第九話 断片的な疑問
「なんとも言えない感じだな…」
黒の制服と白のシャツが合わさった隊員専用の制服。手には先ほどの黒服たちから渡された銃剣とその鞘を持っていた。服に関しては、少し重さを感じ取ることができ、耐久性はかなりのものだ。
そして鏡に映る自分を見つめてみると、普段とは違う雰囲気を感じ取った。
「…これが、今の俺か」
昔の零時は、とにかく精神が歪んでいた。その昔の姿と同化するかのように、過去の自分がこちらへと見つめてくる。けど、零時は目を瞑り、もう一度自分自身を見ると、やはりそこには自分しかいない。
「とりあえず、今はるなと合流しないとな。それに、今しばらくはこの組織とかについて知っていかないといけないし」
零時はそう独り言を呟き、更衣室から出ると、鼻歌を歌いながら待機していた、制服姿のるなが見えた。
るなはこちらに気づいたのか、口を大きく開け、驚きと感動で、彼女の心は躍っていた。
「おぉ!! 零時もついに制服デビューだねぇ! めっちゃ似合ってるじゃん!」
「アハハ、それはどうも…」
目を輝かせながら詰め寄ってくるるなの姿は、まるで天真爛漫の妹のような存在で、思わず目線が泳いでいた。るなは首を傾げながら、零時は咳払いし、改めてるなの制服姿を見る。
「へぇ、女性の制服ってこういう感じなんだな。結構軽装備というか…」
「まぁ女子は男子より動きやすさが欲しいところがあるからねぇ。それで、零時零時。何か言うことあるでしょ?」
「? うん、似合ってるぞ、すごく可愛い。」
その瞳には嘘がなく、真剣な目で言われ、るなは思わずたじろいでしまい、目元を手で覆い隠す。
その様子を見ていた零時は、言葉を間違えたのかと少し頭の反省会を開いていたが、るながこちらへと目線をやってきて
「あ、あんまりそう易々と可愛いとか言わないで…普通に恥ずかしい…」
そう放つ姿は、恋する乙女のようだった。
「すまんすまん、つい昔の癖が。でも俺は凄く似合うって思うけどな」
るなは歯ぎしりしながらも、零時の手首を掴む。だがその掴む力が強すぎて、零時は「いててて…!!」と、悶絶していた。
るなは零時のことなど気にせず、余裕な表情なんか見せつけられず、自身に自惚れていたことに、ただただ惨めを感じていた。
----------------------------------------------------------------
〈ノスタルジア-明月の応接室〉
そうして、るなは零時を連れて、明月の応接室まで向かっていき、中へと入った。そしてそこには、穏やかな目をした明月がいたのだ。
「お二人とも、お待ちしていました。休日はどうでしたか、ゆっくりと休みになられましたか?」
「は、はい! 本当、すっかり休ませてもらいました! 本当いろいろありがとうございます…!」
るなは礼をしながら、感謝の言葉を言う。その健気さには、明月は少しだけ微笑むだけだった。すると、明月は突如席から立ち上がる。
「では天ヶ瀬さん、いつも通り仕事に戻ってもらって大丈夫です。今から諏訪部さんと話したいことがありますので」
「は、はい! では失礼します! 零時も頑張ってね!」
そう言い、応接室から一人が部屋を後にした。残された零時はそのまま明月に促され、席へと座る。零時と明月が対面するが、改めて零時は少し緊張していた。彼の瞳は、零時を理由もなく恐怖を覚えてしまうからからこそ、弱肉強食という言葉の意味を、肌で理解してしまう。
「そ、それで…俺と話をしたいって、一体…」
「君はまだ知らないような出来事が多くあると思いますが、それらは後です。まずは僕から話をさせてください」
明月は目を細め、零時を静かに見据える。それだけの仕草のはずなのに、今この瞬間、部屋の空気が一気に変わったのが分かる。零時は手を震わせていたが、それをなんとか抑えつける。
「君は、歳忘の生態について、知っていますか」
「え、は、はい。確か人の記憶の集合体…でしたっけ」
「その認識で大丈夫です。僕が話したいのは、その歳忘についてですけど、君は確か数年前から、歳忘狩りという名称の元、活動していましたね。」
歳忘狩りは、ノスタルジア・システムや自警団「鳥籠」などに属さない、ならず者たちの烙印。零時は身近な人たちを失い、ならず者へと成り下がった要因でもある。
「そこで聞きたいことがありますが、ひとまず、僕が最優先で聞きたいこととしては、ここ最近、歳忘の勢力が増していたと、感じたことはありませんか」
明月の疑問に、零時は顎を指に当て、目を細める。
彼がまだ活動して2年ほどの時、明月が言った通り、歳忘の勢力があまりにも活動が頻繁になっていたことがある。それも数ヶ月、いや、今でもそう感じていた。
