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マフィアの女とその男  作者: 弥月ようか
8/13

本部屋敷への帰還と…


親父が死んでから5年。

イザーが消えてから2年。


あたしの毎日は大きく変化していた。



本部屋敷に帰ってきて、あたしの日常は、親父がいたころに戻っていた。

もう、外回りの仕事はさせてもらえなかった。


「もうお前を外には出さねーよ」


そう言ったボスの言葉に嘘はなく、毎日夜となく昼となくボスの部屋でボスの相手をして、それに飽いたら幹部連中の予定を組み上げて会食に付き合い、組織の表から裏までを余すところなく知り尽くし、あたしの精神も肉体もマフィアのボスの女としてすっかり作り変えられていった。


あたしはボスの上手な根回しのおかげで、特に誰からの反感も買うことはなく、その地位についていた。むしろ、2代のボスに渡って愛された女として、あたしのことを恐れる連中の方が多いくらいだった。





「マリア、屋敷に変わりはなかったか」


3泊ほどの遠出をしていたボスが帰宅し、本部屋敷は俄かに活気づいた。

ボスが外に出かけると、決まって大量の土産品を持ち帰ってくれるからだ。本部屋敷からなかなか離れることのできない通信監理系の組員や世話役の組員たちは、食べ物から工芸品まで多岐に渡るその土産品を選ぶことに情熱を燃やしてた。


「特に何もなかったよ。

 そっちはなんか収穫あったのか」


その日帰ったボスの様子はどことなく緊張感を孕んでいた。

だからあたしもついついそことなく問いかけた。


「ん、ああ。まぁな」


妙に歯切れの悪い返事に気持ち悪く思いながらも、その時のあたしは深く追求しなかった。組織に関することならば、どうせいずれはあたしの耳にも入ってくる出来事だろう。そんな風に軽く考えていたんだ。


「リアさん………」


それから翌々日。

あたしはボスからも誰からも特に何を聞くでもなかったけど、遠出前とは違う空気の漂う執務室にいい加減いらいらきていた。何を隠しているか知らないが、隠す気があるんだったらもっと本気で隠し通せ…そう思いつつ。


ボスが島の見回りに出た昼間、あたしは先日の遠出に同行していた比較的若い組員をボスの部屋に呼んだ。


「…さて、なんか隠してんだろ、お前ら。

 そろそろ鬱陶しいんだよ、吐け」


若い組員はひぃぃっと竦みあがって顔を伏せた。


「お、おれ、知りません!」


「それ、もっかいあたしの目ぇ見て言ってみな」


「…え、と…お…おれ……し、しし知りません」


視線が右に動いていた。嘘だ。

あたしはあからさまに盛大なため息をつく。


「ボスが何を隠したいのか知んないけどなあ、あたしに言えないってのはなんだ…あたしのことをなんか疑ってんのか? あん?」


「ち、ち、違います!!!

 ボスには何も言われてません!

 俺たちでボスが言うまではリアさんには黙っとこうって決めたんです。

 …だから、これ以上は、すんませんっ!!!!!」


若い組員はそれだけ一気に捲し立てると脱兎のごとく部屋を出て行った。


「あ…、おい……」


あたしはそこに立ち尽くした。





ボスは夕刻帰宅した。

部下から何を聞いたか知らないけど、それからのボスは夕食も定例会議も風呂に入る頃になってもどこかぼーっとして何かを考えているようだった。そんなに悩むようなことならあたしに話しちまえばいいのに。何をいまさら遠慮してんだ。



「マリア、今日は一緒に風呂入ろう」



世話役に風呂に呼ばれるまでも物思いに耽っていたボスは、突然思いついたようにあたしの腕をとって歩き出した。あたしは話が聞きたかったし、ボスが話す気になってくれたってんなら丁度いいやって了承の意を示してついてった。


さっと互いの身体を洗って、湯船に向かい合わせで浸かったところで、ボスはようやく重い口を開いた。



「…俺は、自信がない」



その第一声に、あたしは眉間にしわを寄せた。何言ってんだか分かんねえ。

お前はロッソ プローヴァを束ねる人望厚いボスやってるじゃねーか。そう言いかけて、また開いたボスの唇に、あたしはその言葉を飲み込んだ。



「マリアが、この先もずっと俺のそばにいてくれるのか…。

 俺は、前のボスの時も、あの男の時も、マリアの心の弱っているところに付け込むような真似をして、俺のそばに引き留めようとしてきた」



「…………ボス」



「でも、マリアにとってはそれでよかったのか…。



 お前の心は今どこにある、誰の元にある?」



「……………」



「俺にはそれに、自信が持てない。

 勿論、マリアの組織への忠誠を疑ってるわけじゃない。

 この2年、本部に半ば幽閉するように閉じ込めたのに、嫌味ひとつ言わず俺と共に組織の発展に貢献してきてくれた。それには本当に感謝してる」



「だが、忠義と愛情は別物だ。

 俺は…もっと早くにマリアを解放するべきだったのかもしれない。

 2年間、お前を抱くたびに思ったよ…。

 この組織の呪縛から解放してやりたい…でも、手離したくない!」



ボスの言葉は力強く、悲痛に溢れていた。

あたしは、続くボスの言葉を黙って待った。



「…先日、隣町を仕切るタルテッサ・ファミリーが世代交代したらしい」



濡れた髪の隙間から、ボスがあたしをちらりと見た。隣町のファミリーとはつまり、あの男の所属した組織だ。



「へえ…隠してたのはそのことか」



あたしはひとつ浅く呼吸して、努めて何でもないような声色を装った。



「…そこで新しいボスに就任したのが

 ライザー・タルテッサという先代の次男に当たる男だそうだ」



ボスの視線はぶれなかった。あたしが先に目を逸らした。



「2年前の男は、確か、この街では イザータ と名乗っていたな」



あいつが、生きていた…まさか?!

あたしの動揺は、水面を波紋となって伝わった。

これ以上のことを悟られたくなくて、あたしはバスタブから出ようとした。



「マリア、待て…!」



あたしよりもボスの動きの方が速く、強引に腕を取られたあたしはボスの胸に飛び込む形で湯の中に戻されていた。ボスの鼓動は、妙に落ち着いて拍動していた。



「マリアの心にはまだ、あいつがいるんだな」



疑惑に確信を得た、そんな声が耳元で木霊した。


そんなことない、あたしはボスのことを…口に出そうとして、迷った。

あたしは、ボスのことを………何と言おうとした?

尊敬している? 敬愛している? 大切に思っている?

違う。ここでボスが欲しいのはそんな言葉じゃない。



『愛してる』だ…。



出てくる言葉はそれであるべきだった。

でも、あたしの本能はそう応えなかった。

それに気付いてしまい、あたしはボスの腕の中で身を固くした。



ボスはますます強くあたしを抱きしめ、呻いた声で呟いた。




「…マリア、俺はお前を手離さない。絶対だ」






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