第六話 行進
10月13日から一週間が経ち、現在の時刻は11時52分。明月とるなはロビーのソファにて零時を待っていた。先日明月が約束の時間を決め、もうすぐその時間になろうと、時計の針は動いている。
「零時…来てくれるのかなぁ」
「気長に待ちましょう。天ヶ瀬さんはもう巡回などは終わらせたのですか?」
「はい、朝の巡回は終わらせました。あとは昼の間に訓練とかして、夜の巡回に回ろうかと」
「前衛部隊も、人手不足なので助かります」
明月は巡回員の資料を見つつ、安心したかのような声色になり、るなは少し嬉しそうな表情をしていた。だけど、るなはそれと同時に、不安になっていたこともある。前衛部隊は、今やどの部隊でも人手不足が目に見えてきていた。
それもそのはず、前衛部隊は最も死亡率が高い部隊であり、多くの新人がここで命を落とす。
「みんな、最初は天狗のようになっちゃうのは、変わらないものなんですよね」
「新人というのはそういうものですし、僕たちにとって少々不安なところです。だからこそ、精神と体を育成するのも、僕たちの仕事です」
「入ってきた時は、本当右往左往でしたよ…。同期や先輩も癖強い人多いからですかね…」
前衛部隊は精神が壊れやすい場所。だからこそ定期的なメンタルケアというのが実施されている。隊員の心が揺らいだ時こそ、本当の死を意味している。
「でも、今は良いところだなとは思いますよ。ステラさんみたいな人とお友達になれましたし!」
「あの人は関わりやすいですからね、僕や各部隊の幹部は、少々冷たいと憎しみが溢れ出ていますからね。あまり関わりたくないとは思うでしょう」
明月はそう寂しそうな顔をしていた。るなにはその表情を見ても、一体どういう表情なのかは、分からない。彼の心さえ見れない。だから人々は、その人を機械かのように思ってしまう。
「明月さんは、いい人ですよ」
けど、機械にも感情が芽生えば、それは、大きな進歩だと言える。
「…天ヶ瀬さんも、いい人ですよ」
そう明月がるなに向かって言葉を放ち、それから無言が続き、やがて針は12の時を通過しようとした時、病院に繋がる自動ドアが開かれる。
るなはその開かれる音を聞き、真っ先にそちらへと目線を向けると、そこにいたのは、黒髪の青年。
「来ましたか、諏訪部零時さん」
「えぇ、時間ぴったりでしょ?」
腰にウエストバックをつけ、服も少し新調した姿の零時の姿があった。
「零時、体とかはもう平気なの?」
るなは零時の元まで向かい、心配そうな声で尋ねてくる。零時は少し笑いつつ、るなの頭をポンポンとする。
「あぁ、もう体は平気。星野さんから大丈夫だって言ってたし。」
「そっか! ていうか、頭ポンポンしないで…普通に恥ずかしい…!」
「あ、すまん…つい」
昔の癖がつい出てしまったことに気づいた零時はすぐさま手をどかす。少し気まずい空気が流れつつあるが、そこに明月が間を割って来る。
「それで、諏訪部さんは組織に入るかどうかは決めましたか?」
「はい、もう決まってます」
零時の目には、決意と覚悟という文字が刻まれており、明月はその瞳を見て、少しだけ微笑み、手を胸に当てる。
「俺、この組織に入ります」
「…そうですか、やはりあなたは、他の人とは少し違いますね。僕でさえ…いえ、僕の私情は今は関係ありませんね、失礼しました」
明月は何か言いたげそうな表情をしていたが、それを濁すかのような咳払いをする。るなは零時が組織に入ってくれると聞いて、少し心が躍っていた。
「さて、前に貸したレミニセンスを預からせてもらいます。正式な隊員登録と、寮の住宅登録の際に必要なものですので、明日にはお渡しします」
「はい、お願いします」
零時は懐からレミニセンスを取り出し、明月へと渡し、ポケットの中へと入れる。
「これから僕は仕事があるので離れますが、何か要望があれば、今のうちに……」
「あ、それでしたら…」
「今日一日、るなのこと借りてもいいですか?」
「…?」
いきなりの発言に、るなは一瞬、頭が追いつかなかった。
「なるほど、天ヶ瀬さんを借りたい、と」
対して明月は、その提案に少し賛成派みたいな表情をしており、少しだけ無言になっていた。
