第十二話 紅き花冠
東京──路地裏の空き地
誰も知らない、この殺風景な空き地では、歳忘が鉈を振り回し、古手を襲っていた。その隙にるなによる矢の攻撃を浴びせつつ、古手は回避に専念していた。
「ふん」
変貌した歳忘は、鉈を大きく振り回し切った直後、古手に向けて鉈を振りかぶる。古手はナイフで防御しつつ、近くにある瓦礫を蹴り、歳忘に当てるが、痛む様子はない。
「これだけじゃダメか。なら動き変えてみるか」
古手はズボンの裾をあげ、両足に傷をつけ、またしても血が流れ出るが、それらを一気に網状へと、締め付けるように絡めていき、やがて両足にも右腕同様の力を感じ取れる。
──これで筋肉が凝縮されて活性化される。あとは動くだけ
古手は一気に踏み込み、スピードを上げる。歳忘の顔まで走り抜け、一気に刃を振るう。歳忘の顔は脆いところがある分、ダメージも通しやすい。だが基本、歳忘には目と口がないからこそ、気をつけなければならない。
感情が分からなければ、対処なんて夢のまた夢。古手は落下して歳忘の体に傷をつけるが、鱗のような硬さだった。着地した古手は一度下がる。
「うん、硬いな、鱗関係の能力があるのか、はたまた素の力なのか…」
「…近くに投擲武器ないかな」
古手は辺りを見渡すと、近くにバールが転がっていた。古手はすぐさまバールを拾うと、アンダースローで投げ、歳忘の足に刺さり、歳忘の動きが一瞬止まる。古手はすかさず歳忘の腹に蹴りを入れると、青黒い血が溢れ出る。
古手はさらにそこに追撃を入れていき、歳忘は体勢を崩す。古手が後ろに下がったと同時、上空を見上げる。
「んじゃ、あとは頼んだよ」
古手は上空に飛んでいるるなに視線で合図を送ると、るなは息を吸い、弦を引く。
「本当、私の扱いがひどいんだから」
るなの後ろには大量の白い矢が形成されていき、それらが全て歳忘に向けられていた。るなは切ない表情になりながら、目を瞑る。
「…ごめんね」
弦を離すと、白い矢が歳忘に向けて放たれ、一気に矢の雨が歳忘の体中に刺さる。歳忘が怯んでいる隙に、古手は迷いのない動きで片足を切断する。
「よし」
片足がなくとも、歳忘は鉈を大きく横薙ぎするが、簡単に塞がれ、逆に返り討ちを食らう。
歳忘は痛みに耐えかね、膝をつき、やがて倒れる。古手は歳忘を見下し、ナイフを構える。
「ゲームオーバーだ。歳忘」
古手は歳忘の背中の方へナイフを向けた時、歳忘の渦が廻った。それを見たるなは表情が崩れ、途端に声を荒げる。
「古手くん!! 避けて!!」
「…ッ」
必死に叫ぶるなの声色に、古手が歳忘の背中から離れた瞬間、鱗が剥げ、皮膚は裂け、そこから無数の赤い手にトリカブトの花とツルが無造作に絡まった状態で現れ、毒液をばら撒く。古手は咄嗟に右腕を盾にする。
次の瞬間、古手の右腕が半分溶けてしまい、右手が地面に落ちる。古手は驚く様子はなく、舌打ちするだけだった。
「古手くん! 大丈夫!?」
「大丈夫だ。数十秒で立ち直れる。ただこの毒、かなり強力だ。天ヶ瀬は絶対に触れるな」
古手はそう言いながら、右腕からシューという音を鳴らしながら、再生させる。
