第五話 決定権
俺は、ある少年と大きな砂時計を見た。その子の後ろ姿、黒髪だけでは、それ以外の情報は分からず、体育座りで、砂時計の中の砂が徐々に落ちていくところを、ただただぼーっと見ていた。
「…何しているんだ、君は」
少年は俺に気づいたのか、ゆっくりとこちらへと振り返る。その少年の目には生気が宿っておらず、フランスにありそうな人形のような目をしていた。
「この砂時計を、見てた」
少年はゆっくりと、そう告げる。
「この砂時計、なんか意味あるのか?」
「ある。でも今の君には分からないと思うよ」
砂時計の中にある砂は少しずつ落ちていき、上の砂に残ってるのは、残り半分程度。
俺は、この砂時計が何を意味するのかは、知る由もない。少年だけしか、この砂時計の存在を知らないのかもしれない。
「…でも、この砂時計の意味を、君はいつか知る権利が与えられる。君は《記憶の啓示》を受けた一人なんだから」
少年はそう言うと、ゆっくりと立ち上がり、体を伸ばす。
少年は俺の前まで歩んでいき、俺の瞳をじっと見る。それは汚れた目でもなく、真っ直ぐで、純粋で、どこか悲しさも感じ取ることができた。
「もう少しでここにも…第二の災厄に満ちるだろうね、でも、君の瞳は、あの人とそっくりだから、きっとそれすらも止められるだろうね」
「運命って、白のキャンバスに色を塗って出来たものなんだけど、それをいろんな色で塗り返すことで、新たな作品が出来上がる。それは、運命を凌駕することと同じ出来事だって、僕はそう考えてるから」
少年がそう言い終えると、砂時計に触れる。俺はただその状況に、いまいち追いつくことができていなく、掛ける言葉がなかった。
最後、少年が何かを言おうと口を動かした時だった。
『零時……目を覚ましてよ……』
その言葉に共鳴するかのように、突如世界が暗転し、少年と砂時計が消え、俺は光に纏われ、長い長い瞬きをした。
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零時はその疲れ切った瞼を開けると、そこは白で塗れた部屋で、多くのチューブが零時の体に刺されていた。
零時はそれらを見て、なんとなく察した。
――俺、入院してたのか…
一体いつから入院して、どれくらい経ったのか気になってた零時は、重い身体を持ち上げると、激痛が伴った。
「っいっ…た…!!」
零時の腕や足、それから上半身には包帯まみれで、それほどの重傷だったと理解するしかなかった。零時がため息をして、足を動かした時、他と比べて少し足が重く感じた。零時はその感じた方へ視線をやると、白髪の少女が、眠っていた。
「…るな…?なんで…」
るなは疲れ切っているのか、零時の膝の上で静かに眠っていた。あまりの無防備さには、少々呆れていたが、零時は少し微笑みながらるなの頭を撫でると、少しるなの表情が柔らかくなる。
零時は近くにあったナースコールを鳴らす。
「…良いメロディーだな」
零時は冷静にそう思いながら、人が来るのを待った。大体十数秒くらい経ったのだろう。
「どうしたの、るなちゃ…て、あれ? 諏訪部さん!? 目を覚ましたのですか!?」
現れたのは、金髪ロングの女性職員で、白衣を着ており、とても優しそうな雰囲気と慌ててる雰囲気を醸し出していた。
「えっと…あの、すみません。ここ、どこですか?」
女性は少し不思議そうにしながら、答えた。
「ここはノスタルジア・システム本部附属病院というところですけど、聞いたことありますか?」
「ノスタルジア・システム本部附属…え? ここもしかして東京なんですか!?」
なぜ俺がこんな東京のところまで連れて行かれたのかを、女性職員が教えてくれた。
今回稲美町で起きた、あの歳忘襲撃事件は、甚大な被害を出したと、そう職員に簡潔に説明され、俺はその後昏睡状態へと入り、大阪の病院で治療するはずだったが、あまりにも重傷で、さらには大阪隊員の怪我が多すぎたため、応援で駆けつけてきた東京のところで受けることになった。その時に助けてくれたのが、るなと飛岡勇二。
俺の怪我は余りにもひどく、肋骨何本かは折れ、右腕、左足の骨折、内臓、特に心臓がほとんど動いていなかったと、掘り返せば掘り返すほど俺がどれほど無茶をしていたのかが分かる。
「しかし、よくあの怪我で生き延びることができましたね、打たれ強さが凄まじいのでしょうか…?」
女性はそう薄く疑問を持ち、俺はただ愛想笑いすることしか出来なかった。と、そんな時に、足の方から、微かに何かが動いた。
「ん?」
