第十一話 歳忘狩り狩り
「…それ、マジで言ってるの?」
「うん、柊がそう言ってたから、間違いない」
零時がいないこの場には、天ヶ瀬るなと、古手望という若輩がいた。先ほど、るなと古手は見回りをしようと準備をしていた際、零時を見かけたので、心配になってそちらの方へ優先して向かっていったのが、始まりだった。
「柊さんって、強者を求める、後輩いびりが凄い人だよね…そんな人と零時が会って、大丈夫なのかな…」
柊花凛は、天ヶ瀬るなと古手望の先輩に当たる人物であり、強者を求めるかなりの戦闘狂。新人の頃はとにかく強者と戦っては、謹慎をよく食らっていたが、実力は認めざるを得ない。
だがそれも相まって、新人が来ると毎回戦闘を申し込む脳回路がバグった人になってしまった。
「実力は本物だけど、限度を知らないやつだからね。君が不安がるのも分かるよ」
「ただ、あいつは一度宣告すると、止まらないからな。それだけ忠告しておく」
「うん、私もなんとかしてみるよ…」
るなは不安になりながらも、古手と共に夜の見回りを行う。
東京の夜はいつも明るく見える分、そこに隠れている闇には気づかないことが多い。最近では人間による事件や事故が起こりやすくなっており、多くの人は不安がいっぱいの中で生活をしている。
「僕は地上を見ておくから、君は上空から見てくれない? なんか見つけたら無線機で連絡して」
るなは「分かった」と頷くと、天使の羽を顕現させ、上空へと飛ぶ。古手は今日ものんびりと歩きながら見回りをしている。
「…ここ最近、やる気が薄くなってる…最悪だ。そうだ、天ヶ瀬が言ってた趣味とかも、探してみようかな」
古手には、これといった趣味はなく、武器磨き、戦闘訓練が主な日常だ。るなは日記やニュース、裁縫するのが趣味だとか、興味が一ミリも湧かなかった。
街を通っている人たちでもそうだ、二人で歩くカップル、カバンを持って、家へと帰るサラリーマン、派手な衣装の若者。どれも古手には興味はなく、視線はまっすぐ前を貫き、見向きもしない。
この言葉だって、結局は場を紛らすために過ぎないものだ。
「…お腹空いた、なんか買おうかな」
コンビニを見かけたのか、見回りを抜け出し、何かを買いに行こうとした時、路地裏方面から、何かしらの気配を感じ取った。
「……」
「…今、なんかいたな」
古手は路地裏の方へ向かっていく何かを見つけ、るなに連絡を入れる。そして、状況を簡単に伝える。
『え? それって本当に大丈夫?』
るなは不安そうな声で話すが、古手はそんなことを構わず、路地裏を眺めていた。
「すぐ終わるから。君は適当に見回りしていて」
『連絡しておいてこの扱い…泣けるよほんと…』
無線機の通話が途切れると、古手は路地裏へと歩いて入っていく。配管や換気扇などがついていて、いかにも裏の人が通りそうな通路だった。
「……」
古手は神経を尖らせながら、ナイフを抜く構えを取る。いきなり襲撃されたとしても、対応ができるように。
そうして、しばらく歩いていると、奥から空き地が広がっており、そこに何かしらの会合を行っている人間たちがいた。古手は外れくじを引いたようで、思わずため息をつく。
「仕方ない、早く事を済ませよ」
スピードを緩めることなく、古手はその空き地へと向かっていき、やがて路地裏の外へ出る。
「お? 誰だよお前?」
「なんだこいつ…急に来て…」
突如現れた古手に会合していたメンバーは15人ほど。そのほとんどが疑念の表情をしていたが、先ほどまで座っていた親分らしき人物がこちらへとやってくる。
「待て待て、ガキンチョ。ここはお前のような奴が来る場所じゃねぇよ」
古手はこの男の特徴的な目の傷跡を一目見た瞬間、組織で注意喚起していた出来事を思い出す。
──…確か、歳忘狩りの連中だったっけ。クズがいっぱいいるところの。
歳忘狩りは、表上は歳忘たちを狩るボランティア的な組織だが、実際は憶忘を持たない人物たちが結託して作られた組織である。家庭を失い、生きる希望さえ失った彼らにとって、歳忘狩りは砂漠のオアシス的な存在。そして歳忘狩りは、それぞれが違う思想を持っている。善の者もいるが、悪の者の方が、圧倒的に多い。
その親分は古手の肩を掴むと、薄汚い笑いをして、こう告げる。
「ガキンチョ、今ここで見ていたことは忘れて、ここから立ち去っていきな? 俺たちはお前に危害を加えたくないんだからよぉ…」
親分の瞳に宿る常闇にも、古手は臆することなく、ただ話を聞いていた。古手は溜めていた息を吐き出すと、親分の方へ見つめる。
「じゃあ僕からもお願い。ここから立ち去ってください。そうしたら危害は加えないし、東京の治安も安泰になる」
「お互い、一石二鳥」
その発言に親分の仲間たちは疑念の表情になっていたが、ただ一人、親分だけは、まるで国を支配する王のように笑っていた。
「ハハ!! ガキにも英才教育は届いてるんだな!! でもなぁ、俺たちのようなならずもんには、居場所なんてねぇんだよ」
