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「……可愛い」

「うん……お母さんが陛下にベタベタな理由が、今なら心からわかる気がするわ」

 王女が可愛くて仕方がなかった。

 そう言うソーニャの言葉を。当時、今の自分たちより二歳年上だった彼女が、そこまで溺愛したくなる気持ちを。まったく同じ状況に置かれて、初めて理解できた。

 くるっとした細い金の髪も。青空色のつぶらな瞳も。ふくふくした頬や手足も。何もかもが愛しい。

「今でも時々、父さんがすねてるくらいだからな」

「初めて会った時からあの調子だったなら、いい加減諦めたらいいのにね」

「無理だよ。父さんは諦めが悪いって、有名だし」

 この場に当人がいないから。好き勝手に言うユハナとユリアだが、彼らは両親をとことん尊敬している。そして、国中の誰よりも強い二人を誇りに思い、目標にして、日々追いかけているところだ。

「死にかけても、サーコートを切り裂かれても、諦めなかったくらいだからね……死んでも追いかけるんじゃない?」

 何年か前に興味半分で尋ね、返された言葉に真っ青になった。

 魔術師のサーコートは、刃物で簡単に切り裂けない加工が施されている。それを切り裂いた母の恐ろしさは、言葉ではとても言い表せない。

 聞いた当初は、そうなりたい意識よりも、怖くてたまらなかった。

「……ユハナはお母さんみたいなこと、しないでね?」

「僕がユリアにケガをさせるようなこと、すると思っているの? ユリアと姫を守るのが、僕の仕事だよ」

 万一ケガをさせても。若かりし頃のアハトと違い、死の淵に立つ恐れは少ない。治癒魔術の得意な父が、青ざめて駆けつけてくれるはずだ。どう後ろ向きに考えても、大事になりそうにない。

 問題はその後だ。

 何だかんだ言いつつ、父そっくりなユリアにケガをさせた。その事実に対し、鬼の形相で叱り飛ばすだろう母が、すこぶる恐ろしい。

「そうそう、ライノ様から守るのも、僕の仕事のうちだからね」

「あの方は放っておいていいのに」

 心配性らしいユハナに、ユリアはにこやかな微笑みを向ける。

 ライノは、エリサの息子だ。たまたま、そばにいる時間が長く、他に年の近い少女を知らない。そんなライノは、ユリアにベッタリ懐いていた。周囲をちょろちょろするが、ユリアはいつだって軽くあしらっている。

「陛下も、この顔に弱いのは血筋のせい。どう頑張ってもあらがえない。だから、放っておいていいとおっしゃっていたわ」

「……あー、陛下はアクセリ様だったらしいね」

 アクセリは先の筆頭女王騎士で、アハトによく似た外見をしている。母方のはとこで、アハトにとっては父であり兄のような人だ。また、エリサと彼女の母親エルヴィーラの、初恋の相手でもある。

 当のアクセリには、主やその娘を相手にするつもりはなかった。何より、自身の魔眼を引き継いだ子供が、アハトのような不幸を味わうことのないように。生涯を独身で貫く覚悟を、とうに決めていた。

 すでに引退したくせに。今も仕え続けるエルヴィーラのそばで、一生を終えるつもりらしい。

「リクにヤキモチを焼かれすぎても、鬱陶しくて困るし、あの程度をあしらえなくてどうするのよ」

 アハトに聞かされた過去の思い出話よりも、ずっとたくましく生きている。そんなユリアに、ユハナは軽いめまいを覚えた。

 彼女の真似など、どうあってもできそうにない気がする。そこが母親に似たのだろうと、あっさり自己分析できてしまう。

 ユリアは、精神的にとても強い。彼女が落ち込む姿は、とても想像できない。時に、そんなユリアが羨ましくなる。

「父さんも母さんも僕も認めてるのは、リクだけだから。あんまりしつこいのがいたら、誰かに言えばいいよ。僕たちを乗り越えてまで、ユリアに近づく男なんていない」

 ユハナとアハトがリクを公認している理由は、未来の女王魔術師にふさわしい実力の持ち主だと心得ているからだ。遠距離からの攻撃手段があることも、評価の一因になっている。

 だが、ソーニャは少し違う。一応実力を認めているが、彼の母親がソーニャと旧知の仲であることが大きい。

「だから私は、安心して、私のままでいられるのよ」

 大好きな人たちに囲まれて、いつも笑顔でいられる生活がどれほど幸福なことか。ユハナもユリアも、よく知っている。

 目の前で、気を許しきった穏やかな寝顔を見せている王女。彼女を誰にも傷つけさせないよう守ることこそが、この幸せな時間を保ち続ける秘訣なのだ。



 王女との対面をじっくり堪能した二人は、リクと待ち合わせている中庭へと降りた。

「ユハナ! ユリア!」

 手ごろな石に座ってぼんやりしていたリクは、二人を見つけてスッと立ち上がる。

「待たせてごめんね」

「ううん、ユリアたちを待つのは楽しいから」

 リクは二人にやわらかな笑顔を向ける。彼にとって、ユリアは誰よりも大切な女性であり、ユハナは弟同然の存在だ。

 大事な人たちが来る喜びと、これから行う訓練への期待感。それがあるからこそ、待つことはちっとも苦にならない。

「今日はどうする?」

 ユハナに問われ、リクは待ち時間で考えていたことを話して聞かせた。

「まず、ユハナが僕に切りかかって、それをユリアがナイセで守る。その後、僕が反撃をするから、ユハナが避けるかユリアがナイセで」

 攻撃を防ぎ、身を守るための壁を作り出すナイセの呪文。それを強化したいユリアに合わせた流れ。ユハナが身をかわす選択肢を残したのは、彼が誰かに守られ続けることをよしとしないからだ。