足の方に視線をやると、るなはとても眠そうに起き上がり、目を擦る。
「ふわぁ……良く寝た…。ん、零時は…」
るながそう呟き、こちらへと視線をやる。
「あ、零時!! やっと、起きたんだね…!」
るなはそう言いながら零時の体を抱きついてこようとするが、流石に職員に止められて、るなは冷静になり、そこから抱きついてこようとはしなかった。
そしてるなは疲れ切ったのか、身体を伸ばし、そう呟く。そして伸ばし終えた勢いで、息を吐く。
「なぁ、るな」
「なぁに?」
「俺、どれくらい寝てたんだ? 今は何日なんだ?」
「えっと…今日は10月13日だから、二週間ぐらい寝てたと思うよ」
それほど寝ていたことに、零時はただただ驚くことしか出来なかった。
「でも、良かったね零時。もしあんたが起き上がらなかったら、私の記憶を使ってでも、呼び起こそうとしたんだから。自分のタフさに感謝してよー!」
るなはそう零時に叱りながら、褒めてくる。
「アハハ…肝に銘じておくよ。それで…えっと」
「星野星叶よ。みんなからはステラって呼ばれてるけど、まぁ気軽に呼んでちょうだい」
「あぁ、はい…あの、星野さん、俺の怪我って、いつ完治できる感じですか?」
「本来の患者なら、大体1ヶ月程度だったんだけど、君の場合は回復が早いから、数日もすればすぐ完治できますよ」
ステラはそう微笑みながら答え、零時はひとまず安心したのか、少し軽く息を吐く。
「ん、では雑談はここまでにして…それじゃ改めて、検体検査と身体検査しますので、るなちゃんはしばらく席外してくれるかな」
「はーい」
そう言い、るなは大人しく病室から出ていった。その従順さに零時が驚いているのを見たステラは口を抑え笑っていた。
「アハハッ! 諏訪部さん、るなちゃんはあなたが知らず知らずのうちに成長してるんですよ。もうあの子は子供ではありませんので」
「そう言うあなたも、るなのこと子供扱いしてません?」
「だって、あの子妹ぽくて、つい…」
「て! そんな話してる場合じゃないの! とにかく、検査していきますよ。」
ステラは無理矢理に話を終わらせ、零時は身体検査と検体検査をしていく。ステラは慣れた手つきで血液を採取し、そのまま専用の容器に入れ、検査をする。
右手で左腕にあるアルコール綿で抑えてると、数名の医者がやってくる。そして、アルコール綿を抑えるようなものを装着され、右手が開放される。そして血圧の測定や聴診、視診、それから打診もやり終え、大体30分ほどで終わった。
「…血圧や血液には異常はない。聴覚、視覚、それから心臓の鼓動も正常。検査の結果としては、しばらくお休みをすれば、すぐ活動できますね!」
「ただ完治した後の様子なども見たいので、退院は一週間後ですね」
零時は目が丸くなるほどに疲れ切ったのか、ベッドに横たわる。
「や、やっと終わったのか…いろいろと疲れた…」
「まぁ起きて早々だもんね、ごめんね」
ステラはバッグの中に医療用の道具をしまい、立ち上がる。
「それじゃ、私はここら辺で。後からるなちゃんと、お客さんが来るから、歓迎してあげてね」
「え、お客さんって…?」
「見てからのお楽しみですよ」
そう言い切って、ステラはモデルウォーキングのような歩き方でその場から立ち去っていった。取り残された零時は、ただその『お客さん』が気になって仕方なかった。
「…少し暇だな」
零時は棚の上を手探りしていると、何かが指先に触れた。
「あ、スマホ…」
あの時ウエストバッグに入っていたスマホが置いてあり、零時はそれをすぐに取り、画面を見る。スマホはひび割れていなく、むしろ前より綺麗だった。
零時はいつも通りパスワード入力し開くと、それは確かに零時のスマホだった。
「…稲美町が気になる…」
零時はベッドに座り、スマホで稲美町について検索した。
「稲美町、稲美町……あ、あった。えっと…『稲美町襲撃事件』」
『2189年9月28日、稲美町に多くの歳忘が襲いかかり、兵庫県神戸市稲美町では死亡者821名。その半数以上が歳忘になり、大阪部隊84名の隊員は死亡。
負傷者6592名、重傷者が多く、意識不明の患者が大勢、行方不明者は426名であり、現在大阪部隊前線部隊隊員が捜索中とのこと。
現在稲美町には大阪部隊、広島部隊、愛媛部隊が中心に、町の復興をしている。』
それ以上は読む気力がなかったのか、零時はそっとページを消し、スマホの電源を落とす。
「……確かあれって、危険度はそれほど高くなかったはずだ…。なのに、どうしてこんなに死者が…」
