第四話 生殺与奪
緊張で息を呑むるなは、誰からの意見で流されるということはなく、その震える指を伸ばし、零時の処罰に対する投票に、一票を投じた。
「…決まりだな」
投票を終え、るなは幹部たちの前に視線を向ける。それは軽蔑とかの視線ではなく、“認めてほしい”という懇願の視線でもあった。
「私は…零時を処罰に値しない方に投票します!!」
るなが幹部たちの前で、そう強く言い放つ。この投票には、星野以外は、誰も驚く様子はなかった。
「天ヶ瀬隊員、理由を尋ねても。」
るなは深く深呼吸をし、覚悟を決めたのか、そのまま内を曝け出す。
「私は…いつもオドオドしていて、いつも取捨選択というのが出来なかったのです。この選択をしたら、選ばなかった方はどうなるのか、この選択をしていたら、後悔しなかったって…。でも、今回の件は、私の幼馴染の諏訪部零時がいるんです!! 私は今日零時と会えて嬉しかったのです…だからこそ、私は別れたくありません! それに彼の実力は、この組織では指折り付きです!! 私が証明します! だから…どうか!!」
その演説を聞いたNO派の幹部たちは、その彼女の決意を感じたのか、満足げな表情をしており、YES派の幹部たちは、少し不満点はあるものの、少し納得していた様子だった。
ただ、一名を除いて─
「…そんなの、僕が認めるはずがないだろ!!」
そう声を荒げていったのは、顔が真っ赤な星野尊だった。星野は距離を詰め、そのまま乱暴にるなの髪を掴んだ。
「きゃ…!」
るなもいきなりの痛みに、思わず声を上げる。だが星野はそんなことは関係なく、念力でるなの首を絞め、ただ言葉を並べる。
「ただの一般隊員が、なぜその天秤に簡単に一石投じることができるんだよ? これは元々幹部たちが話し合う場所、君のような虫が入ってくるような場所じゃない…!」
「や、やめ…!」
「それになんだ、あの演説は? ただただ自分自身の欲に駆られた承認欲求の塊じゃないか!? 証明? 指折り付き? そんな遥か未来のことなんか知るかよ。僕たちは今の現状を考えているんだよ!!」
るなは星野の念力を引き離そうと必死に抵抗した。だが星野の《憶忘》によって、それは虚しく終わってしまう。るなは涙目になりながら抗っていた時だった。
後ろから星の攻撃とともに、一名がすぐに駆けつけてきてくれた。
「がっ…!?」
「わっ…!」
白髪の男性は星野の念力から一瞬にして引き離し、星の大群が星野の背中に直撃する。
「大丈夫ですか、天ヶ瀬さん」
「あ、明月さん…助けてくれてありがとうございます…」
星野は気絶するほどのダメージを受けたが、彼は倒れることなく、その場に踏み留まる。
「ふざけるなぁ…!!」
彼は念力でるなの首を絞めようとした。
「そこまでだ、星野副隊長」
だがそこに、椎名が星野の手首を掴み、身柄を拘束する。星野は抗おうとするが、椎名の気迫に思わず固まってしまう。
「椎名…隊長…」
「星野副隊長。我々の組織には規則があり、それを数回破ると強制追放となる。それはご存知だろ?」
「……っ…」
「その規則の一つに、一般隊員に危害を加えないという規則があるが、それを貴様は破った。残り一回で、貴様は副隊長という肩書きはなくなるだろう」
星野は歯を食いしばり、ただそれを黙って聞くことしかできなかった。椎名は彼の手首を離すと、星野は気力がなくなり、膝を崩した。
椎名はこちらへ来ると、るなに向かって頭を下げる。
「申し訳ない、天ヶ瀬隊員。俺の監督不足で、君を傷つけてしまった」
その様子を見た他幹部は驚いて、声を出すことができなかった。
「星野副隊長については、俺が再教育をする。だから安心してくれ。それから幹部たちに連絡を。今後の方針については、1ヶ月後に上層部の幹部、六英傑と合流し、会議を進めていく形にしていく」
椎名はそう言い、星野の襟を掴み、会議室を後にする。残された幹部たちは、少しの間固まっていたが、時間が経つと、自然と別れていった。
そうしてこの場に残ったのは、るなと明月、それからステラの3名だった。
「る、るなちゃん…ごめんなさい。弟があんなことをしてしまって…顔向けができないです…」
「ステラさん、謝らないでください…! ステラさんは悪くないですから…!」
