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「さて、ユハナにもやってもらうか」

「じゃあ、まずは一対二くらいで」

 顔を知っている騎士たちならば、だいたいの実力はわかっている。だが、複数を相手にうまく手加減をすることは、ユハナにはまだ難しい。

「慣れたら相手を増やせばいい。危なくなったら、アハトから勝手に防御魔術が飛んでくるから心配ない」

「……それ、笑えないよ」

 たった今、余裕のあるソーニャに、防御魔術をかけるアハトを目撃したばかりだ。

 なまじかソーニャに似た顔立ちゆえに。アハトは確実に、目撃されればユリアからも。透明な壁が問答無用で飛んでくることは、誰でも簡単に想像できる。

「あ、ユハナ。お前の武器はこっちだ」

 手渡された模擬剣を見てようやく、これを使うことを思い出した。

「母さんはいいの?」

「私が慣れない武器を使うと、逆に危ないぞ」

 どこまでもソーニャらしい理屈だ。それが事実であることもまた、ユハナにため息をつかせる原因になっていた。

 適当に選んだ二人と、早速剣を交える。

(……リクの魔術より、ずっと遅い)

 止まって見える、とまでは言えない。だが、目で追える範囲の速度で仕掛けられる。そんなぬるい攻撃は、剣で受け止めることも避けることも容易い。

「はっ!」

 かけ声とともに、片方の剣を力任せに弾き飛ばす。残った一人の剣をスルリと受け流し、柄で彼の背中を相当優しく殴る。武器を失った騎士のみぞおちに、空いていた拳を叩き込んだ。手加減ということで、剣を持ち替えて利き手で殴ることはしない。

 だがそれでも、二人は打たれた場所を押さえて痛がり、呻いてのたうち回っている。

「二人は手ぬるいだろう? 次は三人だな」

 後方にひょいと飛んで軽々と剣を避けながら、ソーニャは冷静に告げる。彼女は十人以上を同時に相手にして、いまだ剣を抜いていない。腰に下げたままの剣が、時折出たがって小さな金属音を立てている。

「母さんは、剣を使わないの?」

「ユハナを見ていたら、素手以外は危ない気がしてな」

 そう言い放つソーニャは言葉どおり、拳ひとつで次々とのしていく。

 鉄壁と名高い、アハトの防御魔術。それをひと殴りでやすやすと打ち砕くソーニャだから、確かにこれが最も安全なのかもしれない。

 十人以上を同時に相手にできるソーニャに、少しでも早く追いつきたい。だが、現実は三人でもまだ手こずってしまう。

 そうユハナは実感しつつ、しばらく人数を増やさずに戦うことにする。

「えーっと、やっぱりここが一番必要かな?」

「ヘンリク様、ちょうどいいところに。手当たり次第お願いします」

 飛ばされる騎士たちをものともせず、フラリとやってきたのはヘンリクだった。

 ニコニコ微笑んだまま、彼は倒れている騎士たちを観察して歩く。ついでに両腕を伸ばして手のひらを向け、治癒魔術をかけているようだ。

「あー、君はソーニャにやられたね。……こっちはユハナくんかな? ソーニャに比べたらずいぶん優しいね」

 分析しつつ、片っ端から治癒魔術をかけていく。そんなヘンリクを横目で確認したソーニャは、こっそりと小さな笑みを口元に浮かべる。さらにためらいなく、騎士たちを打ち倒していく。

 ソーニャが、アハトの次に信頼を置く魔術師がヘンリクだ。

 アハトの八割ほどの強度がある防御魔術。やはり八割ほどの治癒力がある、治癒魔術。加えて、リュイスには威力で劣るものの、同程度の連射が可能な攻撃魔術を有している。彼がバランス型の希有な魔術師であることを、知っている者は少ない。

 治癒と防御に二極化しているアハトを筆頭に、得意なものがないと思い込んでいたバランス型のヘンリク。呪文ひとつで自由に移動でき、攻撃のみに特化したリュイスが女王魔術師だ。比較的まともだった先代と違い、変り種ばかりそろっている。

