第十話 ノスタルジアの基本
〈ノスタルジア・システム-前衛、後援部隊 訓練場〉
現在関係者以外立ち入り禁止の訓練場の観覧席にて、零時と明月は隊員たちの様子を見ていた。
「ここが、ノスタルジアの訓練場です」
そこに広がっていたのは、多くの人が訓練に励んでいる姿があった。零時はその光景に度肝を抜かれた。皆、油断の隙なんて与えず、その場が戦場だと思わせるほどだった。
「皆さん、いつも朝の見回りが終わると、ここで訓練しているのですよ。一刻も強くなって、多くの人を守りたい、という気持ちがあるのでしょう」
「…なんとなく、分かるな。その気持ち」
零時は訓練場の周りを見ていると、るなと、赤黒髪の青年が話し合っているのが見えた。るなは訓練用のナイフを出しながら、体全体動かしてそのナイフ技術を磨いていた。対して青年は、無駄な動きを無くしつつ、るなにアドバイスをやっていた。
「明月さん、るなと一緒にいる人って誰なんですか?」
「あの人は古手望さんと言いまして、天ヶ瀬さんとは同期です。彼のナイフ技術は他の隊員より群を抜いており、前線の切込隊長でもあります。天ヶ瀬さんは、ナイフの技術はほぼ皆無ですので、古手さんが今直々に教えているのでしょう」
そうなのか、と思いながら見つめていると、確かにるなのナイフ技術はあまりにも皆無であり、どうにも戦場では誇れないほどのナイフ捌きである。
そんなるなを見ていると、思わず顔を隠してしまう。
「その代わり、天ヶ瀬さんは弓については一級品ですので、本当に適材適所なんでしょう」
るなは古手にお礼を言った素振りを見せ、弓へとシフトチェンジする。先ほどのるなとは違い、構えからもう空気が変わっていた。一点集中、明鏡止水。るなが放った矢は、目の前にあった霞的のど真ん中に当たった。
のほほんとした顔つきから想像がつかない憂いを帯びた表情は、彼の目にひどく焼き付けられた。
「彼女の弓矢技術は、長年扱われてる拳銃よりも、精度が高く、前衛部隊の後援担当として、重宝されているのです」
「…そういやここって、後援部隊がありますよね? るなはそっちには行かなかったのですか?」
「彼女は元々、後援部隊の隊員でしたが、無鉄砲な性格、歳忘を殲滅する姿、挫けない心。とても後援部隊には相応しくない隊員でしたので、僕からスカウトさせてもらったのです」
「…そう、なんですか」
意外な事実でもあり、同時に、納得した部分もあった。るなは12歳までは泣き虫だったのが、15歳から人々を守れる強い存在になって、同時に兵庫から彼女は消えた。
その頃から、彼女は俺より一歩、前へと進んでいた。とても勇敢な子だ。
「あの野郎、俺が見ていない間に成長するなんてな、本当…勝手に置いてくなよ、そこで待ってろ」
零時の瞳には、彼女の姿を捉える。でもそれは憎悪とか、嫉妬とかの感情ではない。
「俺は、お前の元まで行くぞ。るな」
決意を固めた、無名の青年が呟いたその本心は、尊敬と憧れ、悔しさの感情だった。
「…もう少しここも見ておきたかったですが、零時さんには、すぐ覚えて欲しいですので、今から外の見回りへと行きましょう」
「は、はい!」
明月は先に降りていき、零時は銃剣を背中に背負い、観覧席から降りていった。
そして同時刻、訓練場から、その観覧席を最初から最後まで見ていた一人の黒髪少女は、静かに笑みをこぼし、抑えきれない闘争心と面白さ、彼への期待に、胸の高鳴りを止むことがなかった。
----------------------------------------------------------------
〈東京-千代田区〉
千代田区付近まで向かっていった零時は現在、明月に見回りについて指導をされながら、とにかくメモ用紙に書き記していた。
「あとは、歳忘が現れた際は、僕か他の幹部に一報をくれれば、それで大丈夫です」
「なるほどなるほど…」
慣れない道を歩いていると、ふと零時はノスタルジアの方へ視線をやる。テレビやネットでしか見たことがなかったノスタルジアが、今となっては生で見れたことに目を輝かせていると、ふと頭の中に疑問が現れた。
「そういえば、ノスタルジアが建ってる場所って、昔何かの城の跡地がありましたよね?」
「江戸城のことですか」
「そうそう、それです!」
「確か昔…約600年前に焼失されて、2020年までは皇居の地にだったって聞いたんですけど…」
2020〜2080年の間の記録が、忽然と姿を消すように、その記録自体が失われていた。未だこの間に起きた60年は、誰にも知られていないのかもしれない。
「世には出ていませんからね。皇居は昔の厄災で滅んでしまい、今はノスタルジアが建て構えてますから。」
「厄災?」
「………」
「僕もその厄災があったということは聞いたことがあるのですが、現状、詳細なことは知り得ません。先代が意図的に隠しているのか、外部の干渉なのか、分かりません」
曖昧な空理空論。明月にも分からないのなら、零時からは知る由もないのだろう。それに、彼からは、この話は今は触れないでほしい、という気持ちが伝わり、零時はこれ以上深掘りをしなかった。
見回りを続けていると、警報音が明月の元から聞こえてきて、その直後、明月の空気が変わった。スマホを取り出すと、そこは松戸市に指していた。
「松戸市に歳忘が現れましたね。では諏訪部さん、今から向かいましょう」
「えっ? 急に何事?? 近くに歳忘が現れたのか?」
訳がわからないまま話が進み、明月は無線機で誰かと話し、話し終わったと思ったら、今度は零時を抱え、足を低くする。
