圧倒
『ヘリオスフィア、ワープドライブ準備完了です』
『第1、第2カタパルト解放、ドライブアウトと同時に交戦を開始する。航空長?』
『ちょっと待ってくれ、ベルーガの搭載に手間取ってる』
『了解した、2分間待機する』
『2分はかからねーよ』
第2カタパルトルームの空気がすべて回収され、正面の壁がふたつに割れた。艦は地球に背中を向けているため、見えるのは暗闇と無数の白い点のみ
『フェイ、そっちはどうだ?』
「いらないものがついてる」
『緊急時の保険だよ、迎撃システムくらいは勘弁してくれ』
搭乗するランドグリーズに付属する武装は物理ブレードのみを所望したはずだった、実際それは左のブースターユニットに装着された鞘の中に収まっている。しかし左腕部12.7ミリガトリング、そんな表示がディスプレイで踊っていた
『左腕に付けてあるだけだし重量も最低レベルだ、ブレード振る邪魔にはならないだろ』
「ぶぅ……」
『拗ねるな頼むから』
『いよぉーしミサイル搭載完了ですぜー』
『あっミドリさん!120ミリも持ってって!』
『あーあーおっとっとっと……』
『すまん艦長、2分必要だった』
『問題無い、予定通りだ』
アイドリング中だったルインドライブを本格的に稼働させる、ブースターと本体に搭載された合計3つあるそれはそれぞれに付属するタンクへ作った粒子を溜め込み始めた。その他動作チェック、すべて異常無し
『第1カタパルトルーム閉鎖、及び進路解放、オッケーです』
『こちらの全兵装は?』
『すべて待機状態に』
『よし、ではこれより火星に駐留する統合軍艦隊へ対しヘリオスフィア単艦による突撃を行う。進路修正、エネルギーをすべてワープユニットに回せ』
戦闘システム起動、頭の回路を入れ替える
『シークエンス開始、"落下"まで15秒』
カタパルトの先
星の光が歪んでいく
『主砲1番2番、照準待機』
『主砲スタンバイ完了、ワープまで5秒、4、3、2、1…』
視界が暗転した
『……プ完了!減速開始!』
数十秒間すべての景色が吹き飛んでいく様を眺めた後、光速に限りなく近い速度でヘリオスフィアは火星直近に打ち出された。艦周囲の空間を歪曲させ前方へ故意的な重力を作り出し、それを維持する事でここまで落っこちてきたのだ、光の速度を下回った時点でワープは終わりだがまだ音の88万倍のスピードが残っている。ワープユニットを逆運転させて同じ原理で減速をかけ、マトモな制御ができない状態で破壊された戦艦の残骸を真横に見送った
『レーダー波探知!捕捉されました!』
『予定通り敵艦隊直上を取る、このまま低軌道に乗せろ』
わずか数秒で火星表面まで300km以内に到達、通常推進も使用してのフルブレーキングに移る。ピケット艦か何かが捉えたこちらの存在が艦隊に届くまではまだ時間がある、艦首を地表に向けたままヘリオスフィアは衛星軌道に乗り、赤いだけの大地と、ゴマ粒大の軍艦達が眼前に広がった
『艦隊捕捉!望遠表示します!』
『主砲1番、補給艦に接舷するH2級。2番、その後ろのもう1隻』
目標との距離はおよそ250km、なお第二次世界大戦の戦艦大和が搭載する460mm砲は最大射程40kmであった。地表近くのゴマ粒に向けヘリオスフィアの110口径356mm単装砲という呆れるほど長い主砲が照準される
『撃ち方始め』
『1番2番、撃てぇ!!』
ボボン!と、ヘリオスフィアが咆哮した
燃焼させた大量の火薬を通常の2倍以上長い砲身で加速させ、外に出てくる頃には地球大気圏内でマッハ15、ここでならもっと出ているだろう。あっという間に真下のゴマ粒へAPFSDS弾が突き刺さり、バラバラと分解しながら火星の荒野に散らかった
『それじゃお祭り騒ぎだ、お前ら行ってこい』
『よーし、フレスベルク発艦!』
