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「そいつは確かに、シーヴ・ミルヴェーデンと名乗ったんだな?」
「うん。彼は顔も声もしゃべり方も、本当にユハナくんそっくりでね。それで、ソーニャを伯母上って呼んでたよ」
ユハナに似ていることよりも。自身を伯母と呼んでいることよりも。腕を組んで考え込んでいるソーニャには、引っかかることがあった。
「なぁ、リュイス。本当にシーヴは男だったのか?」
「え? だって、ユハナくんがついて来てたんだよ? 女の子だったら、ユリアちゃんが来るでしょ?」
「……おかしいな」
そう呟き、ソーニャは静かに目を閉じる。
「そういえば、マルグレットさん、女の子が生まれたら、ソーニャさんみたいに育てるんだって、すごく張り切ってたよね?」
「そうなんだ……あのマルグレットが、男にシーヴと名づけるはずがない」
笑顔の可愛らしい、けれど頑固なマルグレットが、あっさりと夢を違える。
マルグレットをそれなりに知る二人には、何よりもあり得ない話だ。
『娘が生まれたら、イニシャルから口調から剣の扱い方から、すべてをお姉様と同じように育てたいの』
たった一度、訪れて以来。その時に国交を回復しなかったセーデルランドとの交流は、いまだにない。
だから、マルグレットに娘が生まれたのかどうかも、こちらにはわからなかった。
「シーヴならば、イニシャルも同じになる」
剣の扱い方は、さすがに見なければわからない。しかし、口調までユハナと似ているそうだから、恐らくそこまできっちりと似せて育てているだろう。
ソーニャの口から、ほろりとため息がこぼれ落ちた。
「ユハナたちが勘違いしているのか、他に理由があって男と思っているのかはわからないが、シーヴはほぼ間違いなく女だろうな」
「リュイス」
それまで、ジッと黙って聞いていたエリサが、不意にリュイスを呼びつけた。感情の読めない笑みの彼女は、イタズラを企む笑顔でサラリと言い放つ。
「シーヴは問題なさそうだから、城に入れてもよくてよ。ただし、ユハナかユリアの部屋に置くよう言いなさい。それから、面白そうだから、ユハナたちにはシーヴが女かもしれないことは伏せておくこと」
「ちょっと、姫! 俺とソーニャさんの子供たちで遊ばないでくださいよ!」
異変に強いユリアよりも。ソーニャと同じで、不測の事態に弱すぎるユハナの心配を、アハトは真っ先にした。
何かに遭遇する可能性は、今のところ、シーヴについているユハナの方が高い。それが、無性に不安をかき立てる。
「リクかヴァルトくんが、うっかり犠牲になる可能性もあるんだね……みんなかわいそうに」
言いつつも、サッと飛んでしまうリュイスを引き止める間もなく。
一切気にかける様子のない、飄々としたソーニャに代わって。アハトは、国に戻った時のユハナを、今からあれこれ心配しなくてはいけなかった。
「陛下が、シーヴくんを城に入れていいって。ただし、ユハナくんかユリアちゃんの部屋で生活させるようにって」
「わかりました」
やけに目を泳がせて、こちらを見ようとしないリュイスに。誰もが首を傾げつつも頷く。
暗くなってきて、ちらほらと明かりがつき始めた街並みを、ぼんやりと眺めて。ユハナは、ようやく城に戻れる喜びを噛み締める。
「リリヤさん、お邪魔しました」
「また来ます! 伯母上の話を、もっと聞かせてください」
「いつでもどうぞ」
にこやかに手を振って、ユハナとシーヴを見送った。それからリリヤは、今度はリュイスの顔を見て手を振る。
「リュイスもお仕事中でしょう? あまり遅くなっては、陛下やソーニャお姉さんが怒るわ」
「大丈夫。陛下もソーニャも、僕がリリヤのところに寄るのは大目に見てくれるから」