「……姉として、失格だなぁ。私」
ステラは弟がやったことが相当ショックを受けたのか、元気が少なかった。そこに明月が言葉を投げかける。
「…姉弟というものはそんなものですから、あまり悲観しないでください」
「そうですそうです! 元気なステラさんの方が、私は大好きですよ!」
明月とるなのフォローで、ステラは少し元気を取り戻していく。
「…うん、そう、かもね。元気な私じゃないと、なんというか、らしくないもんね」
ステラは少し雰囲気取り戻したのか、少しだけ顔が明るくなった。そして、ステラは用事を思い出したのか、そのまま会議室から離れる。残されたるなと明月も会議室から離れ、会議室前へと足を運ぶ。
「それでは、僕も仕事がありますので、ここで解散しましょう」
「はい! いろいろとありがとうございました…!」
るなはそう言い、頭を下げると同時に、明月のスペアキーを返す。明月はその誠実さに感心しながら、スペアキーを手に持つ。
明月は背を向け、るなの前から消えていった。
「…やることなくなっちゃった」
会議室前に残ってるのは、るなただ一人だけ。るなは少し悩んだ末、スマホを取り出し、何かしらの任務が入ってるか確認する。
だが今日の任務はほぼ全てを終わらせたるなに残っていたのは、空白だけだった。
「うーん、鍛錬積んでもいいけど、今日稲美町の件で疲れちゃったしなー…」
現在の時刻は16:42。歳忘の討伐と会議のおかげで、かなり時間を持て余した。
――今日は特に会議とかないしなぁ。このままマンションに帰ろっかな…。
と、るなはそう考えていた時、ふと幼馴染の顔が浮かび上がった。
――そうだ、零時の顔でも見に行こうかな。今はもう大丈夫だと思いたいし…。そうと決まれば、早く行こう。
思い立ったら即行動。るなは医療部隊が配属されているエリアへと向かっていった。
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ノスタルジア・システム・TOKYO-医療機関
「さて…医療機関着いたし、早く零時のお見舞いしに行かないと。…お見舞いの物は持ってないけど」
るなは待合室にある受付の方へと向かっていく。
「あら、天ヶ瀬さん。こんにちは」
「こんにちは、橘さん!」
その受付にいたのは、医療隊員歴が長い橘という女性隊員だった。
ここの医療機関は、隊員専用の医療機関であり、軽症、重傷を負った際は、ここの医療機関で入院することになっている。
ただ致命傷を負い、命の危機に関わった際は、街の病院を利用することがある。
「今日はなんでここに来たの?」
「えっと、今日は幼馴染のお見舞いで来て…ここで入院されてるはずなんですけど…」
「幼馴染…あぁ、確か諏訪部さんでしたっけ」
橘はパソコンを操作しながら、そう呟く。十数秒を待っていると、諏訪部にヒットしたのか、橘は顔をこちらにあげる。
「ちょうど手術が終わって、今は集中治療室にいるらしいわ」
だが橘の『集中治療室』のセリフに少し引っかかってしまい、顔を顰める。
「集中治療室…ですか?」
るなはその言葉の意味を分かっていた。
「えぇ、なんでも体はボロボロみたいでね、多くの骨が骨折して、臓器にもかなりのダメージが入ってるらしくて、意識不明の重体らしいわぁ…」
「本当、最近の子は無茶するんだから」
それを聞いたるなは、今日の出来事を思い出す。あれは騒動が終わった後のこと、意識を失った零時をヘリに運んでいた際、飛岡は遠くから零時のことを心配していた。
『彼は確かに強いんだが、自己犠牲が激しい側面もある…今回の戦いでそう感じたわ』
『あんな錆びれた体で、一体何を守りたかったんやろな…ま、俺には分からんことやな』
るなは飛岡の近くで、そう呟き声を聞いていた。あの時は気が動転していたから、その意味を考えることはなかったが、今思い返すと、零時はまた無茶をしていたことに気づいた。
零時は昔から変わらず、自己犠牲が激しい人だ。
「…あのバカ」
「んじゃ、あたしは仕事モードに戻るねー」
橘がそう言うと、きっちりとした眼差しではあるけど、どこか真面目さに欠ける場面を見せつつ、こちらを見つめてくる。彼女はもう仕事モードに入っていた。
