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 翌日。約束どおり、アハトはヴァルトの実力を試していた。

「安全のために、俺のナイセを君にかけるから、その上に君のナイセをかけて、リュイスさんの全力の攻撃を受けて欲しい」

「え……」

 リュイスの攻撃魔術は相当強い、との噂を聞いたことがあるのか。ヴァルトの顔から、ザッと音を立てて色がなくなる。

「大丈夫。リュイスさんは、俺のナイセを崩すのに五連射必要だから。一発ならなんともないって」

「アハトの防御は鉄壁だからね。三十枚も重ねてるのに、簡単に砕いて命を狙えるのはソーニャだけだよ」

 恐ろしいことをサラリと言って、乾いた笑いを見せるアハトとリュイスに。ヴァルトはついていけずに、真っ青な顔で二人を交互に見るしかできない。

「まぁ、やってみようか」

 アハトは防御魔術をかける。それからヴァルトに、この上に防御魔術を重ねるよう告げた。

「プキ!」

 ヴァルトが防御魔術をかけたことを、しっかりと確認した直後。リュイスは容赦なく、全力の攻撃魔術を撃ち込んだ。

 怯えて目を閉じたヴァルトは、何ともないことに、ホッと安堵の息を吐く。

 目の前には、傷ひとつないアハトの防御魔術。その外側には、粉々に砕け散って、キラキラと地面に落ちていく自分のそれがあった。

「リュイスさんの手応え的にはどんな感じ?」

「防御型で参加してただけあって、ヘンリク様よりちょっと劣る程度かな」

 へぇ、とアハトの口から、ため息ともつかない感嘆の声がこぼれ落ちる。

「それはなかなかだね」

 近年、攻撃型が続々と増えているため、防御型も治癒型も絶対数が少ない。治癒の使える紫と青をまとう者が、『地獄の訓練』で引っ張りだこになる。その主な理由はそこにあった。

