表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マフィアの女とその男  作者: 弥月ようか
1/13

そいつとの出会い


あたしはかつて奇特な男と付き合ってた。

そいつとの出会いは隣町の違う店で違う曜日の違う時間に3回も鉢合わせしたってことだった。それだけでも可笑しい話なのに、そんなときに限って店は混んでいるから、あたしとそいつは3回中3回とも相席になった。

そいつは小奇麗なかっこの優男で、いつ見ても穏やかな微笑みを浮かべていた。


あたしが頼むのは決まっていつもレモネードで、そいつはいつもコーヒーのブラックだった。スカシテやがる。


3回も一緒になったけど、そん時はあたしもそいつもひとことも話なんてしなかった。

初めて喋ったのは最後に会ってから数週間くらい経って。あたしの地元で、その日は昼過ぎから急にどしゃ降りになっていた。近くに入れそうな場所もなく、仕事場からも家からも離れた場所に来ていた時だった。


「くっそー、雨やべーじゃん。

 新調したジャケットがぐしょぐしょだぜ…」

「冷たそうだね…僕の傘、入る?」

女の癖に、なんて口が悪いんだと、よく行きつけの居酒屋のオヤジには叱られてたけど、あたしは商売柄そんなことを気にしたことはなかった。どうせ周りは同じくらい口の汚いヤローばっかだ。お上品なお友達なんていなかった。こんな風に、声をかけてくれるような友達は…。

「ん…誰だよ、てめー」

濡れた前髪をかき分けながら睨みつけた相手は、そいつだった。

「僕?

 …イザータだ。イザーって呼んでくれたらいい」

すっ呆けもいいところだった。

「誰がてめーの名前聞きたいって言ったんだよ」

強く捲し立てたあたしに、そいつは自分の傘をあたしに傾けながら首をかしげた。

「誰って聞かれたから答えたんだけど…」

「馬鹿かおめー。いや、バカだろ」

「そんなことよりどこか入ろうよ」

「んなことじゃねーよ!」

「でも、その恰好じゃ君、風邪をひくよ。

 僕の泊まっているホテル、そこの角なんだ」

そいつは有無を言わさぬ口調であたしの手を引いてその質素な感じのホテルに連れ込んだ。あたしもあたしだ、普段ならもっと警戒するはずの男の所業に黙ってついていっちまった。


シングルベットに簡易シャワーが付いたその小さい部屋で、雨を洗い落としてシャワーから出ると、テーブルにレモネードが用意してあった。

「へえ…気が利くじゃん」

濡れた髪をタオルでかき回しながら傍へ行くと、ベッドの方で何かがガシャンと音を立てて落ちた。

「ん…何やってんだよ、おめー」

そいつは手に持ったコーヒーカップを落として割ったらしかった。

しかもそのまま呆然としたように固まっている。

「おい、大丈夫か?」

近付くと、ぎょっとしたようにようやくそいつは動き出した。慌てて顔を手で覆い、背中をひねって後ろを向く。

「…なんだよ?」

「君、服…」

「服ぅ…?」

あたしは用意されていたバスタオルを身体に巻いて出てきただけだった。下着まで濡れた服をもう一度着るわけにもいかない。

「んなもん、あんだけ濡れてりゃ着てもしょーがねーだろー」

「だけど……目の………毒だ」

「失礼な奴だなー。

 そこはせめて目の保養とかって言ってくりゃ良いのによー」

呆れたあたしはそいつに背を向けるようにベッドに腰掛けてレモネードを手に取った。

すーっと吸い込むと、独特の酸味と炭酸が弾けて心までスッキリする。


「…君」

声がした瞬間、背中にひやりとした感触が乗った。

「ふきゃわあわああああ!?!!」

突然のことにびっっっっっっっっっっくりしてあたしまでレモネードを落としそうになって飛び上がる。

「あ…ごめん」

振り向くと、さっきまで1メートルは離れていたはずのそいつがそばにきて、あたしの背中を触っていた。

「んだよ…びっくりさせんなよ…」

「いや…奇麗だな、と思って」

そいつが触っている右肩から背中にかけて。そこにはタトゥーが入っていた。

「そーだろ、綺麗だろ」

「これは…誰かの名前?」

お前には棘のある薔薇が似合うだろ…そう言われて、荊と彼の名前をあしらったタトゥー。

「あたしのボスの名前だ。

 いつでも、どこにいても、あたしはボスのもんだっていう、な」

この辺じゃ有名な巨大マフィア。あたしは気が付いたらそこで働いてた。

「…くすぐってえよ」

そいつはひと彫りひと彫りを丁寧になぞるように触っていった。

いつのまにか巻かれたバスタオルも落ち、そいつは丹念にそこを触り終えると、今度はその舌で背中を舐め始めた。

あたしにそれを止めることなんてできなかった。


そいつの身体中への口づけがあたしの唇にたどり着き、その先に進むまでは長いようであっという間のことだった。


びっくりするくらい丁寧に扱われ、優しくされ、可愛がられて意識が何度も吹っ飛んだ。

そいつが何を考えてんのか分からなかったけど、何かに耐えるようなそいつの顔を見つめて果てるのはサイコーだった。



「イザー。

 いつまでこの街にいるんだ」

空が白んできたころ、あたしが眠気眼で尋ねると、そいつは笑って何も答えなかった。けど、起きたら隣には誰もいなかった。

濡れたあたしの服はすっかり乾いていて。シャワーを浴び直したあたしは重い腰を引きずって仕事に出かけた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