ボスからの手土産
親父の葬儀は盛大に執り行われ、次期ロッソ プローヴァのボスの座は見事仇を討ったボスの元に降りてきた。誰も反対する者はいなかった。
あたしは葬儀でずうずうしくも、ボスの隣に並ばせてもらった。親父には子供がなく、結婚もしなかったため親族はあまりいなかった。それでも多くの組員が、親父の死を悼み、哀しんでくれているのが分かる温かい式だった。
葬儀もすんで組織が落ち着いた後、ボスはあたしに、本部屋敷で暮らすか町で暮らすかを選ばせてくれた。本部屋敷にはあたしの部屋があったけど、あたしは部屋を引き払って外へ出たいと頼んだ。
屋敷を出る少し前の夜、あたしは初めてボスのベッドルームに呼ばれた。
親父がいた時とは家具もその配置もすっかり変わっていた。
「リア。
こんな時間に呼んでごめんな」
その時はまだボスは、あたしを親父と同じように愛称で呼んでいた。
「ボスの命令は絶対だかんな、あたしに断る権利はねーよ」
「そんなこと言うなよ…リアはこの屋敷じゃ特別だ」
「んなわけねーだろ。あたしは親父のただの暇つぶしだ」
「リア…本当に屋敷を出ていくのか」
「いまさら何言ってんだよ。好きな方にしろっつったのはボス、自分だろ?」
「そうだな…俺が言い出したことなのに、もう後悔してるよ」
話しながら、ボスはだんだん近付いてきた。
「な…なんだよ?」
あたしのところまで来たボスは突然その腕にあたしを閉じ込めた。ボスの鼓動が早鐘を打っているのが聞こえ、その熱い吐息が耳をくすぐった。
「マリア…お前を抱きたい」
あたしはとうとうボスが血迷ったのかと思った。あれだけ目の前で親父とのアレコレを見てきて顔色一つ変えなかったやつが、今更あたしを手に入れたいなんてどうかしてる。
「お…おまえ、あたしが親父とヤってるところ、散々見てきたじゃねーか!?」
他の幹部は警備のために親父の部屋に居ても大抵背を向けて立っているのが普通だった。その中でこいつだけは、このボスだけは若いくせに一度も顔を背けず何をしていようと最初から最後までこっちのすることを眺めていた。だから無性に腹が立って、あたしもちょっかい掛けずにはいられなかったんだ。
「普通は…壁を向いて立つものだなんて知らなかった…」
言い訳めいた、呻いたようなボスの声がした。
「それに、一度見たら目を離せなかったんだ…」
あたしは呆れるしかなかった。
「親父が、交ざれって声をかけたことがあっただろう」
「そんなこと、出来るわけがないだろ!
ボスの女に、そんなこと…出来るわけが、無い」
あたしは、ボスが昔の幻影を追いかけてるだけなんだろうって、そう思った。一度あたしを抱いて見れば、それで満足するんだろう、と。
「…今のボスは、お前だろ」
「抱かれてくれるのか」
「それでもあたしはここを出る。それは変えないけどな…」
あたしはその夜じゃれあうようにボスと戯れた。
親父がしたようなハードなことはされなかった。
「マリア…お前は、まだ、この組織に所属する気はあるか」
ベッドに2人で寝そべったまま、ボスはぽつりと聞いてきた。
屋敷を出ても、組織の人間でいる気だったあたしにはむしろ驚くような質問だった。
「あたしを拾ったのはあんただろ…ボス。
屋敷を出たって、あたしはあんたの部下で、あんたはあたしのボスだ」
「そっか。
なあ、リア…」
「マリアでいいよ、ボス。
で、なんだ、まだなんかあんのか…」
「もう一つだけ頼んでもいいか」
「…命令だって言えばいいだろ」
「それじゃ駄目だ。命令していいのなら、出ていくなっていうよ」
「それは聞けねーな」
「だろ?
だから…お願いなんだ」
「まあ、とりあえず聞いてやる」
「…此処に俺の名前を彫りたい」
ボスはあたしの右肩に触れてそう言った。
「お前が遠くに離れても、俺のであることを残しておきたい」
あたしは、それも悪くないと思った。
親父が死んで、ボスに拾われたあたしはもはや根無し草だ。そのくらいしておいてもらわないと、どこかで野垂れ死んでも誰にも気付いてもらえない。
「いいよ。
そのかわり、とびっきりセンスいいデザインを頼むよ」
あたしの要望通り、翌々日にはその下絵が完成して届けられた。
「お前には、棘のある薔薇が似合うだろうと思ってな」
ボスの見立て通り、あたしの右肩から背中にかけて大きく彫られた薔薇と彼の名前は、あたしの白い肌によく映えていた。
あたしはそのタトゥーを手土産に、外の町へと出ていった。
それからイザーと出会うまで数年間、あたしが本部屋敷に戻ることは一度もなかった。