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子爵家から義姉に逃がされ、大公家へと来てからあっという間に二年が過ぎた。
あの日、義姉に言われるままアンナと共に大公の元へと向かっていた私は、途中で大公家の使者と出会うことが出来た。
まさか大公家から我が家へ見合いを申し込むために向かっているとは思ってもいなかったからびっくりしたけど。
そこで子爵家から逃げ出した理由を全て話し、使者と共に大公家へと訪れた私達を、大公様は戸惑いながらも快く受け入れてくださった。
また、私達が大公家から逃げ出したことは、突然子爵家に押し入った強盗に連れ去られたということになっているらしい。
それを、我が家へと向かう途中の大公家の使者の一行に助けられたということになっていた。
一見すると冷たそうに見えながらも、本当はとても優しい大公様に私が心奪われてしまうまで、それほど時間はかからなかった。
大公様も私を受け入れてくださり、今夜、王城での舞踏会で王家の皆様へ婚約の報告をすることまで出来た。
この二年、本当に色んなことがあったなぁと思い出している私の前で、今かつての家族が断罪されている。
私は全然知らなかったのだけど、父と継母は、どうやら自分達も大公家の身内となったと勝手に思い込み、その名を利用までして相当好き勝手にやっていたらしい。
王家に連なる大公様の名前を勝手に利用し、犯罪にまで手を染めた罪は重い。
今、まさに国王陛下から告げられた国家反逆罪という言葉に、父と継母が半狂乱になって無罪を訴えている。
国家反逆罪となれば、その末路はもう決まっている。
父と継母が生きて太陽の下を歩くことは、もう二度とないのだろう。
一応は親である人と今生の別れとなるのだろうけど、私は不思議と何も感じていなかった。
普通なら、もっと悲しかったりするものなのだろうけど。
この二人には、肉親の情というものを感じたことがないからなのかな。
そう言えば、両親から疎まれる原因となっていた私の黒髪と深紅の瞳は、大公家や今日挨拶させて頂いた他の貴族の方々には普通に受け入れられた。
どうやら、他国には普通にいる色合いらしい。
大公様はいつもとても綺麗だと言ってくださるし、他の貴族の方々も、珍しくて神秘的な色だと褒めてくれた。
私にはそのことがとても嬉しかったし、同時にそれが理由で私を虐げていた両親への気持ちが完全に冷めてしまったのも、この場でなにも感じない理由なのかもしれない。
「フェーネフ子爵令嬢エミリア。前へ。」
過去を思い出していた私の意識は、大公様の声で現実へと引き戻される。
「お義姉様……」
両親が断罪されているのを何も言わずに静かに見ていた義姉が、近衛兵に両脇を支えられながらゆっくりと私達の前に歩み出る。
二年ぶりに見る義姉は、右足を引き摺るように歩いていた。
私達が子爵家から逃げ出した後、義姉が無事だったのかはずっと気になっていた。
私がしつこく聞くものだから大公様が調べてくれた情報によると、義姉は一時期は意識が中々戻らずに本当に危ない状態だったらしい。
怪我をしていた右足に障害は残ってしまったものの、何とか命は助かったと聞いて安心はしていたけど。
久しぶりに見る義姉は、少し痩せては見えたけど、二年前よりも更に美しくなっていた。
一瞬こちらに視線を向けた義姉の翡翠の瞳と目が合う。
しかし、私が何か言う前に義姉は目を逸らすと、何も言わずにその場に跪いた。
「何か申し開きはあるか?」
跪く義姉に、国王陛下が厳かに尋ねる。
「何もございません。全て陛下のお言葉に従います」
それに答える義姉の声は、今目の前で両親が断罪されたとは思えない程に落ち着いていた。
両親が犯した犯罪に、義姉も関与していたのかは私はわからない。
でも、もしそうでないのだとしたら私は……。
「大公様……」
見上げる私の方を見て、優しい目で頷くと、大公様が国王陛下の方を向き直る。
「陛下、恐れながら申し上げます」
「うむ、聞こう」
それに国王陛下も鷹揚に頷いて答える。
「先に報告致しましたように、エミリア嬢は子爵夫妻の罪に関与はしておりません。
ですが、子爵家は今回の事で取り潰しは確実ですし、いくら直接の関与はないと言っても無罪放免とは行きますまい。
本来であれば、貴族籍を剥奪の上、修道院送りが妥当なところだとは思いますが……」
その言葉に不安になっている私の方に視線を向けると、大公様は小さく微笑む。
「もしよろしければ、エミリア嬢の身柄を我が大公家で預からせては頂けないでしょうか?」
「大公様!」
「うむ……。お前がそう言うのなら良かろう。
そのように手配せよ」
その言葉に、つい嬉しくて国王陛下の御前であることも忘れてはしゃいでしまう。
義姉に目を向けると、まるで信じられないものを見る様に呆然としている。
「エミリア嬢」
「は、はい……」
「貴女のことはユーリから聞いている。
突然家がこんなことになってしまい驚いているだろうが、貴女のこれからのことは我が大公家が責任を持って引き受ける。
だから、安心していい」
「え……。いえ、その、あ、ありがとうございます……」
大公様に視線を向けると、大丈夫だと言うように頷いてくれる。
それに満面の笑みで頷き返すと、私はまだ呆然としている義姉の元へと向かう。
「お義姉様!」
「ユーリ……」
ガバッと抱き着いた私を、義姉は驚きながらも受け止めてくれる。
「もう大丈夫です!私と一緒に大公家で暮らしましょう?」
「え、ええ……。そう、そうね……。ありがとうユーリ……」
そう言うと義姉も抱き締めてくれるものだから、私は嬉しくてなって更に強く義姉に抱き着く。
そんなに私達を、大公様や国王陛下。周りの人々が優しく見守っていた。