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目の前で起きた出来事が信じられなかった。


確かにユーリを逃がして以来、足の怪我の治りも悪く、ずっと床に伏せがちだったあたしは両親の犯した罪には関わっていなかった。


でも、同時に何をしてるかわかってて止めることも出来ていなかったのだから、今日同じように裁かれるとばかり思っていた。


「お義姉様、顔色が良くないです。大丈夫ですか?」


パーティ会場を辞し、ユーリに支えられながら別室へと通されたあたしは、今大公閣下と向かい合って座っている。


「エミリア嬢、あなたは長く伏せっていたと聞いている。

それに、子爵夫妻のことで心労だってあるだろう。無理は良くない。

今夜はひとまず我が家のタウンハウスでゆっくり休むといい」


どうやら、大公閣下はあたしがずっと体調を崩していることもご存知のようだ。

まぁ、両親を断罪するために我が家のことは調べただろうし当然と言えばそうだけど。


「お心遣い痛み入ります。

ユーリもありがとうね。

ですが、その前にお聞きしたいことがあります」


「あまり無理をして欲しくはないが……なんだろうか?」


大公閣下もユーリも、とても心配そうな顔をしていて本当にあたしの身を案じてくれているのが伝わってくる。


それは本当にありがたいと思うけど、どうしてもはっきりさせておかないといけないことがある。


「なぜわたくしをお助けくださったのでしょうか?

わたくしは両親の犯した罪を知っていました。

それなのに、何もせずにいたのです。」


体調が悪かった。

伏せっていたから何も出来なかった。

そんなのは言い訳にならない。

あたしも両親と同様に、罰せられるべき罪人だ。


「エミリア嬢。私は別に君を助けたわけではない。

確かに身元は預かるとは言ったが、君は貴族としての身分を失うことになる。

それは充分に罪を贖うことになると思うが?」


確かに普通の貴族令嬢にとっては、その身分を失うというのは重い罰になるのかもしれない。

でも……。


「それだけではありません。

わたくしは両親がユーリを虐待するのに加担してきました。

この子には何の罪もないのはわかっていたのにです。

それは決して許されることではありません」


「お義姉様!それは違います!

