矛
カツン、と、小石が当たったような音が第三格納庫に響き渡った
『被害報告』
『……ルインフィールド8パーセント減衰…左舷第二格納庫付近の装甲に若干の陥没…』
『わかった、落ち着いたらフレスベルクのオペレートを頼む』
『あぃ……』
『という訳だ航空長、速やかにあれを処分してくれ』
『自慢の長身砲ぶっぱすりゃ終わる気がするが?』
『極限まで手加減しても問題なかろう、衛星軌道にゴミを浮かべる訳にはいかん。ヘリオスフィアはAPFSDSを装填して待機する』
『ああそういう事。じゃあ仕方ない、ミドリ、いい加減発艦してくれ』
『いい加減じゃねーですよ何ですかこの放置プレイ』
『それは俺のせいじゃない、とにかく上がったら即戦闘だ、アサルトギア2機を太平洋に叩き落とせ。いいか、爆発させるなよ』
気密隔壁越しの第一格納庫方向で電磁式カタパルトの作動する音。まもなくこちらを天井に吊り下げているアームも動き出す
『フェイ』
艦体底部のハッチが解放された
開口部いっぱいに青が広がる
『お前は巡洋艦だ、俺が合図するまで艦後方に隠れてろ』
「了解、ランドグリーズは離艦後待機する」
乾いた金属音がしてアームが機体の支持をやめる、真っ黒な機体が光の元に晒された
鋭角的なデザインの目立つ尖ったフォルムは艦とセットで攻撃的な印象を与えてくる。両肩に可動アームを通じて装備されたふたつのブースターユニットはそれこそ槍の穂先と同じ形状で、本体とほぼ変わらない全長のそれはハッチから落とされると同時に刃の部分及び外側の側面を展開、本体のメインエンジンと一緒に青白い光の粒を噴き出し始めた
その様はまるで翼のよう
『あ、敵艦ミサイル発射』
オペレーターの一言から数秒、艦前面でいくつか爆発が起きる。だが艦体には届いていない、直前で見えない壁に遮られたかの如く全滅してしまった
『良い感じに絶望して頂いたな。ルインドライブの出力を上げろ、弾の1発も通すな』
穴の開いた粒子の膜が直ちに修復されていく、分厚く強化された装甲は太陽光に照らされて一瞬だけ青い姿を見せた
『フレスベルク交戦開始。アリスー、こいつらの情報はー?』
『Su127シュラーヴァリク、統合軍の標準装備だよ。前衛機はサードパーティー製のRsSLAGP一式装備、後衛機は…スホーイの純正パーツにノースロップ製ライフル持ってるのかな』
『えーと…?』
『だから…教科書通りで大丈夫だよ』
また砲弾が飛んできてルインフィールドと呼ばれたそれに弾かれる、今度は装甲にすら到達できなかった、巡洋艦程度では無理もない。その後にアサルトギアからの流れ弾が何発か飛んできて、フレスベルクに蹴り飛ばされた敵機のひとつがまっすぐ下に落ちていく。ものの数秒で真っ赤に染まって、太平洋にも辿り着けず溶けて無くなってしまった
『よしミドリ、30秒以内に残りもやれ。フェイ、突撃準備だ』
「ウィルコ」
コクピット内正面にあるタッチパネルを操作、余剰出力のすべてを粒子貯蔵タンクに流し入れる。十数秒で満杯に達した、後はスロットルを操作するだけ
またアサルトギアが大気圏に突入、流れ星となって消えていく
「ルイン粒子チャージ完了、攻撃許可を」
『またミサイルだ、スタンバイ』
爆発が絶え間無く起こった。全部で16、大量の煙が艦を包み込む
『締めだ艦長、フィールドを消してくれ。カウント行くぞ、5、4、3、2、1…』
レバーを思い切り奥まで押し倒した
「つぅ…!」
カウントの最後は3つのブースターから青い粒子が飛び出した噴射音でかき消され、速度計は狂ったように表示を跳ね上げる。ミサイルの爆煙を吹き飛ばして突撃を始めた機体は制限Gオーバーによる警告音と粒子の帯を残しながら一息の間に巡洋艦底部まで到達し、噴射をやめたブースターユニットのうち右側を可動アームを使って前面へ
側面の接続装置が右腕のハードポイントを捉えて完全に固定、ブースターユニットはそのボディを真っ二つに展開させた。内部の粒子発生器がむき出しになる
惰性で底部から艦橋真横へ移動
ブースターに残った粒子を一気に吐き出させ
「だぁぁぁっ!!」
青い光の"剣"は艦橋を本体から切り離した
『お見事』
『…で、あれはどうする?』
『基地まで曳航する、敵軍兵器の使い道などいくらでもあるからな』
沈黙した艦を真上から見下ろす
爆発無し、破片も最低限
上々、といってもいいだろうか
『よし、良くやった。帰還しろ』
西暦が終わってから数百年
宇宙開発が当たり前となった時代
絶対的なエネルギー供給手段が存在する世界にて
ルイン粒子
要するに"緑のアレ"を代替するもの。原子力発電と同じく核融合によってエネルギーを発生させるほか、電磁波により球状に整列させ防御膜としての使用やアサルトギアなど比較的軽量な機械の推進力として使用される。技術研究は地球圏でのみ活発に行われており、そのためそれ以外では現在ワープ用エネルギー発生装置や発電機としてのみしか用いられていない。なお粒子自体は通常空間内ならどこにでも存在しており、専用の回収器を使用して収集したものを改めて出力する
ルインドライブ
ルイン粒子の回収装置と出力装置をセットにしたもの、戦闘艦に搭載されるものは発電機を兼ねているものが多い。稼動に必要な電力を自己供給できるため事実上の無限エネルギー装置である、ただし頻繁なメンテナンスを必要とするため無限に動かし続ける事は困難である
ルインフィールド
荷電粒子化したルイン粒子を電界に沿って空間上に整列させ形成する防御膜、大量の電力を使用するため、現在これを唯一装備する戦艦ヘリオスフィアのルインドライブはこれの展開中のみ無限性を喪失する。粒子の膜が持つ運動エネルギーへの抵抗力は最大展開時でおよそ35メガジュールであり、マッハ2で飛翔する203mmの旧日本海軍九一式徹甲弾を完全に無力化できる