「諏訪部さん、僕から離れないでくださいね」
「は?」
その刹那、たゆまぬ風が巻き起こり、建物の上から颯爽と駆け抜ける。視界に映る全てが、とても早く、逆にとても遅くなったように感じた。
約10秒。明月が地面に着地すると、零時の目の前には、建物を壊している、ツルを何重にも巻いた歳忘がいた。
「ビンゴでしたか。今日はついていますね」
「…? え、今何が起こって…?」
「諏訪部さん、ここにいる人の避難誘導と人命救助をお願いします」
明月はそう言い、歳忘の元まで向かう。何が何だか分からない零時は、とにかく近くにいた人たちに声をかけていく。
「っここに今歳忘が現れています!! あまり近づかないでください!!」
と、零時が避難誘導の催促を立たせようとした瞬間、歳忘の悲痛な叫びが聞こえ、思わず振り向くと、歳忘は倒れ、砂煙を起こす。次第に歳忘の身体が散っていった。
「……自然歳忘、でしたか。諏訪部さん、そちらの方に怪我人は?」
「二人です! けどみんな軽傷です!」
素早く救急箱を持ち、怪我人の方へ駆け寄る。
「大丈夫ですか、すぐに応急手当てをします」
明月に念を押されて持っていった救急箱。こんなところで、しかも今日に役立つとは思えず、動揺していた。
「あ、ありがとう…隊員さん」
「いえいえ」
慣れた手つきで男性二名の応急手当てが終わり、その間に明月がどこかに連絡する。
怪我人の状態を見つつ、辺りに歳忘がいないかの見回りをする。数分後、どこからともなく救急車の音が聞こえてくる。
「もうすぐ救急車が来ますので、その間ここで待機をお願いします。僕たちは見回りを続けますので、これにて」
明月は零時を抱えると、またしても先ほどの常軌を逸した速度で千代田区へと戻る。零時はこの移動法で、少し酔っていた。
「おえぇ…今のが数分で起こったことなのか……新幹線よりも速すぎ……」
「僕のスピードに慣れませんでしたか…。すみません、急を要していたので」
誠実な心を持ち、誠心誠意に謝る姿を見て、零時は思わず止めに入る。
「そ、そんな深々と謝らないでください、慣れない俺も悪いですし」
「…ではそのお言葉に、甘えましょう。気を取り直して、見回りの続きをしましょう」
こうして、明月と零時の二人は、見回りについてあらかた教えを貰った。歳忘が現れた際の対応、怪我人がいた時の応急手当て、避難誘導などなど。まるで慈善活動をするヒーローだった。
見回りを始め2時間ほどでノスタルジアへと戻り、零時はその後、ノスタルジアの寮、レミニセンスの使い方、朝昼夜の見回り、訓練、任務。組織の教訓についても教えられた。
あとそれから、明月からA4サイズの膨大な資料と、隊員に関する契約書などを貰い、それらを頭に叩き込んで、サインをした。
太陽が下がり、月が上がってきた頃には、零時はひどく疲れていた。
「…つ、疲れた……」
「ノスタルジアって…こんなに疲れる場所なのか…ちょっとベンチで休憩してから、明月さんが言ってくれた寮に向かうか…」
零時はノスタルジアの外にあるベンチに座り、身体を休ませていると、こちらに歩んでくる音が聞こえてくる。
「ちょっ…零時…? 大丈夫?」
そこにいたのは、変わらず零時のことを心配してくれるるなだった。
「…全然、大丈夫じゃねぇ…頭が物凄くいてぇ…」
「あ〜…あの説明を一気に食らったわけなんだねぇ、どんまいだよ、零時」
るなは何かと察したのか、目線を横へとずれていく。零時は酔っ払いのような起き上がりをし、現状倒れるか倒れないかの瀬戸際にいる。
「とりあえず、俺寮に帰るな…多分大半の荷物を用意してくれているんだろ。ベッドにダイブするわ…」
「うん、今日はちゃんと休んだほうがいいかも。私これから見回りがあるから、見送りできないけど、どう? 歩ける?」
「ここから寮までそこまで遠くないだろうし…問題ないよ。んじゃ、見回り頑張っていけよ…」
それだけを言って、零時はスマホを開き、寮の場所を探りながら、帰っていった。
様子を見ていたるなは、ポケットにあった懐中時計を取り出す。
「…また渡し損ねちゃった。零時最近疲れてるし、本当渡せる機会がないなぁ…」
「でも今度こそ、明日こそ…! 絶対に渡してやらないと…!」
「天ヶ瀬らしいね、そんな風に息巻いては渡せてないのに、すぐ楽観的に考えるの。羨ましい限りだよ」
と、暗闇の中から、低く見積もった声が辺りの空気を振動させる。るなは即座に振り向くと、そこには無表情の赤黒髪の青年がいた。
「ふ、古手くんか…」
「今日は君と見回りなのに、君が急にあの人に近づいていくんだから、今見回り遅れ中。僕も早く帰って休みたいんだから。」
「アハハ…」
るなはただ愛想笑いをするしかなかった。
「んじゃ、今から見回りに行こっか」
と、るなが一歩歩み出すと、いきなり古手は「あ」と何か思い出したかのような声色を出す。るなは思わず足を止めてしまう。
「確かあの人、諏訪部だったけ…。なんか柊がサシであいつとやり合いたいって言ってたよ」
彼のいきなりの発言に、彼女は動きを止めてしまう。
月光が、微かに辺りを照らしていた。彼女の顔は少し見えづらかったが、その瞬間の表情だけは、なんとなく理解ができてしまったのだ。
「え…?」
ほんの少しの暗闇の中で、彼女は口を開け、その瞬間、前の「天炎」に関する苦い思い出が溢れた。
「それ、マジで言ってるの…?」
るなは、そのサシでのやり合いに、とても不安が培っていった。




