第十五話 明暗に広がるもう一つの世界
群馬県玉村町付近-記骸域前
「皆様方、目的地に着きました」
零時たちは車から降りると、記骸域前には調査用の制服を着ていて、手には近未来を感じる銃が握られていた。
「では、私はこれにて離れます。終わり次第お迎えに参ります。皆様、健闘を祈っています」
そう言い、杉山は車を発進させ、その場から離れていく。零時とるなは「ありがとうございました」と言い頭を下げる。古手は記骸域を眺めていた。
「さて零時くん、今回攻略する記骸域はあれだよ」
そう言い放つるなが指を指した方を目をやると、そこには円球があり、表面は黒を基調としていたが、水色や桜色、緑色などの色がまだらに混ざっていた。
零時は記骸域、東京ドームと似た円球が目の前に存在していて、それは低い山一つは飲み込むほどの大きさを誇っていた。零時がその迫力さに置いてきぼりにしていると、コツコツというヒールの音が鳴り響く。
「皆さん、お集まりになりましたね。待っていたわ」
零時たちはその声を耳にし、そちらの方へ向くと、黄金色の髪色、ウルフカットとセミロングが合わさったような髪型、顔が整ったスーツ姿の女性がそこに立っていた。
「お疲れ様です! タイアイさん!」
「お疲れ様です」
「お、お疲れ様です!」
「ふふ、みんなもお疲れ様。今日は新人くんが来ているわね」
そう言ってタイアイさんはこちらの方へと視線をやる。その目には妖艶さが漂う反面、どこか喉がつっかえるような気持ちになる。
「君は諏訪部さんだね、会えて光栄だよ」
「なんで俺の名前を…?」
「あー、ごめんなさいね。実は明月さんから聞いてるのと、予知した内容では君の姿写ってたからね」
「予知?」
タイアイが言うには、彼女の憶忘は【未来予知】。現在から未来に起こることを予知することができる憶忘。万能ではあるもの、その予知したことは、例外を除き、必ず当たる。膨大な情報が来るため、脳を痛めることも良くある。
「この未来予知、私が発動できる先は長くても一日。その先の予知の場合、私の頭にいつ降りかかるかすら分からない」
「毎度聞くと恐ろしい能力だ」
「本当にね…」
二人はそう共感し合っているが、タイアイは少し微笑むが、同時に純粋な瞳をこちらに向けていた。
「? 一応初めてのつもりで説明したんですけど…どっかで聞きました? 古手さん、天ヶ瀬さん」
タイアイは古手の発言に疑問を感じ、るなと古手は何かと察したのか、無鉄砲に突っ込むことはなかった。タイアイは手を叩き、咳払いをする。
「今はそんなことを気にしてる場合じゃないですね。昨日、群馬県玉村町付近で今回の記骸域が発生して、第一調査部隊が向かいましたが、帰還したのはその3分の2程度。残りの人たちは亡くなったとのことです。」
「そのため今回はノスタルジア・システムの隊員である君たちに協力を依頼しました」
零時は視線を記骸域に集中し、瞼を閉じ、遺憾の意を表する。るなも、遺憾の意を表し、古手は光から目を背ける。
「…じゃあ、俺たちは第二調査隊の護衛を引き受けるというわけですね。あそこにいる歳忘の危険と鉢合わせないように」
「はい。記骸域にいる歳忘なのですが、第一調査隊の隊員は口を揃えて『速い』ということです」
「歳忘の中でもめんどくさいタイプだ…」
古手はそう溜め込んでいた息を吐き出し、るなは武者震えをしていた。零時はこれまでに速いやつと戦ってきたからこそ、その危険性を知っている。だからこそこの護衛依頼は、相当危険なことだろう。
「諏訪部さん、古手さん、天ヶ瀬さん。準備でき次第第二調査隊と共に記骸域へと入ってください。もし周囲から歳忘が集まってきても、こちらには戦力がいますので、安心して記骸域の中に潜り込んでください」
タイアイがそう言うと、3人は頷く。
古手は先に持ち場へと向かっていき、るなは調査員の方へ挨拶しに行く。タイアイも用事を済まそうと場から離れようとした時
「一つ質問したいんですけど、なんで記骸域に入るのですか? 残しておいたら危険とか…そういうのがあるわけなんですか?」
その質問を聞いたタイアイは、何か気付いたのか、零時の元へと近づいてくる。
「あ、そっか…君まだ記骸域について知らないですもんね、分かりました。まだ時間は余ってますので、その間に説明しましょう。」
タイアイに感謝を伝えた零時の誠実さに、タイアイは微笑む。そのままタイアイは話し始める。
記骸域とは、一言で表すのなら、もう一つの世界。中の環境状況は入らない限り分からず、また歳忘と同じように【核】が存在する。
記骸域の核は全て概念的な存在で、物理的に壊すことはできない。万が一破壊しなかったら、記骸域にいる歳忘が溢れ出し、二次被害を引き起こす。
記骸域は、一般人が入ってしまえば、記憶を失い、やがて歳忘になる【忘却症候群】が存在する。
記骸域に入れるのは、耐性持ちか、憶忘使い、それか専用装備を着て立ち向かうしかない。
そうして、説明を終えたタイアイは、腰に付けていたコーヒーカップを取り出し、口の中に運ぶ。それを聞き、そしてメモ帳に書き込む。
「なるほど…勉強になりました。ここまで教えてくださってありがとうございます!」
「いいですよ、こうやって記骸域の詳細を知ってもらった方が、後々楽ですからね」