「…はい。確かに歳忘の勢力さは日に日に増していって…確かこの前加西市で、プロレスラーみたいな身体と、異様な能力を持った歳忘に苦戦していたな…あれも稲美町と会った巨人と同じくらいきつかった…」
「7月下旬で起きた件ですか。僕も大阪部隊から話を聞いています」
すると、明月は席を立ち、ゆっくりと歩きながら、語り始める。
「なぜこのようなことを聞いたのかというと、ここ最近、歳忘による襲撃事件が多発しているのです、それも10年前よりも。多くの隊員が派遣されては、亡くなっているのです」
「…確かにニュースで聞いたな。町の被害や死亡者は年々右肩上がりって…」
「えぇ、だからこそ僕は、その諸悪の根源を根っこの底から摘んであげないといけません。そういう使命なので…」
明月の表情には、先ほどまで穏やかだったのに、その諸悪の根源の一言で、少し険しくなった。
「諸悪の、根源?」
「えぇ、ですがまだ、あなたには話しません」
「え?ここまで振っておいて話さないんですか?」
「今はその時ではないからですよ、諏訪部さん。君の実力と成果さえ上げてくれれば、すぐに君が欲するその真実の一部を、君に教えます」
明月は机の上に飾ってる花の花弁が一枚落ちる。明月はその花弁を、じーっと見終わると、零時の向かい席へ座る。そして、いつものの表情へと戻る。
「では、次はあなたの番です。いろんなことを聞いてもらって構いません」
「…じゃ、じゃあ…」
俺が一番に疑問に思っていること。
るなの寝言で言った、あの言葉。
「──無縁って、一体なんなんですか?」
すると、明月は穏やかな表情から、少し変わった。
「無縁、ですか。まず、それはどこから聞いたのですか?」
「…るなの寝言で聞きました」
「天ヶ瀬さんの、寝言ですか…」
深く深呼吸した後、彼はゆっくりとこちらへと向ける。
「君は、『栄光の忘者』の逸話を聞いたことがありますか」
「『栄光の忘者』…ですか?」
どこか聞いたことがありそうで、やはり聞いたことがない名前だった。
「『栄光の忘者』。今からおよそ165年前に、最初の憶忘者である4人に与えられた最初の称号でもあります。彼らはその逞しさで多くの人を導いていったという逸話です。その『栄光の忘者』の逸話には、その言葉の根源である『無縁』という、全てを終わらせる神がいました」
「全てを…終わらせる…?」
「総称として、その無縁というものは、『終焉の神』とも言われています。」
「………」
ただただ、戦慄と驚愕をするしかなかった。終焉。その言葉には、多くの重きが背中、腕、足、身体全体に伝ってくる。
「…終焉の、神……」
「無縁について分かることは、今のところこの逸話でしか情報がありません。ですが、君の疑問を多少は解けてよかったです」
「ではそろそろ時間ですので、立ってください。今から訓練場へと行き、それから見回りなどについて教えていきます。少し僕の方で準備がありますので、一旦席を外させてもらいます」
明月は立ち上がり、身支度を整えに行ってきた。いなくなった同時に、俺はデカいため息をついた。無縁の正体が、昔に存在した終焉の神ということが分かったのが、嬉しい限りではある。
だが、もう一つ、もう一つと根が伸びていくように疑問が生じてくる。
「どうして、るなはこんな大事な事を忘れているんだ…。てか、明月さんが言った諸悪の根源もなんなんだ…?全部、分からないことばっかりだ…」
るなの記憶喪失、栄光の忘者、諸悪の根源………
零時は髪を掴みながら考えていた。けど考える度に、考える度に、謎が深まっていくばかりで、零時は考えることをやめた。
「…いつかそこら辺は、どこかで分かっていくだろうな。俺はそういう人間だ、今慌てないのも…一つの策だもんな」
落ち着きを取り戻し、零時は身体を立ち上がらせ、先ほどあの黒服の人たちから受け取ったレミニセンスを見てみる。
「ID…隊員番号が167-24。基本的に外には持ち運ばないていう感じだもんな…だったら身分証とかがあるのか?第三者に奪われないようにするために設けた制度だろうな」
と、レミニセンスを興味深く眺めていると、応接室の端のドアの開閉音が聞こえる。
「おや、そんなにレミニセンスを見つめて、興味を持たれましたか?」
そこには、先ほどのスーツもそうだが、右腰に何か強くオーラを感じ取るほどの武器を下げていた明月の姿があった。零時は少し赤くなる。
「…あ、すいません…凄く作り込まれていたので…ついガン見していました…」
「ハハ、ノスタルジアの皆さんも、最初の頃はよく興味深く見るので、ご安心ください」
「それでは、ノスタルジアの訓練場へと向かいましょう。ここから、君の物語は始まります」
明月はそう言い、応接室から出ていき、零時もすぐに明月の後を追いかけた。