「ちょっ、明月さん待って待って!」
明月が真剣そうに考えていたところにるなが思わず口を挟む。明月は慌てるるなを見つめつつ、また少し脳を動かしていた。その間にるなは言葉を並べる。
「私、これから昼の訓練とか、夜の巡回があるのに、急にそれらから抜けるってなったら、凄く迷惑な思いをするような気がするんですけど!?」
「あー、やっぱ仕事あるもんな…」
「誘ってくれるのはありがたいんだけど、やっぱ今はこっちの方に集中したいし……」
るなは物凄く申し訳なさそうに表情をしながら謝りつつ、零時の提案を断る。零時も零時で今の歳忘云々の現状的に来てくれるとは思っていなかった。零時は諦めようとしていた時、明月が声を出す。
「確か今回の夜の巡回には、古手さん、天ヶ瀬さんと、新人の青柳さん、森川さんが行くことになっていますね」
「え、そうですけど…それと何か関係あります?」
「先ほど彼を待っていた際に巡回員の勤務表を確認していたのですが、ちょうど空いてる人がいましたので、そのお方たちにお任せしようと思いまして、それに天ヶ瀬さんはあの日以降から諏訪部さんのために頑張ってくれましたし、早めの休日だと思っていただいたら」
「最後の部分は言わなくて大丈夫です…!…そこまで言うのでしたら…」
一人だけ置いてきぼりにされている零時だったが、るなは先ほどまで苦笑を浮かべていたのに、今、笑顔でこちらへと駆け寄ってくる。
「零時! 私なんか休み取れた!」
「急展開すぎだろ」
零時は冷静にツッコミを入れる。
「久しぶりの零時のツッコミだ!」
「はいはい…」
「何はともあれだな。明月さん、いろいろとありがとうございます」
零時は明月の方へと向き、頭を下げる。それを見ていた明月は少し乾いた笑いをしながらも、首を横に振る。
「いえいえ、お礼は大丈夫ですよ。僕にとっては天ヶ瀬さんは大事な隊員ですので、こうやって労ってあげるのも、上司の役目なんです」
「あの人、すごく優しくないか?」
零時はるなに視線をやる。
「まぁね、ただ…明月さんは無意識の飴と鞭の使い手だから」
るなは少し頬を引きつらせたような表情になりながら、ただ武者震いをしていた。
「お前は何を言ってるんだ?」
『無意識の飴と鞭の使い手』というワードに零時は思わずツッコんでしまう。関西人の血が騒いでいるのであろう。
「次第に…分かるよ」
と、るなの目は明後日の方向へと刺していた。
「それよりもお二人とも、早く空港まで行ってきたらどうですか。席の確保や便の確認とかは大丈夫ですか?」
「あ、やべ。ここで時間使いすぎた…」
「待って、今、杉山さんに電話する! とりあえず零時、早く行こ! 明月さん、あとは頼みました!!」
「あ、おい、ちょっ…!?」
るなはなりふり構わず、零時の手首を掴み、そのまま本部のロビーから離れていった。明月は二人を見送り、溜まっていた息を吐き出す。そんな時、後ろからある人物がやってくる。
「やっと一つのお仕事終わった感じですか。明月」
「えぇ、やっと終わりました。遅くなって申し訳ありません。石江さん」
明月は石江の方には視線をやらず、ただ背中を向けて話をしていた。石江は特に気にせず、話を続ける。
「全く、よく隊員と駄弁れますね。僕なら話すことさえ疲れてしまって耐えられませんよ」
「僕は話すのが苦手ではありませんからね。それよりも、『将軍』と『永核』の件はどうなっていますか?」
その会話を切り出したのと同時に、石江の表情が強張る。石江はすぐ下の表情に戻り、話を切り出す。
「大阪の情報部隊が頑張ってくれていますが、今のところは収穫はほぼ0。探そうにも、『将軍』の配下が邪魔をするし、何よりあいつ自体厄介」
「『永核』に関しては、未だ尻尾を掴めてない状況。あいつらは、本当神隠しみたいで、情報を取ることも許されない」
「事情は分かりました。また何かしら分かった際、情報をお願いします。僕は勤務表を修正しておきます」
そう言い、明月は去っていき、石江は頭を擦りながら、ロビーから立ち去っていった。人の出入りが少ないからこそ、この哀愁漂う場は一つの光景として際立ち、時計の針と人の行進が、一歩、一歩と運命へと踏み出していく。




