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そう思ったからこそ、今夜ユーリを屋敷から逃がしたのだ。


また会えば危害を加えてしまうかもしれない。そう思ったエミリアは、ユーリとの接触を避けて生活していた。


小説通りなら、そろそろ大公家からの縁談が来る頃だった。

ちなみに、フェーネフ子爵家が大公家から縁談を持ち掛けられる理由は割とどうしようもない。


いつになっても妻を娶ろうとしない弟を心配した国王が、年頃の令嬢のいる家門を全てリストアップし、勝手に覚書まで作って大公に送り付けたのだ。


それに困った大公は、ならばせめて見合いを持ちかけて会うだけでも……と部下からの強い勧めを受けて、適当にそのリストから一つを選んで使者を送る。


その時に、たまたま大公が大量のリストから手に取ったのがフェーネフ子爵家だっただけである。


そんなきっかけであったにも関わらず、あくまでも婚約者候補として大公家に行ったユーリは、やがて大公と恋に落ち、大公家の人々からも愛されて幸せな花嫁になる。


まぁ、小説ではお決まりの展開だ。


だからこそ、エミリアは自分を待つ運命を受け入れて、ユーリの生活を静観していたのだが、ここに来てそんなことは言っていられなくなってしまった。


ある夜、自室へと戻る途中、両親の部屋の前を通りかかったエミリアは、信じられない会話を聞いてしまう。


領内に拠点を置いている豪商の後妻として、ユーリを差し出すという話をしていたのだ。


子爵家は、父のギャンブルや事業の失敗に加え、夫人の贅沢もあって多額の借金を抱えていた。


溺愛とも言えるレベルで両親から甘やかされているエミリアだが、19歳になっても婚約者すらいないのはそれが原因だと彼女は思っている。


それはさておき、さすがに両親もこのままだと不味いと思ったのか、最近色々な人と会っていたのは知っていた。

てっきり金の無心でもしているのかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。


「後妻とか言ってるけど、要はユーリのこと売るってことじゃない……。まさかそんなことまで考えるなんて、両親とは言えなんて情けない……。

でも、こんな展開小説にはなかった。やっぱりこんな事になった原因は……」


自分が中途半端に展開を変えようとしてしまった反動だろうか。

そう思うからこそ、自分が何とかしなければならないと思った。


話によると、明日にでも商人は来るらしい。

だったら、まだ来ていない大公家からの使者を待つ時間なんてない。


エミリア自身は贅沢はしていなかったので、両親から与えられる小遣いは密かに貯めていた。

家の借金の前では微々たる金額だが、ユーリとアンナが大公領へ行くまでの旅費としては充分過ぎる金額だった。


本当は、ユーリが小説のように大公へと嫁ぐ時に何かお祝いを買って渡したいと思って貯めていたのだが、結果としてユーリのために使うのだから問題はない。


アンナも説き伏せて、大公領へと一緒に言って貰う手配はした。


あと問題が残っているとしたら、エミリア自身だった。


ユーリへ近づくと、いつも頭が靄に包まれるようになってしまう。

でも、今回ばかりはそうなる訳にはいかない。


なにがなんでも、ユーリを説得して屋敷から逃がさないといけない。


だから、案の定意識が靄に包まれそうになった時に自分で自身の足を刺した。

ユーリには怖い思いをさせてしまって申し訳なかったけど、痛みのおかげでなんとか最期まで自分自身を失わずに話すことが出来た。


「これ、断罪の前に死んじゃうかなぁ……」


血を流し過ぎたことでぼーっとしている頭で、ついそんなことを考えてしまった。

自分で刺した太腿に目を向ける。

なるべく小振りのナイフを選んで持って来たこと。

形だけでも止血をしたことと、ナイフを抜かずにそのままにしていることで、すぐに失血死するようなことはないとは思うが、それでもずっと血は流れ続けている。


だが、そうはいかないと直ぐに頭を切り替える。


「このままここで死んで、ユーリの仕業とか思われたら困るから、もしも死ぬならちゃんと言い訳してからがいいんだけど……」


一応言い訳は考えてあるし、大公家に着いたら、そのことを大公に伝えるようにアンナにも言ってある。


それでも、徐々に視界は暗くなっていくし、もう体を動かす事も出来ない。


ユーリが旅立ったら、すぐ人を呼んで手当てを受けると約束したのに、守れそうにない。

妹と交わした最後の約束なのに……。


不思議と死ぬことへの恐怖はなかった。

既に一度経験しているからかもしれないし、エミリアとしての運命を受け入れているからかもしれない。


このまま小説の通りに物事が進めば、今から二年後。

エミリアは家族諸共死ぬことになる。


前世の記憶を取り戻しても、何も出来なかった自分は、結局そうなるのだろうなと思っている。


それでも、つい考えてしまう。


もしかしたら、ユーリは自分の死を悲しんでくれるのだろうかと。


そんな資格はないし、きっと憎まれているはず。

ユーリからしてみれば、自分は手を差し伸べると見せかけて突き放したのだから。

恨まれて当然だ。


部屋を出るまで、ずっと自分の心配をしてくれていたユーリの姿を思い出し、自然と笑みが浮かぶ。


「最後の最後まで、あたしなんかの心配までしてくれて……本当に優しい子……だから……」


幸せになってね。さようなら、あたしの可愛い妹。

いつまでも、ずっと貴女を愛してる。


愛しい妹への想いを最後まで言葉にすることなく、エミリアは意識を手放した。

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