第七話 一時の休息
ノスタルジアを抜け出した零時とるなは、車で羽田空港へと向かい、やがて目的地に着いた。
「杉山さん! ありがとー!」
「いえいえ、当然のことをしたまでです。休日、楽しんでくださいね」
短い銀髪と片眼鏡をかけた杉山はそう残し、窓を閉めると、そのまま後にする。
「杉山さん、いい人だな」
「でしょ! 杉山さんは本当にいい人なの〜! いつもお世話になってるレベル!」
るなはそう嬉しそうに話しているのを見て、零時は少し頰が緩んだ。こんな嬉しそうな顔をしているのは、久しぶりに見た。
「また飛行機乗ってる時に聞くとして、んじゃ早く買うとするか。突然だから金はすんげーかかるけど」
「えっと、羽田空港から神戸空港までの料金は、と」
零時はスマホで飛行機の便を見ながら、ぼんやりと呟き、早足で歩く。るなはのんびりと空を見ながら、ゆっくりと歩いていた。
「それにしても、観光目的で神戸に行くのは久しぶりだなぁ」
「ん、そんなに行く機会とかなかったのか?」
零時は、るなにその疑問をふっかける。
「お休みはいつもここで取るからね」
「そうなのか、なら巡回とかって、関東地方だけなのか?」
「基本的に東京の外に出ることはないよ。でも稀に遠征とかで東京外に行く程度もあるから、そこは勘違いしないで!」
「おけおけ、了解」
ノスタルジアの隊員は決められた場所以外は巡回してはならないという規則があり、その管轄外で巡回をすれば罰則が生まれる。ただし、幹部がその場所の巡回、遠征の命令を促した時だけなら、罰則云々はないみたいだ。
「なら、今日はのんびりとできるな」
零時のそのセリフに、るなは少し複雑な顔をしていたが、すぐに笑顔になる。
「さて、さっさと飛行機に乗って、神戸まで行くか。ポートライナーで三宮に行って…そのまま神戸まで、と。満員じゃなければいいんだが…」
「アハハ、確かにね」
そうして、二人は羽田空港まで行き、購入や席など決めて、次の便が来るのを待った。その間もるなは杉山の話をしてくれた。杉山は隊員のお世話係という仕事に就いており、多くの若い人と関わることが多いらしい。彼女曰く、彼は今までのお世話係で、凄く優しい人と答えた。るなとはこれまで話していなかったからこそ、この空間が物凄く心が温かくなり、昔まで冷え切っていた記憶が、溶けていくように。
ある程度話を終えると、神戸行きの便の放送がやってきたので、彼らは荷物を持って、そのまま飛行機の元まで向かい、神戸空港までゆっくりと休んだ。
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そうして、神戸空港に着いた二人は、ポートライナー線に乗り、そこから三宮から西区まで電車と乗り継いでいくと、やがて零時の家へと着いた。
「零時の家、久しぶりに来たなぁ」
「来たの4年前だしな」
零時は家の敷地内に入り、郵便物があるか確認すると、ガス料金と水道料金が入っていた。料金を確認した零時は、「またか…」という顔をしていた。
「溜まってたやつ?」
「あぁ。母さんが亡くなって、父さんは行方不明、事実上死んでるのと同じだ。今は俺がこの家の管理者的な立場になってるからな。父さんが一括で払ってくれたおかげで、ローンとかに悩まずに済んだから良かったけどな」
「そっか…大変だったよね?」
「すげー大変だった」
零時は料金の紙たちをポケットの中へと詰め込み、そのまま玄関へと向かう。るなも同じように向かう。ドアノブを回すと、鍵がかかっていなく、そのまま扉を開ける。
開けると、少しゴミ袋が多くある廊下が広がっていた。
「…ゴミ袋、沢山だね」
「…少し、生活が荒んでたからな。とりま、今から掃除するから、るなはゆっくりとしていてくれ」
「零時が言うならそうするねぇ」
るなはリビングの方へと向かっていき、零時はバッグを下ろして、近くにあった軍手をはめて、少し散らばっていた物たちを詰めていった。
「…やっぱおにぎりの袋とかがいっぱいだな…。また自炊とかもしていかないと」
父が生きていた頃まで、零時は趣味として料理をしていたが、父や、るななどの身近な人がいなくなって、彼の心は確かにどこかで壊れてしまっていた。今もまだ、現実を受け止められないところもある。
