第十四話 護衛依頼
翌日、昨日までの疲労が残りつつも、零時は疲れをほぐすため、体を伸ばしながら歩いていく。そして、その横には幼馴染のるながいて、現在ノスタルジアのビル内にいる。
「昨日の疲れは今日の糧、今日からノスタルジアで仕事とかしていくんだなぁ」
零時は制服を整えながら、背中にある銃剣の位置を調整する。
「仕事といっても、その仕事の依頼が来るまでは待機か訓練だけどね。でも零時ならすぐに依頼が来そうだけどね」
るなは手の指を交差させながら、そう呟く。
「ハハ、そうだったらいいな」
ノスタルジアの組織は、歩けば歩くほど人の数が多く、さらに零時は幹部から勧誘された人物であるためか、注目の的にされている。
零時はこういう視線に耐性がないのか、少し気まずそうにしていた。
──……さっきから他の人からの視線が痛すぎる…。俺こういうの慣れていないんだよ…勘弁してくれ…
その道中、一人の女性隊員が零時の見た目に少し虜にされそうになっているところを目撃したるな。
──あの子…?まさか零時のことを一目惚れになってない?まずい…!零時は恋愛に関しては疎いで有名だけど…ここで彼を取られるわけにはいかない…!
「……」
そうして、るなはこの場から離れるため、思考を巡らせる。
──でも今の零時はとても気まずそうにしてる…もしかして、あの子に目もくれてない? そうなると、一時的にこの場から離したら、諦めがつくかも…!
考えた末、るなは勇気を振り絞り、ある行動に出る。
「零時、ちょっとこっち来てくれる?」
「え?」
るなは零時の手首を強く掴み、零時はまた痛み出すが、るなはそんなことをお構いなく、すぐさま人目の間を潜り抜け、普段誰も入らない部屋へと立ち寄っていく。るなはその部屋に施錠をかけ、誰も立ち入らせないようにする。
るなは一連の行動にどっと疲れ、吐息が混ざった空気を押し出す。
「はぁ、朝から無駄な体力使っちゃった…」
「ど、どうしたんだ? るな。いきなりこんなところに…」
「……なんか零時が、すごく気まずそうな顔をしてたから、それでみんなから遠ざけようとしただけ」
るなは背中を向けながら、零時の顔を見ず、ただ頬を膨らませて、ぷんすかしていた。当の本人である零時はるなが心配してくれていたということに、またしても好感度が上がっていく。
──あの視線から抜けたおかげで少し気持ちが楽になった…あとでるなの好物でも買ってやるか
「ていうか、訓練場に連れていくって言ってたのに、ここからだと逆方向だ…また歩かないといけないの〜!」
「……ま、まぁそんぐらい大丈夫だから」
「というより、俺。昨日明月さんから執務室に来てほしいって言われたから、今回訓練場行けないんだよな…」
その零時の言葉を聞いたるなは何かを思い出したのか、すぐさま顔を上げる。るなの唐突な動きに零時の肌は一瞬逆立ちする。
「ど、どうした? るな?」
「わ、私も、明月さんから呼ばれてるんだった…! 完全に忘れてた!!」
「お前も呼ばれてたのか?」
零時が驚く時間さえも許されず、るなは零時の手首を掴み、空き部屋の施錠を解き、ドアを思いっきり開ける。
「零時! 明月さんに呼ばれてるのなら、急いで行こう!! こういうのは早く行ったほうが吉なの!!」
「ちょっ、落ち着け…!」
「それに遅れるのが嫌なだけだろ!?」
「遅れたらいろいろ言われるの!!」
その発言的に、幾度か遅れたのか、と零時は微かにそう思った。だが零時の表情からその思想が漂っていたのか、るなが睨む。「余計なこと考えないで」という催促の下に。
零時は少し恐怖に陥り、すぐさま無表情になる。
「とにかく急ごう!」
るなはポケットに入れてた懐中時計で時間を見て、急いで執務室へと向かっていった。
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ノスタルジア・システム 執務室
現在の時刻 9:58
「ギリギリでしたね、天ヶ瀬さん。前々から5分前行動とは言っていましたが、その様子だと、また忘れていましたね」
そう目の前の人物にいる明月は口酸っぱく言う。るなは疲れ切っていた表情とシュンとした表情が合わさり、か細い声の「はい…」が聞こえてくる。
零時は振り回され、結局昨日の疲れがぶり返して、息を整えていた時、そこに赤黒髪の青年が立っていた。
「…君が噂の諏訪部零時か、ちゃんと会うのはこれが初めてだね」
その青年には感情とかがなく、目からは生命を感じない。まるで生きた心地がしないような人物で、狩人でもあった。
「そうですけど、君は…?」
赤黒髪の青年は、気分が滅入っているるなの方に指を指しながら、零時の瞳を見つめる。
「そこにいる天ヶ瀬と同期の古手望。よろしく」
「よ、よろしくお願いします…」
古手と名乗る人物は、無愛想な声で、淡々と喋る。零時はこのような人物に会うのは初めてで、ぎこちない様子だった。挨拶を終えた古手はソファに座り、明月も中央にあるソファに座る。
「それでは、お二方も席にお座りください。今から依頼についてお話ししたいので」
零時とるなは目を合わせて、明月に言われるまま、席に着く。席に着くと同時、明月は話し始める。
「先ほど古手さんには概要お伝え致しましたが、もう一度説明いたします」
「今回、【記骸域災害管理局】の記骸域調査課の課長から、依頼が来ています。そこで今回は天ヶ瀬さん、古手さん、それと諏訪部さんの3名で記骸域調査課の護衛を務めてもらいたいのです」
「【記骸域災害管理局】?」
零時はその単語に聞き覚えがあった。
