表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/153

13

「そいつは確かに、シーヴ・ミルヴェーデンと名乗ったんだな?」

「うん。彼は顔も声もしゃべり方も、本当にユハナくんそっくりでね。それで、ソーニャを伯母上って呼んでたよ」

 ユハナに似ていることよりも。自身を伯母と呼んでいることよりも。腕を組んで考え込んでいるソーニャには、引っかかることがあった。

「なぁ、リュイス。本当にシーヴは男だったのか?」

「え? だって、ユハナくんがついて来てたんだよ? 女の子だったら、ユリアちゃんが来るでしょ?」

「……おかしいな」

 そう呟き、ソーニャは静かに目を閉じる。

「そういえば、マルグレットさん、女の子が生まれたら、ソーニャさんみたいに育てるんだって、すごく張り切ってたよね?」

「そうなんだ……あのマルグレットが、男にシーヴと名づけるはずがない」

 笑顔の可愛らしい、けれど頑固なマルグレットが、あっさりと夢を違える。

 マルグレットをそれなりに知る二人には、何よりもあり得ない話だ。

『娘が生まれたら、イニシャルから口調から剣の扱い方から、すべてをお姉様と同じように育てたいの』

 たった一度、訪れて以来。その時に国交を回復しなかったセーデルランドとの交流は、いまだにない。

 だから、マルグレットに娘が生まれたのかどうかも、こちらにはわからなかった。

「シーヴならば、イニシャルも同じになる」

 剣の扱い方は、さすがに見なければわからない。しかし、口調までユハナと似ているそうだから、恐らくそこまできっちりと似せて育てているだろう。

 ソーニャの口から、ほろりとため息がこぼれ落ちた。

「ユハナたちが勘違いしているのか、他に理由があって男と思っているのかはわからないが、シーヴはほぼ間違いなく女だろうな」

「リュイス」

 それまで、ジッと黙って聞いていたエリサが、不意にリュイスを呼びつけた。感情の読めない笑みの彼女は、イタズラを企む笑顔でサラリと言い放つ。

「シーヴは問題なさそうだから、城に入れてもよくてよ。ただし、ユハナかユリアの部屋に置くよう言いなさい。それから、面白そうだから、ユハナたちにはシーヴが女かもしれないことは伏せておくこと」

「ちょっと、姫! 俺とソーニャさんの子供たちで遊ばないでくださいよ!」

 異変に強いユリアよりも。ソーニャと同じで、不測の事態に弱すぎるユハナの心配を、アハトは真っ先にした。

 何かに遭遇する可能性は、今のところ、シーヴについているユハナの方が高い。それが、無性に不安をかき立てる。

「リクかヴァルトくんが、うっかり犠牲になる可能性もあるんだね……みんなかわいそうに」

 言いつつも、サッと飛んでしまうリュイスを引き止める間もなく。

 一切気にかける様子のない、飄々としたソーニャに代わって。アハトは、国に戻った時のユハナを、今からあれこれ心配しなくてはいけなかった。



「陛下が、シーヴくんを城に入れていいって。ただし、ユハナくんかユリアちゃんの部屋で生活させるようにって」

「わかりました」

 やけに目を泳がせて、こちらを見ようとしないリュイスに。誰もが首を傾げつつも頷く。

 暗くなってきて、ちらほらと明かりがつき始めた街並みを、ぼんやりと眺めて。ユハナは、ようやく城に戻れる喜びを噛み締める。

「リリヤさん、お邪魔しました」

「また来ます! 伯母上の話を、もっと聞かせてください」

「いつでもどうぞ」

 にこやかに手を振って、ユハナとシーヴを見送った。それからリリヤは、今度はリュイスの顔を見て手を振る。

「リュイスもお仕事中でしょう? あまり遅くなっては、陛下やソーニャお姉さんが怒るわ」

「大丈夫。陛下もソーニャも、僕がリリヤのところに寄るのは大目に見てくれるから」

 ケガを負った右足を放置した挙げ句。歩けなくなった娘は要らないと言い切って、リリヤの両親は、孤児院に置いて行った。それを、たまたま顔見せに寄っていたソーニャとアハトが目撃したのだ。当然放っておけず、アハトはケガを治療した。