今回稲美町の襲撃事件は危険度はそれほど高くないと奥川が言っていた。だが実際は、危険度は高クラスだった。
「もっと早く、行動していれば良かったのか…? どうしたら、もっと確実に減らすことができたんだ?」
零時の呟き声には、歳忘に対する憎しみと、自分に対する憎しみ、そして深い哀しみが交差しており、ただただ胸が締め付けられるような苦しみがあった。
そんな時、零時の頭の鏡に、女性が写り出し、零時は思わぬことに反射的に口を抑えながら、息を整える。
――落ち着け…落ち着くんだ…今はそんなことを考えてる暇はないんだ…
胸を抑えながら、深呼吸をしていくと、少しずつだが落ち着きを取り戻したと同時だった。病室のドアから、ノック音が聞こえる。
「零時ー。来たよー、入るよー」
「あ、あぁ、どうぞ」
病室のドアが開かれると、そこに現れたのは真面目と緊張が混ざった表情をしているるなと、穏やかな表情の裏には、何か異様な雰囲気を感じる白髪の男性、腰に付けられている鞘、そしてその鞘の中にある武器からは、この俗世とは違う物を背負っていた。
「零時、どうだった?」
「一週間すれば退院だって、ところで、その人は?」
「あぁ、この人は…」
「初めまして、諏訪部さん。此度の件はお世話になりました。怪我の方は大丈夫ですか?」
るなを差し置いて、その人は丁寧に喋る。だがその喋る声は、少し優しさに包まれているはずなのに、悪寒が治らない何かを感じ取る。
「え、えぇ…はい」
「なら良かったです。あと、自己紹介を遅れましたね、僕の名前は明月碧、どうぞよろしくお願いします」
明月碧には、一度ニュースで聞いたことがある。彼は5年前の《九州事変》で一戦活躍した人物の一人であり、そこで歳忘を多く葬った戦績を持っている。
その人が、なぜここに、しかも零時の前にいるのかは分からないが、それほど何か、重要なことがあるのだと察してしまう。
「本題に入らせる前に、一つお伺いたいことがあります」
「諏訪部さん、君の体にも、《憶忘》という烙印が刻まれていますよね?」
零時はその《憶忘》について、一瞬疑問に思ったが、同時にその名前も思い出す。彼は、体中に巡る異様な力に少し違和感を感じる。
「…憶忘って、これのことですか?」
零時の手から何処からともなく水が少し溢れ出てきて、明月は少し微笑んだように感じた。
「なるほど、確かにこれは憶忘の力ですね。あぁ、もう憶忘は解除してもらって大丈夫です」
「はい」
憶忘を解除してる間、るなは少し不安そうな顔をしながら、こちらを見ていて、少し気になっていたが、今声をかけていいのか、分からなかった。
「では早速、本題に入らせてもらいます」
「今回の稲美町襲撃事件の件は、既に耳にされておりますよね」
「はい、あの事件は…本当に、自身の貧弱さに胸糞しか走りません。俺は、多くの人を守れなかった悔いも…」
「…ですが、君はやり遂げた。数多の犠牲が地面に転がっている中でも、あなたは下を向かず、前を向いて立ち向かってくれたと、飛岡さんや入山さんも言ってくれました。その悔いも一つの成長ですし、多く悩まなくても、過去は消えないのですから」
「…そう、ですか」
明月は、彼に多くの負担を残さぬよう、少し安らぎを得るような言葉遣いで、彼は少し心がほぐされたような感覚を受ける。
「だからこそ、君に問いたい。君は、何のために歳忘を狩りたいと思うのですか?」
――なんの、ために
その質問が出された時、零時の頭に映ったのは、荒廃した町に、母らしき人が、瓦礫に埋もれ、ただ死の申告が下されるのを待っていたあの日。
夜、父が遅くまでに帰ってくることがなく、そのまま生死不明となったあの日。
「俺の家族を殺したあいつらに、復讐をしたいという思いです」
「……」
るなは何も喋ることなく、ただただ零時の話だけを無言で、何も動かさず、聞いていたのだ。
「…なるほど、君の気持ちは伝わりました」
そう言うと、明月はポケットから何かを取り出し、零時に渡す。
「…これは?」
「それは、ノスタルジア・システムで必要不可欠な専用カード。通称【レミニセンス】というものです」
レミニセンスという名のカードは、2年ほど前に一度、そのカードを見たことがあるが、あの時のカードはボロボロすぎて、よく分からない品物だった。
だが改めて見てみると、氷のような色合いをしており、表面はかなりツルツルしているが、不思議にも滑りやすいというのもなかった。
「ねぇ、零時」
すると、さっきまで喋ってなかったるなが、こちらへと話しかけてきて、零時はそちらの方へ顔を向ける。