「じゃあ、攻撃もしてもらおうかな。全部防ぐから、俺に向かって全力で攻撃して」

 こくりと頷き、ヴァルトはスッと両腕を持ち上げる。両の手のひらをアハトに向け、おもむろに口を開く。

「プキ! キエリ! リートゥ! シヴェ! ルム! ネコウ!」

「六連射……じゃない!?」

 再びプキから唱え始めるヴァルトに、アハトはサッと顔色を変えた。

「リュイスさんより連射能力が高いかも……あ、ナイセ!」

 防御魔術にヒビが入ったのを見て、アハトは即座に追加する。

「アハトのナイセにヒビを入れた灰色は、さすがに初めて見るね。威力もヘンリク様くらいかな?」

「いや、ヘンリク様よりは劣るよ」

 ヴァルトは十連射でヒビが入ったが、ヘンリクは十連射で一枚を砕く。

 だが、ヴァルトは、威力をまったく落とさないまま。ひと息で平然と、十八連射していた。

 将来的には、リュイスに匹敵する、攻撃の主力になる可能性も十分に考えられる。

「後は……ソーニャさんの出番かな」

「そろそろ日課の時間だね」

 リュイスが言い終わる頃、ソーニャがひょいと顔を出した。

「ソーニャさん、日課ついでに、ヴァルトくんの治癒魔術の程度を知りたいから、死なない程度にお願いするよ」

「……どの程度だ?」

 聞き返され、アハトは過去のケガの数々を思い浮かべた。そして、すぐに決定する。

「最初のやつ。あれはセナリマさんでも三回必要だから、腕を試すにはちょうどいいよ」

「あれか……」

 珍しく、ソーニャがグッと眉を寄せて、ひどく嫌そうな顔をした。けれど、すでに彼女の手は、腰ベルトにつけた剣を鞘ごと外している。

「リュイス、万一に備え、ヘンリク様を呼んでくる準備をしておいてくれ」

「え……それってどれだけすごいの?」

 とっくに引退して、城下街でのんびり暮らしているセナリマに、わざわざ来てもらうわけにはいかない。ユリアは今、エルミのところにいる。

 単なる消去法で、ソーニャはヘンリクを指名しただけだ。しかし、どのみち、強力な治癒魔術の使い手が必要であることは否めない。

「治癒の女神と呼ばれていた、セナリマ様の治癒魔術が三回必要なケガだ」

 聞いた瞬間、リュイスは一瞬で青ざめてアハトを見る。

「……それって、いつの話?」

「俺が十六だったから……二十年くらい前かな」

 アハトはのんきに、指折り数えている。

 鞘がなかったら、死んでいた。そう自信を持って言えるほど、ソーニャの剣は、怒り任せでも的確に狙いをつけていた。

 片手で余るほどしかない、ソーニャの泣き顔を初めて見た、アハトの大切な思い出だ。同時に、動揺した時の自分の甘さをつくづく思い知った、ひどく苦い思い出でもある。

「今やったら、アハトが死なない?」

「だから、万一の時は、リュイスにヘンリク様を呼んでもらうんだろうが」

 ふうっとため息をついたリュイスは、いつでも飛べるよう準備を整える。

「クルタス!」

「えっ、それを使うの!?」

 元々は、日課の訓練の延長だ。

 三十枚のナイセが、順々に分厚く重ねられたのを確認してから。ソーニャは自身を強化する呪文を唱え、鞘のついた剣を片手で思い切り突き出した。

 まるで、雷が近場に落ちたような。バリバリッ、と派手な音が耳をつんざく。

 大きく後ろに飛びながら、アハトは防御魔術を三枚追加する。しかし、追加をものともせず。アハトの腹部を、ソーニャの剣がしかと、手加減なしにとらえた。

 声もなく吹き飛ばされたアハトは、起き上がることはもちろん、体をわずかに動かすことさえできない。

 その光景の壮絶さに、ヴァルトもリュイスも言葉を失っていた。

「よし。えーっと、そこのお前、治癒魔術だ」

 名前がわからないらしく、ソーニャに指差されたヴァルトは、ハッと我に返った。急いでアハトに駆け寄り、ケガの治療に入る。

「ネラパ!」

 ソーニャとヴァルトが、並んで様子をうかがう。

 ゆるゆると目を開けて、ソロソロと上半身を起こしたアハトが、ソーニャを見てニッコリと微笑んだ。

「さすがはソーニャさん。あの頃とほとんど同じ痛みだったよ……」

 当時は、自己強化の呪文なしで、これと同じ苦痛を受けた。そう思うと、自身の魔術もずいぶん強化されている。それが痛感できる、非常にいい機会だった。

 そう、思うことにしようと、アハトはぼんやり考える。

「そんなことより、治癒魔術の腕はどうだったんだ?」

「え……そっちが気になるの?」

 がっくりと肩を落としつつ、アハトは治癒魔術の結果をヴァルトに伝える。

「君は、治癒の強いバランス型だね。他も、多分育てたら、ヘンリク様以上になりそうな予感のする、いい魔術師だよ」

「え? 治癒が強い……?」

 ヴァルト自身は、防御が強いのだと思い込んでいた。そのため、治癒が強いと聞かされて、どうにも驚きを隠せない。

「うん、君をあえてどれかに分類するなら、治癒型だ。ユリアには劣るけど、セナリマさんより強いよ」

「ってことは、エリサ姫に報告したら、確実にエルミ姫の女王魔術師候補だよね」

「えぇっ!?」

 女王魔術師になるなど、考えたこともない。そんなヴァルトは、リュイスの言葉に驚き、ひっくり返った悲鳴を上げる。しかし、他は驚いた様子すらない。

「あー、そうだね。治癒と防御のユリアに、攻撃のリクくん。バランスのヴァルトくんか。なかなかいいよね」

 青がかった緑色の瞳を、不安そうにパチパチと瞬かせ。ヴァルトは、大人たちを交互に見つめるしかできない。

「じゃあ、僕は報告がてら、ヴァルトくんを連れて陛下のところに行くよ」

「あ、その前に、もう一回ネラパかけてもらっていいかな? 完治してないと、ソーニャさんの訓練相手ができないから」

 ヴァルトは頷いて、二回治癒魔術を使う。

 アハトのケガが、間違いなく完治したことを確認してから。リュイスとヴァルトは、エリサの執務室を目指して歩いていった。



 同じ頃。アハトたちがヴァルトの試験をしていた中庭を、思う存分見下ろせる女王の執務室。その続き部屋にある窓から、ユリアは下を眺めていた。

 試されているのが誰なのか。きっちり確認して、小さく微笑む。

「あら、ヴァルトじゃない。ヘンリク様と一緒で素質がよくて、しかも治癒が強いバランス型だから、姫様が女王になった時には、絶対姫様付きにされると思っていたけど……こんなに早くリュイスさんに見つかったのね」