タイアイは腰から垂らしてるフックにホルダーをつけて、少し安堵した様子にしていた。
「…だから、あんな重装備の調査員がいっぱいなんですね」
「えぇ、一般人が多いですからね。記骸域は物資が盛んだからこそ、人手は欲しいものです。昔は本当に大変だったんですから…」
タイアイの言う通り、約170年もの間、封鎖され続けている日本だからこそ、一時期物資不足で人々からは悲痛な声が聞こえていたが、記骸域が現れて以降は、今ではここまで都市が復活・成長していった。
毒は薬にもなれる、そんな諺は、きっと記骸域にも当てはまるだろう。
「諏訪部さんもそろそろ準備に取り掛かった方がいいと思いますよ。第二調査隊の隊長とも、顔を見知っておいた方が後々楽になりますよ」
「分かりました!」
そして、第二調査隊の隊長を探しに、零時は第二調査隊たちが集まっている場所へと全速力で走っていった。タイアイはその光景を自然と追ってしまい、やがて懐かしささえ感じてしまう。
と、そんな時、無線機から振動音が響き、タイアイは無線機イヤホンを耳に取りつけ、和やかな表情になる。
「はい、こちら記骸域災害管理局三課《記骸域調査課》の課長タイアイです」
『タイアイさん、少しだけ時間は大丈夫ですか?』
その声の主は、狭き世界に名を馳せている明月碧だった。
「明月さん、まだ号令は出す時間じゃないから大丈夫だけど、どうかしたのですか?」
『実は──…』
----------------------------------------------------------------
そうして数分経つ頃、矢倉隊長は第二調査隊の調査員と護衛3名を集めて、号令を出す。
「いいかお前たち!! 今回我々が赴く場所は、第一調査隊を退けるほどの力がある! あくまで我々の目標は核の発見と、物資の確保だ!! 護衛が数名ついているが、対処しきれない場合がある! その時は各自で応戦しろ!! 良いか!!」
その号令の下、調査員は声を上げ、片方の腕で銃を立てにし、片方の手には、指を揃え、眉間の右端に軽く当てる。その気迫力には目を離すことが出来ない。
るなは一層気合が入っていて、古手は変わらず武器を磨いていた。隊員一人一人、真剣な目つきで、昔のことを思い出させる。
「……」
「零時」
そう呼びかけ、彼の横から、白髪の少女がこちらを覗いてくる。その少女は、とても心配そうに、彼を眺めていた。
「…るな」
「さっきから、元気なさそうだけど、大丈夫? 体調悪かったらちゃんと伝えてよ?」
るなは相変わらずの心配性で、怪訝そうな表情になれば、零時のことになれば、すぐに心配する。昔からの根っこは、どうやら生え変わっていないようだ。
「俺は大丈夫さ。初めての記骸域攻略でちょっとだけ緊張していただけ。入ったらすぐ慣れるさ」
本心を隠しつつも、零時はるなに負担をかからないように、上手く誤魔化す。まだ心配そうな様子だったが、るなは「分かった」と、呟く。
隊長の号令が終わると、各隊員たちは記骸域の元まで歩んでいく。号令が終わった隊長が、こちらへと向かってきて、礼をする。
「またお会いしましたね、諏訪部さん」
「そうは言っても、数分前ですよ? 矢倉さん」
矢倉秀和、三課の第二調査隊隊長を務めている若手で、タイアイからも一目置かれる人物。
「天ヶ瀬さん、古手さんも、我々の力不足が原因ですのに、わざわざここまでご足労いただき、ありがとうございます」
「いえいえ、こうやって協力していけば、お互い利益が生まれるでしょ」
「天ヶ瀬の言う通りだ。それに今回も危険な依頼を受けたんだ。それ相応の報酬は用意しなよ」
古手は乏しい表情ながらも、淡々とそう告げる。だがその言葉を想定していたのか、矢倉は少し笑い声を上げる。
「ハハ、もちろんでございます。ノスタルジア・システムの皆さんには、いつもお世話になっていますからね」
礼儀正しく行う矢倉を他所に、零時は古手の表情とかを眺める。古手はその視線に気がついたのか、こちらへと振り向く。
「なに?」
「いや、単純に…古手さんって、そんなに報酬にがめついのか…?」
その台詞にはるなは吹き出し、矢倉は表情が固まる。古手は顔を手に置き、零時に対してとても呆れていた様子だった。
「諏訪部、これはあくまで記局とノスタルジア間の契約だ。そこを蔑ろにされたらお互い腐る。だからこそ、相応の対価は必要だろ?」
古手の説得のある反論をされ、零時は首を縦に振るしかなかった。るなは甲高い笑い声を上げて、楽しそうにしていた。
矢倉は隊員たちの下へと向かい、零時、るな、古手三名も、記骸域前へと立つ。いざ前にすると、零時は息が乱れつつあったが、それを見たるなは、勢いのまま背中を叩く。
「あたっ!?」
悲鳴を上げる零時を見て、るなは頬に空気を溜めていたが、やがて笑い出す。
「ちょっ、るな!? 何やってんだよいきなり!?」
「いやぁ…ごめんごめん! ちょっと零時が不安そうだったからさ!」
「…どう? 邪念は払われた?」
それを聞かれた零時は、気取った表情になる。
「あぁ、そりゃいっぱい払われた」
だがその表情からは、安堵やスッキリとした感情が伝わってくる。第二調査隊と護衛3名は、隊長の指示の下、記骸域の中へと入っていくのであった。




