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真っ赤な顔で、バタバタと私室に飛び込んだシーヴが、なぜか姿を見せなくなった。
昼食を届けたユリアが声をかけても、ドアを開けるどころか、返事さえしない。室内にいるのかどうかも怪しいほどの、奇妙な静けさだ。
「ヴァルト、シーヴに何をしたの?」
キッと睨みつけるユリアの視線に、ちょいと肩をすくめて見せてから。ヴァルトは自嘲を含む苦笑を浮かべた。
「オレ以外の可能性ってのは、考えないんだ?」
「他の誰が、シーヴを引きこもらせるっていうの?」
深く考え込んだから。やや間を開けて、ヴァルトはおもむろに口を開く。
「あんまり想像できないけど、ユリアだったらやれそうかなぁ?」
「私はやらないわよ。目の前でワタワタされる方が断然可愛いし、引きこもられたら、せっかくのそれが見られないでしょう?」
リュイスと手分けして、地方を巡回中のリクがいないのをいいことに。バンバン本音をぶつけてくるユリアには、呆れ返るしかない。
だが、ユリアの言い分には、一理ある。だから、同意を示す意味で、一度だけしっかり頷いた。
五年前は、さらに男前の若いソーニャという印象しかなかった。そんなシーヴも、今は締めつけるものがないからか。彼女らしい、伸び伸びとした表情をよく見せるようになっている。
こちらが、何らかの行動を起こした結果。すぐそばで感情豊かに、いろいろな反応が返ってくるのが、シーヴのいいところだ。
そんなことを思いながら、いくつか言い訳じみたことを考えてみたが。
「ゴメン。あれで閉じこもるなんて、思わなかったからさ」
「何をしたのよ」
「ユリアにも同じことしよっか?」
指一本、ピクリと動かす間もなく。瞬時に、ユリアが防御魔術を使ったのを見て。思わずくつくつと笑う。
良くも悪くも、特別な興味を持っていない。そんな相手に、親切ごかして。言葉どおりの行動を、わざわざしてあげる趣味はない。
「っていうか、ユリアにはやらないって」
「今は緩衝材がいないんだから、冗談はそれっぽく言ってくれる? というか私、自分と似たタイプとは、同士になっても色恋は勘弁して欲しいの」
「ああ、うん、オレもそうだから。そこは安心してくれていいけど?」
今、ユハナは休暇をもらって、久しぶりにサーラと街へ出ている。リクは、地方を巡回中。唯一残された緩衝材のシーヴは、部屋にジッと閉じこもっている。
互いに本音を、遠慮なく。際限なく吐けてしまう相手だからこそ。それを慎もうとしたくなる誰かがいない現状で、何かを語り合うことは避けたい。
「じゃあオレは、訓練場と図書室に行ってくるから」
「本当に、ヴァルトはお父さんと同じ行動をするのね。私は、後で食器の片づけついでに、シーヴの様子を見ておくわ」
「ん、わかった」
右手をヒラヒラさせて、食堂を出て左に歩き出した。
‡
ヴァルトを見送って、ユリアは食堂の右へ向かう。
食堂の左脇には階段。その階段を通り過ぎた奥には、ほとんど使われていない執務室がある。
現在、エルミは基本的に、エリサの執務室で勉強中だ。この階で仕事の一部を手伝うようになるには、まだまだ何年もかかるだろう。
そして、ユリアが向かう先の右手側には、それぞれの部屋がズラリと並んでいる。突き当たりに大きく取られた部屋が、エルミの個室だ。
ユハナとユリアの部屋は、元から、特別な紋章がついている。しかし、他は外から見ても判断ができない。使っている部屋には、それぞれでドアに目印をつけるようにしている。
(あら?)