「…ごめんだけど天ヶ瀬さん、手術後にお見舞いするのはこっちでは厳しいから、明後日ぐらいにだったら来ていただけるかな?」
「やっぱ無理だよねー…。じゃあまた明後日来ますね」
橘は「了解だよー」と言うのを最後に、るなは受付室から立ち去っていった。
少し長く歩いたのだろう、るなの足が棒になるように、ひどく疲労していた。るなは近くにあった本部の近くにあるベンチに座り、休憩を挟んだ。
「ふぅ…長く歩いたから、疲れたぁ…」
今は17:02。橙色に染まった空を見上げながら、るなは静かに零時のことを考えていた。
――…もし零時が、私たちと同じ組織に入ったら、きっと戦力が向上してくれるだろうなー…。ただ古手くんとか、柊さんとか…癖が強い人や過去が重い人は、多いし…零時、馴染めるかな。
※彼女は馴染むのに半年ほど掛かった。
彼女は彼を心配する反面、少しだけ期待が膨らんでいた。
「零時と、一緒に仕事ができたらなぁ」
彼女はそんな淡い期待をしており、夕陽は黒い霧に包まれた世界でも、煌びやかに照らしていた。
るなは少し体を伸ばし、スマホを取り出すと、とあるメールが来ていたのだ。それも30分前に
「なんだろ」
るなは気になりつつ、そのメールを開く。
「あ、古手くんからか。なになに?」
〈柊がお前のことを呼んでる。事が済ましたら訓練場に来てくれ〉
「………」
その文章を読んだるなは、少しだけ冷や汗が溢れ出てくる。彼女は悩みに悩んだが、とにかく行くことにした。
――仕方ない…一応先輩さんだし、行かないとまたドヤされるからなー…
るなは人知れずにデカいため息をした。
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ノスタルジア・システム・TOKYO-訓練場
現在、前衛部隊と後衛部隊が用いる訓練場では、二人の木刀による交戦が始まっていた。
「良いわねぇ、古手くん!! もっと私にその力を引き出してよ!!」
「嫌だ、めんどくさい」
古手は彼女の攻撃を木刀で受けつつ、攻撃の隙をつこうとする。その攻防戦を見ていた隊員たちは目を丸くしていた。
なんせ彼女とやり合える実力者は、ここでは少ない方なのだから。
――攻撃速度は大したものだけど、やはり武器は扱い慣れてないのか、少し手癖が悪い。
古手は彼女の手首を掴む。
「…ッ!」
彼女は一瞬で何をされるか理解したが、古手はその考える隙も与えない。
古手は右手一本で彼女を後頭部から地面にへと叩きつける。
「ぐっ…!!」
古手は木刀を当てようとしたが、すぐにリカバリーをし、その攻撃を躱す。彼女は少し冷や汗をかいていたが、古手はいつもの顔だ。
「なかなかやるわね…流石私が見込んだ子だ!!」
「そう」
古手は間髪入れず攻撃をする。が、柊は戦闘を楽しんでいるのか、表情を崩さず、ただ笑顔のまま古手と相対する。
「おいおい、なんだよありゃ…」
「柊と古手の戦いって、こんなにも手に汗を握る戦いなのかよ…」
「あたしには絶対無理なやつだよ…」
隊員たちは密かにそう揃えて口々に言うが、柊はその群衆の声を気にしていてもいなかった。古手は少し気になりつつも、攻撃を受け流す。
「柊」
すると突然、古手は攻撃を止める。その不自然には柊は疑問に思いつつ、彼を見る。
「ん? 何?」
「今日はここまでにしよう。僕疲れた」
「え…」
その発言に柊は思わず固まってしまったが、彼はそのまま木刀を片付けにいく。だが彼女はそれすらも許さずにはいられない。
「ちょっ、まだ勝負は決まってないでしょ!? 私すんごく君と戦えて嬉しかったのに!!」
「柊、君は木刀の手癖悪い。ただ不要に振ってるだけで、全然意味も感じない。師匠とやり合った方が楽しい」
「はぁ…??」
柊はキレつつも笑顔を崩さず、それでも古手のことを睨んでいた。相当キレてるということが、他の人たちに伝わってるのか、みんなの空気が重かった。
「じゃ、もう僕は寝るから。また明日」
古手はそのまま訓練場から離れていった。
「し、失礼しまーす…」
と、そのタイミングでるながやってくるが、るなはその異様な空気の重さに瞬時に感じ取る。
――え、なになに…? 何が起こったの?
