偵察、そして教育
「ハエのポーズ」
『ただうつ伏せになってるだけだろーがよ』
『カカシのポーズ』
『手伸ばしただけだろーが便乗しなくていいよ』
名も無き小惑星に足を付けて2時間が経過、各員完全に飽き切った頃合いである。ふたつのブースターユニットをばたつかせて暇を持て余すランドグリーズの背後ではフレスベルクが寝転がっており、少し山になっている部分の頂上に新人の駆るウロボロス、現在ひとりタイタニックを実施中
『あと10分でケレスが作戦範囲内に入る、もう少し頑張れ』
『はいはい頑張って孤独と戦ってますよーぅ』
可視範囲内には既に白っぽい準惑星が入っている、問題なのは見つからずにどれだけ接近できるかだ
「めんどくさい……」
『確認しなきゃならない事がある、殲滅はその後だ。暇つぶしが必要か?ならケレスについて説明してやろう』
『先生やめてください!士気に関わります!』
『ケレスはメインアステロイドベルト最大の天体だ、セレスとも呼ぶぞ。メインベルトの総質量の3分の1程度をこいつだけで占めてる、小惑星番号1番を持つ太陽系で初めて発見されたかつ最大の小惑星だったが、2006年に冥王星やエリスと共に準惑星という新分類へ変更された』
『あああああぁぁぁぁぁ……』
フレスベルクがピクリとも動かなくなった
『1850年代からそいつは150年もの間小惑星として分類されていたが、見ての通り球状をしてる、つまり自身の形を留める程度の重力は持ってるって事だ。直径約950km、質量9.5×10の20乗kg』
『……さっきも思ったけど、なんすかこれ』
「ミドリは義務教育受けてないから」
『そもそもアステロイドベルトは木星の強力な重力を受けて惑星となる事を阻まれた石ころどもだ、惑星の材料の残りとも取れるな。もし木星がもっと小さければケレスをコアとした太陽系第5惑星がここに存在していただろう。ケレス自身のコアは岩石、マントルは氷で形成されていて、表面のプレートは非常に薄い、解放軍こと銀河系解放戦線はここを水の補給基地としている事がわかっている』
『それを奪うのは非人道的では?』
『奪わねーよ、ちょっと散らかすだけだ。もう少しすれば高精度観測ができるようになるが、ピアッツィクレーター内部に人工物がある。これを調査、攻撃するのが今回の任務だ、お前ら3機のカメラとセンサーでだぞ』
時間が無かったからか説明する事が少なすぎたからか、アルフの授業はそれで終わってしまった。ランドグリーズを立ち上がらせて観測ポイントを探す
『陸、その位置でしゃがめ。フェイはその方向に1km前進。ミドリ、2km後退だ。ミドリ、起きろー』
小惑星の上を走りながらデータリンクシステムを起動、ディスプレイにフレスベルクとウロボロスの正面視界が表示された。別の小惑星に潜伏するヘリオスフィアにもこれが映っているはず
『よし十分な距離まで接近した、全員カメラをピアッツィクレーターに向けろ』
余計な振動を抑えるべく片膝をついてブースターユニットも後端を接地させる。機体の制御をCPUに預け、全方位モニターを前方に限定、レバーを動かすと頭部だけが連動した
『アリス、基地の中央で氷積んでるエアバスが全長332メートルだ、これを基に各地点測量してくれ』
『うぇぇぇぇぇ…そんなご無体な……』
最大望遠で映し出されたのは紛うことなき資源基地である。全体を見回せばアサルトギア用ハンガーがいくつかあるが外に出ているのは10機程度、軍事基地とは言い難い。基地中心部に掘られた大穴からは次々と氷のブロックが引き上げられ巨大輸送機に積み込まれていく、彼らの本拠地は判明していないためどこに持っていくかは不明
