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ドンドンと激しく扉を叩く音に目を開ける。


もう何日もまともな食事をしていない体は酷く重く、私は暗く狭い部屋の隅で丸くなり、少しでも体力の消耗を抑えようとしていた。


そもそも、母が亡くなり、継母と義姉が屋敷に来てからまともな食事なんてほとんどしたことがなかったけど。


夜中に厨房に行っては残飯などで何とか飢えをしのぐ日々。

それでも辛うじて生きてこれたのは、たまに差し入れられるまともな食事があったから。


なんで普段は私を忌み嫌っているような態度の「あの人」がそんなことをしてくれるのかはわからない。


最初は毒でも盛られているのかと思ったけど、それでも空腹に耐えられなくて口にすると、それは何ともない普通の食事だった。


そうしてそれが数回繰り返されているうちに気がついた。

私に食事を届けてくれる時だけ「あの人」の瞳に私への罪悪感と確かな愛情が浮かんでいることに。


だけど、ここ最近はそれもなく、何故か残飯も早々に処分されていたのかありつけず、空腹はとっくに限界を超えていた。


それでも昼間には継母から雑用を命じられるから、元々細かった私の体はもう骨と皮しかないのではないかというくらいに痩せ細っている。


これでも18歳の貴族令嬢なのに……。


ぼーっとした頭でそんなことを考えていた私は、未だに激しく叩き続けられている扉の音にハッとして顔を上げる。


こんな夜中に私の元へ誰かが来るなんて、これまでに一度もなかった。

以前は私の置かれた状況に同情して気にかけてくれる使用人もいたけど、そういう優しい人達は、全て継母が辞めさせてしまったから。


いや、今はそんなことを思い出している場合ではない。

扉を叩いているのがもし継母だったらとんでもないことになる。


そう思い、何とか体に力を入れて立ち上がると、ふらつく足取りで扉へと向かう。


「どなたでしょうか?」


恐る恐る訊ねてみても返事がない。

人のいる気配はするから、扉の向こう側に誰かがまだいるのは間違いないはずなんだけど。


もしかして強盗?


一瞬そんなに考えが頭を過ぎる。

でも、そうだったらあんなに大きな音を立てるだろうか?

それに、もしも強盗で襲われてしまったとしても、それはそれでいいかなとも思ってしまった。


そう思ってしまう程度には、私は生きることに疲れていたから。


だから、それ以上不審に思うことも恐れることもなく扉を開けた私は、そのままの姿勢で固まってしまった。


そこに居た予想外の人に驚いたのもある。

だけどそれ以上に、その手に握られているナイフが目に止まったから。


「お義姉様、私を殺しに来たのですか?」


私は部屋の入口でじっと立っている義姉に声をかける。


「……」


義姉は、俯いたまま何も答えない。


そうか。

私は義姉の手で殺されて人生を終えるのか。

それなら、まぁ悪くはないかな。


何となくそう思った。


だって、私が今日まで命を繋いでこれた大きな要因である「まともな食事」は、いつもこの義姉が差し入れてくれていたのだから。


その人の手にかかるなら、このまま飢えて死ぬよりもよっぽど良いと思えた。


「お義姉様の手でなら、私も不満はありません。

さぁ、どうぞ」


そう言いながら私より少し背の高い義姉の、美しい金髪を見詰める。


かつては、父と同じ色の義姉の金髪が羨ましかった。

私の髪は、金髪の父と茶色の髪の母から産まれたのにも関わらず、まるで夜の闇のような漆黒だ。


瞳までもが両親の色を引き継いでいない。


緑の瞳を持つ父と、青い瞳を持つ母を持つ両親から産まれたはずの私の瞳は、血のような深紅。

物語に出てくる悪魔のような色を持って産まれた娘を、父が疎んじたのも仕方ないのかもしれない。


「う……」


また関係ないことを考えていた私は、微かに聞こえた義姉の呻くような声で現実に引き戻される。


「お義姉様?もしやお加減が悪いのですか?」


「大丈……夫……」


とても大丈夫には聞こえない声で答える義姉が心配になる。

今にも私を殺そうとしているだろう人のことを心配しているのも変な話しだけど。


でも、母が亡くなり、私を気にかけてくれていた使用人までもがみんな居なくなってしまったこの屋敷で、時たまとは言え、私に優しさを見せてくれたのはこの義姉だけだったんだ。


食事を持ってきてくれた時、みんなが忌み嫌う私の黒髪を、優しく撫でてくれた。

誰もが見ようとしない私の深紅の瞳をしっかりと見て名前を呼んでくれた。


体もだけど、私の心が今日まで壊れなかったのは、きっとこの義姉のおかげ。


だから、今から殺されるのだとしても心配くらいしたっていいと思う。


そうして、じっと私の見ている前で、姉はゆっくりと右手を上げた。

かつて私を優しく撫でてくれたその手に、今は私の命を終わらせる冷たく光るナイフを持って。


あぁ、これで死ぬんだな。


そう覚悟を決め、目を閉じる寸前、目に入った義姉の翡翠のように美しい瞳には、深い悲しみが浮かんでいるような気がした。

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