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後ろを気にしながら立ち去る義妹の姿を見送り、フェーネフ子爵令嬢エミリアはゆっくりと息を吐いた。


「これで何とか大丈夫かしらね……」


もう誰も答える者は誰も居なくなった室内で、壁にもたれ掛かるように座り込みながら一人呟く。


「これで良かったのよ。せっかく思い出したのに、なんも出来なかったあたしへの罰ね、この怪我は」


エミリアには、この世界で産まれる前の記憶があった。

そのことを思い出したのは、フェーネフ子爵と母が結婚し、この屋敷で初めてユーリの姿を見た時だった。


エミリアの母は、フェーネフ子爵の所謂愛人だった。

子爵と亡くなった前子爵夫人とは政略結婚であり、二人の間にはなんの情もなかった。


その結果、子爵も夫人も屋敷の外へ愛人を持つようになる。

子爵が、実の娘であるはずのユーリに対して、幾らこの国では全く見ない黒髪に深紅の瞳であろうとも、異常な程冷たいのは本当に自分の娘なのか疑う気持ちがあったからなのだろう。


だが、エミリアは知っていた。

彼女が間違いなく子爵の娘だということを。


何故なら、かつて生きていた世界で読んだからなのだ。


そう、ここはエミリアが前世で読んだとある小説の世界だった。


「思い出した時は本当にどうしようかと思ったわ。

だって、救いようのない悪役なんて……ねえ?」


記憶を取り戻したエミリアは、すぐにこの世界での自分の役割を理解した。そして、絶望した。


子爵と継母、義姉から虐待を受けて育ったユーリは、売られるように大公の元へ嫁ぐ。

大公という地位にありながらもこんな田舎子爵家の令嬢を娶ることになるのは、ひとえに大公に関する人々の噂であった。


【辺境の死神】


それが、かの大公の渾名だった。


北方の険しい山々に生息している魔獣や、北の大帝国との国境を有する大公領は必然的に魔獣討伐や帝国との国境を巡るトラブルで争いが多い。


その全てを圧倒的な武力で制して来た大公は、守っているはずの自国民からさえも恐れられているのだ。


悪魔と契約し、その力でもって勝ちを得ているとか、挙句の果てには大公自身が死神であるとさえ言われている。


とんでもない話ではあるが、エミリアは当然それが事実とは異なることを知っている。


大公の本当の姿は、ただの優しく少し不器用なだけの青年だ。

戦での勝利は、全て綿密な戦略と戦術によるもの。

もちろん、大公自身やその部下達の武力もあるが。


大公自身が王都や其の周辺の貴族との関わりを面倒くさがって噂を放置しているだけなのだ。

そして、そんな大公の性格をわかっているから、兄である国王もそれに倣っている。


「そうじゃなきゃ、誰が可愛い妹を送り出すもんですか……」


そう、エミリアにとって血の繋がらない義妹であるユーリは可愛くて仕方ない存在だった。

何故なら、前世で大好きだった小説の、大好きなキャラクターなのだから。


「ううん、それだけじゃないわね……。本当のユーリを見ていたら好きにならずになんていられる訳ないじゃない……。それなのにあたしは……」


血を流し過ぎたのか、段々と朦朧としてくる頭でエミリアはユーリの姿と、自分が彼女へしてしまったことを思い出す。


父や継母だけでなく、使用人からすらも虐待を受けているにも関わらず、健気に頑張るユーリ。


エミリアは最初は大公家からの縁談が来るまで、自分がユーリを守るつもりだった。


もしかしたら、自分が働きかければ子爵やエミリアの母との関係も改善出来るかもしれないとも思っていた。


そんな前世でよく読んでいた小説のような展開を信じていたエミリアだが、現実はそうはいかなかった。


エミリアが何を言っても、両親も使用人すらもユーリへの態度を変えようとすることはなかった。

唯一、専属侍女であるアンナだけはエミリアの言うことを聞いてくれたが、それだけでユーリの置かれている立場がよくなることはなかった。


それだけではない。

ある時から、突然意識が靄に包まれるようにぼーっとして、気が付いたらエミリア自身までもが母と一緒になってユーリを虐待していた。


自分のしたことが信じられず、慌ててユーリを助けようとすればするほど、その靄に包まれるような感覚は強くなっていった。


「小説の強制力ってやつだったのかな……」


そのことに思い至ってからというもの、自分が何かすればユーリがより酷い目に遭うのではないかと恐ろしくなり、ユーリへと近づくことが出来なくなってしまった。


それでもユーリが心配ではあったが、小説のユーリはやがて大公家に嫁いで幸せになる。

だったら、もう何もしない方が良いのかもしれないと思っていた。


「もう、あたし自身や両親の断罪は避けられ無いだろうけど……。どうせ一度は死んだ身だし、可愛い妹が幸せになれるなら、それも悪くないのかな……」

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