空の架け橋に祈りを込めて
ユハナの娘ラハヤと、シーヴの娘ラーケル、二人の主エステルの小話です。
夏の夕方にザアッと降った雨は、あっという間に上がってしまった。涼しくなるどころか、かえって蒸し暑さを増している。
「もう、上がっちゃいましたね」
十五歳前後と思しき、窓の外を眺めていた藍色の髪の少女が、ひどく残念そうに呟く。真っ直ぐな長い髪と、薄青色のサーコートの裾が、寂しげにヒラリと揺れた。
そんな彼女を、居合わせた同年代の少女と、五歳くらいの幼い少女がジッと見つめる。
「これで空の架け橋が出てくれたら、少しは楽しめるんだがな」
燕尾になった青色の上着と、剣を腰に帯びた少女は、どこか楽しげに囁く。彼女の顔立ちは、サーコートの少女とそっくりだ。顔や体型を見ても、まったく区別がつかない。
唯一の違いと言えるのは、瞳の色だろうか。サーコートの少女は濃い緑色で、剣を持つ少女は緑がかった灰色だ。
「空の架け橋が出たら、私、将来レーヴィにちゃんと恋人ができますように、ってお願いするわ」
サーコートの少女がきっぱりと宣言し、二人が小さく噴き出す。
少女の弟レーヴィは、確かに浮いた噂ひとつ聞こえない。だが、決して、告白されていないわけではないようだ。しかも、彼はまだ十二歳だ。挙げ句、色恋よりは訓練に夢中という、親譲りの性質なのだから仕方ない。
「レーヴィに、先にラーケルが恋人を作れ、って言われるのがオチでしょうに」
それまで黙っていた、幼い少女が口を開く。しゃべる彼女に合わせて、フワフワした金色の髪がユラユラ揺れる。
「あら、私はいいの。姫様のおそばにいて、ラハヤと一緒なら、それだけで十分楽しいから」
「大半の騎士と魔術師に、片っ端から求婚されてるんだろう? そのうち、力ずくで、と考える輩が出てくるんじゃないか?」
「大丈夫よ。ユリア様に教わって、ちゃーんと正しく断ってるから」
ラーケルはニッコリ微笑んで、立てた人差し指を唇にちょんと当てた。
色恋も、戦闘も、議論も、すべてにおいて百戦錬磨の筆頭女王魔術師。それがユリアであり、ラハヤの叔母だ。
「……ラーケルに、叔母上と同じことができるのか?」
「ううん。とりあえず、お父さんやお母さんみたいなことはしちゃダメかな、って思ってたから、一番当たり障りがなくてきっぱりした断り方をユリア様に教わっただけよ。それも、全員同じ台詞でね」
「……わたくしが思うに、すでにラーケルは、シーヴと同じことをしているのだけれど……」
「えっ、本当ですか!? やだ、まだ大丈夫だと思ってたのに……」
最愛の主にまで突っ込まれ、ラーケルはがっくりと肩を落とす。
見た目は母親にそっくりなラーケルだが、中身はずいぶんおっとりしている。両親が言うには、父方の叔母に何となく似ているそうだ。ただし、その叔母は怒らせると怖いという。その辺りも、ラーケルによく似ているらしい。
「並居る求婚者を蹴散らして、女の子ばっかりはべらせているのは、どこの誰だったかしら?」
「それは、お母さんと、ソーニャ様だと思いますけど……」
「もうすぐラーケルも、そこに仲間入りしてよ?」
「あ、それはちょっと嬉しいかも」
はにかんで、両手で頬を包み込む。凛々しい顔立ちだが、ラーケルがすると、なぜか可愛らしく映った。
「これで同性にモテる理由が、よくわからんな……」
男より男らしい。それが、ソーニャが人気だった理由だ。そして、男らしいが女らしくもある、不思議な魅力を持つ。シーヴが信奉者まで有した理由は、そこにある。
しかし、魔術師でか弱く見え、その上、実際に可愛らしい仕草をする。そんなラーケルが、同性に囲まれる理由が、ラハヤたちにはいつも理解できない。
「私にもよくわからないけど、いつも気がついたら女の子に囲まれてるのよね」
「……その辺りが、本当に、シーヴ様たちにそっくりだな」
ニコニコしながら呟くラーケルに、ラハヤは盛大的にため息をついた。
「でもね、私が片づいちゃったら、今度はラハヤが大変だと思うの」
「ん? なぜだ?」
「だって、ラハヤと私は同じ年でしょ? お母さんでもたくさん求婚されたってお父さんが自慢していたから、ラハヤも絶対にそうなるわ」
笑顔のまま、ラーケルが言い放つ。それを聞いて、主の姫はクスクスと笑いをこぼす。ラハヤはあからさまに渋面になり、窓の外を眺める。
「……あ、空の架け橋だな」
「え? ホント?」
ラーケルは慌てて外を見る。ほぼ同時に、二人の主もトコトコと窓へ近寄ってきた。
窓から見える切り取られた空には、うっすらと虹がかかっている。
「…………」
虹に向かって、ラーケルは目を閉じて祈りを捧げる。それを見て、ラハヤたちは必死に笑いを堪えていた。
ひとしきり堪えた後、ラハヤも目を閉じて祈る。
「……みんなが幸せになりますように」
そろって祈りを捧げる二人に、彼女たちの主は幸せそうに微笑んだ。
それからおよそ二年後。ラーケルは空の架け橋に祈りが届いたと、大いに喜ぶことになる。