それを表すかのような汚さには、思わず目を瞑ってしまう。
「…うし、なんとか詰め終わった、あとでゴミステのとこに置いてくか」
零時は改めて廊下を眺めていると、自然と父と母がいたあの頃を思い出す。玄関で見送りをしてくれた母、いつもボロボロになりながらも、帰ってきた父。
「少し、広くなったな」
あの時の記憶が鮮明に思い出してきて、零時は懐かしい気分になる。零時は父の元武器であった銃剣。正式名称は帝国式機銃剣を愛用しているが、今現在刃がボロボロな状態で、今武器管理部隊の人たちが直してくれている。
「…組織に入ったら、俺はまたあんな戦いをするんだろうな」
――でも今度は、孤独じゃないもんな。
零時は少し表情が緩んだが、またしてもいつもの堅物の表情へとなる。零時はゴミ袋を、ゴミステーションの方まで向かうため、玄関を開けた。
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「ふぅ、やっと掃除が終わった。まぁ、廊下もなかなかに片付けたわけだし、一旦これでいいか」
零時はそう呟きつつ、リビングのドアを開けると、テレビのニュースが聞こえてきた。
『近年、各地方には歳忘が増え続けており、死亡件数や町の壊滅頻度が比例するように高くなっています。一般市民は不安でいっぱいの時期です』
『やっぱり、東京や他地方の部隊がもうちょっと頑張ってくれればいいかと思いますけどねぇ。今は隊員とか少ないとかなんとか言っていますけど、やはりそこらへんはねぇ』
『まぁ彼らも忙しいと分かるのですが、体は崩さないようにしてほしいと自分は思います』
『最近、大阪でとんでもない歳忘も現れてるんでしょ? 早めに倒してくれれば助かるんですけどねぇ』
『自分の友達も、歳忘の被害で亡くなってるんですよ、さっさとこの腐った世界を終わらせてほしいです!』
るなはそのニュースをただジーと眺めているだけで、特に感想を呟くこともなく、嫌気や殺意も感じない植物を眺めるかのように。
零時はそのニュースを聞くだけ嫌になり、咄嗟にリモコンを取り、チャンネルを変える。
「あれ…!?」
「るな、こんな気分の悪いニュースを見るな。聞いてるだけで鬱になるだろ」
零時はさりげなくるなの隣へと座る。このソファも年季が入ってるのか、少し黄ばんでるところがあったが、るなはそんなことを気にしていない様子だった。
「れ、零時…?もう掃除は終わったんだ」
「まぁ、ある程度だけどな。それにしても、なんであんなニュース見てたんだ?見ていて嫌になるだろ」
るなは顔を俯かせて、少し乾いた笑いを見せると、言葉を連ねていく。
「…私たちってさ、歳忘倒すためにいつも奔走してるじゃん。それでも被害や死亡者は絶えないんだ…。ニュース見るのは、その事件の詳細とか知りたいとかもあるけど、やっぱりみんなの声が聞きたいなって思って…。」
「でも、みんなが思っている以上に、不幸な言葉しかないんだ。それで傷つく人がいるのに、そんなの気にせず…」
ノスタルジア・システムは元々ある目的のために作られた組織ではないか、という説が浮上しているのだが、今ではほとんどその目的とやらは人々から風化されつつある。
それでも、るなみたいな人たちが、損する世の中が最も風化されてはならない。
「ああいう奴らは、助けられた恩はあるだけで、仇を無意識的に放つ奴らだからな。あんまり気にしちゃダメだ」
「それに今日はゆっくりするんだろ?だから今日は難しいことは考えるなよ」
「…アハハ、そうだね。零時らしい言葉で安心した。じゃあさ、今日見に行きたい映画があるんだけどさ、そこに行きたい!」
そう言ってるなはこちらへと視線を向ける。
「映画か、ありだな! じゃあハーバーランドの映画館に向かうか?」
「そうしよう!」
そう元気よく言った。
「それで、るなは何を見たいんだ?」
そう言った時には、るなはスマホを取り出して上映中の映画を検索し、何かしらヒットしたのか、こちらへとスマホを見せつけてきた。
「最近話題筆頭のこれ、見に行きたいんだぁ」
るなが見せてきたのは、どこか儚さそうな実写恋愛映画だった。この作品には、有名なデュオアイドルの一人が歌っているらしく、それもかなり再生されてる曲でもあった。