艦右側の第1カタパルトが先に作動、薄い赤色の機体が飛び出していった。鋭角の目立つボディはランドグリーズと同じ技術で作られた事を示しているが、攻撃的な印象のこちらと違い曲線で編まれたフォルムは美しさを感じさせる。現在の武装は小径ライフルと戦車から流用した120ミリ砲、両肩からの可動アームには円筒形のハードポイントユニットが接続され、それを取り囲むように大量の対艦ミサイル
『進路クリア、フェイさんどうぞ』
『了解、ランドグリーズ発艦』
ガタンとカタパルトの留め具が外れる、ランドグリーズは火星大気圏に飛び込んだ
『艦長、正面の艦隊以外に何かいます。北西方向、超低空』
『規模は?』
『アサルトギアおよそ30、その後方に母艦が1隻。機種は……なんか古めかしいのばっかだなぁ…』
『であればテロリストどもだろう。漁夫の利を狙っていたのか単にタイミングが悪かったのか、どちらにせよ仕事が増えるか』
ブースターユニット展開、先行するフレスベルクに追いつくべくルイン粒子の噴射を開始する。地球より大気が希薄で重力も半分以下だが挙動に違和感を感じた、ウイングが必要だったかもしれない
「ランドグリーズ、機体制御に難あり、ヴァールの使用は不可能と判断」
『オーケー。よし、少しトラブルの予兆があるがひとまず予定通り行くぞ。ミドリ、艦隊中心の空母4隻、中身が出てくる前にご退場願え』
『りょーかい!全弾発射!』
フレスベルクがしこたま搭載するベルーガミサイルはロケット弾の先端に小型ミサイルを接続した二段式で、対潜兵器であるアスロックを宙間戦闘用に改修したもの。ハードポイントユニットが両腋を通って前に移動し、ユニット自体が回転しながら順次ミサイルを点火、真下に向かって全弾をばらまいた。ベルーガは一定距離を飛行したのちロケット部をパージしてから追尾を開始する
『フェイ、お前はワイルドウィーゼルだ、先行して防空艦を片っ端からやれ』
「ウィルコ」
ランドグリーズの右腕と連動しているレバーに手をかける、妙な関節のつき方をしたそれを手前に捻ると右腕も同じように動き出した。左手でコンソールを操作しブースターユニットに装着された鞘を展開、柄を掴む
「っ…」
最後にレバーに付いたボタン5つをすべて押してロック、片刃の大太刀を思い切り引き抜いた。武装オンライン、刀身に高周波が流れ出す
『ベルーガ、着弾します』
十数発のミサイルが空母に殺到、閃光が起きたのち少し遅れてボボボンと爆発音がやってきた。被弾した4隻のうち1隻が艦首を落として荒野に落ちていく、それ以外も何かしらトラブルに見舞われ隊列を大きく崩す
『艦隊最後尾のH2級戦艦が移動開始、こちらに艦首を向けます』
『叩き落とす、1番照準。2番、フレシェット弾装填』
フレスベルクに追い付き、出力を上げて一気に追い抜く。途端に対空砲火が始まった、ランドグリーズの任務はこの防空網の中核を成す対空専門の艦を黙らせる事
ブースターをさらに噴かして無数のミサイルを置き去りにし、次いで襲ってきた機関砲弾の壁を一気に突き破る。両側のレバーを引き戻すと機体は落下をやめて水平飛行に移った、敵艦の真上をかっ飛んで艦隊中心部へ
『敵アサルトギア発艦しました』
『そちらに2番を向けろ。終わり次第発砲だ』
『2番照準、撃てぇ!!』
まずAPFSDSを受けた戦艦が真っ二つにちぎれて落ちる、もう一つのフレシェットは艦隊上空で爆発し内部の小型弾頭数千発をぶちまけ、よろめく空母から出てきつつあったアサルトギアをもれなく蜂の巣に仕立て上げた。弾頭の着弾する壮絶な金属音を聞きながらさらに飛行、やがてイージス艦を発見する
『ミドリ、空母にトドメを刺すんだ』
『言われなくてもやりますよっと』
小さいバレルロールで機関砲を回避、長大なブレードを艦橋めがけ突き刺した
ガァン!と艦橋に穴が開く
