ダンジョン配信の理由
地上二十五階、地下三階のフレイザー本社ビル。
受付のインターフォンで名前を言うと、小綺麗なオフィスカジュアルの女性がすぐにエントランスに出てきて、丁寧に穣を小さな会議室へ案内した。
勧められた椅子にかけずに待っているとコーヒーが運ばれてきて、それにきびすを接するようにして小太りなスーツの男性が現れた。年の頃は五十代ほど、にこにこと愛想がいい。
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。社長の上杉と申します」
「平岸と申します。このたびは面接の機会をいただき、ありがとうございます」
挨拶と名刺交換。未だにこの手順と、スーツの着心地には慣れない。
改めて、机を挟んで向き合って座る。今時対面で、しかも社長自ら面会に来るとは珍しいことだ。
「ギルドを通しての応募だったので、平岸さんの実績や探索者としての仕事の長さなどはギルド経由でだいたい聞いております」
上杉はタブレットを軽くタップし、何かの画面を呼び出した。
「配信およびダンジョン探索を始めてから四年、かなりのベテランですね。アーカイブも拝見しました。手堅く攻略していくのがいいですね。それに調査が綿密で、効率的です」
「ありがとうございます」
「今回弊社からお願いしたいと思っている案件は、主にアイテム採取です。グソール草がメインですが、他にもいろいろ発見できればもちろんそれに越したことはない。そして、三六階への階段も」
それは、今すべての探索者が見つけたいと思っているものだろう。
「もしこの案件をお願いすることになった場合、AIのミネルヴァさんも同行してもらえますか?」
「ええ、そちらにご迷惑にならなければ」
「むしろ助かります。うちにも探索補助AIはたくさんいますし、迷惑なんてことはありませんよ。今回もメインで探索を行うチームには専属のAIがつきますしね」
話しているうち、つい緊張が緩む。上杉の態度が気さくすぎて、つい面接中ということを忘れてしまいそうだ。
「Bランクで、チャンネル登録者数も一万人以上、アイテム採取の実績もある。加えて、戦闘技術の高さ。申し分なしです。もし今回の案件でお願いできなくても、別な仕事をお願いしたいくらいですよ」
上杉は、ふと画面から目を上げてしげしげと穣を見た。
「魔法も使えるのですよね?」
「はい」
ダンジョンに長く潜るうち、突然不思議な力を発動させる者がいる。その力は【魔法】と呼ばれるようになっている。炎を出現させたり、氷を操ったり、ダンジョンという閉ざされた空間に突風を巻き起こしたりと、千差万別だ。
つい最近ボブゴブリンを爆散させるときに使ったのが、穣の魔法だ。自分でもよくわからないのだが、任意の場所に力を集中させるイメージで溜め、破裂させる。あのときはボブゴブリンの体内に目標を定めたというわけだ。
「ご存じかもしれませんが、先頃弊社から独立した研究機関では、ダンジョン関連の研究をしておりましてね」
上杉は、すっかり冷めたコーヒーを一口飲んだ。
「魔法を使う方にも、たまにご協力いただいているのです。もしかしたら、お願いするかもしれませんが、よろしいでしょうか」
「はい、かまいません」
「ありがとう。あの場所に関することは、少しでもいいから明らかにしてみたいんですよ」
コーヒーのおかわりがいるかと訊かれて、首を振る。緊張していて、最初に運ばれてきたものにもまったく手をつけていない。
端末からそういう指示を出したのか、しばらくして扉が叩かれ、コーヒーが運ばれてきた。冷めてしまった穣の分も、新しいカップと交換される。上杉に勧められ、せっかくだからと一口啜った。火傷した。
「最後に一つ、伺ってもよろしいでしょうか」
「はい」
「平岸さんは、なぜダンジョン配信をしようと思ったのですか?」
カップを持つ手が、一瞬ぶれた。
ゆっくりとソーサーに戻し、穣は目を伏せたまま答えた。
「自衛官だったときに、ダンジョンで行方不明になった友人を探すためです」
「ご友人?」
「はい。三十四階探索中に、会敵しました。そのときに……」
あの日を忘れたことはない。