その1
「こんにちはっ」
街を歩いていると、声をかけられた。
一体なんだろう。僕は急いでいたのだが、仕方なく立ち止まる。
声をかけたのは、真っ赤な髪の女の子だった。完璧な赤だ。ペンキをかぶったような赤。元々が白い毛を赤く染めたような色だ。ツインテールにしたその髪は、一見カツラに見えた。ご丁寧に眉毛までしっかり赤い。コスプレ、という言葉が頭をよぎったが、特に具体的なキャラクターは思い浮かばなかった。
「何でしょう?」
派手な髪とは逆に、服装は黒のTシャツにツナギのズボンという謎の多いファッションだった。
「えっとね、あたしとジャンケンしよっ?」
唐突なことを言われる。グーの形にした手を突き出されても、僕はついていけていない。
「ジャンケン? 何のために?」
聞いてしまったが、関わり合いにならないほうが良い気もしていた。勘だが、どうせキャッチセールスか個人情報収集目的のアンケートか、何にせよろくな話じゃないに決まっている。さっさと断って帰るべきだ。
「何のため……?」
なぜかそこで女の子は考え始めてしまったので、僕はこれ幸いと逃げ出すことにした。
「あ、別にいい、いい。何のためでもいいよ。とにかく、僕はジャンケンなんてしないから。それじゃあ」
再び前を見て歩き出す。
「ちょちょ! ちょっと! 待ってよぅ。冷たいなっ」
服を掴まれた。黒い布地と対照的な眩しい白い肌。だが意外に力が強い。それにしても今は真冬だというのにTシャツ一枚で……よく寒くないものだ。
「僕は冷たいんだよ。よく言われる」
掴んでいる両手を外しにかかった。
「そ、そこを何とか。あ、もう、待ってってばぁ」
どうしても離してくれないので、僕が歩こうとすると彼女を引きずる感じになる。買って買ってと子供にねだられる親の気分だった。
そこに、今度は青い髪が現れた。
一目で関係者だとわかる。一緒に洗濯した服に色うつりしそうな、真っ青な髪。こちらはロングの髪を後ろで束ねている。服装はやはり黒のTシャツにツナギのズボン、そしてデニムのジャケット。何かのユニフォームだろうか。
「お初にお目にかかります」
現れた青い髪は、丁寧な挨拶をした。
「あ、まーぽん。ね、全然話聞いてくれないよー」
腕を掴んでいた赤い髪が言う。
青い髪の少女は前をふさぐようにして立った。
「……君もこの人の仲間か」
僕はしかたなく歩くのを諦め、尋ねた。青い髪の少女は頷いた。
「ええ。話だけでも聞いていって損はありませんよ」
「損はなくとも得がなさそうだ」
「損得だけでは計れないこともあります」
「……え? たった今、損はないと言ったのは君じゃなかったか」
「この子はみーぽん。私はまーぽんです」
僕のツッコミは無視し、青いポニーテールがそう紹介した。
「仇名?」
「いえ、仕事上の名前です」
「……どんな仕事だ」
「今まさに仕事中です。名前なんて何でもいいじゃないですか。であればまず親しみを。そう考えてこの名を名乗っています」
「親しみも大事だが真剣味も大事だと思うぞ」
「真剣さが伝わりませんか?」
「その名前にその髪じゃな……。それで真剣だと言うのは厳しいぜ。仕事にもよるが」
「まるで教師か風紀委員ですね」
そこで横から高い声が割り込んだ。
「ねえ君、コウイチくんだよね?」
割り込んできたのは赤のツインテール、みーぽん……だ。
「なんで知ってる」
「それは私たちが幸一さんに会うために来たからです」
今度は青のポニーテール、まーぽん……が答えた。
「答えになってない」
「まあいいじゃないかっ。じゃあ改めてコウイチくんにお願い。じゃんけんしよ!」
「いやだから、なんで」
「もちろんタダでとは言いませんよ」
僕の問いかけをまーぽんが遮って、厳かな口調で言った。
「もしもじゃんけんに勝ったら……その時は……」
みーぽんも黙ってまーぽんを見つめている。なんだこのもったいぶった感じ……。ちょっと緊張する。
「そ、その時は……?」
その重々しい口調に、思わずつばを飲み込む。
「みーぽんがキスをします」
「……」
「えーっ」
みーぽんが叫んだ。
「何言ってんの、まーぽん。やだよぅ。恥ずかしいよぅ」
「どうでしょう。この条件ならば流石に幸一君も受け入れざるを得ないでしょう」
「……なぜ」
さも当然のように言うが、意味がわからない。僕は別に、キスして貰えるなら何でもするというタイプの男じゃない。実際、そんな男もそうそういないだろう。
「ああ、もちろん、唇にですよ。ほっぺにとかじゃなくて」
「いや……そういう問題じゃなくて」
なんでこんな自信満々なんだ。この人。
「全然話についてけてないんだけど……。君ら、何者なんだ?」
「私たちが何者かよりも、問題は今キスをするかどうかです」
「まーぽん、キスじゃなくてじゃんけん」
「そうでした。問題は今じゃんけんをするかどうかです」
意外にもみーぽんの方がツッコミらしい。
「えーと」
できるだけ迅速にこの場を切り抜けるには……。どうも、この謎の二人組は僕にじゃんけんをさせたいらしい。だったら、すればいい。という結論に達した。
「わかった。じゃんけん、すればいいんだね?」
みーぽんの顔がぱっと輝いた。まーぽんの方は目を閉じてうんうんと頷いて言った。
「やはり、色仕掛けは効果てきめんですね」
何。いつのまにか色仕掛けに屈したことにされようとしている。