るなが辺りを見渡していると、中央に人があり、その人は黒髪で、後ろには三つ編みをくくっており、さらには後ろから見て左サイドの髪も長かった。
それだけで、彼女が誰なのかをるなは理解した。
「あらぁ、やっと来てくれたんだねぇ? 天ヶ瀬さぁん?」
ゆっくりと振り返ってくるのは、赤い瞳を宿した。
戦闘の天才 柊花凛だった。
「ひ、柊さん……」
柊の表情は、顔を引き攣りながら笑顔になっているその姿に、るなはただただ怯えていた。なんせ、その表情は、他の人より人一倍憎悪が纏っていたのだから。
「随分と遅かったわねぇ…もしかして、私よりもあの男がそれほど重要だったわけ?」
柊は見据えたように、零時のことを聞いてくる。その隙のなさにるなは少々怯えつつ、答えていく。
「う、うん…私や幹部たちと話し合いするほど、重要なわけでしたし…それに…あの人は私にとって、大切な人物なんだから…」
「……」
柊は少し黙ると、さっきまで笑顔だった表情も、少し崩れ、軽いため息をする。
「言い分は理解したわ。私は少し焦っていたのかもしれないね。あなたにとって、大切な人という記憶は大事なんだし…」
「…ごめんね、天ヶ瀬さん。私のわがままで呼び出しちゃって」
「い、いえいえ! 私もちょうど帰ろうとしていたので!」
誠実に謝ってきた柊にるなは思わず驚きを隠せなかった。柊は顔を上げ、るなはやっと顔を上げたことにホッとし、胸を撫で下ろす。
柊は辺りを確認をすると、そのままるなの腕を掴む。
「っ…!?」
「天ヶ瀬さん、少しこっちに来て。聞きたいことがあるから」
その発言に、るなは思わず固まってしまうが、柊は有無を言わず腕を引っ張り、るなと共に訓練場から抜けていく。その様子を見ていた隊員たちは、少し心配した表情をしていた。
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柊たちは訓練場の近くに来ると同時に立ち止まり、柊はるなの腕を離す。いきなりのことにるなはついていくことが出来なかった。
「ど、どうしたの…柊さん…」
柊はベンチに座り、少し空を見ていた。その瞳はどこか儚さを感じ取ることができるが、彼女の真相は、ずっとずっと深い海底みたいなもので、探すのは困難だった。
「…ねぇ、天ヶ瀬さんはさ、あの『黒い霧』についてどう思う?」
数秒経って言葉を出したのは、『黒い霧』のことだった。
「く、黒い霧…いきなりそんなこと言われても…」
「答えて」
その余りにも強い圧を感じ取ったのか、るなは声を震わせながら、話した。
「…よく分からない、境界…みたいなものかな」
「…そっか、境界か。確かにそうかもね、あの黒い霧は、ずっと昔から存在していた謎の現象の一つ。日本を隔離させた境界と思えば、その回答は大好き」
黒い霧は、今から約170年前。2020年の時、日本の周りに黒い霧が包まれ、日本中は大パニックとなった。今では普通となっている歳忘の出没も、昔は対処の策がなく、ずっと厳しい戦いを広げていたと、学校で習った覚えがある。
その年の時に、憶忘が生まれたと記述されている。
「じゃあもう一つ聞くけど、天ヶ瀬さん的に、憶忘ていうのは、どういう印象があるわけ?」
「…えっと、本来なら存在しない力が、私たちの中で勝手に目覚めた、冥土の土産みたいなもの…。まぁ、不幸の産物ていう印象かな」
「確かに、憶忘ってそういう印象があるもんね。なんせ憶忘を持つみんなは、必ず不幸を歩んでいるのだから。」
その柊の発言は、全ての重責がのしかかってくるような、すごく苦しくて、胸が痛いもの。
そうして、質問タイムが終わったのか、柊は指を交差をして、骨をポキポキ鳴らす。
「はぁ〜、いろいろと聞けてよかったぁ。君っていつもオドオドしてるから、憶忘とか黒い霧にどんな印象があったかずっと気になってたからさー」
「そ、そうなんですね…アハハ…」
「あぁでもね。私、あなたにもう一つ気になることがあったんだった」
柊はベンチから立ち上がり、るなのことを見つめる。るなはどういう表情をすればいいか分からず、ただ目を泳がせていた。柊はるなの耳元に口を近づけ、吐息を混じった声でかける。
「あなたが天炎の血を継ぐ人だからさ」
その発言に、るなの瞳孔は開く。柊はるなの耳元から離れて、少し崩した笑顔で、接する。
「ただただ、本当に気になっただけなんだ」
だけどその表情は、少しした恐怖を覚えた。柊が「じゃあ私はここら辺で」と言うと、先ほどまで目の前にいた彼女の姿は、もうどこにもいなかった。まるでテレポートをしたかのように。
「…天炎、か。私、それ嫌いなのに…」
るなは左手を見ながら、ただそう呟くことしかできなかった。




