相手でも、いずれそうなるだろう。
ヘンリクは、自分と同じタイプで、数段上だ。これまでの経験も含め、とても勝てる相手ではない。
日課の訓練で、数日に一度。アハトの命を容赦なく狙っている、ソーニャに至っては。わざわざ手合わせする意味が、わからない。
長期的な視野で見た場合に、勝利を得ることが絶対に不可能と言い切れない者の中で。勝てる日が来るのかどうか、ひどく不安になるのはただ一人。
(オレがどうしても勝ちたいって思うのは、シーヴくらいだって)
この手につかめそうなほど、フッと近づいた。かと思うと、確かな手応えが何ひとつないまま、スルリと逃げていく。
この腕にとらえて、自分のものだと主張したくとも。彼女にどう思われているのか、まったく読めない。
「そうだなぁ……シーヴに、勝ってみたいかな」
少しでも間を空ければ、「いつも訓練で勝っているだろう!」と返されそうだから。
ヴァルトはニッコリ微笑んで、シーヴの言葉を遮るように早口で告げる。
「シーヴがオレの顔をじーっと見ながら、『好きだ』って言えなくなったら。そしたら、勝った気になれるかもしれない」
唖然として何も言えないシーヴに、にこやかに笑いかけて。
「……楽しみに、してるからさ」
ヴァルトは彼女の耳元で、そっと囁いた。




