第十三話 拭いきれない虚無
柊が目の前で姿を消したと思ったら、すぐ前に現れ、さらに足に何かを付与させ、蹴り上げる。歳忘は青黒い血を吐き、地面を削りながら土煙を上げ、吹き飛ばされる。
歳忘は倒れそうになるが、一気に毒を放ち、柊の前へと襲いかかるが、柊は食らうどころか、触れることすら許されなかった。
「無駄だよ」
歳忘はハサミで裁断させようとするが、それも途中で止まり、歳忘は怒り狂い、多腕を無造作に動かし、潰そうと図るが、全て防がれる。それを見た柊は、ただ笑うしかなかった。
「アッハハ……!! アッハハハハ!! 流石は歳忘!! 元の人間よりも遥かに知恵が低下してるのがよく分かる!!」
そんな狂気的な笑いを見せながら、柊は歳忘に近づき、蹴り飛ばす。即座に銃を取り出し、銃口をあらぬ方向へ向け、撃つ。その隙に古手が襲いかかり、紅血で思い切り袈裟斬りを放つ。歳忘は多腕を古手に襲い掛かろうとしたが、跳弾した弾丸が多腕を撃ち抜き、古手はすかさず斬る。
「柊を甘く見ない方がいいぞ、歳忘。こいつは精鋭の中でも強いからな」
古手は襲いかかってくる多腕を長剣で斬り裂きながら、紅血で攻撃を手際よく凌いでいく。それでも汗一つ出さず、淡々と片付ける。
「へぇ、古手くんが褒めてくれるなんて珍しい」
柊は驚いたような口調になりながらも、弾を装填し直す。その間歳忘が襲ってくるが、古手はその猛攻を切り捨てる。
「チンタラとするな、柊。僕の仕事が増える」
「君は知らないと思うけど、マスケット銃は装填時間が長いんだよ? でも使い慣れてるから、すぐ撃てる」
柊はマスケット銃を歳忘に放つ。その弾丸が歳忘を突き破ったと同時、弾丸は反射するような跳弾し、弾道が星を描くように、六度、歳忘の身体を撃ち抜く。
さらに、柊は隙なんかを作らせず、構わず質の暴力を与えていく。歳忘は多腕を構わず放っていくが、それらは全て壊されてしまう。
「ふふっ♪」
歳忘はハサミで応戦していくが、柊はマスケット銃を空間の中にしまい、両手に球体を作り出し、一気に放出させる。一つはもう片方のハサミを破壊させ、一つは歳忘の顔の半分を破壊する。
さらに古手は紅血を握り、歳忘の脳を刺すと同時に、紅血が赤く光ったと同時に、血による爆散を起こし、青黒い血が飛び散る。
古手は紅血を抜き取り、柊の横まで戻る。
「あらあら、せっかくの顔が台無しだね? でも君たちは再生できるもんね? 私たちと違って…」
歳忘は顔を再生させながら、そののっぺらでもその本質がこちらを睨んでいるのがよく分かった。
「一応こいつも元人間。かなりイラついているのが分かる」
「それもそうね、まぁ私は興味ないけどね。ただ強ければそれでいい…」
「古手くん、君も休憩したら。こんなやつ、私一人で片付けられるから」
「君がそういうのなら、そうする」
古手はその提案を素直に承諾し、戦場から下がる。柊はマスケット銃を構え直し、ゆっくりと歩を進める。それに比例するように、歳忘は後ろへと下がる。明らかに歳忘は怯えており、柊は乾いた笑いをする。
「アッハハ…! 怖いんだ? 私のこと。人間を辞めても、奥底にある恐怖心は残ってるんだね? やっぱ、歳忘って奥深いね」
歳忘は鉈を振り上げ、断ち斬ろうと一気に振り下げるが、柊は軽く避け、片手に質量を固め、それらを拡散させ、放出させる。歳忘は青黒い血を吐き、そのまま倒れ、背中から【核】が露出する。
柊は倒れた歳忘の背中に乗り、核を見つめる。
「お、やっと核が見えた見えた。やっぱ心臓付近にあるもんねぇ。でもこのまま死ぬのも嫌だし、最期に冥土の土産に教えてあげる」
「君が死んだところで、悲しむ人なんていない。さようなら、人の成れの果てさん」
柊は核に照準を合わせる。歳忘は最期の抵抗に毒を吐くが、柊には触れることなく、ただ空中に留まる。歳忘は多腕を使い、柊を潰そうとするが、それらも空中で止められる。
柊は歳忘なんかを無視し、トリガーを引く。その瞬間核は崩壊し、歳忘は絶叫する。やがて声は徐々に掠れていき、身体機能を停止させ、その渦は回るのをやめた。
断末魔によって起きた、その吹き荒れた風に当たりながら、終始余裕そうな柊はふぅと息を吐くと、マスケット銃を空間の中へとしまい、身体を伸ばす。
「まぁまぁな敵だったね」
「それは全力を出していないだけ。本来ならマスケット銃を大量に出すでしょ、君の力なら」
「それはそうね、でも今日はその気にはならなかったし、何より代償が重い」
「あの球体は出したのに?」
「ま、細かいことは気にしない気にしない♪ でももうちょっと戦いたかったなぁ。あの毒、もっと見れるところが多かったし、何より使い分けができたら更なる凶暴を見せたのかもしれないわ。例えば毒を多腕に忍ばせたり、鉈に毒塗ったり………」
柊は歳忘を踏みつけながら、ただ自分の世界の余韻に浸っていた。古手は呆れつつ、るなの安否を確認しようとしたところ、柊の自分語りが忽然と止まる。
「ん?」