食事を載せたトレイが、手つかずで置かれたドアを見上げた。
そこに、セーデルランドで使っていたという、シーヴ個人の紋を確かに認めて。ユリアはとっさに、合鍵を保管している自分の部屋に走る。
ドアを勢いよく、バッと開け放したまま。自室の鍵と同じ鎖に通してある、小さな鍵で。装飾品を淹れた箱の南京錠を、急いで開けにかかった。
どうしても、気が急いてしまう。冷静な時より、無駄に時間がかかって、どうにも苛立ちを隠せない。
やっとのことで開けて、鍵を探す。
(シーヴの部屋の鍵は……これね)
それぞれの鍵に、札をつけてある。そこにシーヴの名があることを、念入りに確認した。
一秒でも早く、室内を確かめたい。だが、他の部屋の安全を守る責任がある。
合鍵を入れた箱の鍵を、しっかりかけて。自分の部屋のドアにも、きちんと鍵をかける。それからようやく、シーヴの部屋に向かった。
「シーヴ、開けるからね」
落ち込んだ挙げ句、単純に食事を忘れて寝ているだけかもしれない。けれど、万一、シーヴが食べる気力さえなく、ジッと閉じこもっているとしたら。
それはかなりの重症だと、言わざるを得ないだろう。
可能性をひとつ考えるだけで、血の気がすうっと引いていく思いだ。
ドアを開けようとして、トレイが邪魔していることに気づく。周りをキョロキョロ見回して、人がいないことを十分確かめて。足でトレイを、ちょいちょいと脇に押した。
行儀が悪いからと、懇切丁寧に移動させている余裕はない。
「シーヴ?」
今度こそドアを開けて、そっと中に入って、部屋を隅々までじっくり眺める。
元々物の少ない、すっきりしたシーヴの部屋に。そもそも、隠れられる場所などほとんどない。
ベッドの下から、チェストの中。どう考えても、人間が隠れることが不可能な場所まで。入念に確かめたユリアは、それこそ血相を変える。
「確かに部屋に入るのを見たのに……どこへ行ったの?」
シーヴが、忽然と消えた。
この事実を、最初に伝えるべきは誰だろうか。
思慮するより早く、足は訓練場へ向かっていた。
‡
「ヴァルト、ちょっとその顔貸してくれる?」
目の据わったユリアに、ちょいちょいと手招きされた。
顔見知りになった騎士や魔術師に、自分の訓練がてら。治癒魔術をかけて歩いていたヴァルトは、嫌な予感に襲われる。
(怒ってるユリアって、たまにとんでもないこと言い出すんだよなぁ……)
ユリアが息を切らせるほどに急いで、怒鳴り込まなくてはいけない何か。いわば、緊急事態があったことくらいは、さすがにわかる。
だが、頭に血が上った状態の彼女が、まったく容赦ないこともまた。ヴァルトには、痛切に理解できていた。
怒りをあらわにしているユリアが、ひどく珍しくて新鮮だからだろう。たまたま居合わせた者たちの、「怒っていても可愛い」と囁き合う声が耳に届く。
(現実を見たらそんなこと、絶対言えなくなるんだろうけど)
外面だけは、完璧なユリアだからこそ。何をして怒らせたのかと尋ねたそうな視線が、いくつか刺さってくる。
それらを残らず無視し、ヴァルトはユリアを促して、訓練場からさっさと離れた。
「今すぐシーヴを探しに行ってきなさい」
何があったのかを、尋ねるより早く。居丈高に命令されて。思わず額にグッと手を当てて、ふうっとため息をつく。
「……どこへ?」
手当たり次第に、むやみやたらと探すわけにもいかないと、行き先を問えば。ようやく頭が冷えたのか、ユリアが首を傾げて、ふと考え込む。
「……そういえば、どこへ行ったのかしら?」
「シーヴが知ってる場所なんて、そんなにないと思うけど?」
身内のいない国で、行ったことのある場所。その上、シーヴが頼れる人間など、ごくごく限られているはずだ。
「とりあえず、アハトさんかソーニャさんに聞いてみよっか」
「それがよさそうね。じゃ、後はヴァルトに任せたから」
「……わかった」
これほど大事になるとは、さすがに思っていなかった。だから、素直に頷く以外にない。
誰より先に、シーヴが頼るだろうアハトとソーニャが、何か知らないか。尋ねるため、居住棟の最上階へと、足早に向かった。