「そのカードはね、この組織でしか使えないカードなの。だから、もうそのカード渡されたっていうことは…もうなんとなく察しがつくよね」
その言葉を聞いて、零時はなんとなく察してしまった。
「……そういうわけか。」
零時は少し儚げな表情になり、茫然としていた時に、明月は語り出す。
「諏訪部さん、一応確認はしておきますが、君はまだ正式な登録はされてません。今はまだ仮登録です。」
「そして今、君には二つの選択肢があります。
組織に入り、永遠に近い歳忘狩りのために、命を燃やすのか。それとも、ここであったことを全て無かったことにして、平凡な生活を過ごすかの2択」
「……」
「一週間後にまた答えを聞かせてもらいます。ここの、ノスタルジア・システムのロビーに来て、その答えをお聞かせください」
明月は素早く描いたであろう簡単な地図を見せる。
「あなたが来ることを、僕は祈っています」
それだけ言い残し、明月はその場から立ち去っていった。そしてその場に残ったのは、零時とるなだけだった。
「…るなは、一緒に行かないのか?」
「うん、明月さんには、ここに残りたいって伝えてあるから。それに、今は零時といたいし…」
久々にるなと会ったていうのに、なぜか会話が出てこない。これが時間の流れなんだろうか、それともお互いがもう違う階段を登っていたからなのだろうか。
そして、その静寂を破るように、るなは声を出す。
「零時はさ、正直なところ、組織には入ろうとは思ってるの?」
「…一応」
「あぁ、そっか…でも、ノスタルジアは良いところだよ! 変わった人とかが多くいるんだけど、みんなそれぞれ違う信念を持ってて、凄くかっこいいんだよ! だから、零時にはきっと新鮮な場所だと思うの…!」
るなはノスタルジア・システムの良さを教えてくれようと奮闘していたが、その光景を見ていた零時は、それに耐えきれず、笑ってしまった。
「な、何で笑うの!!」
「い、いや…すまない…。ただ、お前を見てると、昔に帰ってきたみたいで」
るなは、それを聞いたのか、少し頬を赤くしたが、零時にはそんな表情を見せないよう、少し目線を傾ける。
「でもまぁ、俺もちゃんと考えるよ。この組織には、俺にとって吉なのか、凶なのかを知りたいわけだし。何より、俺は父さんの仇を討ちたいわけだし」
「……そっか、お父さんの仇か……」
零時の父の話をした時、るなの表情は少し暗くなってしまう。
「るな?」
きっと父の話をして、嫌な思い出を掘り起こしてしまったのだろうと、零時は思い、罪悪感を覚える。
すると、るなは立ち上がって零時のことを見つめる。その瞳には、多くの憎しみと哀しみ、そして彼女だけが持つ暖かな目が、零時の視線に焼き付けた。
「おいおい…急にどうしたんだ?」
零時は呆れたように言う。
「ううん、何でもない。ただ零時の目を見たかっただけだから!」
るなは何かを隠そうと必死にしていたが、今の俺には、それすら踏み込むことが出来なくなっていることに、少し悔いが生じる。
すると、るなは近くにあったカバンを持つ。
「零時、私しばらく仕事で忙しくなるから、ここに来れないかも。だから、ちゃんと零時で決めてね」
「あ、おい…!」
それだけ言い残し、るなは勢いのまま病室から抜け出していった。風のように消えるるなに、零時は少々呆れていた。
「…たく、あいつらしいな。さて、俺は俺で、休ませてもらおうかな」
零時はベッドに横になり、少し思考の時間を与えながら、少しずつ目を閉じていった。
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「………」
るなは歩いている中、いろんな思考が巡っていた。零時のこれから、大量に捌く必要がある任務たち、天炎のこと。
「いっぱい考えることがあるなぁ。はぁ、やっぱ苦労しちゃうよ」
歩いている最中、ふとるなの視線は窓の外に吸い寄せられ、思わず鏡を触れ、空を見る。気がつけば外はもう真っ暗で、黒い霧が覆われていても、あの群星たちは、光を失うことなく、ただ彼女たちを見つめていた。
――零時、きっとこれから、上からの嫌がらせがあるかもしれない。嫌な思いをするかもしれない、でも、その時は必ず私たちが守ってあげる。だから零時は、ただ目の前のことに集中して、お父さんの仇を取ってあげて
るなは優しそうな表情をし、ただ星々を見つめて、そう誓う。
「…さて、そろそろ寮に帰ろ。今日は何作ろっかなー」
そう呑気に言うるなの背中には、どこか悲しそうな、そんな背景が映っていた。




