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ダンジョン配信の理由  作者: 八谷 響
9/12

後悔

 ダンジョン探索は、ある程度の訓練を積んだ者しか行えない。任務に当たった者たちは十人ずつの班を組み、一定距離をおいて前進していた。


 同期の豊浦誠は、穣と同じ班だった。


 そのころの最新情報では、ダンジョンに出現する敵はゴボルドとボブゴブリンがメインとされていた。接触した際の戦闘法も、訓練で何度も叩き込まれていた。


 武器もあったし、装備も物資も準備に怠りはなかった。


 それでも、不測の事態というのは起きるものだ。


 遭遇したのは、未知のモンスターだったのだ。


「記録で見たことがあります。そうでしたか、あの『行方不明者一名』というのが……」


「豊浦です。他の班員を誘導していて、最後尾になっていました。一緒に走り出そうとしたところに、あのモンスターが豊浦を捕獲しました」


 そのときの様子は、隊員それぞれがヘルメットに装着していた小型カメラに記録されていた。モンスターの姿をすべての映像から解析した結果、『ヒュドラ』と命名された。


 モンスターたちの名前は、識別のためにつけた便宜上のものに過ぎない。架空の生き物や伝説上の存在など、イメージを彷彿とさせるものから取っている。そのモンスターは蛇のような赤い胴体と、三つの頭を持っていた。


「捜索の途中で、三十五階への階段が見つかりました。ですが今になっても、彼は発見されていません」


「……不躾なことをお訊きしてしまいました」


「いえ」


 捜索は、一ヶ月で打ち切られてしまった。遺体がないまま葬儀が営まれた。豊浦の家族の姿を、穣は直視できなかった。


 その後穣は、自衛隊を辞めた。


「フリーランスの探索者なら、徹底的に探し続けられる。そう思ったんです。探索者資格を取ったり動画配信のやり方を学んだりするのに、思った以上に時間はかかってしまいましたが」


 貯金はいずれ底を尽きる。豊浦を見つけるまでダンジョンに潜り続けるには、資金が必要だ。配信を生活資金を得る手段とする探索者という立場は、だから一石二鳥だったのだ。


「お一人で、長い間努力し続けてこられたのですね」


 上杉はしみじみと言葉を吐き、鼻を啜った。


「話してくれて、ありがとうございます。もしよろしければ、こちらでご友人に関する情報や手がかりが得られたときは、ご連絡差し上げます。これまでの探索でも、気づかないうちに何か有力な情報などを記録に残していたかもしれません」


 穣は、目を見開いた。


「それは、ありがたいですが……そこまでしていただくのは」


「いいんですよ。ダンジョンの情報は共有されるべきです。あそこに関わる我々すべてにとって、利益を得たり命を守ったりするための手段になり得るのだから」


 どう返せばいいか戸惑っている穣の目を、上杉はまっすぐ見つめた。


「私はね、いわゆる就職氷河期世代なんですよ」


 そして突然発せられた言葉は、ますます穣を困惑させた。


「配信が爆発的な人気となるまでは、非正規雇用で貧乏暮らしだった。将来になんの希望も持てなかった。貯金だってできない、結婚なんて贅沢品。子供のころから勉強勉強、我慢していい大学に入りいい会社に入れば幸せになれるから、それまでやりたいことなんか後回しにして勉強だけしてろと言われて、いざ大学を卒業するころになったら雇ってくれる会社がない。いくつの会社に履歴書を出したか忘れるくらい応募して、運良く書類選考が通れば面接を受けて、すべて落ちて、自分という人間の価値すら全否定されたような、そんな半生でした。採用されたらされたで、一日十一時間働かされて、残業代は出ない。休みも月に五日。転職してもどこも似たり寄ったりで、地獄でしかなかった。『お前の替わりはいくらでもいる』『こうなったのは自己責任』と、誰も助けてくれなかった」


 そういう時代があったことは、穣にも知識だけはある。上杉の伝記漫画でも、多少そんな描写があった。


「あのころの悔しさと怒りは、今もあるんですよ。きっと死ぬまで治まることはない。だからね、これは発散させるせめてもの手段なんですよ」


 うっすらと、上杉は微笑んだ。


「自分がしてほしかったことを、誰かにする。不思議なもので、それで少し胸がすっとするんです。今の仕事も、その繰り返しでこうなったようなものですよ」


 フレイザーは有名なホワイト企業だ。有休消化は当たり前、夏休みに介護・育児・看護休暇の取得も容易で、冠婚葬祭のときには祝い金や見舞金などが出るという。残業もなく、土日祝日はもちろん休み、その他福利厚生も充実しているという。就職したい企業一位を創業以来ずっとキープしている。企業年金制度もあるそうだ。


「だから、恐縮したり遠慮したりしないでください。私の憂さ晴らしのためと思って、協力させてください」


 疲れたような笑みに見えた。その表情のまま、上杉は右手を差し出してくる。


「……ありがとうございます」


 躊躇いつつ、穣はその手をそっと握り返した。


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