 その後、リリヤはケガのショックから熱を出した。熱が下がった後は、自分の名前を含む、すべての記憶を失っていたのだ。

 杖をついて歩くことさえ嫌がるリリヤのため。ソーニャは街で評判の高い義師に、ピッタリの義足を作らせた。定期的な診察と微調整などをする目的で、リリヤを馬に乗せて街と孤児院を往復した数は、覚えていない。

 リリヤがリュイスと結婚した後には、彼女を捨てたはずの両親が名乗り出てきた。当たり前ながら、ソーニャと派手に言い争いをしている。

 リリヤの記憶が一切ないことも手伝って、その時はソーニャが圧倒的な勝利を収めた。

 そういった複雑な事情があるせいか。直接かかわったソーニャとアハトはもちろん、エリサまでもが、リリヤにはやたらと甘い。

「だから、あと少しだけ、リリヤのそばにいても……いいよね?」

「じゃあ、リュイスの好きなお茶をいれるわ」

 用意をしてくれる、リリヤの後ろ姿をボーッと眺めながら。リュイスは、この穏やかで優しい時間が、もっとゆっくり流れるようにと願った。




 シーヴとともに城に戻ったユハナは、真っ直ぐ部屋に行こうとした。だが、いつも訓練に使う広い中庭を発見したシーヴに、強引に引き止められた。

「ここで、ユハナと手合わせをしたいのだが」

「もう暗いから明日にしよう」

「嫌だ。今すぐがいい」

 何度言っても聞かないシーヴに、ユハナが渋々折れるしかなかった。

 片手で軽々と剣を持つシーヴに対し、ユハナは鞘のついたまま、両手でしっかりと剣を構える。そこにシーヴは不満があるようで、しきりに鞘から抜けと要求してきた。

「嫌だ。僕は、姫の命を狙うやつ以外には、絶対に剣を抜かないと決めている」

 こればかりは、ユハナに折れる気はさらさらない。

 命を奪う以外の手段がある時には、そちらでどうにかしよう。そう考えるのは、まぎれもなくソーニャ譲りだ。

「……では、僕も剣は抜かない」

 抜き身の剣を鞘にしまい、シーヴは鞘ごと剣を外した。

 しばらく、互いに隙をうかがうように、じっとりと見つめ合う。

 先に動いたのは、シーヴだ。

「はっ!」

 ユハナが慣れ親しんだ、ソーニャとほぼ同じ太刀筋だった。

 無言で右下から、強く払いのける。せっかくの勢いを殺さないよう、シーヴは振り下ろされる剣を、後ろに飛んで交わした。そこへユハナは、片手持ちに変えた剣を勢いよく、真っ直ぐに突き出す。

「ナイセ!」

 ユリアとヴァルトの声が、ピッタリ綺麗に重なる。シーヴを守るふたつのナイセに、ユハナの剣は無理矢理阻まれた。

 もし、鞘から剣を抜かせていたら。

 この時に、ユリアたちが来なかったら。

 剣が止まった位置を、呆然とただ見つめて。シーヴは、現実と力量の差を、痛切に思い知った。

「こんな暗い中で何をしてるの!」

「シーヴと手合わせしてみたかったんだ」

「明るくなってからやりなさい!」

 困った顔で微笑みながら、目をつり上げたユリアの説教を聞くユハナに。シーヴは、ひどく申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「ユリア、違う。僕が今すぐ手合わせをしたいと、わがままを言ったんだ。ユハナをしからないでくれ」

 ユハナの口からこぼれた小さな呟きは、ユリアの声にサラリとかき消された。

「シーヴが? ……何もそんなところまで、お母さんそっくりにしなくていいのに」

 あまりに徹底されたシーヴの育てられ方に、いくらか呆れたのか。ユリアはため息とともに、怒りも残らず吐き出してしまったようだ。

「本格的な手合わせは朝になってからにして、今日はもう休んでね」

「はい」

 双子の自分より、ずっと息が合っている。そんなユハナとシーヴに、ユリアはこみ上げる笑いをどうにかかみ殺すだけで精一杯だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