「大半の人は、記局って呼ばれてるやつだよ。良くノスタルジアに依頼してくれる組織なの」
「物資や各地に現れる【記骸域】ていう空間を管理する局って覚えればいい」
古手とるなの説明からすると、記骸域災害管理局は、通称【記局】と呼ばれ、記骸域にある物資や、各地に出現する記骸域を管理する組織・局。
「えぇ、ノスタルジア・システムとは昔からの付き合いですので、一番信頼する組織と協力すれば、お互い利益が生まれるというものです」
「少し話が脱線しましたが、今回は群馬にて記骸域が発生し、その記骸域の中に、歳忘が大量発生しているとの情報を受けました」
そう明月が発言した際、古手は少し目を細め、るなは少し顔が強張る。零時は少しだけ息を呑む。
ふと、零時の頭に、どこかで聞いたある噂が流れ込む。
記骸域の歳忘は、外には出てこないものの、死ねば現世の土に歩めることはできず、やがて歳忘へと変貌する、という噂を。
大量発生となると、油断なんてできやしない、それはここにいる隊員が一番分かっている。
「今回は調査員の護衛ですが、無理だけはしないようにしてください」
「では、皆さんが万全な状態になりましたら、早速出発しましょう」
古手とるなが立ち上がり、すぐに準備を開始しようとした時、零時が声を上げる。
「ちょっと待ってください、俺もその依頼に同行してもいいんですか? まだここの経歴も浅いですし…」
零時はノスタルジアに入ってまだ一日しか経っていない。そのため、このような大それたことに入って大丈夫なのか、不安でもあった。
「大丈夫ですよ。諏訪部さんは組織歴はまだただ浅い方ですが、その前の経歴は長い方ですので、今は訓練ではなく、現場で覚えていければ、早いと思います」
「そうですか…! 分かりました」
零時はその言葉を聞いて安心した。明月は席から立ち上がり、無線機を取り出し誰かに通話をかける。古手は武器の手入れをし、零時も銃剣とウエストバッグの中を眺めていた。
「うーんと、弾薬はバッチリで…刃こぼれ、銃口の傷も特にない…うし、相棒は大丈夫かな。あとは物とか確認しておくか」
零時がそう呟きながらウエストバッグにある物を確認していると、るながこちらへと歩んできた。
「ん? るな、どうしたんだ?」
るなの目線は泳いでいたが、深呼吸のあと、いつもの表情になっていた。そして、るなのポケットから、ある物が取り出される。
「…はい!」
「…これ、懐中時計…?」
るなが取り出したのは、懐中時計だった。
「うん、この前、懐中時計を渡しそびれたから、今更渡した感じ…その、ごめんね。遅くなっちゃって」
「いや、それはいいんだけどさ…でも、この懐中時計と俺になんの関係が…」
「ううん、関係ある。…これは、君のお父さんの懐中時計…形見なんだよ」
「…え?」
その言葉を聞いた零時は、一瞬、時が止まった。零時はゆっくりとその懐中時計を受け取ると、少しだけ懐かしい思いを感じ取り、心の中で再生されていって、懐古な思いになる。
「零時…君のお父さんは、いつも傷だらけになりながらも、人を守る優しい人だったよ。痛くてしょうがないのに、ずっとみんなの前では笑って、本当に、尊敬する人だよ」
るなはそう寂しそうに呟く。
「あの人はいろいろ残してくれた、この懐中時計だってそうだよ。だから、今度は零時が受け継いであげて」
「……父さん…」
零時はその懐中時計を握りしめ、目を瞑る。今でも思い出す、あの父さんの大きな背中を。それは幼い零時にとって、憧れで、力になるものだった。
深く深呼吸をし、零時は顔を上げる。
「…ありがとう、るな。俺、ずっと父さんのことが気がかりだったんだけど、おかげで気持ちが楽になった。今は父さんの行方を知らないけど、これがあるだけで父さんが近くにいるように感じる」
そう言って、零時は微笑んだ。その表情を見て、るなは目を光らせる。
「えへへ、良かった、いつもの表情だ!」
るなはそう軽く笑って、安心したように息を整えると、空間から武器を取り出し、弓の弦の調子を見る。ただ先ほどのるなとは違って、とても心が楽になったように思えた。
そうして、一人一人の準備が整い、明月は3人の隊員のその瞳を見ただけで、少し柔らかくなる。
「皆さん、気合が入っていますね。その様子だと、準備は終わったようですね」
「いつでも出発できます!」
るなは気合いを入れてそう言い、古手と零時は頷く。
「そうですか。外で杉山さんが待機しておりますので、速やかに行動を開始してください。着いたら、三課の課長が現場にいると思いますので、その人と合流してください。健闘を祈っています」
明月がそう言い、3人は執務室から出ていく。明月は3人が出ていくのを見届けると、自身のロッカー室へと行き、一本の大剣を背中に背負い、無線機イヤホンを耳につけると、ある人に通話をかける。
『…ん? 明月か。どうした?』
その声から風格が出る人物は司令官の椎名誠であった。
「…椎名司令官。群馬県の記骸域についてですが、僕も行ってもよろしいですか? なぜだか分かりませんが、嫌な予感がしますので」
椎名は不思議そうに聞く。少しの沈黙が走ると、通話から声が響く。
『……別に構わない、お前に関する任務は特にないが、なぜいきなり?』
「…今回の件、なぜか既視感を感じます。それに、僕の勘がそう言っていますので」
『…分かった、前衛部隊幹部が持ち場から離れると、他の幹部にも伝えておく。くれぐれも気をつけたまえ』
明月は返事をし、無線機イヤホンをしまうと、服を整え、執務室から出ていき、3人を追いかける形で、群馬へと向かうのであった。