先ほど飛び散った毒液たちが地面や建物に触れており、煙を出しながら溶けていた。るなは歳忘の方へ視線をやると、歳忘の姿が変化し、歪な蠍のような形状に変化し、四足歩行になり、ハサミを生やす。背中の多腕からは花を咲かせ、うちの一本には落とした鉈を持たせ、毒液を垂らす。
もはや、元人間とは思えない化け物へと変わってしまったのだ。
「歳忘が変形した…」
「第二ラウンドか。そして分かったのは、奴の憶忘は蠍と毒だ。蠍の毒と毒が合わさった猛毒。かなり厄介な相手、絶対にここで仕留めないといけない」
「だね…とにかく早く対処を見つけないと!」
そう宣言したのち、歳忘は一気にスピードを上げ、獲物を狩るように鉈を振り下ろす。古手は左手でナイフを持ち、咄嗟に防ぐが、力が強大すぎる。
「めんどくさい敵だよ…」
そこにハサミも襲いかかり、古手は咄嗟に鉈を避け、ハサミの間にナイフを横に入れ、飛び上がる。その過程でナイフを犠牲にしながらも、すぐにその場から離れる。
そして近くに落ちていた歳忘狩りの長剣を拾い、歳忘とやり合う。手数は圧倒的に歳忘が上、古手は防戦一方だった。
「古手くんから離れて!!」
るなは弦を引き、歳忘と対面する。それを見た歳忘は強く睨む。
途端に多腕のうちの一つがるなの方へ向き、毒を吐く。るなは咄嗟に大量の羽を覆って塞いだが、羽はすぐに溶け出していく。るなはすぐさま弓にシフトチェンジし、矢の雨を放つ。
歳忘がその矢の雨に釘付けにされる。
「そっちに気を取るなよ」
古手がそのチャンスを逃すはずがない。古手は長剣をハサミに刺し、怯ませる。その間に歳忘の腹の下に潜り込み、再生し切った右腕に血で固めた拳を振り上げる。歳忘は青黒い血を吐く。
そして腹から毒を噴射させようとし、古手はすぐに腹から退く。おかげで喰らわなかった。
古手は自身の右手を眺める。右手に痛みはまだ通っていないが、かなり強く殴った感触だけはあり、その右手からは血が垂れていく。
そんなことを他所に、歳忘は古手に攻撃をかます。
「ぐっ…!」
歳忘は苦し紛れに古手を吹き飛ばし、鉈を振り回し、矢の雨の大半を薙ぎ払う。るなは即決し、屋上に降り立つ。
「《輪光顕現》」
そう唱えると、るなの後ろに天使の輪が構成され、少しずつ集中力を高めていく。
るなが矢を一本用意し、弦に添えると少しだけ光を浴びた矢となる。
「《光閃》!!」
そう告げ、るなが弦を離し、光り輝く一本の矢は、歳忘の体に傷をつける。歳忘はもがき苦しむように、痛み出す。
「やるか」
その隙に古手は特殊なナイフ 紅血を取り出し、思いっきり薙ぎ払う。
歳忘は青く濁った黒い血を吹き出し、攻撃は一度止まる。るなは安心したような素振りを見せるが、古手は一瞥する。
「まだ終わっていない」
「…だよね」
その発言と共に歳忘は起き上がり、咆哮を上げる。その咆哮を聞いたるなは咄嗟に、路地裏の入り口付近を見ると、人々が密集し始めており、冷や汗を流していた。それを狙うかのように、歳忘はるなに毒液を吐く。
るなはそれに気付き、羽をまた集合させ防御させるが、またしても溶けてしまう。
「くっ…!」
──ここを防がないと、後ろに被害が…! 被害は最小限に抑えろ…! どんなことがあっても…!!
歳忘に手をかけていた時、その一瞬の隙をつかれてしまい、手の一つが羽の群れを突き破り、るなの首を掴む。
「んぐはっぁ…!!?」
──しまった…!
