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孤児院を臨む小高い丘に立つ、立派な枝を広げた大木。その幹に、馬をしっかりとつなぐ。そこから、ユハナとユリアは、こっそりと孤児院の様子をうかがった。
「本当に、セーデルランド人がたくさんいるわね」
金茶色の癖毛ばかりのアウリンクッカでは、真っ直ぐな藍色の髪は目立つ。嫌でも目立つ。だからこそ、ソーニャやユハナの顔や名が、世間に広く知られているのだ。
「リュイスさんの言ったとおり、襲うつもりがあるようには見えないが……ここからじゃ何をしているのかもわからないな」
見える範囲に、二人の知る顔はいなかった。
といっても、セーデルランド人は、誰もがそっくりに見える。遠目では、ほとんど区別がつかない。
「叔父様はいないみたいね」
「……あれだけ脅したんだから、さすがにしばらく出てきたくないんじゃない?」
心底残念だと呟くユリアに、リクの代理でヴァルトが冷静に、淡々と突っ込む。ユハナはユリアの好きにさせるので、こういう時にはだんまりを決め込むからだ。
「このまま見ていてもしょうがないし、どうにかして近づけないかな」
考え込むユハナは、不意にヴァルトとマリッタを見る。
「親子、っていうのはちょっと無理か?」
「え? え?」
ユハナの言いたいことを汲み取れないヴァルトは、首をひねって疑問符を浮かべている。しかし、双子の呼吸なのか、ユリアはきっちり理解しているようだ。
「ヴァルトをマリッタさんの息子にしようってこと? でも、服を見たら、魔術師だってすぐバレるわ」
「だから、息子が魔術師になった報告に来たって言ったら、孤児院に近づくくらいはできるんじゃないかなって思うんだけど……どうだろう?」
ヴァルトは城に上がって半年程度。濃灰色の、まだまだ真新しいサーコートだ。マリッタがずいぶん若いお母さんであることを除けば、確かに通用しそうな案といえる。
「それより、魔術師志望だった子が無事に城に上がりました、って言う方が自然よ」
同じ孤児院出身のよしみで付き添った。年齢差を考慮してそうした方が、極端な不自然さは出ないかもしれない。
そんな理由で、親子案はユリアにあっさりと却下された。
人を守りながら、敵陣の中に突入するかもしれない。
突然そんな可能性を示唆されたヴァルトは、やはり緊張を隠せない。孤児院の周りを、ウロウロとうろつくセーデルランド勢を、ぼんやりと眺める。
(セーデルランドって、ソーニャ様ほどじゃないけど、みんな強い騎士の国だったっけ……)
最悪の場合、いったい何人くらいを相手にするのだろうか。
気分を落ち着ける意味も込めて。数えようとしたヴァルトは、違和感を覚える。すぐそばにいるはずの仲間が、少し年を重ねたような顔。それが、孤児院の近くにいることに気づいたからだ。
思わずユハナが目の前にいることを確かめ、再び孤児院に目を向ける。
「ユハナ? ……じゃない?」
「僕はここだけど?」
無言のヴァルトが指差す方角を、全員がジッと眺める。確かにそこには、二、三年後のユハナとしか思えない人物が立っていた。
「あれ、誰?」
「さぁ? いくら私でも、他国のことまでは把握してないわ」
憶測だけど、とユリアは前置いて、あり得る可能性を話す。
「あー、あるかも」
「何も、双子で似た顔親子にならなくてもいいと思うんだけどな……」
「でも、叔父様ですら、あんなにユハナに似ていたんだもの。叔父様の子供だとしたら、ちっとも不思議じゃないでしょ?」
イクセルを初めて見た時、二十数年後のユハナと顔を合わせた気がしたくらいだ。そこに見える人物が、イクセルの子供で、ユハナたちのいとこだと言われても、納得はできる。
「でも、これ以上似てる顔と会うのは嫌だな」
ソーニャは、セーデルランドの血縁者に関して多くを語らない。
イクセル以外の弟妹の存在も、いるかもしれない彼らの子供のことさえ。これまでまったく聞いたことがなかった。
「セーデルランドは僕の鬼門。そう覚えておくか」
ふうっと息を吐き出し、ユハナがふいっと視線をそらした瞬間。ユハナに似た人物が、こちらにふと目を向ける。
ユリアたちを露骨に指差し、パッと笑顔をはじけさせた。周りの者を置き去りにする勢いで、駆けてくる。
その存在に、一気に緊張が高まった。
「ヴァルトはマリッタさんを守って。攻撃は向こうが手を出してからよ。それまでは様子を見ましょう」
サラリとユリアは指示を飛ばす。ヴァルトが防御魔術をかけつつ、木の影にマリッタを隠して盾になったのを確認して。駆けてくる人物との距離を測りながら、ゆっくり自分とユハナに防御魔術をかける。
たった一人で、小高い丘を息も切らさず登りきった。そんなユハナ似の人物は、ユハナとユリアの前に悠然と立つ。
その他のセーデルランド人は、追いかけることを諦めたのか。孤児院の近くを、ひたすらウロウロしている。
「ん? 男女の双子って聞いてたけど、女の双子か?」
その瞬間。ソーニャの特技を知るヴァルト以外は、思い出し笑いを堪えきれずに吹き出した。
「あ、あり得ない……」
「お母さんと同じ人種がいるなんて、思わなかったわ!」
ソーニャが初めて会った時のアハトは、まだ十歳。声変わりもしていなかった。そのため、今のユリアより背が高く、髪が短い程度の違いしかない。
だからといって、一人称が『俺』のアハトを、しばらく同性だと勘違いし続ける。それができる人間は、ソーニャくらいだと考えていた。