「あぁ、確かこれって、高坂さんが歌ってるやつか、良くショート動画に流れてくる。」
「そうそう! 本当に雫ちゃんの歌声ってどこか儚さがあるけど、力強さがあって、本当癖になっちゃうんだぁ…! だからファンとして、この作品は一度お目にかけようと思って…」
「それに、予告の時から気になってたんだけど、あんまり時間が取れないし、一人で行くのもあれだからねぇ…」
るなは指を交差しながら、ジト目で零時の方に目線を向けていた。零時はるなからスマホを借りて映画のあらすじとかをいろいろ見て、スマホを返した。
「結構面白そうな作品だな。気になるし、今日はこれを見に行くか」
るなは嬉しそうに表情をパーと笑顔になり、元気よく飛び跳ねる仕草をした。零時はその様子を見ながら、ただただ小さく微笑んでいた。るなは最低限の荷物を準備をすると、玄関の方まで向かう。
「零時ー! 早くー!」
「ちょっと待てって! まだこっちは準備はしてないんだぞ!?」
お転婆な性格に翻弄されつつも、零時は慌てて貴重品とかを小さなバックの中に詰め込み、玄関の方まで走っていった。足踏みしながら「早く早く!」と言う姿は、昔と瓜二つだった。
ーー昔と今でも、根は変わってないな。
零時は心の中でそう小さく呟いた。
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映画館に着いた零時たちはその後、ポップコーンを買って、お目当ての映画を見てきた。他の人からも評判が高かった作品だったからこそ、期待値が高かったが、いざ見てみると、かなり切ない映画であったが、その過程を見るととても見応えのある作品だった。映画見終わった後はフードコートでゆっくりとその作品についてるなと語り、買い物などをしていると、あっという間に時間は過ぎていった。
零時は体を伸ばしながら、帰路についており、もう既に辺りは暗くなっていた。
「いやぁ、あの映画本当良かったなぁ。また配信されたらもう一回見ようかな。それに主題歌のFeatherも良かった…」
「私もそうしようかな。それに、雫ちゃんの歌声も聞けるし! 一石二鳥だよ!」
「YouTubeとかでいっぱい聴けるだろ」
そう冷静に返す零時だったが、雫心に火をつけたるなはキリッとした目つきになる。
「ふ、甘いね、零時」
「はぁ?」
「確かにYouTubeで配信されてるんだけど、そこじゃないんだ、本命は雫×愛菜のオリジナルソング!! 愛菜ちゃんの柔らかい歌声と雫ちゃんと並ぶ力強い声には、みんなを魅了にするほどの力があるんだ! YouTubeで確かに聴けるには聴ける…! だけどCD限定の曲も収録されているからこそ、YouTubeでいっぱい聴けるは半分正解で半分不正解なんだ!!」
「お、おう…わ、分かったから、落ち着け……」
その熱弁に零時は少し引き気味ではあった。るなは雫のキーホルダーを手の中で丸めながら、緩んだ表情でキーホルダーを見ていた。
「へへぇ〜」
二人は神戸駅まで歩んでいき、零時の家へと帰る。その電車では、るなは久しぶりに楽しんだのか、それか仕事の疲れが来たのか、そのまま目を閉じて眠っていた。零時は目的地が着くまで、ただ静かに過ごした。
西区まで着いて、るなを起こし、電車から出たが、るなはとても眠そうだった。今にも倒れそうだったので、零時はため息を出しながらも、るなを背負った。背負った時、零時は少しるなの成長を感じ取って、昔のことを少し思い出す、昔公園で遊んでいた時、るなが大きく転けて、膝に擦り傷があった。大人の力を借りようと零時はるなを背負って、母のところまでよく行っていた。
西区の道路を歩きながら、そんなことを考えていた。
「明日からこいつはまた仕事…俺は初の仕事か…。19にして初めての仕事だし…慣れるかね」
元々単独として活動していた歳忘狩り。今ではその経験が良い意味で活かされ、謎の力でもある憶忘にも目覚め、ノスタルジア・システムという良い環境が揃ってる。
「…本当、俺の人生って、いろんな意味で怖いな。明日から、俺も新人として頑張っていかないとな」
少しだけ強く握るるなの手の体温を感じつつ、零時は家へと足を運んでいくのであった。