古手はいつもの柊の余韻が消えたことに疑問を感じ、そちらの方へ視線を向けると、いつの間にか出していたマスケット銃を突きながら、少し淡い表情になっていた。
「ねぇ、こいつってさ、結局誰だったの?」
「歳忘狩り。ただのならず者だよ。それもノスタルジアがマークしていたやつだ。名前は…」
「……あぁ、確か井上直斗だったか。そっか、こいつだったんだ」
先ほどまで笑っていたとは思えない表情で、柊はまた踏みつける。それもさっきよりも強く、過去をぐちゃぐちゃにするように。古手は少しの間長く見つめていたが、そんな柊を無視し、るなを介抱する。
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それから数分後、るなの瞼が微かに動き、次第に目を開けていく。るなが呆然としていると、見慣れた人たちがそこにいた。
「あれ……古手くん…? どうしたの…?」
「やっと目が覚めた」
古手が一息をつくと、るなは体を起こし、辺りを見回す。なぜか建物が崩れており、それぞれの箇所には溶け切ったような痕が残っており、さらに奥を見てみると、柊が歳忘を強く踏んでいるところを目撃し、るなは驚愕する。
「あれ!? なんで歳忘がこんなとこにいるの!? それとなんで柊先輩もここにっ、ゴホッ、ガハッ…!!」
その声に気がついた柊は歳忘を踏むのをやめ、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「あ、やっと目が覚めたの? あと無理をするんじゃない、あなた一回死にかけたんだから」
「し、死にかけた…?」
「……」
るなはただただ首を傾げていたのを見て、柊はため息をつく。柊は歩き出し、るなの横を横切る。るなは声をかけようとするが、なぜか喉がやられて、上手く声が出せなかった。
「全く、やっぱ【憶忘の代償】って嫌いだな」
柊がそう独り言を呟くと、一瞬にして姿を消した。るなはその独り言が聞こえており、なんとなく自分が今どんな代償を受けているか、理解した。
「…そっか、私、記憶を無くしてるんだ。今の戦いのこと。全部」
「いつものことだ。記憶を無くすなんて」
いつも無表情な古手は、るなに冷たく視線を向ける。るなはその冷徹さに、少しだけ怖気ついた。
「さっさと立ち上がれ、見回りの続きだ。ここの件は柊が掛け持ちしてくれた。僕らがここに滞在する意味はない」
「う、うん…分かったから。そんなに急かさないで」
るなはそれだけを言うと、古手はいつもの表情に戻り、「あぁ」と言うと、路地裏から出ていく。るなは少し今には感じたことがない疲労感があったが、それらを無視して、るなは歩み出す。
「それと、古手くん。なんでそんなに不機嫌な感じなの?」
「……どうでもいいでしょ、僕のことなんて」
「それに、この不機嫌を言葉にするのは、無理な話だ」
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その後、古手とるなは見回りを終え、そのまま解散していった。一人残った古手は、ノスタルジアから離れた公園で星空を眺めていた。
「………」
古手は少し、考えていた。なぜ自分がこんなにも不機嫌なのか。言葉にはできない、何か心の奥で不純物が渦巻き、吐き気さえも覚えてしまう。そして思い出してしまうのは、目の前に映る赤く濁る炎と、長髪の男、何かを叫ぶ誰か。だがその瞳に映る正体は、星と、それらを飲み込む虚無でしかなかった。そう一人でポツンといると、ゆっくりと近づいてくる人物がいた。
柊はその人の方へと視線をやると、深いため息を出し、身体をこちらに動かす。
「…こんなところまで来て、僕とそんな話したかったの? 柊」
「あら、釣れないわね。こうやって話し合うのも悪くないでしょ?」
現れたのは、先ほど一緒に戦った柊花凛。古手は錆びたジャングルジムから降り、柊と視線を交わす。
「こんな早い再会は僕は苦手だ。特に君と会うのは」
「あら、無感情のくせに、私にはそういう感情があるんだ? というより、少しずつ思い出してきた?」
「…さぁ。でも今、僕と君、話すことは何もない。帰らせてもらうよ」
「ちょっとちょっと、せっかく来たのに無視はいけないでしょ? それに私は話したいことが山ほどあるんだけど?」
余程話したくないのか、柊が何か言っても、古手は答えなかった。柊は、なぜ古手があんなに不機嫌になってるかは定かではない。
──多分、あの戦いで何かしら微かに記憶を取り戻したのかしら? だとしたら、今のタイミングはまずいかもしれないね。今の彼は天秤が均等にならず、揺れ動いている状態、刺激しない方が適切かしら?
柊はそんな考察を立てているうちに、いつの間にか、彼の姿は消えていた。柊は少し驚いたように「Wow!」と呟いた。柊は彼を追いかけようとしたが、少しだけ考え、追跡するのをやめる。
「ま、明日になれば彼と会えるから、いっか」
柊も公園を後にすると、ただそこには、虚しく広がる、誰も通らない静寂に包まれた公園だけが取り残されていた。