「ケレスの天然水」
『天然のまま飲んだら死ぬぞ』
数分そのまま基地を観察、荷物を積み終えた輸送機が採氷場から離れていく。入れ替わりで小さめの輸送機が飛来し、採氷場の近くに着陸した。どうも氷は積まないらしい
『縦2キロメートル、横1キロメートルと少しあります、ハンガーはひと棟50×100メートル、5つだから…詰め込んでも100機はいかないかなぁ』
『外に出てる奴の機種はわかるか?』
『マクドネル・ダグラスの型遅れ、ダッソーの型遅れ、あれもダッソー……あ、メッサーシュミット最新型Me1109…の、パチもん』
その程度であれば100機まとめてかかって来られても負ける気はしない、今乗っているのはそういう機体だ。しかしアルフの求めるものは無かったらしい、若干呻いたのち、物資置き場に視点を向けるよう指示
『コンテナをよく見ろ、メーカーがわかるものはなおさらだ』
『具体的にどんなのっすかー?』
『赤いひし形を120度間隔に3個合わせたエンブレムだ、似たようなのが多いから気をつけろ』
整然と並べられたコンテナを片っ端からスキャンしていく。指定されたそれはデータベースの最初の方に入っていた、選択しながら視点を合わせるだけ
『ウロボロス、発見しました。トレーラーで移動してる』
カメラ映像を参照、そちらに頭を向ける。長さ25メートル、幅20メートル、真上から見ているため高さは不明。天井には小さめながらエンブレムが確認できた、データベースとも一致
『新しいコンテナだ、箱を使い回してるようには見えない。間違いないな、あれは』
「ベンツだ」
『違う』
『三ツ矢だ』
『違う!』
ふざけている間にコンテナを載せたトレーラーは輸送機に到着、クレーンでそれを移し換え始めた
『三菱……』
不自然なコンテナの存在に黙っていた艦長がぽつりと一言、輸送機が浮き上がるまでを見届ける
『でけーコンテナだな、中身は何だ』
『アサルトギア1機と装備一式…が妥当かな。アクティブレーダー打てば質量くらいはわかりますけど』
『正確に測る必要はないだろ、見た目で想像はつく。三菱製でアサルトギアだとしたら……』
『航空長、ここは最悪を想定するべきか?』
『もう遅せーよワープ直前だ。空間湾曲を観測しろ、後で解析する』
やがて輸送機はかき消えるように飛んでいった。偵察を終了、機体を通常状態に戻す
『ほんとに参加しちゃってるんでしょうか』
『コンテナひとつくらいで結論を出すのは早すぎるだろう、輸送中のものを鹵獲したと考える方がまだ妥当だ。何にせよここにいる理由はもう無い、航空長、速やかに畳め』
『あいよ。ミドリ、フェイ、それから陸、艦長の許可が出た』
これから下る命令を予測
カカカンと、ブースターが展開した
『基地に存在するすべての兵器を破壊しろ、採氷施設は避けるんだぞ』
「了解、ランドグリーズは戦闘を開始する」
前回振り回した高周波ブレードは当然のように装備しているが両手でひとつずつ掴んだのは腰に提げていた20ミリ機関砲、銃口を三角形のパーツで保護した尖った形をしており、突き刺す行為にも対応している(メーカー非推奨)。左右ともオンライン、セイフティ解除、ルイン粒子噴射開始
『おっと…ウロボロス、援護に入ります』
小惑星から離れた瞬間にレーダーで捕捉され、アサルトギアが慌てて飛び上がる。しかしもう遅い、数メートル上昇した時点でランドグリーズの脚部がそいつをバックホームさせた
ガラガラとパーツが地表にとっちらかる
『ああ気にしなくていいぞ、そいつ戦闘中は若干口調が変わるから』