親分が手を横に振ると、仲間たちが次々と武器を取り出していく。古手は目で追っている最中、親分は包帯巻きされていた鉈を取り出し、その錆びたものを見せつける。
「だからこそ、俺の意見を聞けよな。そうしたら楽になるぜ? なぁ? そうだろ?」
古手の首元に鉈の峰部分を突きつける。常人なら震えて命を乞うだろうが、古手はそんなことをしない、むしろ"慣れて"いた。親分やその仲間たちは、その恐怖を浴びる。
「……ッ」
「……」
とうとう痺れを切らした親分は、首元から離し、鉈を振り上げる。
「舐めんじゃねぇぞ!! クソガキが!!」
鉈を振り下ろす速度は、確かに速かった。けど、古手にとっては日常と同じ、いつものことだった。
古手と鉈の間に、ナイフを置く。
「…ッ!?」
「能ある鷹は爪を隠す、このことわざ、僕大好きなんだ。」
ナイフで鉈を弾くと、古手は隠し持っていたもう一つのナイフで親分に袈裟斬りをかまし、素早く蹴りを入れると、親分はボールのように吹き飛んでいった。
仲間たちは一瞬たじろいたが、中の4人が飛び出していき、容赦なく斬りつけに来る。
「あまり戦いはしたくなかった。でも君たちのような歳忘狩りなら、殺しても構わないか」
けど、古手もそれは同じだった。二本の刃が二人の体を刺し、薙ぎ払い、地面へと倒れる。
もう二人には両方のナイフで顔に直接刺して、縦へと切り裂き血を吹き出す、男二人は力が抜けた風船のように倒れる。恐らく絶命しているのだろう。
「次」
古手は近くにいた歳忘狩りの一人の視覚を刈り取り、瞬時に靴に隠していた仕込みナイフで一人の腹を蹴り飛ばす。その男も致命傷を負い、息は続かない。
「…まだ、やる?」
古手は少し余裕そうに歳忘狩りに視線をやると、歳忘狩りたちは、吠える犬のように、こちらを凝視する。
「お、お前…!!」
「良くもやってくれたな!! このクソガキが!!」
「ぜってー呪ってやる…!!」
負け犬の遠吠え。これ以上似合うセリフは、今後来ないであろう。
「…なんだ、まだ僕に用があるの? もうないのなら、早く立ち去ってくれると助かる。」
古手の生気のない瞳と、冷たく言い放つその淡々さには、他の仲間たちは震えた。そして歳忘狩りたちが退却しようとした
「…まだ、だ…!!」
「…お、立てるんだ」
古手は少し目を見開く。そこには、開始早々戦闘不能にさせた親分が、まだ立ち上がっていた。仲間たちは親分の元へ駆け寄るが、親分はそれを払いのける。
だけど、親分の様子は少し変だった。古手は二本のナイフを瞬時に構える。
すると、親分のポケットに突っ込むと、薄らかに笑みを浮かべる。
「いやぁ、こいつが無事でよかったぜぇ…これでお前を殺すことができるぜ…」
そう言って取り出したのは、緑の液体が入った注射器。その瞬間、古手の背中に嫌な予感が募らせ、記憶の中で明月が言っていた「あの言葉」を思い出す。
『最近、歳忘狩りなどに怪しい注射器を持つ人たちが増えたと、情報部隊から報告されました。ですので、もしノスタルジアの人間ではない者が、緑の液体が入った注射器を見つけたら、すぐに拘束してください』
親分は笑いながら、注射針を首にへと打ち込み、緑の液体を流し込む。
古手はるなに緊急時の連絡を入れ、親分の元へ急いだが、時すでに遅かった。緑の液体が全て、あの男の中へと投入されていき、古手は嫌な顔をした。
親分は注射器を地面へと投げ捨て、数秒の沈黙、空間にある記憶たちが悲鳴を上げるように、親分の体がどんどんおかしくなる。
「うあああああぁぁぁぁ!!!!!──」
親分の皮膚は所々が裂けていき、腕は硬質化していく。顔は渦のように歪み、体が人間の二倍近く膨れ上がり、手には巨大な鉈が持たれていた。親分の仲間たちは変わり果てたリーダーの姿に怖気付いていた。
「…最悪なカードを引いた」
古手は自分のナイフで右腕に傷をつけ、血を流す。
「人の成れの果て、か」
流れ落ちていく血が網状に古手の腕に巻き付けていき、やがて片腕は血によって凝縮され、恐ろしく異様な見た目へと変わっていく。
そして、つい先ほどるなに緊急連絡をしたおかげか、すぐさま現場へと駆けつけてきた。来て早々、るなは驚愕した表情になる。
「古手くん!! これどういう状況なの!?」
「説明は後。今はこいつの対処が優先」
変異した歳忘は二人なんか気にせず、鉈を大きく振り回し、近くにあった建築物に傷をつける。この瞬間で、古手とるなは察知した。放置したら多大な被害が出るということに。
「とりあえず私、無線で応援を呼ぶ!! 今はこいつの足止めを優先だ!!」
るなは弓を取り出し、無線で応援を呼ぶ。古手は息を整え、ナイフを振り回し、刃先を歳忘に向ける。先ほどまでいた歳忘狩りたちはすでに消えており、残ったのは古手とるな、歳忘の3名だけだった。
─そして今、戦いが巻き起こる。