るなはすぐにナイフを取り出し、牽制するが、歳忘の馬鹿力で絞められたせいで、弓とナイフを落としてしまう。そして天使の羽も消えていってしまい、るなはただ足をジタバタすることしかできなかった。
それを見た古手は一瞬動きを止めてしまうが、すぐに動き出す。
「チッ」
古手は片方のナイフを一気に放り投げ、腕に刺さるが、びくともしない。歳忘がこちらに顔を向けた。古手は毒液が来ると判断し、前へと出る。
だがそれは凶だった。歳忘は毒を吐かず、ハサミで殴ってくる。古手はガードの態勢へと入るが、それも虚しく破れてしまい、吹き飛ばされてしまう。
運が悪いのか、地面に強く衝突し、古手は少量の血を吐く。地面に手をついてしまい、起き上がるのに時間がかかった。
「最悪だ…天ヶ瀬がまずい」
肝心のるなは首を掴まれており、動こうにも体が思うように動かなかった。一寸のチャンスも見出せず、歳忘の息遣いで分かってしまう。このまま殺されてしまうということに。
るなは歳忘の手を噛もうと、足掻こうと、力も出せていない状況では、無力のまま。
「い、やだ……死に、たくない…」
「れぃ、じ…」
ただ呟いてしまうのは、最愛の人の名前。ただ彼の笑う姿が鮮明に写ってしまう。るなの意識が途切れていく。もはや息をするだけでも苦しい。
古手が助けに向かうが、とても遠く感じてしまい、恐らく時間はもうない。
るなの口から唾液がこぼれ落ち、視覚が真っ黒に染まっていく。
意識が消えかけていくるなの鼓膜に鳴り響いたのは、ドンという鈍い音。
歳忘が掴んでいた腕は落ち、自然とるなから手が離れ、重力に従い、彼女は落ちていく。黒髪の少女が、空気に指を触れたと同時、るなの周りにクッションが現れる。
「ゆっくりと休んでおきなよ。後輩ちゃん」
聞き覚えのある声だけが聞こえ、るなの意識がそのまま途絶えた。
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「やぁ、古手くん。状況を簡潔に伝えてくれるかな。それとも、名前で呼び合った方が手っ取り早い?」
「やっと来たか、柊」
柊はるなを抱え、地面へと着地すると、とても余裕そうな表情をしていた。
「アハハ! 急に応援要請が来てね、影原くんと玄葉くんと私で誰が行くか取り合いしちゃって少し時間かかったけど、ベストタイミングだね」
柊は状況を目視で確認し、るな、古手の傷を見ると、今の状況をなんとなく理解する。るなを安全な場所に運び、マスケット銃を取り出す。
「気をつけろ、奴の毒は危険だ。触れたら一気に溶けると思え」
「りょーかい♪」
柊の表情は、いつもの戦闘狂そのものだった。
「んじゃあ、味見といかせてもらおうか」
柊がそう呟いた瞬間、歳忘の多腕は空中で広範囲へと広げていき、一気に襲いかかる。柊と古手は回避に徹する。柊は歳忘が触れた箇所を見てみると、地面から煙が走っていて、触れてはいけないと分かりやすく表してくれている。
マスケット銃を構え、背中から生えている腕に当てると、すぐに千切れ、さらにもう一発、体の方へと銃弾を放つが、そこだけは弾かれていく。
「なるほど、歳忘の形と花、毒、そして鱗のような硬さ…なるほど、蠍と毒花か! 道理で肌に悪いものを吐いていたわけだ!!」
「あの花は恐らくトリカブト。植物界でもトップクラスの猛毒。簡単に死ねるものだなぁ」
柊は弾を装填し、狂気的な笑顔を作り出す。
柊花凛。彼女は観察に優れていて、状況、憶忘、その本質をすぐさま理解することができる。
強さを追い求めていた彼女にとっては、この上ない観察力を得ていた。
古手は紅血を構えると、紅く光り、歳忘はその紅光を見て一瞬震え、多腕が、古手を我先と潰そうとする。だがそこに銃口の光がチラつき、気づけば襲いかかった多腕全てが視界の下へと落ちていた。
歳忘が疑問に思う束の間、彼女はいつの間にか歳忘の目の前に現れ、強烈な蹴りを入れる。
「へぇ、なんか不思議そうな表情をしているね。まるで歳忘と人間の境界線があやふやになるみたいに…」
歳忘はあまりの蹴りの強さに呆気を取られていたが、耳をつんざくような咆哮を上げ、襲いかかってくる。それでも柊はとても余裕そうな表情を浮かべていた。
柊は片手に視認できない透明な球体を作り出し、それを強く掴み、一気に放り投げると歳忘の片方のハサミが飛び散っていく。それを見た柊は口角を上げ、地面に着地する。
そこに古手が言葉を発さず、黙々と追撃の斬撃を行い、重い蹴りを一発浴びせる。歳忘は毒液を垂らしながら、視線が下へと落ちていく。
「さて、前菜は終了だね。それじゃ、今から主菜へと行かせてもらうね」
そう不敵に笑う柊と、無表情で歳忘に斬りつけていく古手の姿に、歳忘はただ、冷や汗をかいていた。