オートロックオンに設定されていたマシンガンをマニュアルに叩き込んでそれぞれ逆方向に照準、両側にいた敵機に弾丸をぶちまけた。穴ぼこだらけになりつつ小刻みに痙攣するそいつらのうち右はフレスベルクの降らせた50ミリに頭を潰され、左はウロボロスが撃ち込んだ105ミリにより爆散。間髪入れずにハンガー目指して最大噴射を開始した、背中を蹴飛ばされるような加速が始まる
『あれもダッソーこれもダッソー…フランス贔屓だね』
『あ』
『寒いダジャレはノーサンキューです』
『……っそう…すか…』
アリスに一蹴されたアルフがディスプレイに頭を叩きつける音と同時にハンガーから飛び出してきた2機を両手のマシンガンで串刺しにし、投げ飛ばして内部にバックホームさせる。そのままフレスベルクからのミサイルが殺到して、中にいた数十機が一斉にガラクタと成り果てた
『何機か発進しました。すべてライフル装備の中距離タイプ、一部は対空ミサイルしょって…』
「破壊する」
右のレバーを思い切り振り回してマシンガンを右上方へ照準、ありったけの弾丸と薬莢が滝のように溢れ出す。そのほとんどを腹部に受けた1機がふたつにちぎれ、隣にいたもう1機にも左を照準、トリガーボタンを強く押し込んだ
『あっあっ…すごいレアな武装が…!』
「どれ?」
『9時方向300メートル、メッサーシュミットの持ってるブレード一体型ライフル』
「了解、鹵獲する」
弾丸を叩き込んだ敵機が爆散したのを確認してブースターを操作、一回転しつつそいつへの突撃体勢を整える
「ふっ!」
噴射、接敵、右を敵機肩部に突き刺した。そのまま更に加速して敵機ごとケレス地表へ急降下、岩石に叩きつけると武装ごと右腕が切り離された
「アリス、最適化を」
『ひゃっほう!総生産数100未満!』
『なんでそんなに少ないんですかー?』
『実用性がまるで無いの!!』
「…………」
マシンガンをウエストハードポイントに戻し、その実用性がまるで無いと言われた武器を掴み取る。要はライフルに銃剣を付けたものだが、銃剣というにはあまりにも巨大すぎる片刃の剣身にライフルは半分埋め込まれる形になっており、むしろブレードにライフルを取り付けた印象がある。ヘリオスフィアから送信されたドライバーソフトをインストールし、即座にアリスが数値を調整、右腕部武装がオンライン表示となった
『後ろ失礼します』
その間に接近していた敵をウロボロスがブロック、右肩に積んだ105ミリを零距離でぶちかました。バラバラとなったそれを弾き飛ばして戦域中央に戻る、すべてのハンガーは既にフレスベルクがガラクタ置き場に変えていた
『ライフルは40ミリで威力あんまり無いよ、あと弱装弾だからマシンガン射程でちょうどいいくらい。あ、すごく折れやすいから気をつけてね!』
「………………」
残った獲物は3機、目下フレスベルクと交戦中。ウロボロスはこの位置から援護射撃を開始したが、こちらはもっと接近する
白桃色の機体に群がっていたそいつらのうち1機に突っ込んでライフルを発砲、命中したが目立ったダメージは与えられず、マシンガンに切り替えて1連射すると頭が飛んでいった。カメラを失ったそれは活動を停止し、予備を作動させる前にブレードレンジへ移行、銃剣での斬り払いを見舞う
腹部に致命的損傷を与えたが何か嫌な音がした
『残り2機なんで帰る準備しといてくださーい』
『もう終わっているぞ』
120ミリから飛び出したAPFSDS弾がもう1機を粉砕、最後はウロボロスからのライフル弾が胸部を貫いた。完全な機能停止に追い込むべく銃剣を引き戻し踏み込んで
バキッ!と破壊した
『全滅を確認、帰還してください』
「アリス」
『はい?』
「折れた」
『え?』
「折れた」
『何が?』
「レア武器」
『…………え゛ーーーー!!!?』