奇襲手順
『全乗組員に告ぐ、こちらは艦長ルークだ。本艦はこの衛星軌道プラットフォーム"カナリア"に駐留し戦力を完全に整える予定であったが、たった今国連本部より特命を受けた。本艦は30分後に火星へ向けワープする、そこに集結する統合軍部隊へ打撃を与える事が任務内容だ。十数年前、一方的に樹立を宣言した太陽系統合政府は地球を掌握せんとひっきりなしに攻撃を仕掛けてきている。その圧倒的な物量により国連軍は残念ながら壊滅寸前だ、"使える戦力"は今のところ我々しかいない』
第三格納庫が酸素と窒素で満たされたのを確認してからコンソールを操作してコクピットを解放する、ランドグリーズの胸部から這い出して、足下に向かって飛び降りる。飛び降りるといっても無重力なのだが
若干青みがかった髪はあまり手入れしてませんと言わんばかりに長く乱れており、特に前髪は見ている方が邪魔臭くなる。身長およそ155センチ、戦闘兵器から出てきたにも関わらず服装はノースリーブのタンクトップに激しくダボついた長袖シャツ、短めのスカートと黒のタイツ。要するに私服である
『現在のヘリオスフィアが搭載する戦力はアサルトギア2機、ミコヤン・グレヴィッチMigー1.55フレスベルクと、ロッキード・マーティンFー38ランドグリーズのみとなっている。予定ではもう2機を足した計4機と戦闘機隊で構成されるはずだが、配属は3日後だ。万全の状態とは言えない、だがこれを達しなければ明日の朝日は拝めないだろう』
着地した瞬間に床を蹴り飛ばして格納庫出口へ。途中すれ違った整備員に機体のキーを預け、一度も止まらず出口に到着、壁のレバーをひっ掴んだ
壁内部のモーターが始動しレバーは少女を伴って加速する、やがて到着したのはエレベーター
『火星を侵略しキャンプを張った敵軍は先週からこの母なる地球へ偵察を送り込んできているが、この2時間で既に4回、間も無く攻撃を開始すると思われる。我々はこの鼻っ面を叩き侵攻を中断させる』
エレベーターに滑り込み、一番上のボタンを押し込んだ。慣性が働いて床に足が付く
『以上。今地球の命運を握っているのは我々だ、諸君らの健闘を祈る』
艦橋に到着、エレベーターから飛び出した
「おう、お疲れ」
「ん」
茶色い短髪に着崩した軍装、階級章は少佐のもの。その男の上げた手を掴んでハイタッチと減速を同時に済ませ、オペレーターの席に掴まった
「フェイ、どうだったかな今の放送は」
「煽動的なのは嫌い」
「ふむ、そうか、なかなか手厳しい」
艦長席に座るそいつはやや長めの黒髪、横の茶髪とは違いきっちり着こなした軍服は大佐のもの。顔に貼り付けた笑みはスケベ臭が漂っているがそれを言うと不機嫌になる
「それではブリーフィングを始めよう。ヘリオスフィアは敵軍キャンプ直上にワープアウトする、敵戦力から考えて留まれるのは5分程度だろう。航空長、5分でどれだけやれる?」
「停泊中の戦艦なら3隻程度じゃねえかな」
「十分だ、そちらは艦艇撃破を最優先、対AG戦闘は本艦のみで行う。アリス、ミサイル装填パターンを近接戦闘用に」
「うぁい」
実際の所この艦のすべてを掌握しているのはこの少女である。本業はオペレーターだが、艦長の指示を操舵、発着艦、火器管制などあらゆる場所に伝達する役目を担う。つまり艦長が右と言っても彼女が左と言えば艦は左を向く
着ている軍服は女性用のものだがタイトスカートは艦長の趣味により極限まで切り詰められ太ももが露出、改造者曰く「上半身で不足している色気を下半身で補った」とのこと、フェイも正装時あれを着なければならない点は悲劇である。濃い緑の髪は非常にゆるーく三つ編みされ左肩から前に垂らされている
「アサルトギアはどうしましょう?」
「フレスベルクのバックウエポンにベルーガをありったけ、ランドグリーズはSR装備」
作戦としてはそれだけだ、さっき撃破した巡洋艦とやる事は同じ、違いは偵察か攻撃かのみ
「アルフ」
「ん?なんだ?」
「射撃能力はいらない」
「SRは接近戦仕様だからもともと火器は最低限だが……」
「いらない」
「……アリス、右ウエストの20ミリは外しとけ」
「えーっとそれだとブレードだけになっちゃいますけど」
エレベーターの扉が開いた、ピンク髪の女の子が入室してくる
「おつでーす」
飾り気の無いTシャツ、カーゴパンツはオリーブドラブでこれまた地味の極地、それでもジャージでないだけマシである。薄い桃色の髪は首の後ろで一つにまとめた一本結びで、全体的にやる気のなさしか伝わってこない。制服の改造にすら乗り出す艦長も彼女のコーディネートは諦めていた
「ミドリさんは装備の要望あります?」
「いやまあまっすぐ飛ぶもんが両手に付いてればなんでもいいけど…その前にブリーフィングは?」
「もう終わったぞ」
若干呆れ気味の航空長アルフが言い、簡単な説明をしてバックホームを指示。腑に落ちない顔をしながらも頭を掻きつつミドリは出ていった
「フェイ、お前もカフェで紅茶でも飲んでこい。20分後には機体に搭乗だぞ」
指示されて床を蹴る、来た時使ったエレベーターはミドリが乗っていったので反対側のもうひとつへ
「それで航空長、3人目と4人目の選定は終わったのだろう?どのような人間だ?私の要望はちゃんと組み込んで……」
「大いに喜べ、男と貧乳だ」
ディスプレイに頭を打ち付ける音がした
火星
直径は地球の半分、重量は10%、重力は40%程度、地球のすぐ外側を公転しており2013年現在人類の移住先としては最有力である。太陽系最大のオリンポス山(高さ27km)や太陽系最大のマリネリス峡谷(深さ7km)を有していて、そのため地球の3倍程度デコボコした星とされる。大気は大量の二酸化炭素とごく微量の酸素etc、大地は土気色の荒野が広がるのみである、まぁ、水もあるにはあるが
ヘリオスフィア
国際連合軍所属突撃戦艦、艦隊には所属していない。その存在意義は『単艦突入』の一言に集約されており、ルインフィールドと各種ミサイル装備により短時間ながら艦隊規模の敵と交戦可能な能力を持つ。主砲である356mm超長身砲は高度400kmの低軌道域から地上を走行する戦車へ命中弾を送る事が可能。尖ったデザインは空力を意識したもので、収納式の安定翼も装備しているが、大気圏突入、離脱時や重力の少ない惑星での飛行時のみを考慮しており、地球大気圏内では海上を航行する