お義姉様がいてくれたから、あの時私を大公様のところへと行かせてくれたからこそ私は……!!」


二年経ち、すっかり立派な淑女となり、さらには大公閣下の婚約者となっても、ユーリは子爵家にいた頃と変わらない。


こんなあたしにもずっと優しいままだ。


だからこそ、あたしはきちんと話さないといけないんだろうな。


そう、思った。


「だって、わたくしは全て知っていたのですもの」


「……?」


あたしの言葉に、ユーリと大公閣下が首を傾げている。


「ユーリ、わたくしは貴女が大公閣下の元へ行けば必ず愛されると知っていたの。

そして大公閣下。わたくしは、ユーリが閣下の元へと行けば、両親が閣下の御名前を利用して罪を犯すことも知っていたのです」


名前を呼び、目を見据えて話すあたしに、ユーリは戸惑った表情を浮かべ、大公閣下は僅かに眉間に皺を寄せ目を細める。


「お義姉様……?」


「エミリア嬢、どういうことか説明してもらえるか?」


大公閣下の表情が険しくなるのも当然だ。

あたしの今の発言は、あたしがそうなるように仕向けたと受け取られても仕方のないものだから。


それでもあたしは話を続ける。

この人達に、あたしの真実を。

罪深さを知ってもらうために。


「わたくしには、かつて別の人間として生きていた記憶があります。

ここではない国、ここではない世界の記憶です」


あたしの言葉に、二人とも戸惑った顔をしている。

もしかしたら、断罪劇のショックで頭がおかしくなったと思われているかもしれない。

でも、それでも構わなかった。


「その世界で、わたくしはこの世界のことを物語として読んでいました。

だから記憶を取り戻した時、これから起きる出来事を知っているわたくしなら未来を変えられるかもしれないと思いました」


そうだ。あたしは未来を変えたかった。

両親にも、ユーリを愛して欲しかった。

仲のいい家族になりたかった。


「ですが、わたくしには何も出来ませんでした。

未来を変えようとすると、頭に靄がかかったようになり、自分が自分ではなくなるような感覚に襲われました」


黙って話を聞いていたユーリが、何かに気が付いたように「あっ」と小さく声を上げる。


「もしかして、お義姉様があの時自分で足を刺したのは……」


ユーリの言葉に頷くことで肯定を伝える。

大公閣下には賊に襲われたと伝わるようにしたはずだけど、今のユーリの言葉に特に反応がないということは、あたしが自分で足を刺したことも知っているようだ。


「エミリア嬢が自分で足を刺すのも、決められた未来だったのか?」


「いいえ」


大公閣下の質問に、ゆっくりと首を振って答える。


「記憶を持つわたくしという異分子がいるからなのか、中途半端に未来を変えようとしたからなのか。

物語にはなかったはずの縁談話がユーリに来ていたんです」


「え……?」


この話は二人とも知らなかったのか、驚きに目を見張っている。


「だから、わたくしは何がなんでもユーリを大公閣下の元へ行かせる必要があったのです。

その為なら、足の一本くらいどうなっても構いませんでした」


本当は、あの時死んでも構わないとも思っていたけど、さすがにそれはユーリの前では言えない。


「わたくしに出来たのはそこまででした。

両親が道を踏み外していくのを、わたくしは止められなかった」


いや、違うな。

あたしは止められなかったんじゃない。

止めなかったんだ。


「で、でもお義姉様はご自分が怪我をなさるのも厭わずに私を逃がしてくださったではありませんか!

やっぱりお義姉様は優しい方なのです!」


だから、あたしはユーリの言葉を否定する。


「違うのユーリ。あたしはね、怖かったの」


「それは……どういう?」


「あたしのせいで、ユーリが本来掴むはずだった幸せを逃してしまうのが怖かった。

そして、貴女を逃がした後は、これ以上何かをしようとしたら自分が自分でなくなってしまうのが怖かった。

だから、このままだと両親にどういう未来が訪れるのかわかっていたのに見捨てたの。

あたしは優しくなんかない。

ただの薄情な卑怯者なのよ」


断罪され、処刑されることよりもあたしという人格が失われてしまうのが怖かった。

どうせ死ぬ運命なら、本来の自分のままで死ぬ方がましに思えた。


だから、助けられたかもしれない両親を道連れにした。

あたしは最低の卑怯者なんだ。


「エミリア嬢。君が知っていたという物語の中のエミリア嬢も、罪を犯すことなく生き延びたのか?」


「え?いえ、物語の中のわたくしは両親の罪に深く関わっていましたから、運命を共にしました。

ですがわたくしはずっと体調が優れずに伏せっていましたので……」


正直言うと、今だってかなり辛い。

何せこんなに長く話しているのなんて、足に傷を負って以来初めてだ。

頭も少しぼーっとしてきている。

これは少し熱もあるかもしれないなぁ……。


「それなら、君は未来を変えたんじゃないか」


話の最中だと言うのに、少しぼんやりとしてしまっていたあたしは、最初大公閣下の言っていることの意味がわからなかった。


「これはユーリと君の前で言うことではないかもしれないが、子爵夫妻が罪を犯したのは彼等自身の責任であってそれ以外の何物でもない。

だから、私にとって君は愛しい人を救ってくれた恩人であることに何ら変わりはない。

それはユーリだってそうだろう?」


「もちろんです、大公様!

お義姉様は、今も昔も私にとっては優しく大好きなお義姉様です!」


「え……?いえ、ですが……」


戸惑う私に構わず、二人頷き合うと姿勢を正してあたしに向き直り、頭を下げる。


「何を!?大公閣下!頭を上げてください!」


今のあたしは、もはや子爵令嬢ですらない。

罪人の親を持つ平民だ。

それに対し、王弟殿下でもある大公閣下が頭を下げるなんてとんでもない。


「改めて礼を言わせて欲しい。

エミリア嬢、ユーリを助けてくれて本当にありがとう」


「お義姉様、ありがとうございます。私が今こうして生きていられるのは、全てお義姉様のおかげです」


そんなことを言われる資格なんてあたしにはない。


そう思うのに、頭を上げた二人が本当に幸せそうに、優しく微笑むものだから……。


もう、それ以上何も言えなくなってしまった。


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