そんなユハナたちに、その台詞は、ささやかな驚きと大いなる笑いをもって、すんなり受け入れられた。
笑いすぎて、目尻にぷっくり浮かんだ涙を拭って。ユリアはゆっくりと、数年後のユハナを眺める。
「私、改めて、お父さん似の顔でよかったって思ったわ」
「いいね、ユリアは。こうも立て続けだと、僕も父さんに似たかったな」
ため息をつきながらも。ユハナの視線は、見れば見るほど数年後の自分にしか思えない人物に、ジッと注がれたままだ。
「変なところはお母さんに似なかったんだから、それでいいんじゃないの?」
「あれを受け継いでたら、僕の人生はその時点で終わってる」
「それもそうね」
幸い、ユハナはソーニャのように、顔立ちだけで性別を判断することはない。
いくらソーニャとはいえ、リクはリュイスとリリヤの『息子』と覚えている。だから、優しい顔立ちでも間違えたりはしなかった。ヴァルトは元から男の子らしい顔のつくりなので、これまた間違えることはなかったようだ。
だが、この人物をソーニャが見たら、迷うことなく女の子と断定しかねない。そう、双子は本気で心配する。
「とりあえず、君たちは女の双子であってる? それとも、父上が言ったように、男女の双子か?」
「僕は、ソーニャの息子でユハナ」
まだそこに引っかかっているとわかり、ユハナはすぐさま訂正に入った。
最初に断言しなかったアハトのように、声変わりするまで勘違いされたまま。もしくは、男だと周りからどれだけ言われても、ずっと半信半疑で過ごす。
そんな過ちを、容赦なく繰り返されてはたまらない。
「私は娘のユリアよ」
息子という単語で、きっちり修正が入ったのか。
それまで二人の間をフラフラ揺れ動いていた視線は、ゆるゆるとユリアに固定された。
「僕はシーヴ。父はイクセル、母はマルグレット。兄はベントで、由緒正しいセーデルランドの王子だ」
「ふーん。それで?」
ユリアの憶測が当たっていた。それがわかっただけで、ユハナは満足してしまう。そっくりな顔の人物に対して、それ以上の興味はわかないようだ。
「僕に似た子と可愛い子がいたって聞いて、父上に確かめたら僕のいとこたちだって言うから、ぜひとも会いたくなったんだ」
なぜシーヴが、孤児院の周りをウロウロしていたのか。その理由を察して、ユリアは額をグッと強く押さえる。
城住まいということを知らず、孤児院から通っているとでも思ったのか。はたまた、ユハナとユリアは孤児院で暮らしていると、安直に考えたのか。
そこまではユリアにはわからない。しかし、とにかくここに来れば、手がかりくらいはある。そんな単純な発想からの行動だと、あっさり読めてしまったのだ。
「ユハナが男だったのは残念だけど、ユリアは本当に可愛いし、まぁいいか」
顔や髪にベタベタと、なれなれしく触れてくるシーヴの手を。ユハナは無表情で払いのけ、ユリアはユハナを盾にして後ろに下がる。
「勝手にユリアに触るな」
公認されているリクですら、保護者たちの視線が怖くてできないこと。それを初対面のシーヴがサラリとやっている光景は、見ているだけでかなり不愉快だった。
「ずいぶん厳しいな……ユリアはお嬢様なのか?」
「シーヴは、異性に許可なく触るよう、しつけられたのか?」
「いや。そもそも、僕の周りの女性は、喜んで触らせてくれたからな……触ってしかられたのは初めてだ」
どうやら、相当奇特な環境で育ってきたらしい。
そのことに、驚きを隠せない様子のユハナたちに。こてんと首をかしげ、シーヴは初めて、口元だけに小さな笑みをフッと浮かべる。
「僕が君たちと一緒に行ったら、迷惑か?」
「は? 君の国はすぐそこだろ?」
「一度、アウリンクッカに行って、伯母上に会ってみたかったんだ」
他人の言葉をさりげなく、うまく聞き流すところまでソーニャと同じだ。そうとわかり、ユハナたちはもう、何も言う気になれなかった。
ただ、ユハナとユリアの独断で、よそ者のシーヴを城に入れるわけにはいかない。またしても、リュイスの帰還をジッと待つことになりそうだ。
「今、お母さんは留守にしているから、しばらく城の外で待ってもらうことになるわ」
「会えるならそれでかまわない」
まったく諦める気配のないシーヴに、渋々折れるしかない。
「君は、馬に乗れる?」
「もちろん。伯母上ができることは僕もできるようにと、母上がしっかり教えてくれたからな」
微妙に引っかかりつつも。シーヴが馬を連れに行くついでに、セーデルランド勢にはきちんと帰国してもらうよう、念入りに頼んだ。
しばらく待っていると、シーヴの護衛だったという彼らはぞろぞろと引き上げて。孤児院の周囲は、見るからにすっきりしている。
ようやく孤児院へ行くことができるようになった。マリッタはそう、飛び跳ねて喜んで。
「ユハナくん、ユリアちゃん、ありがとう!」
帰りは迎えに来てもらうか、孤児院の馬を借りるらしい。ブンブン手を振るマリッタに、同じように手を振り返した。
どことなく、リリヤと通じるものがある。そんなマリッタの陽気さに、全員がにこやかな笑顔を向けて。
ユハナの後ろにヴァルトが、ユリアとシーヴはそれぞれ一人で。王城目指して、黙々と馬を走らせる。
この後、リュイスがカルラニセルとアウリンクッカを行き来することになる。それがわかっているユリアとユハナは、かすかに申し訳なく思いながら。