「防空艦の無力化に成功」
『反対側に同じのがいる、それも沈めりゃ防空網は半壊だ』
揚力の発生源が無いため高速を維持しなければ落ちてしまう、3つのルインドライブをフル稼働させつつ上昇、宙返りを半分で中断して反転する
『おらおらおらおら!』
途中120ミリ砲を乱射するフレスベルクとすれ違った、向こうはウイング標準装備なので縦横無尽である。バタバタ撃ち上がる銃弾を完全に見切りながらメインエンジンを破壊、やがて空母は轟音を立てて荒野に落着した
『アサルトギア複数確認、地上施設からです』
『手が回らなくなってきたな。1番待機、2番を榴弾に変更』
右腕で保持するブレードに左腕を添えて脇構えの位置へ移動、イージス艦とすれ違う瞬間に全力で振り抜いた
「だぁっ!!」
艦体を両断、とするにはあまりにも刀身が足らな過ぎた。艦底部メインエンジン付近に全幅の3分の1を断裂させる傷を残し、装甲の内側にあったルインドライブを破壊、青色の光をぶちまけて一瞬のうちに弾け飛ぶ
「ランドグリーズは目標を達成、次目標を」
『もうすぐ4分経過だ、回収に備えて高度を上げろ。4分30秒でヘリオスフィアは降下を開始する』
「了解、上昇する」
レバーを一気に操作、ブースターユニットが機体を真上に向ける。地球での推力重量比はおよそ30、火星の重力でなら途方もない数字が出るだろう。15秒経過後に対空砲火が止み、下方にはまたゴマ粒になった艦隊、相当遅れてランドグリーズに続くフレスベルク
『あ……艦長』
『何かなアリス』
と
ゴマ粒より遥かに小さい塵の群れ
『不明アサルトギア群から通信が』
APFSDS
日本語では装弾筒付翼安定徹甲弾、タングステンや劣化ウランなどの重金属で形成された巨大つまようじである。弾体の硬度と重量で装甲を貫通する通常の徹甲弾と違い、つまようじ状の弾体(翼付き)は装甲に突き刺さった瞬間に先端から潰れ出し、自身を消失させながら装甲に穴を掘っていく。弾体が完全に消失する前に装甲の厚さを超えれば残りが内部へ貫通する、単純な運動エネルギーのみに頼った対装甲弾である
フレシェット
要するに大砲版散弾銃、元はオーストリアの会社が開発したライフル弾。ライフル用のものはAPFSDSのような翼付きつまようじを発射するのみだが砲弾版は通常弾と似た弾体の中に大量のつまようじを詰め込んで空中で爆発、中身をぶちまける。対装甲、対人の双方において徹甲弾、榴弾に敵わず実際に使用される事は少ない。本作では対アサルトギア用という位置付けで使用する
ピケット艦
見張り、艦隊外周の離れた所にずらっと配置される
356mm110口径
てっぽーの表記では口径=弾の直径だが、艦船の表記では口径は砲身の長さを示す。砲身の長さ=砲弾の直径×口径数で、356×110=39160なので、ヘリオスフィアの主砲の砲身は長さ39.16メートル。砲身が長いという事はそれだけ砲弾を加速させる時間が長い事を示す、つまり、射程が長くなる
アスロック
ロケット弾として発射し空中を飛翔した後先端をパージ、パラシュートで海に落下した後は魚雷として目標の潜水艦を追尾する。長距離の目標に高速で魚雷をプレゼントできるのが特徴である。本作のベルーガは対潜用にも使用するが、既存の短距離ミサイルをロケットで射程増強したコストダウンの意味合いが強い
イージス艦
乗っ取られたりタイムスリップしたり殺人事件起こしたりしてるあれ、アメリカの開発したレーダーとソフトウェアの組み合わせにより複数目標の同時攻撃が可能、2013年現在最強の対空軍艦である
バレルロール
航空機で行うなら操縦桿を右手前または左手前に傾けるだけの機動、機体は斜め上に上昇しようとするが操作を続けているためにやがて降下に転じ、360度錐揉み回転して元の位置に戻る