 騎士はソーニャ一人で十分だと言い、増やす予定はないらしい。

「ユハナくんは、もっと思い切りいっても大丈夫だよ。ソーニャはまた強くなったね。もう少し、手加減してもいいんじゃないかな」

 時折飛んでくる騎士と、直接ぶつからないように。自身に防御魔術をかけて治療するヘンリクは、治した手応えから指示を出す。

「じゃあ、もう少し強くいきます」

 その瞬間。ユハナの方がまだマシだと、ソーニャから逃げていた騎士たちの顔色があからさまに変わった。



「ユハナは楽しそうでいいわね」

「だったら、ユリアもあっちに行ってネラパを使っておいで。俺はまだこっちで相手をしてるけど」

 大半がすでに力尽き、立ち上がる気力さえない。立っている者も、かろうじて膝が崩れていないだけだ。恐らくもう、攻撃を仕掛けることなどできそうにない。

「彼らもきっと、女の子に癒される方が喜ぶだろうしね」

 女性には治癒型の魔術師が多い。とはいえ、絶対数が少なく、今はユリアを含めて五人が城に上がっているだけだ。

 女性魔術師では、先代の女王魔術師セナリマが『治癒の女神』と呼ばれ、名を知られた程度だ。ほとんどは高い地位も望めない。ユリア以外の女性魔術師は、適齢期になり結婚が決まったら引退してしまうだろう。

「じゃあ、私は先に行ってるから、お父さんも来てね」

 手を振って、防御魔術を自身にかけて走っていく。そんなユリアを見送り、アハトはまだ立っている面々に歩み寄って攻撃魔術を撃つ。

 透明な壁が当たらない距離から、魔術師に両手のひらを向ける。

「リートゥ!」

 アハトの手のひらからふわりと、穏やかで心地よいそよ風が吹き抜けた。

「俺のはリュイスさんと違って、全っ然痛くないから大丈夫。君たちに立ってられると、俺がいつまで経ってもソーニャさんのところに行けないでしょ?」

 わがままにも聞こえるその言葉どおり。立っているのがやっとだった彼らは、そよ風のにも耐え切れずに崩れ落ちる。

「俺の攻撃魔術って、五連射くらいしないと、紙切れみたいなリュイスさんのナイセさえ打ち砕けないんだ。だから、一発ずつなら、本当に全然たいしたことないから」

 にこやかに笑って、全員が倒れこんで動けないことを確認した。両の拳をやわらかく握り、腕を胸の前で交差させる。防御魔術を唱え、アハトは騎士たちを投げ飛ばされている方へと歩いていく。

 その足取りは軽く、存分に浮かれていた。



「あー、ユリアがユハナのところに行っちゃった」

「だから、リクとユリアちゃんはタイプが真逆だから、こればっかりはしょうがないって何度言えば……」

 かなり加減しているはずなのに。呪文ひとつで、透明な壁が砕け散ってキラキラときらめきながら落ちていく。

 リュイスとリクは、防御型の魔術師を全員動けなくするまで、とことん攻撃を仕掛け続けなくてはいけない。

 終わるまで、自由はないのだ。

「あ、アハトさんまで終わる気だ。そよ風にしかならないリートゥを使ってる」

「それ、アハトには絶対言うなよ。紙切れ同然のナイセと、気休め以下のネラパって言い返されるから」

 出会って間もない頃に、リクと同じことをつい言ってしまった。その際、静かに怒ったアハトにそう言い返されたのだ。

 今でも、リュイスの連続攻撃は、アハトの頑丈すぎる防御に敵わない。

「さすがはアハトさん……嫌な事実を的確に言い表すね」

 言い分が真実だけに、互いに言い合うとむなしい気分に襲われそうだ。だからリクは、彼を褒めること以外は口にしないと心に決める。うっかりにも、注意しなければ。

 何より、アハトの攻撃魔術に言及することは、ユリアに言ったも同然だということだ。アハトとユリアは、まったく同じ型の魔術師なのだから。

「あーあ、早くみんな力尽きてくれないかなぁ……」

 ユリアのところへ行きたい。

 その一心から発せられた、リクの呟き。運悪く耳に入ってしまった者たちは、げんなりした顔でため息をついた。


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