ケガを負った右足を放置した挙げ句。歩けなくなった娘は要らないと言い切って、リリヤの両親は、孤児院に置いて行った。それを、たまたま顔見せに寄っていたソーニャとアハトが目撃したのだ。当然放っておけず、アハトはケガを治療した。
その後、リリヤはケガのショックから熱を出した。熱が下がった後は、自分の名前を含む、すべての記憶を失っていたのだ。
杖をついて歩くことさえ嫌がるリリヤのため。ソーニャは街で評判の高い義師に、ピッタリの義足を作らせた。定期的な診察と微調整などをする目的で、リリヤを馬に乗せて街と孤児院を往復した数は、覚えていない。
リリヤがリュイスと結婚した後には、彼女を捨てたはずの両親が名乗り出てきた。当たり前ながら、ソーニャと派手に言い争いをしている。
リリヤの記憶が一切ないことも手伝って、その時はソーニャが圧倒的な勝利を収めた。
そういった複雑な事情があるせいか。直接かかわったソーニャとアハトはもちろん、エリサまでもが、リリヤにはやたらと甘い。
「だから、あと少しだけ、リリヤのそばにいても……いいよね?」
「じゃあ、リュイスの好きなお茶をいれるわ」
用意をしてくれる、リリヤの後ろ姿をボーッと眺めながら。リュイスは、この穏やかで優しい時間が、もっとゆっくり流れるようにと願った。
シーヴとともに城に戻ったユハナは、真っ直ぐ部屋に行こうとした。だが、いつも訓練に使う広い中庭を発見したシーヴに、強引に引き止められた。
「ここで、ユハナと手合わせをしたいのだが」
「もう暗いから明日にしよう」
「嫌だ。今すぐがいい」
何度言っても聞かないシーヴに、ユハナが渋々折れるしかなかった。
片手で軽々と剣を持つシーヴに対し、ユハナは鞘のついたまま、両手でしっかりと剣を構える。そこにシーヴは不満があるようで、しきりに鞘から抜けと要求してきた。
「嫌だ。僕は、姫の命を狙うやつ以外には、絶対に剣を抜かないと決めている」
こればかりは、ユハナに折れる気はさらさらない。
命を奪う以外の手段がある時には、そちらでどうにかしよう。そう考えるのは、まぎれもなくソーニャ譲りだ。
「……では、僕も剣は抜かない」
抜き身の剣を鞘にしまい、シーヴは鞘ごと剣を外した。
しばらく、互いに隙をうかがうように、じっとりと見つめ合う。
先に動いたのは、シーヴだ。
「はっ!」
ユハナが慣れ親しんだ、ソーニャとほぼ同じ太刀筋だった。
無言で右下から、強く払いのける。せっかくの勢いを殺さないよう、シーヴは振り下ろされる剣を、後ろに飛んで交わした。そこへユハナは、片手持ちに変えた剣を勢いよく、真っ直ぐに突き出す。
「ナイセ!」
ユリアとヴァルトの声が、ピッタリ綺麗に重なる。シーヴを守るふたつのナイセに、ユハナの剣は無理矢理阻まれた。
もし、鞘から剣を抜かせていたら。
この時に、ユリアたちが来なかったら。
剣が止まった位置を、呆然とただ見つめて。シーヴは、現実と力量の差を、痛切に思い知った。
「こんな暗い中で何をしてるの!」
「シーヴと手合わせしてみたかったんだ」
「明るくなってからやりなさい!」
困った顔で微笑みながら、目をつり上げたユリアの説教を聞くユハナに。シーヴは、ひどく申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ユリア、違う。僕が今すぐ手合わせをしたいと、わがままを言ったんだ。ユハナをしからないでくれ」
ユハナの口からこぼれた小さな呟きは、ユリアの声にサラリとかき消された。
「シーヴが? ……何もそんなところまで、お母さんそっくりにしなくていいのに」
あまりに徹底されたシーヴの育てられ方に、いくらか呆れたのか。ユリアはため息とともに、怒りも残らず吐き出してしまったようだ。
「本格的な手合わせは朝になってからにして、今日はもう休んでね」
「はい」
双子の自分より、ずっと息が合っている。そんなユハナとシーヴに、ユリアはこみ上げる笑いをどうにかかみ殺すだけで精一杯だった。