「いや、キスは別に要らないんで。解放してくれるんならじゃんけんでも何でもするよ」
「あっ。ちょっと傷ついたー。私そんなに魅力ない?」
口をとがらせるみーぽんは、客観的に見て美少女だとは思うが……。
「……みーぽんほどの可愛い女の子はそうそういませんよ? もしかしてキスは初めてですか?」
まーぽんがみーぽんの肩を抱いて言う。
「僕は誰とでもキスをする主義じゃないんだ。じゃんけん、だろ? ほら、するぞ?」
「はーい」
みーぽんがTシャツを肩まで捲り上げた。手を交差して組み、その隙間から向こうを見る仕草。
「それ、何が見えるんだ?」
「出すべき手が、見えるんだよ」
「それは凄いな」
僕はやる気無く手を振り上げた。
「私そんなに魅力ないかなー。キスだって練習してるんだけどなー」
みーぽんが何やらブツブツ言っている。
「じゃんけん……」
その時、まーぽんが付け足すように言った。
「あ、負けたら死んで貰いますから」
……。
え、なんだって……。
「ぽんっ!」
わずかな思考がみーぽんの大きな声に中断された。
僕が出していたのは……パー。
みーぽんの手は…………パー。
「あいこで……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った」
僕は慌てて遮った。
「今、何かとんでもないこと言わなかったか?」
みーぽんが振り下ろそうとした手を止めた。
「え? キ……キスの練習してるってこと?」
言って真っ赤になるみーぽん。僕はこめかみを抑えた。
「違う。違う。その後。まーぽんさんが言ったこと」
「まーぽんさんだなんて。まーぽん、とお呼びください」
「……まーぽん、さっき言ったことをもう一度言ってくれ」
まーぽんが両頬に手を当てて言う。
「もしかしてキスは初めてですか?」
「ちーがーう! 違う! その後だよ! キスで頭いっぱいかお前ら!」
ちっとも話が進まないので自分で言う。
「お前、負けたら死んでもらうとかなんとか言わなかったか」
「ああ、それですか。はい、言いましたけど」
それがどうかしましたか、という表情のまーぽん。
「どういう意味だよ」
「どうって……。そのままの意味ですけど」
首をかしげるまーぽん。
「そのままって……いやいやいや。何急に怖いこと言い出してんだよ。意味がわからん。なんでたかがじゃんけんで命かけないといけないの」
「ただがじゃんけん、されどじゃんけんです」
「……いやいや、言い切られても何がされどなのかわかんねえよ」
「命、かけてくれないんですか? こっちはキスをかけてるのに」
「釣り合わんわ。全然釣り合わんわ」
「わかりました。ではこうしましょう」
急に厳かな口調になるまーぽん。背筋を伸ばし、一度目を閉じる。
みーぽんも黙ってまーぽんの次の言葉を待つ。
なんとなく僕も黙ってしまう。
これは……思いのほか、変な奴らに関わってしまったのではないのか。命だなどと物騒な……。とにかく、うまく話を終わらせてさっさと逃げよう。口調のわりに妙に本気くさいし、目的も全くわからないが、甘く見ないほうが良さそうだ。
……沈黙をまーぽんが破った。
「みーぽんを一晩だけ好きにしていいです」
……。
「えーっ」
みーぽんが悲鳴をあげている。
僕は頭を抱えた。
「いや……別に条件を吊り上げたいわけじゃなくてだな……」
どうしよう。この人たち、話が通じない。
「これなら流石に幸一さんも条件を飲まざるを得ないでしょう」
胸をはるまーぽん。何を根拠にした自信なんだ?
「まーぽん、それは流石に……私もちょっと嫌かなあ」
横からみーぽんが不満の声をあげた。
「いいじゃないですか、たぶん一晩中マリオカートとかですよ」
「え……まーぽん、私「と」じゃなくて、私「を」好きにしていいって言っちゃってなかった?」
「たぶん、寝ているみーぽんの顔に落書きしてくるとか、そのくらいですよ」
「甘く見すぎだよぅまーぽん……」
なにやらもめていた。……だが、そんな話はどうでもいい。
「あの、ちょっといいかな」
「何?」
二人が振り向いた。
「僕が悪かった。ちゃんと事情を聞くよ。何が目的なんだ?」
「だから、じゃんけんだよ」
答えるみーぽん。
「いや、だから、じゃんけんで負けたら死んで貰うってとこだよ。……まさかとは思うが、僕の命を狙ってるってことなのか?」
「おお……」
顔を見合わせるまーぽんとみーぽん。
「ばれたよ?」
「ばれましたね」
僕はへたり込みそうになるところをぐっとこらえた。
「正確には魂ですけど」
「えーと、よかったら僕に死んで欲しい理由を教えてくれないか? 正直、君達に恨みを買うような覚えなんか全くないんだが……」
「恨み? まーぽん、そんなのある?」
「私にはありませんね」
「恨んでるわけじゃないのか? じゃあなんで僕の命を狙ってるんだ?」
「えーと……どっから説明すればいいんだろ?」
「そうですね。まず、私たちが何者かを説明したほうが良さそうですね」
「僕はそれを随分前に聞いたと思うんだけど」
「……そうでしたっけ」
「ああ。君らはキスのことで頭が一杯だったみたいだが」
「私としたことが、痛いところをつかれましたね」
「君ら、痛いところしか無さそうだしな」
「あたた。これまた痛いところを……」
「あはは。まーぽん、満身創痍だねー」
さて。僕はまだ、この馬鹿二人につきあわなければならないんだろうか。