 自分でできることは、なるべく自分でやりたいユハナ。最低でも、目の前にいる大切な人は守り抜きたいユリア。

 それは、彼らの両親と同じ思いだ。

「じゃあ、始めようか」

 腰ベルトから、鞘がついたままの剣を外した。ユハナは無言で、リク目がけて思い切り剣を突き出す。

「ナイセ! ナイセ!」

 軽く後ろに飛んだリクを守るため。ユリアが立て続けに唱えた防御魔術が、透明で頑丈な壁を作り出す。ユハナの剣は、壁に阻まれて届かない。パリン、と割れた壁は、光を浴びてキラキラ輝く破片を散らして砕けた。

「キエリ! ルム! リートゥ!」

 火と土と風の、流れるような攻撃魔術。ユハナは、拳大の炎と土の固まりは避ける。だが、鋭い風までは避けきれない。

「ナイセ!」

 すかさずユリアがナイセを唱え、刃物に似た風をあっさり打ち消してしまう。透明な壁は、砕けるどころか傷ひとつつかなかった。

「ルムまで避けるなんて、さすがはユハナだね」

「いや、リクが三連射できると思わなくて、リートゥは避けられなかったのが悔しいな」

 でも、と二人はそろってユリアを見る。

「これは、ユリアがいるから安心してできることだよ」

「もしケガをしても、すぐ治してもらえるしね」

 二人は、アハト譲りの素質を持つユリアの防御と治癒魔術に、とにかく絶対の信頼を置いていた。

 とっさの状況でも、防御魔術を二連続で唱える。前もって唱えた十枚分の壁を、常に維持することも可能だ。即死でない者のケガなら完治させることができる。そんなユリアがいる以上、死は限りなく遠いものだ。

 その代わり、二人はユリアが苦手としている攻撃を補える。

 彼らの関係は、親たちそのものだった。

「リクー!」

「……母さん?」

 声のした方を見れば、歩き方が妙にぎこちない女性が、ゆっくりと近づいてきていた。

 目を見開いたリクは、慌てて彼女に向かって駆け出す。

「母さん、こんなところに来て転んだらどうするの!? 父さんがまた心配するよ?」

「そのリュイスに用があって来たの。そうしたらリクが見えたから、何となく嬉しくなっちゃって」

 心配のあまり母親をしかるリクと、まったく堪えた様子のない彼の母親。あまりに微笑ましくて、ユハナとユリアは顔を見合わせる。

 中庭に面している、女王の執務室の窓から見ていたのだろう、転移の魔術を使って、上から下へ一瞬で移動したリュイスが、真っ青な顔で駆け抜けた。

「ユリアは、父さんとリュイスさん、どっちがより愛妻家だと思う?」

「……リリヤさんの足が悪いことを差し引いて、お父さんの勝ちね」

 五体満足どころか、国最強と名高いソーニャを、何もなくとも追いかけていくアハト。時々フラリと王城にやってきてしまうリリヤを、見かけるたびに青ざめて、転移の魔術を使って駆けつけるリュイス。

 どちらもいい勝負だ。しかし、リリヤは過去に右足の膝から下を失い、ソーニャの伝手で高価な義足を使用していた。そこに、少なからず心配する要素がある。

「母さんに手を出す馬鹿は、ハイヴェッタ王とセーデルランド王くらいなんだから、父さんもあんなに心配しなくていいのにな」

「あの人たちって、私たちやリクの身内とは思えないわよね」

「正直、身内だと思いたくないな」

 ハイヴェッタ王はリュイスの父親で、リクからすれば祖父に当たる。だが、リュイスはわけあって、かつての名前も捨ててしまった。以来、縁はすっかり切れたと言い張っている希薄な関係だ。また、セーデルランド王イクセルは、ソーニャの双子の弟だ。ユハナとユリアにとっては、母方の叔父になる。今のところ、唯一はっきりしている血縁者だ。

 どちらもたまにケンカを売りに来て、ソーニャたちに叩きのめされ、すごすごと帰っていく。

 次にどちらかが来た時には、ユハナとユリアは王女付きとして、堂々と出陣することになるだろう。

「来るのが楽しみよね」

 笑うユリアに、ユハナもかすかに微笑む。

 まだ見たことのない叔父も、リクの祖父も。徹底的に痛い目に遭わせて、とことん後悔させてみたいのだ。


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