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聖者の施し

 「読まれていない」


 たったそれだけの言葉に、人は驚くほど強く反応する。


 慰める者。

 怒る者。

 共感する者。

 噛みつく者。

 そして、黙って数字を確認しに行く者。


 なぜだろうか?


 その理由は単純だ。


 この言葉は、作品の話をしていないからだ。


 「面白くない」「分からなかった」「合わなかった」


 これらは、作品についての言葉だ。

 内容、構成、文体、テーマ。

 どこかしらに議論の余地がある。




 だが、「読まれていない」は違う。



 それは、存在の話だ。


 人は、自分の作品が否定されるよりも、

 存在が無視されることを恐れる。


 評価が低いことより、

 反応がないことの方が、遥かに耐え難い。


 なぜなら、評価は「見た上での判断」だが、

 無反応は「見られてすらいない」という宣告だからだ。



 「読まれていない」という言葉には、

 次の三つの感情が同時に含まれている。



 孤独。

 不公平。

 そして、救済要請。



 孤独――

 誰にも届いていないかもしれない、という不安。



 不公平――

 努力しているのに、報われていないという感覚。



 救済要請――

 誰か気付いてほしい、手を差し伸べてほしいという無言の叫び。



 この三点セットは、非常に強い。


 しかも厄介なことに、この言葉は反論しづらい。



 「いや、読まれてますよ」と言えば、

 冷たい人間に見える。



 「努力が足りないのでは」と言えば、

 残酷な人間に見える。



 「気にしすぎです」と言えば、

 寄り添わない人間に見える。


 結果、人はこう言う。


 「分かる」

 「つらいよね」

 「もっと評価されるべき」


 ここで、一つ重要な転換が起きる。


 話題の中心が、

 作品から、作者へと移る。


 内容はどうだったのか。

 どこが面白かったのか。

 何が刺さったのか。


 それらは語られない。


 語られるのは、


 「頑張っている人」

 「報われていない人」

 「かわいそうな人」


 つまり、物語の主人公が作者になる。


 これは、意図的であろうと無意識であろうと、

 極めて強力な構造だ。


 人は、作品よりも

 「感情を共有できる人間」に反応する。



 だから、「読まれていない」は拡散される。


 さらにもう一段、厄介な点がある。


 この言葉は、

 読む側の自尊心を安全に刺激する。


 「自分は読んであげられる側だ」

 「自分は気付いてあげられる側だ」

 「自分は冷たくない、見捨てない人間だ」


 救いの手を差し伸べられる自分は、聖者である。

 そう確認できるからだ。


 結果として起きるのは、

 善意の渦という名の、施しだ。



 だが、善意は必ずしも健全ではない。


 善意は、思考を止める。

 なぜなら、考え続ける責任を免除してくれるからだ。

 

 ここで、はっきり言おう。


 「読まれていない」という言葉に反応すること自体は、決して悪ではない。


 誰しも、通ってきた道だからだ。




 問題は、その言葉が

 宣伝として機能し始めた瞬間である。



 同情が数字に変換され、

 PVが伸び、

 インプレッションが増え、

 成功体験として記憶される。


 一度それを覚えた人間は、

 次に困った時、また同じ言葉を使う。


 なぜなら、それが「効いた」からだ。




 こうして、「読まれていない」は

 感情表現から手法へと変わる。


 無自覚な者もいる。

 自覚的な者もいる。


 どちらにせよ、

 構造は同じだ。


 読者は、作品を読んだのか。

 それとも、作者を慰めただけなのか。


 その境界は、驚くほど曖昧だ。



 蛇蝎は、ここで善悪を断じない。



 ただ、一つだけ問いを置く。


 あなたが今、

 「読まれていない」と呟く時。


 それは、

 作品を前に出す言葉だろうか。


 それとも、

 自分を前に出す言葉だろうか。


 この違いを自覚しないまま、

 宣伝を続けるとどうなるのか。


 次章では、

 「共感」がどのように消費され、

 やがて枯渇していくのかを見ていく。


 ――共感は、無限ではない。


 使い方を誤れば、

 最初に枯れるのは、読者の心だ。



 聖者の施しは、腹を満たすが、歩く力は奪うのです。

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