「……ユリアって、ホントいろんなことを知ってるな。僕は、昨日ユリアにケンカを売った騎士の名前も知らなかったのに」

 ヘンリクとユリアに悪口を言ったので、顔だけは覚えた。だが、彼の名前は、ユリアに何度も教わって、ソーニャと一緒になって懸命に覚えたくらいだ。

「私は、騎士と魔術師を全員分、名前だけじゃなくて出自や術タイプ、得意な攻撃まで把握してるわ。そういう難しいことは、全部私に任せておけばいいの」

 ニッコリ微笑む妹にはかなわない。そう自覚しているユハナは、目を覚ましてぐずり始めたエルミを、慣れた手つきで抱き上げてあやす。

「お腹が空いたか? それともオムツか?」

「ユハナは姫様のお父さんみたいね」

 クスクスとユリアに笑われてしまう。

 だが、この部屋にいる時間は、ユハナが主にエルミの世話を任されている。だからなのか、気分はすっかり父親同然だった。




「エリサ姫、入りますよー」

 声をかけてドアを少し乱暴に二度叩いたリュイスは、返事を待たずにドアを開け放つ。

 そのとたん、リュイス目がけて、木製の硬そうな置物が飛んできた。

「ナイセ!」

「ナイセ!」

 ヘンリクとヴァルトの、見事な二重奏。

 腹を抱えてケラケラ笑うリュイスは、彼らの防御魔術に守られて事なきを得ていた。

「ヘンリク、リュイスは守らなくていいと、何度言えばわかってくれるの?」

「ご、ごめんね……」

 ペコリと頭を下げながら、ヘンリクはエリサに謝罪する。

 ふわふわした、やわらかな絨毯を敷きつめた床。そこにどっかりと鎮座している置物を、歩み寄ったヘンリクがひょいと拾い上げた。

 細身のエリサが、軽々と飛ばした。そう見えた置物は、思いがけず重い。

 アハトならばザッと青ざめるところを、なぜか嬉しそうに微笑んで。ヘンリクはエリサのところへ、ヨタヨタと置物を届けにいく。

「やっぱり、君は素敵な人だね」

 ソーニャを上回るかもしれない。

 万人にそう思わせる天然ヘンリクの台詞に、エリサはほんのり頬を赤らめる。うっかり目撃してしまったヴァルトは、いろいろな意味で、開いた口がふさがらない様子だ。

「イチャイチャしてるとこに水を差すようだけど、エルミ姫用の女王魔術師候補を連れてきたよ」

「あっ、ヴァルトくんじゃないか! 君も魔術師になってたの?」

 改めて、リュイスの隣に立つヴァルトに目を向けたらしい。突然、ヘンリクが大きな声を上げ、そちらにエリサが驚かされた。

「知り合い?」

 リュイスに訪ねられ、喜色満面のヘンリクは何度も大きく頷く。それが可愛いと思うエリサは、黙ってヘンリクをジッと見つめていた。

「僕の親戚だよ。えーっと、従姉のアマリアさんの次男だったかな?」

「……顔付きで家系図が全部頭に入ってるって、本当だったんだ……」

 顔を合わせたのは、たった数回。

 それでも覚えているヘンリクの偏った記憶力に、ヴァルトは素直に感服する。

 城の人間関係は、さっぱりのくせに。自分の身内は完璧に覚えているヘンリクに、リュイスは苦笑いを隠せない。

「君だったら、エルミが女王になった時に、きっと歓迎されるよ。アハトとリュイスに魔術を教えてもらったら、きっと僕より強くなるね」

 手放しで褒められ、ヴァルトはくすぐったそうに身をよじる。

 そこに突然、目の前に涙目の可愛い赤子が現れた。かろうじて悲鳴だけは飲み込んだものの、ヴァルトは思わず後ずさる。

「私たちの姫様よ」

 空腹が満たされ、ついでにオムツも替えてもらい、さっぱりしているからか。エルミはかなりご機嫌だ。

 たいていの者は、初めて見ると泣かれるというのに。初見のヴァルトに、エルミは人見知りをしなかった。

 落ち着いてエルミを眺めたヴァルトは、すぐにその可愛らしさに夢中になる。

「可愛いね!」

 やわらかな頬に、指でそっと触れる。そんなヴァルトを認めたユリアは、エリサに顔を向けた。

「陛下、私たちがいる時だったら、ヴァルトも姫様に会いに来てもいいですよね?」

「エルミの魔術師になる子ですもの、かまわなくてよ」

 エリサはあっさりと許可を出す。

 そして、自分の孫娘が生まれる頃までには。騎士も魔術師も、実力重視で採用できる準備を、完璧に整えようと決意を固めた。


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